153 旅終えて
「ミロク……今度は右向いて暫く黙っとけ」
「御意」
やけに素直だなこいつ。
指示の通りにミロクがくるりと横を向くと、俺の目の前に唇を噛み締めた悔しそうな表情のお面が現れた。その瞳には、赤く燃える炎が灯っている。
「WOW! seven、すごく美人なりましたね。サブキャラクターですか?」
「ええまあ。お久しぶりです0k4NNさん」
「……その呼び方、とても、とても久しぶり。涙が出ます。アナタ、やはりsevenなのですね」
オカンさんは感極まったように言った。
しかしどうして俺がsevenだとわかったのだろうか。
「何故俺がsevenだと?」
「ワタシ見ていました、ミロクの中で。終盤戦、龍王のフェイクで銀将を決めた時に思いました。アナタ、絶対sevenだと。あんなに綺麗に決めに行く人、アナタしかいない」
「……嬉しいですね、それは」
嬉しい。実に。
元世界ランカーの目から見ても、俺はまだ衰えていない。それが改めて確認できただけで、こんなにも嬉しいとは。
「4W-29L-1D。アナタとの試合の内容、全て覚えてます。ワタシ、アナタのfanでした」
「俺も覚えてますよ、全部。すげえ発想する人だなって、感心していました」
「……嬉しいね。とても……」
オカンさんは震える声でそう言うと、暫し沈黙した。
そして、ふぅと一息、再び語りだす。
「Ah, 残念です。ワタシがまだ生きていれば、一勝負できたのですが」
「どうして死んだんですか」
「ミロクに負けてしまいました」
「……それは」
「NO、勘違いしないで。ワタシ戦いたかったんです。どうしても、日子流、見せたかったんです。そして、弥勒流、見てみたかったんです。ワタシ、日本刀、抜刀術、惚れてたよ」
気持ちは、よくわかる。
物凄く、よくわかる。
が……それで死んじまっちゃあ、駄目だろう。
「抜刀術とても面白いね。メヴィウス・オンラインの良さ詰まってます。ワタシそう思います。だから命を賭けた。それくらい価値ありました。sevenなら、わかるでしょ?」
「わかる。わかるけど、それで死んでちゃ意味ない」
「でも、sevenもここにいる。sevenも、死んだ。違う?」
「…………」
「ワタシは死んだ。多分、お酒の飲みすぎだね……最期は、よく覚えていないんだ」
そうじゃない。
あのクソみたいな世界の話じゃない。
この最高な世界に来てまで死んじゃあ、駄目じゃないかって……そういう話だ。
なのに。
何故だろう。
俺にも、若干の後悔が押し寄せてくる。
あそこで自殺しなかったら、今頃どうなっていた?
考えるだけ無駄だとわかっていても、もう一人の俺が切々と語り掛けてくる。
そこがどんな世界だろうが、「死んだら終わり」だと。
死とは、無限の可能性を諦めることだと。
俺の可能性は、あそこで確かに潰えたんだ。
「ワタシこう思いました。どれだけ後悔するかじゃないよ、どれだけ胸を張って死ぬかだよと。ワタシの好きな言葉あります。散り様こそ生き様、ね。ワタシは、この世界に来て、やっと、立派に死ねたよ。それを、それを……同じ世界の人に、知っていてほしかった」
だというのに、この人は。
とても悔しそうな表情のお面なのに、この人は。
……なんて、なんて清々しい風に、言うんだろう。
「……散り様こそ生き様。どれだけ立派に死ねるか、ですか」
「That's right. アナタにとっては、もっともっと未来の話ね。そう思うけど、きっと、覚えておいて。きっと」
「絶対に忘れませんよ。貴方は立派に死んだ。抜刀術に命を賭けて、戦って死んだ。そんなの……」
……そんなの。
「最高じゃ、ないですか……!」
「Ah, よかった。これで、何も、心配、する、こと、な、く――……」
…………消えた。
成仏したんだ。
他にも話したいことは山ほどあったはずだ。転生者のこと、昔のこと、今のこと。本当に、山ほど。
でも、オカンさんは、たった一つ、自分は立派に死んだと、それだけを言い残して、消えた。
この世には、シャカさんも、オカンさんも、もういない。
……不思議だ。
なんとも不思議だ。
確かに消えた。今、目の前で。
だが、まだ生きている。確かに生きているんだ、彼らは。今も、俺の胸の中で。そして、ミロクに受け継がれた、仏教の知識が、抜刀術の技術が、彼らの生きた証なのだと知れた。
あの無茶苦茶で、頭のおかしな、なんら論理的でない、馬鹿丸出しの、しかし火傷するくらいに熱い、魂を揺さぶり震わせる強い意志が、俺の中でめらめらと燃えている。
「お前もやってやれ!」と、俺の心臓をぶち破らんばかりに叫んでいる。
死者のくせに、もう死んでいるくせに、これ以上ないくらい、生きている。
気持ちの良い男たちだった。
「……来てよかった」
本当に。
俺は、死者に会った。
この島に来て、二人の死者に。
それだけで、心の底からこう言える。
最高の旅だった――。
「まだやってんのかお前ら……」
夕刻。
ミロクを連れて兜跋流の道場に戻ると、依然としてトウキチロウたちが言い争いを続けていた。
彼らをいたずらにビビらせてはいけないので、ミロクは人形に変身してもらっている。ちなみに当人は「付魔神」とかなんとか誇らしげに言っていたこの能力だが、スキル欄を確認してみると《人化変身》というなんの変哲もないただのスキルだった。効果としては、あんこの《暗黒変身》そのままである。
「おお、セカンド三冠! ちょうどよいところでお戻りに――」
トウキチロウが振り返り、俺を笑顔で出迎えた……のだが、その視線が俺の右後ろのミロクに向くと、瞬間、トウキチロウの表情がパキッと硬直した。
「ま、ま、ま、まさか、み、み、ミロク様、ではっ……!?」
ミロクは瞑目したまま小さく答える。
「然様」
直後――道場内の全員が、声もなくその場に座し、頭を下げた。
「すげえなお前」
めちゃくちゃビビられてる。何したんだよ一体。
「セカンド! ミロク様に然様な口の利き方はならぬっ」
俺がへらへらとミロクの肩を小突いていると、アカネコがほんの少し顔を上げて、俺に注意をしてくれた。
すると、ミロクは片目を薄らと開け、沈黙を破る。
「口を慎め、娘。このお方は余の主と相成った。部外者が勝手を申すな」
「…………へっ!?」
アカネコらしからぬ間抜けな声があがった。
本当にびっくりしたんだろう。頭を下げることも忘れ、ぽかんと口を開けて放心している。
周りをよく見ると、道場内の全員が似たような顔をしていた。
「お前、どうしてこんなにビビられてんだ? 島のやつらとの関わりは断っていたんだろ?」
「否。目に余る悪は摘み取っていた。雑草は土の栄養を奪い、要らぬ虫を呼び込むゆえ」
「あっ」
それじゃん。
こいつらの生まれるずっと前からミロクがそれを繰り返していたとすれば、このビビられようも頷ける。多分、ミロクの所業を見てきたご先祖から代々に渡って「ミロク様にだけは逆らうな」と伝えられているんだろう。
触らぬ神に祟りなし……納得だ。
「まあ、それはいいや。で、話はどうなった?」
「…………」
無視された。
いや、この場合、恐ろしくて頭を上げられないし口も開けないと言った方が正しいか。
「誰か答えぬか。主が尋ねておられる」
痺れを切らしたミロクが、俺の代わりに口を開く。
すると、トウキチロウが代表して沈黙を破った。
「はっ! 此度は、兜跋流の跡取り問題など、島内においての問題が山積みにて、大陸との交易は一時見送りとの結論に……」
……見送り。
こんだけ話し合って、出た結論が、見送り。
「はー……」
なるほどね、よーくわかった。
この島の、刀八ノ国の、体質が。
それじゃあ駄目だ。
今後、ミロクもアカネコも、この島からはいなくなる。
そうなれば、後は衰退の一途を辿るよりない。
いや、もう既に衰退は始まっている。何年前か、何十年前か、下手をすれば、何百年も前から。
ちっとも楽しくない。楽しそうなやつなんか、一人もいない。
少し強引で申し訳ないが――開国してもらおう。
「トウキチロウ、それは許せない。お前を主導として、砂鉄の輸出、玉鋼の製造方法、刀の作製方法を大陸に売りつけろ。初期投資は全額俺が貸してやる。大陸との船も今の十倍以上増やせ。余所者を叩き斬るなんて以ての外だ。来る者拒まず去る者追わず、何処の道場も大黒流を見習って広く門戸を開けろ」
言い放つ。
一瞬の静寂の後、道場は俄かにざわついた。
あちこちから怒号が飛ぶ。道場内は、反対派が殆ど。静観しているのは、トウキチロウとマムシ、アカネコとマサムネとアザミくらいなものだ。
「ふざけるな! 余計なお世話だ!」
誰かが飛ばした野次。
俺はその内容がどうも気になった。
余計なお世話? 何か勘違いしていやしないか?
「おい、お前。今、余計なお世話と言ったか?」
問いかけると、だんまりだ。卑怯なやつめ。
「履き違えるなよ。俺は別にお前らのためを思って言ってるわけじゃないぞ」
じゃあどうして、と。皆そう思うだろう。
答えは、単純。
とても、単純。
「島に閉じこもってうじうじしてるお前らが気に食わないから、なんかぶっ壊したいだけだ」
皆、絶句する。
「アッハァ!」と、マムシが手を叩きながら掠れ声で笑った。
お読みいただき、ありがとうございまっす。
書籍版第1巻好評発売中なのでよかったら買ってね。




