152 浮世は謎ばかり
風邪ひいてぶっ倒れてました。
え、年始? 知んねぇ。
ミロクを仲間にしたい。
俺の思いは固まった――こいつを、《テイム》する。
阿修羅は日ノ出島固有のボス魔物。基本的にボスはテイムできないというのがメヴィオンの常識だが、この場合は微妙なところだ。
まず一つ。ここがダンジョンではないという点。ダンジョンボスではない、つまりは「ダンジョン以外の場所にいるボス級の魔物」という意味で「ボス魔物」と勝手に呼ばれているだけで、その実は「単なる固有種の魔物」なのではないだろうか。そうである可能性は捨てきれないと思う。
もう一つ。ボスを倒した際に必ず挿入される専用ムービーの有無。ハッキリとは思い出せないが、確か阿修羅はなかったような気がする。だとすれば、暗黒狼と同じく《テイム》できる可能性がぐっと上がる。
最後に、阿修羅の自我だ。暗黒狼と初めて戦った際は、決められた行動パターンをなぞるだけの「ただの魔物」であった。それが、《テイム》をきっかけに突如として自我を持ち、今の「あんこ」と化したのである。
非常に流暢に喋り確固たる意志さえも持っているミロクを、ただの魔物などと到底言うことはできない。恐らくは、この長い歴史の中、既に誰かによって《テイム》され、自我を得た後なのではないだろうかと予想が立つ。であれば、システム上はなんら問題なく《テイム》できるということ。
以上三点で、俺は阿修羅を「使役可能な魔物」だと判断した。
まあ、それもこれも、こいつを《テイム》してみればわかること。
現在、俺の《テイム》は九段。システム上使役できない魔物以外ならば、例外を除き、大抵の魔物を平均20%の確率で《テイム》できるはずだ。
「……余の、本当の、名……」
「知りたいか。なら、俺の喚び声に応えろ」
「……御意……!」
ミロクはそう語ると、腹と背中から血を垂れ流しながらも跪き、俺の言葉をじっと待っていた。
……不思議と、失敗する気がしない。
ふと、思い出す。霊王戦出場者、犬型獣人のカピート君のことだ。
彼はアースドラゴンを「運良くテイムできた」と言っていた。俺はその「運良く」という言葉に何処か引っ掛かりを覚えていたのだ。
結局は五分の一の確率。何度も何度も繰り返そうが、一発で終わろうが、どちらも《テイム》できたのならば結果的に「運が良かった」と言える。
そもそも、カピート君にアースドラゴンのHPを8割削るような実力があったとは思えない。
つまり、あの運良くという言葉の意味は、また別にあるのではないだろうか?
そう、例えば、相手が既に屈服していた場合、もしくは、使役されたがっている場合。そういった特別なケースで《テイム》の確率が上がる、ないしHPを削ることなく《テイム》できるというシステムが存在する可能性は、頭ごなしに否定できない。
この世界では、従来の《テイム》のシステム以外にも、成功確率に影響を与えるなんらかの要素が隠されている気がしてならないのだ。
「――阿修羅。お前の名は、阿修羅だ」
だからかは、定かではない。
ただ――阿修羅の《テイム》は、一発で成功した。
単に五分の一に当選したのか、それとも特殊抽選を受けられる条件を満たしていたのか。詳細はわからないが、しかし、阿修羅の《テイム》はいとも簡単に成功したのである。
「阿修羅……そうか……そうか……」
ミロクは本当の名前を知り、しきりに頷いた。
「皮肉な、ものよ……余は、此の世に、生を受けてより……戦い続ける運命に、あったと、いうことか……」
よくわからないが、納得したらしい。
とりあえず、息も絶え絶えでかわいそうなので、回復してやることにする。
「ほら、これでも飲め」
「……痛み、入る」
高級ポーションを手渡すと、ミロクはごくりと一気に飲み干した。
ミロクのゴツいステータスならば、その場しのぎの回復にしかならないだろう。そう思っていたのだが……結果は、全く違った。
なんと、ミロクは高級ポーション一個でHPを殆ど回復してしまったのだ。
まさか。
俺はさっそく、ミロクのステータスを覗く。
「…………うっわ」
そこには、凄まじい数値が散らばっていた。
言うなれば、超特化型。STR・DEX・AGI・VIT・SP、特にSTRとDEXは馬鹿みたいに高いが、代わりにINT・LUK・MGR・HP・MPは恐ろしく低い。
……いや、当然といえば当然かもしれない。【抜刀術】で上昇するステータスはSTR・DEX・AGI・VIT・SPの五つ。【抜刀術】をメインスキルとしている人間たちを【吸収】し続けていたとすれば、その五つばかりが伸びて当然だ。
もともと、阿修羅はそこまで強いボス魔物ではない。甲等級に出現する通常魔物と同等くらいのものだ。それが長い年月を経てこんなにも強くなるまで【吸収】していたのだから、ステータスは【抜刀術】向きに尖って当たり前だろう。
まさに、【抜刀術】の化身。こいつの自称も、あながち間違いではなかったな。
「感謝申し上げる、帝釈天。心より、御身に忠誠を誓おうぞ」
「おおなんだ急に」
いきなり元気になったミロクが、改めて俺に頭を下げる。が……帝釈天?
「余は心満たされぬままに戦い、怒りや悲しみを背負い過ぎた。供養の大義のもと、この島の者を苦しめ続けた。その責を果たさねばならない。帝釈天よ、斯様な余を許してほしい。さすればこの侍の島、数多の亡霊たちから解き放たれよう」
サッパリわかんねぇ。ポエムかよ。
「それもレイカンの教えってやつか?」
「否。余は生まれながらに仏の教えを得ていた」
「は?」
……待て。
生まれながらに?
それは、つまり……
「ミロク、お前……もともと自我があったのか?」
「余が余であると気付いた日。その日のことだけは確と覚えている。それは弥勒流を創始する前に相違ない」
「レイカンと出会うよりも、前か」
「然様」
おかしい。
それはつまり、0k4NNさんがミロクを《テイム》したから自我を得たというわけではないということ。俺の予想は外れた。
0k4NNさん以外が《テイム》した? その可能性は捨てきれないが、かなり低いだろう。
俺が《テイム》した瞬間に、ミロクの過去が改ざんされた可能性はどうだ。
いいや、考えづらい。アカネコは、弥勒流が最初にでき、次に兜跋流、大黒流と増えていき、その全てをミロクが名付けたと言っていた。仮にミロクが自我を持っていなければ、流派を名付けるようなことはしないだろう。
じゃあ、なんなんだ、一体。
「帝釈天、一つ申し上げたく――」
「ちょっと待て。なんか重要っぽいことを言いそうな雰囲気のところ悪いが、まずその呼び方が気になって仕方がない。できれば変えてくれ」
「……天帝様」
「酷くなった。逆方向に進め」
「……セカンド様?」
「いいぞその調子だ。もう少し進め」
「貴様」
「行き過ぎぃ!」
「主様」
「方向性はいいけどちょっと硬い」
「主」
「……うん、まあいいやそれで」
「難儀なものよ」
こっちのセリフだ。
「さて、それで何を言いかけた?」
「主は一つ思い違いをしておられるのではないかと懸念した次第。指摘してもよろしいか」
「是非」
「では。余は自我を得たと申したが、実はその時に、仏から教えを授かった」
「自我を得た時?」
「然様。ある朝のこと、余の眼前に突如として釈迦如来が顕現なさり、こう申された。お前は弥勒菩薩の生まれ変わりであり、この地にて悟りを開き多くの者を救うと。ゆえに余はミロクを名乗り、修行に身を入れ始めたのだ」
「よし、一言申していいか」
「申されよ」
「ふざけんなお前」
俺は“そこそこの馬鹿”という自覚はあるし、仏教のぶの字も知らないが、流石に騙されないぞ。そんな無茶苦茶な話があってたまるか。
「ふ、巫山戯てなどおらぬ」
「じゃあ百歩譲ってお前が弥勒ナンチャラの生まれ変わりだとしてだ、なんでこの島はこんなんなってんだよ? 何処の誰がどう救われてんだ、アァ?」
「……それは、よくわからぬ」
「何故だ。お前が見守って、管理していたんじゃないのか?」
「然様、遠く見守ってはいた。しかし、島の者のことはよくわからぬ。ここ数百年、深く関わってはいなかった」
「関わってないィ?」
「余にできる供養は、この地にて死した者の意志を背負い、ただひたすらに修行し、戦い続けることのみ。この島の人々の在り方には、決して口を出してはならぬ」
「流派の名付け親はお前なのにか」
「名付け、育て、導く。時を経たらば、子は親元を離れてゆくものなり」
「なるほど、よーくわかった」
ミロクは誰かに《テイム》されたわけでもないのに自我が芽生え、元々あった仏教の知識をこじらせ、釈迦如来の幻覚を見て、自分を弥勒菩薩の生まれ変わりだと思い込み、弥勒流を立ち上げ、以降は修行の傍ら延々と島の人々の供養を続けてきたと。
納得できるか!!
なんだよそれ。悟りで自我を得る扉を自ずとこじ開けたってことですか? すげぇなおい。
小学生の頃、歴史の授業で「昔の人はぶっ飛んでんなぁ」なんて思いながら聞いていたあの摩訶不思議な世界が、まさに今、俺の目の前でこれでもかと言わんばかりに展開されている。
え、納得するしかないの? 本当に?
「――納得できない様子ですね?」
「そりゃあ……ん?」
あれ?
「ミロクお前、今なんか喋ったか?」
「否」
「私です。ここ、ここ」
「……なんだお前、腹話術か?」
ミロクの方から声がする。しかし、ミロクは口を開いてはいなかった。
「余ではない」
「だから、私です! 横のお面! 向かって左側!」
横のお面……?
「ミロク、ちょっと左向いて黙っとけ」
「御意」
ミロクの頭の両脇には、お面が二つ付いている。
ミロクが左を向くと、悲しげな表情をするお面と目が合った。
「初めましてセカンド。ミロクの中から戦いを見ていましたよ。実に見事な腕前でした」
「お面が喋ってる……」
「そうです。私の名前はシャカ。ミロクが最も初めに吸収した人間です」
「……急展開すぎて付いていけてないんだが大丈夫だろうか」
「大丈夫。貴方はきっと思い出します。吸収された者がどうなるのかを」
【吸収】されるとどうなるか?
……ああ、なるほど。
「そいつの意志がミロクの中で生き続ける」
「ええ。私の意志は殊の外に強かった。ゆえに私はこうして喋っているのです」
「そうか。で、なんの用だ」
「まずは貴方に感謝を。貴方と出会えたことで、再びこうして言葉を操ることができます」
「テイムが影響してんのか?」
「いいえ。亡者は成仏の間際、念を形にするのです。私は、今、この瞬間を、ミロクの中で千年待ち続けました」
「千年」
「冗談ではありませんよ。私が伝えたいことは一つ。セカンド、よくお聞き」
「はあ」
「転生者は私たちだけではないと知りなさい」
「――ッ!?」
…………驚いた。
ラズベリーベルと、0k4NNさんだけではなかったのか……。
「お前も、なのか」
「東都大学文学部人文学科教授、同大学院思想文化学研究科、仏教哲学センター長、高橋豪太郎です。2008年6月、インド旅行中に毒蛇に噛まれて死にました」
「……嘘ではなさそうだな。いや、待て。では何故シャカと名乗る?」
「私の小学生の頃のあだ名がシャカでした。豪太郎→ゴータロウ→ゴータマ・シッダルタ→シャカという、子供の連想です。わりと気に入っておりますので、この世界に来てよりそう名乗っておりました」
「納得した」
確実に日本人だわ、この人。
「じゃあ次の質問だ。2008年にメヴィウス・オンラインは存在しない。なのに何故ここにお前が来ている」
「ここが実在する“未来のゲームの世界”だということも、レイカンから聞いて初めて知ったくらいなので……理由はわかりかねます」
「レイカンと話したのか」
「ええ、ミロクの中から、まだ生きていた頃の彼と。以前の世界では、彼は2026年にお亡くなりになったそうです。アメリカはミシガン州の出身だそうです」
「マジか。何回かメヴィオンで話したことあるけど、日本語ペラペラだったぞ」
「どうやら大層な“日本かぶれ”のようで……」
あぁー、そういうこと。
「私は大学関係者が怪しいと睨んでおりますが……まあ、もう二回も死んじゃったので、流石にどうすることもできませんね。なので、最後に一言、貴方のような人に伝言をしたかったのです。それだけが心残りでした」
「二回目って、寿命で?」
「いいえ、違います。フィールドワーク中、かの阿修羅像のような姿をした大きな人を見つけ大興奮、好奇心のままに接近したら、軽々と殺されてしまいました。それがミロクです。先程の話と照らし合わせて言えば、自我を持たない頃のミロク、でしょうか。まさか本当に阿修羅という名前だったとは、感動ですね」
感動ですね、じゃねえよ。
「馬鹿なの?」
「ええ、馬鹿です。しかし貴方と言葉を交わせた。貴方に情報を託せた。これはミロクに吸収されていなければ成し得なかったこと。これもまた仏のお導きというものでしょう」
「つまり、ミロクはお前を吸収したことで自我を得たんだな」
「違いありません。そして、私を吸収したことで、同時に仏教の知識も得たのではないでしょうか」
「それを釈迦如来の顕現と勘違いしたと」
「話を聞くに、そうじゃないかなと思います」
「自分を弥勒だと思い込んでいることについてはどう思う」
「とても単純ですよ。私は弥勒菩薩が大・大・大好きだったので。弥勒研究の第一人者とは私のことです。インドへも弥勒の研究のために訪れましたから。結果死にましたけれど」
ああ、わかった。こいつ、同類だ。
「ミロクは、お前の弥勒好きに感化されたってか」
「ええ、恐らく」
なるほどなあ。
理由が粗方わかって、ちょっとスッキリした。
しかしまあ、なんとも不思議な話だ。俄かには信じ難い。
でも、現に俺も転生しているしなあ……不思議に対していちいち首を傾げていたら、肩が凝るってなもんだろう。
「不思議という顔をしていますね。しかしながら、受け入れるよりないのです」
「まあ、お前の伝えたいことについてはわかった。謎ばかりだがな」
「それでよいのです。浮世は謎ばかり。決して“わかった気”になってはいけませんよ」
「……お前、なかなか良いことを言うな」
それについては強く同意だ。したり顔で「○○っていうのは××なんですよぉ」と然も全てをわかっているかのように宣う輩は俺も大嫌いである。
「で、用はそれだけか?」
「ええ、これだけです」
「……自分で言っといてなんだが、本当にこれだけか? なんか、もっとこう、ほら、千年の重み的なやつとか、ないのか?」
「特にないですねぇ。こうして貴方と言葉を交わせたことで、私はもう大満足。今にも成仏してしまいそうです」
「この世界に来てんのは変なやつばっかだな、どいつもこいつも」
「貴方も、ね……」
「…………ああ、もう、終わりか」
きっと、これが彼の最期だ。
シャカの、いや、高橋さんの存在感が急激に薄れていくのがわかる。
ミロクの頭の右側についたお面の瞳に灯っている炎が、徐々に徐々に小さくなっていった。
「お後がよろしいようで。お待ちの方も、ご期待通り、相当な変わり者ですよ。では、セカンド。また、いつか、いつの日か、できることなら、再び、巡り合い、また、こうして、話、を――……」
……消えた。完全に。
成仏したんだろう。
ミロクの中から、シャカはいなくなった。
とんでもなくスピリチュアルな体験だった。
出会って数分だが、何故か寂しい。同郷の人間だからだろうか? それとも、人が消えてなくなるその瞬間に立ち会ったからだろうか? いずれにせよ、やっぱり、切ない。
「――HEY、お待ち」
そして、もう一人ってか。
ミロクの頭の左側についたお面から、独特な訛りのある声が聞こえた。
「驚いたよ。アナタ、seven? ワタシの名前は、零環。覚えてる? 初代叡将です」
お読みいただき、ありがとうございます。
書籍版第1巻好評発売中なのでよかったら買ってね。




