151 死なも弔うも、恨む友無し
【抜刀術】スキル表
純火力:(STR+DEX+AGI+VIT)/5.12+残SP/10^4(帯刀時火力128%)
《歩兵抜刀術》抜刀(単体攻撃)
《香車抜刀術》移動+抜刀(単体攻撃)
《桂馬抜刀術》移動大+抜刀(単体攻撃)
《銀将抜刀術》(溜めるほど)強力な抜刀(単体攻撃)
《金将抜刀術》カウンター(単体攻撃+防御)
《角行抜刀術》素早い強力な突き
《飛車抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な抜刀(単体攻撃)
《龍馬抜刀術》全方位への範囲攻撃
《龍王抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な範囲攻撃
俺が啖呵を切ると、暫しの沈黙の後、ミロクはおもむろに口を開いた。
「余は其の方の来訪を待ち望んでいた」
「俺の?」
「命尽きる其の時まで戦い続けることこそ余の宿命なり。戦い死することこそが生。其の方が今、此の刹那、余を生かしてくれる」
「よくわからんが、とにかく楽しくて仕方がないってこったな」
「然様!」
瞬間、ミロクは俺に向かって突進した。
……あーらら。考え過ぎちゃったな、阿修羅くん。
ミロクの腕は六本。突進しながら《飛車抜刀術》を準備しているが、問題は――どの腕で攻撃してくるかわからない点だ。
左右どちらで抜刀するか、はたまた抜き身の刀でそのまま振り下ろしてくるか。確率は単純に六分の一。素直に対応しては、こちらの分が悪い。
一見して、素晴らしい戦法。
だが……
「それは悪手だ」
ミロクめ、やはり焦っている。大いに怯えている。
六本の腕を有効に使えるよう工夫したつもりだろうが、まさかそれが裏目に出るとは思いもしなかったようだ。
こいつ、さてはこの姿で戦い慣れていないな?
俺は一歩退きながら0.3秒ほど待ち、それから《金将抜刀術》を準備し始めた。
カウンタースキルだ。ここに飛車なんかぶち込めば、ステータスの高いミロクとてただでは済まない。
そして、気付くだろう。
「!」
抜刀なら間に合わないが、振り下ろしなら間に合うと。
手前二本の腕のどちらかで抜刀していては、俺の金将発動を潰せない。だが後ろ四本の腕でその勢いのまま振り下ろせば、俺の金将発動をギリギリ潰せる。
「……くっ!」
その上で、だ。
ミロクはチキる。
間に合うか間に合わないかギリギリのところで瞬時の判断を迫られると……後は、精神の勝負だ。
格下から追い込まれている現状、ミロクは思い切った勝負に出てこられるような精神状態ではない。ここぞという場面で弱腰になる。それは明らかだった。
だから、退く。
再び仕切り直そうとする。
……そうはさせないぞ。
「!?」
ミロクの突進が止まり、間合いを取ろうと一歩後ろに踏み出した瞬間。
俺はスキルキャンセルと同時に《龍王抜刀術》を準備し始めた。
「しまった!」という顔をするミロク。焦りが丸見えだ。PvPでしていい表情ではない。
しかし状況は無慈悲にも悪化する。
ミロクは既に一歩退いてしまっていた。更に今、もう一歩退こうと重心を移動している。
俺の《龍王抜刀術》への対応は、二択。
その足を止め、再び俺に向かってきて、溜め中の《飛車抜刀術》で《龍王抜刀術》を発動前に潰すか。それとも、そのまま全力で後退し《龍王抜刀術》の範囲外まで逃れるか。
《龍王抜刀術》は非常に強力な前方への範囲攻撃スキル。溜めれば溜めるほど強力だが、溜めずともそこそこ強い。
準備開始から溜めずの発動まで、最短で約2.2秒。
後退中の体勢を急ブレーキで立て直し、また俺に斬りかかるとして、2.2秒は……距離的にギリギリ届かないだろう。
かと言って、逃げ切るのも難しい距離だ。何処にどう逃げても、《龍王抜刀術》の範囲にギリギリ入ってしまうだろう。
行くも戻るも、修羅の道。
所謂――“詰み”。
「…………」
……だが、これだけではぬるいのだ。
この先まで読んで、ようやく「世界ランカー」だと胸を張って言える。
「――甘い!!」
ミロクは土壇場で切り返す。
即座に《飛車抜刀術》をキャンセルし――《桂馬抜刀術》で。
《桂馬抜刀術》は大きな移動+抜刀のスキル。後退から前進へと体勢を立て直す過程を省略するため、桂馬の移動効果を使って無理矢理に接近してやろうというのが、この状況でミロクに残された最後の選択肢。
そう。力戦調の勝負とて、やることは普段と変わらない。
とどのつまりは、即興のセブンシステム。
相手が「これしかない」という状況に追い込む。それだけだ。
後は、そこに決め手を用意しておけばいい。
「残念」
「な――」
《龍王抜刀術》は本命じゃあないんだ。
あの一瞬で「俺がお前を詰ましにかかった」と感じさせるためのフェイクだ。
俺はお前がこの瞬間に《桂馬抜刀術》を発動するとわかっていた。
それしかないという状況に追い込んでいた。
お前の次の一手を、ずっと前から指定していたんだ。
だからいとも簡単に、大事な大事な《龍王抜刀術》をポイと手放せられる。溜めに溜めた《飛車抜刀術》を目の前に、後出しで《銀将抜刀術》を準備できる。
お前が次に《桂馬抜刀術》で跳ぶとわかっているんだから、何も恐れることなどない。
「っ……!!」
ミロクは空中で歯を食いしばった。
もうキャンセルはできない。このまま桂馬で俺の銀将と刺し違えるしかないと腹を括ったみたいだ。
……負けるとわかっていながらも、そこに全てを賭けたんだろう。
「お見事」
最後の最後まで、こいつは最高の勝負師だった。
俺の《銀将抜刀術》は、どんどんと溜まっていく。
綺麗だろう? お前は、角行でも飛車でも、龍馬でも龍王でもなく、銀将で決められるんだ。
ああ、とても儚い。なんの変哲もないただの銀将で、この長きに渡った勝負が一瞬で決まってしまう。
華麗な終盤戦ってのは、こういうことを言うのだ。
……せいぜい見惚れな、ミロク。
「ぐあッ!!」
《桂馬抜刀術》が、空を切る。
瞬間、すれ違いざまに俺の《銀将抜刀術》がミロクの腹を斬った。
クリティカルヒット……勝負はついた。さあ、後はトドメだ。
俺は《飛車抜刀術》を準備し、よろめき膝をつきながらも無暗矢鱈に刀を振り回すミロクと背中合わせに立ち回りながら溜め続け……背後のミロクへ向けて、最後の一突きを放った。
「が、ふッ……!」
――ドサリ、と。俺の後ろでミロクが倒れる音がする。
角、銀、飛。全てがクリティカルとはいえ、俺がミロクに浴びせた攻撃は、たった三回だけ。
それで勝負が決まるのだから、やはり【抜刀術】は面白い。
この一瞬の煌きに勝るものなど、他にない。
「最後に聞かせてくれ。お前の目的はなんだ」
俺は後ろを振り返り、瀕死のミロクに語り掛ける。
侍の島を作り出した理由を、彼が目指し続けた頂を、その一端でも聞かせてほしかったのだ。
「意志を……侍の、意志を……」
「意志?」
ミロクは、かすれる声で語りだす。
「余は……吸収した者の……意志を、受け継ぐ……侍たちの……熱き魂を……継ぐ、のだ……」
【吸収】によって取り込んだ者の意志を?
つまり、それは……
「全ての、侍は……余の中で、生き続ける……戦い、続けること、こそ……生きる、こと……最後、まで、戦い続けて、こそ……彼らの、弔い……!」
「……お前が戦い続ける理由か」
「然様……刀に、命を、賭けた者たちの、全ての、侍たちの……意志……! 余は……最後まで、最後まで……戦い、続けた……続け、られた……感謝、申し上げる……!!」
大量の血を吐き出しながら、ミロクは刀を畳に突き刺すと、全身全霊で立ち上がった。
そして、ゆっくりと、頭を垂れる。
「余は、其の方を、待っていた……其の方の、ような、宿命を断ち斬れる、侍を……! 念願、叶うたり……! もう、思い残すことなど、何もない……!」
「お前、まさか……」
俺は、もしかして、勘違いしていたのだろうか? ああ、そうかもしれない。
こいつは、この刀八ノ国を侍の養殖場のようにして、育った侍から殺して【吸収】して回っていたのだと、そう思い込んでいた。
己のために、己が強くなるためだけに、侍を【吸収】していたのだと、そう思い込んでいたが……
「ただ……侍たちを、弔っていただけだというのか?」
「……あの墓石の分、余の中に、意志は受け継がれ……皆の、無念を、恨みを、晴らすべく……終わりの日まで、余は、戦い、続ける……」
……そうか。
こいつ、亡骸から【吸収】していただけなんだ。
島を支配していたわけではない。皆をずっと見守っていたんだ。
何百年もの間、皆の死を見届け続け、無念のまま死んでいった者たちの意志を受け継いでいたんだ。
恨みも、辛みも、何もかも、全て、こいつは独りで背負っていたんだ。
――死ぬまで戦い続けることこそ生きること。
ミロクは、抜刀術が好きで好きで堪らないまま死んでいった侍たちの、代弁者――!
「最後に、相応しい、美しき、勝負であった……セカンド。余は、其の方に、出会えて、嬉しい……その名、死しても、忘れることは、ない……!」
……熱い男だ。
なんて、なんて、熱い男だ。
惜しい。
実に惜しい。
このまま、死なせるには、惜しい……!
「……ミロク。お前の、本当の名は」
「余の、本当の、名……?」
「お前の、本当の、名は……!」
阿修羅。
俺と、共に来い――。
お読みいただき、ありがとうございます。
 




