149 獅子搏兎
トウキチロウたちの話し合いは、まだまだかかりそうである。
じっと待っていても仕方がないので、俺はとっとと弥勒流とやらを見てみようと、島の中央にある山を登ることにした。
弥勒流の本拠地は山の頂上付近にあるらしい。
俺はマサムネから借りた刀と脇差を装備して、ひたすら山道を歩いた。
道中、魔物が姿を現す。そりゃそうだ。ここもメヴィオンのフィールド、魔物は当然のように出てくる。
出現する魔物は『ヤシャリザード』や『ムシャゴレム』など。大した強さでもないので、ばったばったと薙ぎ倒す。
そこで、ふと気付いた。
山頂には、日ノ出島固有のボス的な魔物が居やしなかっただろうか?
現役時代はあまりこの島に来なかったのでうろ覚えだ。確か“修羅”みたいな感じの名前の魔物だったと思うが……駄目だ、思い出せない。
まあ、いい。見たら思い出すさ。まずはミロクだ。それが終わってから、山頂まで行ってスッキリしよう。
「おっと……?」
暫く登ると、全く見たことのない場所に出る。
こんな場所は、メヴィオンには絶対になかった。そう断言できる。何故なら……
「……墓場か」
山道に突如として現れたのは、大きな墓場だった。
こんなでかい墓場、一度見たら忘れないだろう。つまり、この世界特有の場所ということだ。
この島がオカシクなっている理由、日ノ出島が刀八ノ国になっている原因と、なんらかのかかわりがあるに違いない。そう推察できる。
「お……これは」
辺りを見て回っていると、あるものを発見した。
『零環 此処ニ眠ル』
そう刻まれた墓石。
間違いない、レイカンの墓……即ち、0k4NNさんの墓だ。
他の墓と比べてみると、明らかに立派である。日子流の創始者の墓だからだろうか。
よくわからんが、この墓場をつくったその人に聞けば、話は早そうだ。
「あそこだな」
墓場を通り過ぎた先、沢のほとりに大きな日本家屋が見えてきた。
多分、弥勒流の家だろう。
玄関の戸は、何故か開いている。まるで俺を誘っているようだ。
よし、望むところである。俺は躊躇せずに足を踏み入れた。
「…………おお?」
家の中は静かだった。それに、かなり寒い。とても人が暮らしているような雰囲気ではない。
廊下を道なりに進むも、これといって何も発見できなかった。
それから数分、廊下を進み続けるが何も見つからない。しかし廊下はまだ続いている。なんだこの家。
「あ」
いよいよ帰ろうかと思い始めた頃、最奥にただならぬ扉を発見する。
いや、扉ではないな。両開きの襖だ。
この奥に殿様でもいんのか? そう思い、スパァン! と開け放つ。
誰もいない。ただ、畳の匂いがするだだっ広い部屋というだけ。
そして、その奥にもう一つ襖が。俺はそれも開け放ったが、やはり似たような部屋があるだけ。
次も、次も、その次も、畳の部屋があるだけだった。だが……
「…………」
恐らく、最後だろう。そう直感した襖だけは、何故だか開けるのを躊躇った。
その奥に、誰かがいるような気がしたのだ。
何故、気付いたのかは自分でもわからないが。
……俺の直感は、当たっていた。
「――最後まで戦い死することこそ生と見たり。其の方はなんと見る」
若い男の声だった。
襖ごしに、俺へと質問をしているようだ。
ここは、正直に返すとすれば「ちょっと何言ってるかわからない」だが、それだと舐められるかもしれない。なので、俺はそれっぽい返答を考え、口にした。
「楽しむこと」
「愉快。真、愉快なり」
襖の奥で笑っている。変なやつだなこいつ。
「質問してもいいか」
「なされよ」
攻守交替、今度は俺が質問する番だ。
謎の男は、快い返事をくれた。なら、遠慮なく。
「レイカンとはどんな関係だ?」
「…………」
沈黙。
その数秒後、返答がくる。
「友」
……俺は確信した。
こいつ、できる。
それも今までにないくらい。
「少なきを交わし、数多を教わった。それまで余は世界を知らぬ空の器であった。あの魔訶不可思議な男のお陰で、余は世界を知るに至った」
「それは何年前の話だ」
「はて、何十か、何百か。余は時間というものに然程興味はない」
「……お前」
生きているということか? ……何百年も?
「余の名はミロク。悠久を生きる抜刀の化身。其の方はなんと申す」
やはり……! 二十代目など、嘘っぱち。こいつは初代からずっと同じミロクなのだ! 道理でおかしいと思った。何代にもわたって神格化されるなど、この実力主義の島を思えば不自然極まりないのだから。
「俺はセカンド・ファーステスト。世界一位の男」
名乗りを返す。できるだけ堂々と。
ミロクは、俺にさらりと真実を明かしてくれた。
その理由は、なんとなくわかる。
戦いたいのだろう、こいつも。
血沸き肉躍る抜刀合戦を、骨の髄まで味わいたいのだろう。
「愉快なり。セカンド、其の方はレイカンと同じ匂いがする」
「もう一つ質問していいか」
「なされよ」
「レイカンをどうした」
…………笑った。
確かに、笑った。
音はなくとも、わかる。
襖の奥で、ミロクが笑った。
そして、ゆっくりと、落ち着き払った声で――
「――喰った」
「……ッ!!」
瞬間、俺は襖を開け放とうと、一歩踏み出した。
直後、襖を斬り破りながら――刀が姿を現す。
「これを受け止めるとは。余の勘に狂いはなかった」
………………危ねえ。
あと一歩間違えたら、死んでるところだった。
ミロクは襖の奥で《飛車抜刀術》を、俺も襖の手前で《飛車抜刀術》を溜めていたのだ。
初手のハイアンドローは、引き分けに終わる。
少しでも準備が遅れていれば、日和って《銀将抜刀術》でも出していれば、俺は負けていた。
不意打ち? 馬鹿を言え。襖という御誂え向きの障害物を利用しない方が馬鹿だ。二人で向かい合った瞬間から、勝負は既に始まっている。
やはり、微塵も油断ならない。
ミロクは、兎を狩るにも全力を注ぐ獅子。
……駄目だな。遊ぼう、試そうなどとは、思わない方がいいだろう。
最高なことに。
「仕切り直そうぞ。さあ、納刀されよ」
ばらばらになって吹き飛んだ襖の奥。
俺の目の前には、間合いをとり、刀を鞘に仕舞う男の姿。
美男子という言葉がこれほど似合う男はそういないだろう。腰まで伸びた黒の長髪は女の美しさを思わせ、その顔は中性的で文句の付けどころがないほど綺麗だが、細く引き締まった体と骨格からやつが男だとわかる。外見年齢は、十代後半か、二十代か。かなり若く見える。
しかし、俺の予想は外れた。
俺はてっきり、ミロクがエルフなのではないかと考えていた。数百年の寿命を持つ種族など、エルフの他に思い当たらない。だが、目の前のミロクには、エルフ特有の尖った耳がなかったのだ。
……ん、おい待て、冷静に考えろ。数百年どころではない。ミロクが初代から同一人物であれば、一千年近く生きていることになるんじゃないか? エルフは基本的に人間の五倍の寿命を持つ。千年となると、人間で言う二百歳。いやいや、明らかにイキスギだ。
エルフではない。
では……こいつは、なんなんだ?
「……なあ、おい……」
何かを思い出しそうだ。
なんだったか。
そう、そうだ。
「……喰ったと、言ったか?」
「然様。余はそう申した」
ミロクは深く頷く。
喰った。おかしな表現だ。
喰う……食べる……。
……取り込む。
「…………」
【吸収】……?
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