147 愛試合
間合いを取り、ケンシンと対峙する。
ケンシンは、自信溢れる自然体、何処にも力の入っていないリラックスしきった構えだ。
……わかる、わかるぞ。
こいつ、やはり、敗北を知らないな。
当然か。常に命のやり取りをしてきたんだろう。敗北は、即ち、死を意味する。
「――始めぃ!」
誰かが号令した。
カンベエの隣にいた中年オヤジだ。
「いざ参る」
俺が余所見をしている間に、ケンシンは既に眼前へと迫っていた。
やはり《銀将抜刀術》か。仕掛けは早いが火力の低い攻撃。兜跋流は基本的にぺちぺち戦法なのかな?
「よっ」
軽く躱して、様子を見る。
「甘い」
ケンシンは二の太刀も《銀将抜刀術》で切り返す。
やはりスピード重視のぺちぺち戦法らしい。
アリっちゃアリだが……相手を間違えたな。
「どっちが甘いんだか」
俺は準備していた《香車抜刀術》を使って、回避しつつすれ違いざまに一撃加えようと、スキルを――
――次の瞬間、ケンシンの刀が消えた。
「え」
いや、消えたように見えた。
「うおお!?」
突きだ。
こいつ銀将で突きやがった!
直ちにスキルキャンセル、肩をかすらせギリギリで躱した俺は、三歩下がって間合いを取る。
「…………」
一秒遅れて、心臓がやかましく鳴りだした。
……おい、マジか。
本気か、正気か、狂気か……!
「よくぞ躱した」
ケンシンは薄ら笑いで言いながら納刀し、再び構える。
だよなぁ……笑うよなぁ。
俺もだ。
「すまんな、ちょっと舐めすぎた」
流石、刀で殺し合ってきただけはある。
二の太刀を消すように見せるなんて、未知のテクニックだ。
できれば盗みたい。もう一回、見せてもらえないものか……。
「二度は使わぬ」
あーらら、バレちゃった。
じゃあいいや、自分で模索しよう。
「手も足も出ぬか? 来い」
ケンシンめ、誘ってやがる。
俺を一度退けて、調子づいてきたな。
いやあ、なかなか楽しい。楽しいが……やはり、違うなぁ。決定的に違う。
何が違うって、愛し合えていないんだ。
俺は【抜刀術】を楽しんでいるが、ケンシンは“スリル”を楽しんでいる。
このすれ違い、小さいように見えて大きい。
「それじゃあ勝てませんよ」と、教えてやらなきゃならない。
過去何度もそのような輩を見てきた。「記録が欲しい」「賞金が欲しい」「タイトルが欲しい」と、勝負の場で欲を出したやつは、尽く負けてきている。
身内で通用しても、世界では通用しないんだよ、その考え。
いつかは必ず身を亡ぼす。ケンシンには、不運にも、まだその時が訪れていないだけだ。
「お前が好きなのは、ヒヤリとする一瞬、それだけだろう」
「然様」
「認めたな」
「某は、いつからか、某の命を脅かす者しか愛せなくなった」
「お前は頂に立てる器じゃなかったってこったな」
「……やも知れぬ」
とっくに狂ってんだ、この男は。
スリル中毒。高みにいればいるほど陥りやすい。
そして勘違いしてはならないのが、別段、死にたがっているわけではないということ。スリル中毒の厄介な点は、一見して命を賭けているようで、実際は全く賭けていないところだ。
こいつは欲に支配されている。底なしの欲によって、高みに縛り付けられている。
負かしてやらないとな。
できるだけ、こっ酷く。
「後でアカネコにゴメンナサイしないとな」
恥をかいてもらおうか。
「本当の意味で、手も足も出ないとは、どういうことか……お前に知ってもらおう」
――“セブンシステム”、篤と御覧じろ。
「!!」
初手、《龍王抜刀術》。
相手の対応は二択。発動前に潰すか、距離をとるか。ケンシンは即座に前者を選んだ。
ケンシンの二手目は相も変わらず《銀将抜刀術》。最速で潰そうという判断は悪くない。
三手目、スキルキャンセルの後に《金将抜刀術》。カウンタースキルのため、再びケンシンの対応が肝心になってくるが……。
「させぬ!」
四手目、《龍馬抜刀術》か。なるほどこれも悪くない。
範囲攻撃でカウンターを発動させずに一発食らわそうという魂胆だ。
じゃあ、五手目は《桂馬抜刀術》で距離を一気に詰める動きを見せようか。
「ぬうっ」
六手目、スキルキャンセルの後、《金将抜刀術》を準備。そりゃいただけない。
ンー、だんだん忙しくなってきたねぇ?
「こっちだよ」
七手目、俺は《桂馬抜刀術》を発動。大きな移動+抜刀のスキルだが……俺はあえて軌道を逸らし、空中でスキルキャンセル、ケンシンの真横に移動だけ行った。
「しまっ――!」
しまったね。
八手目はスキルキャンセルからの《銀将抜刀術》だが、間に合わない。
こちらの九手目の方が早いのだ。何故かって、同じ《銀将抜刀術》を先に準備し始めているから。
「ぐっ」
同時に抜刀。当然、溜め時間の長い俺の方が競り勝つ。
ケンシンの刀は横に弾かれ、その胴体ががら空きとなった。
即ち、十手目はパス。ゆえに十一手目で決まる。
「いひひっ」
おっと、いやらしい笑みが出てしまった。
俺は納刀と同時にくるりと回転しながら懐に入り込むと、アカネコの時と同様にケンシンの鳩尾へ鞘の先端を突き入れた。
「――ッッッ!!」
声にならない声があがる。
アカネコよりちょっと強めにしたせいか、ケンシンは道場の畳に両膝をつき、びちゃびちゃと朝メシを吐き出した。うわ、きったね。
……そうだ、同じことをしてやろう。
「ぉげっ!?」
俺はケンシンに歩み寄り、その頬を思い切り蹴飛ばした。
「毘沙門の面汚しめ、お前のようなやつに冠を預けていたと思うと虫唾が走る」
似たようなことを言ってやる。
ケンシンはゲホゲホと咳込み、まだ立ち上がらない。
俺は再びその目の前まで移動し、口を開く。
「いつまでもへばってんなよ。決意を見せろオラ」
しゃがみ込み、ケンシンの脇差を抜き取って、目の前に置いてやる。
「…………」
ケンシンは茫然と俺の顔を見つめ、そして、ゆっくりと脇差に視線を移し、恐る恐る握った。
沈黙が流れる。
脇差を握る手はぶるぶると震え、その目はぐらぐらと揺れていた。
駄目だな、こりゃあ。
「……参りました」
その一分後、ケンシンは静かに土下座をした。
脇差を置き、頭を畳に擦り付け、命乞いをするように。
屈辱だろうな。今の今まで敗北を知らなかった最強の男が、観衆の面前でこのザマか。
「お前が命のやり取りを楽しめていたのは、負けを知らなかったからだ」
「重々、理解いたしまして御座います」
「どうせ自分より弱いだろうという驕りで、いたずらに自分と相手を追い詰めるな。こういうことになるぞ。それにな、己の決意も見せられないようなやつが、弟子に何を説く? 威張り方を履き違えるなよ、ゲロ野郎」
「……身に染みておりまするッ」
ケンシンは、嗚咽まじりに、更に深く土下座をする。
こりゃ暫く立ち直れんだろう。
まあ、こんなところだな。
俺は背後を振り返り、観衆の中からアカネコを探して、声をかけた。
「なあ、アカネコ、もしよかったら――」
「セカンド!! 後ろだ!!」
――家に来ないか、と。そう誘おうとした瞬間。
アカネコが必死の表情で叫ぶ。
おお、初めて名前を呼んでくれた。
あ、いや、それはいいとして。後ろ……?
「うぐっ!?」
どすり、と。
背中に、何か、熱いものを感じた。
「……ふ、はは、はははは! 履き違えておるはお主の方だ、戯け!」
ああ、なるほど、これ、脇差、刺さってんのか……。
「常在戦場! 油断大敵! 猫に鰹節をちらつかせるなど言語道断! 最後に勝てばこそ正しきなり!」
痛ぇ。あー、痛ぇわ……すんげー痛ぇ……。
「手も足も出ぬとはどういうことか教えてやるだと? 馬鹿を申せ! 手も足も出ておったではないか! 一度敗れはしたが、まだ負けはしておらぬ! 最後まで諦念を抱かざることが勝負の神髄に御座る! この試合、紙一重で某の勝ちよッ!」
いやあ、痛ぇ……痛ぇ、けど、さぁ……。
「とどめだ余所人! 二度とその面見せるなッ!」
ケンシンは《銀将抜刀術》を準備し、即、発動した。
大きく振りかぶった、袈裟斬り。
俺はくるりとケンシンの方を向いて――右手をかざした。
「!?」
本来なら、手を切り裂いて両断するだろう一太刀。
しかし、ケンシンの《銀将抜刀術》は、俺の右手でぴたりと止まっていた。
ぼたぼたと血が滴り落ちる。
……やっぱり、痛ぇ。すげー痛ぇんだけどね。
「痛ぇだけなんだよなぁ」
HPは、全く、減らない。
「な、何を、申して……ッ!」
ケンシンは愕然とする。
そりゃそうだ。腕一本で抜刀を防がれたら……それはもう、試合にすらならない。
「……試合にしてやってたんだよ。わかるか? お前、手も足も出ていたとか誇ってたけどな。出てねえって。これっぽっちも。初手からずっと、俺に動きを指定されてたんだ。ああ返すしかなかったんだ、お前は。そんなことも気付かなかったのか?」
ちったー頭使ってさ、おかしいと思えよ。スキルも使わない鞘の一撃であんだけダメージ喰らってる時点で、ステータス差がヤバイくらいあるって気付け。
それをこうもご丁寧に“テクニック勝負”にしてやってたんだ。
互いに、熱く、楽しめるように。
俺の愛だ。
ケンシン、お前はそれを踏みにじった。
お前は、【抜刀術】に唾を吐いた……!!
「変身」
「!?」
雷属性変身。
怒りの表明だ。
もうお前に【抜刀術】は使わない。
そんなに殺し合いがしたいのなら、俺が叶えてやろう。
でもな、お前がやってきたことは、殺し合いなんかじゃないぞ。
……弱い者いじめだよ。
本当に自分の命が脅かされることなんか、望んじゃいないんだろう。だって、負けたことがないんだから。当然、また勝つものだと思っている。そうして実際に戦って勝ってきたんだ。
己を追い込むとは、どういうことか。それは即ち、己と同時に、相手も追い込むということ。己の退路を断つとともに、相手の退路をも断つ。卑怯者め。タイドプールに閉じ込められた魚を追い詰めるように、お前は自分より弱い相手を笑顔で追い詰め殺してきたんだよ。
さあ、次は、お前の番だ。
「め、面妖なッ!? お主、妖術使いか!」
ケンシンは、ぐっと、刀を俺の手から引き抜こうと力を込めている。
しかし引き抜けない。
思い通りにならないだろう? こんなこと初めてだろう?
かわいそうにな、自分より強い者に出会えなかったばっかりに、今までずっと思い通りにやってきてしまった。
そのせいで、こんな酷い目に遭うんだ。
恨むなら、そうやって生きてきた自分を恨むんだな。
「な、な……あっ……」
パキン、と。
ケンシンの刀をへし折った。
脇差は、俺の背中に刺さったまま。
それも引き抜いて、ポキリと折る。
「丸腰だな」
笑いかけると、ケンシンはその場で土下座した。
「参りました! 完敗に御座いまする! 何卒、何卒ご容赦を!」
「芸がないなあ」
「猛省いたしまする! どうか、お許しを! お許しを!」
「大丈夫だ、殺しはしない」
「おお、なんと寛大な……!」
「それよりもっと辛い目に遭ってもらう」
「…………え」
さらばケンシン。
もう会うことはないだろう。
お読みいただき、ありがとうございます。