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145 客人



 吉祥きっしょう流道場からの帰り道。


 隣を歩くアカネコとマサムネは、少々しんみりとしていた。



「……相当、キていたね、アザミ姉さん。まあ、同情の余地はないけれどさ」


 二十代後半、天涯孤独で貧乏で本業がままならないとなれば、ああもなる。


 私怨のありそうなマサムネとしては尚のこと同情などできないだろうが、そう呟いた横顔は何処かもの悲しげだった。



「じゃあ、ボクはここで」


 岐路でマサムネが離脱する。




 それからしばらく歩いていると、アカネコがぽつりと言葉をこぼした。



「マサムネ殿は厳しいことを申される。私は少し、同情してしまった」


 弁才べんざい流家元と、兜跋とばつ流の跡取り……その違いか。


 アカネコもまた、自身の立場が立場ゆえに、アザミの気持ちが痛いほどよくわかるのだろう。



「……意味を考えてみるべきだな」

「意味?」

「自分が抜刀術を続ける意味を」

「続ける、意味……」


 アカネコは顎に手を当てて考え込む。


 そうしているうちに、日子ひるこ流道場の廃屋が近付いてきた。


 答えは、まだ出しあぐねているようだ。


 ならばと、別れ際に、俺はヒントを伝えることにした。



「どんな意味でもいいんだろうが、一つだけ忘れちゃならないことがある」

「忘れてはならない?」

「そうだ」


 頷き、笑顔を見せて、言う。



「笑えなきゃ、意味なんてないぞ」



 ぽかん、とするアカネコ。


 兜跋流の跡取りだから、抜刀術を続けている。恐らくアカネコはそう考えていたのだろう。


 それならそれで大いに結構だが……笑えなきゃあ、続ける意味なんてないんだよ。



「……笑えなければ、か」


 アカネコは少し顔を俯け、自嘲するように微笑んだ。


 納得したみたいだな。



「じゃ、また」



 本日は、これにて終了。


 二日かけて、大黒だいこく流・弁才流・天南てんなん流・吉祥流の四つを回った。


 樹老じゅろう流は行かず、日子流はないものとして、残すところは兜跋流と弥勒みろく流の二つのみ。



 道場巡りも、明日で終了か。なんだか感慨深いものがあるな。




「……あ、そうそう」


 一つ忘れていた。


「アカネコ、座布団ってあるか?」







 夜。

 やはりと言うべきか、廃屋に客人が訪れた。


 俺にとって、今最も興味のある相手だ。



「グッドゥイーブニン、ミスターセカンド」


 天南流家元マムシである。


 俺がこの島に来て早二日、そろそろ噂が彼の耳に届いてもいい頃だと思っていた。


 新しきを求める流派の男が、島の外から来た俺に興味を持たないわけがない。


 結果……座布団を準備しておいてよかったといったところか。



「どうも。マムシと呼んでも?」

「オーキードーキー」


 おお、スラングまで使いこなしている。

 こいつなかなか英語を勉強しているな。


「で、なんの用だ?」

「用は山ほど御座いますね。ですが、用のあるフェイスをしているのはむしろミスターセカンドの方とお見受けいたします」

「じゃあ先に聞いてもいいか?」

「なんなりとカモーン」


「その英語・・、誰に教わった」



 いきなり核心を突く。


 マムシは目を丸くして驚き、ずいっと顔を俺に寄せた。


「今、エイゴと仰いましたね!? ミスターセカンド! この言葉をご存知なのですね!?」

「知らずに使ってたのか」

「イグザクトリィ! この言葉はミーの家に先祖代々伝わる言葉なのです!」


 先祖代々ヒップホップってか。新しいなオイ。


「そしてミーが天南流として独立するきっかけとなった言葉でもあります!」

「ヒップホップ抜刀術か」

「ノー! ホップヒップ抜刀術ね! ミーの完全オリジナルよ~」


 嘘をつけ嘘を。


「じゃあなんだ、文献かなんか残ってんのか」

「イエス! ミーはそれを読んで、ヒップホ……ホップヒップに目覚めたのです」



 ……なるほど、興味深い。

 何がって、その文献を書いたやつだよ。


 この世界、どうやら“英語”という概念がないらしい。しかし、英語は存在する。つまり共通語である日本語の中にいくつかの英単語も含まれているということだろう。イエスとかノーとか、日本人でも知っているような簡単な英単語だ。

 そして、日本語のはい・いいえを、肯定・否定という意味と同じくして、イエス・ノーとも言い換えられると、人々はそう認識しているとわかる。


 で、あれば。その範囲から逸脱した英単語を操るマムシが学んだという文献を書いたやつは……間違いなく、“英語”を知っているということ。



 つまり――可能性・・・が、あるのだ。ラズベリーベルのような、同郷・・の存在の。



「その文献、誰が書いたかわかるか?」


 俺は逸る気持ちを抑えて、慎重に尋ねた。

 マムシはこくりと深く頷いて、口を開く。


「レイカン様と聞いています。日子流の創始者です。ロングロングアゴー、この島へと小舟で流れ着いたという伝承がフェイマスですね」


 レイカン……レイカン?

 なんだろう、何処かで聞いたような……。


「漢字では、こうライティングね」


 俺が首を捻っていると、マムシが紙にレイカンの漢字を書いてくれた。



 ――零環レイカン



 零の環。


 ゼロ。



 …………。




「!!!!」



 0k4NNオカンか!!



「し、知ってる! 知ってるぞそいつ!」

「左様ですか!?」



 メヴィオン最初期に“オカン流”で一世を風靡した初代叡将えいしょう


 対戦戦績は俺の29勝4敗1分け。大きく勝ち越してはいたが、どれも厳しく面白い試合だったのを覚えている。


 実に独創性に溢れた古参プレイヤー、有名な世界ランカーだ。


 しかし、ある時を境に全くINしなくなり、風の噂では引退したのではと言われていたが……。



「……まさか、ここ・・に来ていたとは」

「探し人ですか?」

「まあ、ある意味ではな。オ、じゃなかった、レイカンは今何処にいる?」


 俺が尋ねると、マムシはきょとんとした顔をした。



 …………待てよ。さっきこいつ、なんと言っていた?


 ロングロングアゴー……そう言っていなかったか?



「弥勒流道場の敷地に、お墓があります。そこでスリーピングでしょう」



 ……悪い予感は的中した。


 死んでるってか。えぇ? おい。


 何年前、いや、何十年前の話だ?


 一体いつ、どのようにして、0k4NNさんはここに来た!?


「どれほど、どれほど昔のことだ! 言えッ!」

「お、落ち着いて、シッダウン・プリーズ! ミスターセカンド!」

「……すまん、教えてほしい。レイカンが死んだのは、何年前だ」


 0k4NNさんがINしなくなったのは、確か俺がくたばる八年ほど前だったと思う。


 そう、ちょうどメヴィオンの第3回大型アップデートで【抜刀術】が実装された頃だ。



「何年前と言うより、何ハンドレッド年前と言ったほうが適切です。今や文献で知るよりありません。力になれずソーリー」


 マムシは申し訳なさそうに言った。



 ……おかしい。

 時間の流れがおかしい。


 あっちの世界の一年は、こっちの世界の何十年なんだ……?



「マムシ、頼む。俺はその文献とやらを読みたい。何かレイカンの情報を知れる物はないか?」

「でしたら、ミーの家に伝わるブックを……あ、いや、それよりも」

「?」

「ミロク様に話を伺う方が、グッドな情報を得られるでしょう」

「ミロク? って、弥勒流の家元か」

「イエス。第二十代目ミロク様です。ワン・サウザンド年より前から代々この島の侍を司っておられます。日子流創始者であったレイカン様のことも、レコードしてあるに違いありません」

「わかった、ミロクとやらに聞けばいいんだな?」

「イエス。バット……」


 頷くと、マムシは神妙な面持ちで一言付け加えた。


「ビー・ケアフォウ。ミロク様は決して表舞台には立ちませんが、その実力はナンバーワンと言われています」

「……現毘沙門びしゃもんよりもか?」

「ザッツ・ライト。毘沙門戦出場者は各流派から一人ずつと暗黙のルールがありますが、弥勒流は長いヒストリーの中で一度も出場したことがないそうです」

「…………へぇ」


 興味深いな。


 明日は兜跋流のケンシン毘沙門に、弥勒流のミロクか。加えて0k4NNさんの話も聞けると。


 いいねぇ! 盛りだくさんだ。



「さて! そちらの話が終わったところで、ミーのクエスチョン! 勿論、アンサーしていただけますね?」

「はいはい」


 その後、マムシから興味本位のくだらないことを山ほど質問され続けて夜を明かした。


 本当に夜が明けた。

 まあ、楽しかったからいいけどさ。



 そうして、結局、一睡もできずに最終日を迎えることになる――。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポが非常に良く、イッキに読ませていただいております。 [気になる点] 経験値だけで強くなる世界で、経験値は魔物からもらえる世界で、強者が貧乏な意味がわからないのですが。 ドロップアイテ…
[気になる点] 各流派から1人ずつ毘沙門天に出場出来るならなんで誰もセカンドの顔を知らないんだ?
[良い点] 刀八ノ国編が一番鳥肌立つ章かもなぁ
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