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144 好きだから



「貴女……どの面下げてここに……!」



 マサムネが現れるや否や、アザミは敵意を剥き出しにした。


 対するマサムネは、涼しい顔で口を開く。



「こんな顔ですよ。姉さんと義母さんに育てていただいた顔です」

「心にもないことをっ」

「ええ、まあ。こうしている今も、憎しみばかりが蘇りますが……もう過ぎたことです」

「貴女が殺したのでしょう!!」

「知りませんね。病とは、誰にもどうすることもできないように思いますが」



 何やら二人でヒートアップしている。

 どうでもいいから、早く刀を貸してほしい。


「マサムネ」

「ああ、待たせてごめんね。はい、セカンド君」


 俺が痺れを切らして声をかけると、マサムネは俺に刀を手渡してくれた。

 アカネコに勝るとも劣らない、綺麗に手入れされた美しい刀だ。


 すると、感心する俺に対し、マサムネが忠告するように言った。



「しかし、よした方がいい。がっかりするよ。アザミ姉さんはボクより弱い」



 瞬間、アザミが我慢ならないといった風に立ち上がる。


 握りしめた拳が震えていた。悔しいが、言い返せないんだろう。


「とりあえず味見させてくれよ」

「美味しくないよ、きっと」

「どうかな。俺は湿気た煎餅でもそこそこ食えるんだ」

「……ブレないねぇ」


 マサムネは「やれやれ」という顔をして三歩下がり、壁に寄りかかって腕を組んだ。


 そんな彼女を、アカネコがじーっと見つめる。

 そして、俺に視線を戻すと、問い詰めるような顔で沈黙を破った。



「マサムネ殿と、随分、親密な様子だな? まさか、昨夜か? お前、また何かおかしなことをしでかしたわけではあるまいな……?」



 場合によっては腰の刀を抜きそうなほどの気迫。


 言葉を間違えれば厄介なことになりそうだ。ここは簡潔に事実だけを述べるべきだろう。そう考え、俺は返答した。



「互いの股間を見せ合った仲だ」


「ま、まだ見せてもらってない!」



「えっ」

「えっ」


「……あっ!?」



 全員の視線がマサムネに集まる。


 先程まで憤怒していたはずのアザミまでもが目を点にしていた。



「ち、違う! 言い違いというやつさ! 見られはしたが、見せてはなくて、でもまだ見ては……ああもう! 何を言ってるんだボクは!?」



 マサムネはぽかぽかと自分の頭を叩いて顔を真っ赤にしている。


 俺は、アカネコのレーザービームのような視線に耐えきれず、逃れるようにアザミと向かい合った。



「……あんなあの子は、初めて見るわ。貴方、不思議な人ね」

「そういうのいいから、さっさとヤろうや」

「ええ」


 一言二言交わして、俺たちは道場へと場所を移す。


 道場は綺麗に掃除されていた。埃一つない。毎日アザミが掃除しているんだろう。



「じゃ、よろしく」

「お願いいたします」


 互いに挨拶を済ませ、間合いを取って向かい合う。


 瞬間……場を静寂が支配した。




「――始め!」



 アカネコの号令が響く。



 俺は《香車抜刀術》で先手を取った。


 体重のかけ方でわかる。アザミは、受け・・が上手い。


 なら、俺は攻めないとな。



「やるねぇ~」


 つい感想がこぼれる。



 初手の《香車抜刀術》を、アザミはひらりと躱した。


 しかし、褒めるべきはそこじゃない。

 躱してから抜刀しない・・・・・ことだ。


 ナイス我慢! と言わざるを得ない。


 もし《銀将抜刀術》でも発動してきていれば、そこで「おしまい」だった。《桂馬抜刀術》と違い、《香車抜刀術》ならば移動距離も抜刀時間も短い、ゆえに《角行抜刀術》での対応が間に合うのだ。


 逆にスキルを発動していなければ、俺の《角行抜刀術》に対応する形で《金将抜刀術》を発動できる。そうなるとカウンターが炸裂し、終わるのは俺の方だろう。


 俺は準備していた《角行抜刀術》をキャンセルし、再び間合いをとって納刀した。



「冷や汗をかいたわ」

「大丈夫だ、次で終わる。そしたら風呂にでも入って温まれ」

「……減らず口を」


 仕切り直して、もう一度。



 アザミの弱点は判明した。


 彼女は、鈍い・・



 ……惜しいな。だがこればかりは天性のものだ、仕方がない。


 鋭く繊細で速さのある弁才べんざい流とは、確かに相性が悪いといえる。マサムネがアザミを弱いと言ったワケがわかった。



 しかし有利な状況とはいえ、よく《角行抜刀術》の反撃を見抜いたな。そこは賞賛に値する。


 いいぞ、気分が乗ってきた。



「サービスだ。一つだけ見せてやる」



 真の素早さとは、スピードとは何かを。



 皆、勘違いしているのだ。


 単に、もっともっと刀を早く動かせばいいと思い込んでいる。


 それでは駄目だ。どうしても限界がある。


 その先を目指す工夫・・こそ、世界ランカーに必要とされる技術。



 究極の速さとは、工夫。如何に速く見せるかの演出・・




「行くぞ」


 俺は《飛車抜刀術》を準備しながら、緩やかに間合いを詰める。


「!!」


 相手が対応の初動を見せた瞬間、すぐさまスキルキャンセル、姿勢を低くしてくるりと横方向に一回転した。



 仕組みは単純。緩急をつけ、スキル発動の瞬間を背中で隠す。


 繰り出すスキルは、なんの変哲もない、溜めなしの《銀将抜刀術》。


 それだけだ。

 たった、それだけ。



 …………だが。



「え!?」



 《飛車抜刀術》のゆるやかな準備を見た直後、いきなり見えない所から素早く抜刀されると――こうなる。



 アザミの《金将抜刀術》発動は間に合わない。本来なら、間に合って然るべきタイミングにもかかわらず。


 ただの《銀将抜刀術》が、とんでもない速さに見えてしまうのである。



 不思議なものだな。ほんの少しの簡単な工夫で、こうも結果が変わってしまう。


 だからこそ面白い。人と人との勝負というものは。



「――それまで!」



 アカネコの号令によって、試合は終わった。


 アザミはまだ動けない。寸止めされた刀の切っ先が、首元に突きつけられているから。



「お前は受けに自信があるようだが、反射神経が鈍いから、受け続ける戦い方はやめた方がいい。中盤で攻めに転じるべきだ。もしくは、状況判断能力に長けている強みを活かして乱戦に持ち込めば良い線行きそうだな」


 俺は刀を下げながら、アザミにアドバイスをする。


 それを静かに聞いていたアザミは、俺が言い終わるとゆっくり口を開いた。



吉祥きっしょう流を捨てろ、ということ?」


 ん? どういうことだろうか。


「吉祥流は受け続ける型なのか?」

「ええ。乱戦なんて以ての外。吉祥流の極意は、“せん”を取り、美しく勝つことよ」

「へぇ」


 よくわからん“こだわり”があるんだな。



「まあいいけどさ。だったらお前、才能ないよ。向いてない。やめた方がいい」


「……ッ!!」


「もっと上を目指せんのにあーだこーだ言う意味がわからん。そもそもお前、なんのために抜刀術やってんの? 好きだからじゃないのか?」



 沈黙。


 アザミは下唇を噛んで、俯いた。

 その肩は小さく震えている。



「セカンド君の言う通りだよ。ボクも弁才流の型を見直すことにした。アザミ姉さんもそうした方が――」




「何がわかるのよッ! あなたたちにッ!! 私の、何がッッッ!!」




 ……絶叫だ。


 溜めていたものが一気に爆発したような叫びだった。



「好きだから……? 好きだからってだけで何かをできる幸せを知らないのね! おめでたい人だわ! 私には背負うものがあるの! 何百年も続く吉祥流の歴史を! 一子相伝の技術を! 独りで背負って、ずっと生きているのよッ!」



 アザミの目から涙がこぼれ落ちる。



「才能ないわよ。向いてないわよ。死ぬほど努力したけど駄目駄目よ。義妹の方が何倍も優秀だった。母様には何も期待されてなかった。そんなこと、私が一番よく知ってるわよ! おまけにお金もない! 家族もいない! 私には何もない!! それでも! それでもッ! 吉祥流を守っていかなければならないのよ!!」




 まあ、無理があったんだろうな。日々の生活に。


 ……よくわかるよ。残念ながら。



「貴方が考えるような、そんな単純な問題じゃ――」


「俺が好きだからってだけでやっているように思うか?」


「なっ……」


「やってるよ。好きだからってだけで、ずっとやってきた」


「だったら!!」


「だったら?」


「……だったら……ッ」



 アザミの言葉が詰まる。


 これだけ苦労している人だ、理解できないわけがない。



 ――「好きだから」というだけで、続けることの難しさを。



 散々言われた。この先どうするのかと。

 不安がなかったと言えば嘘だ。むしろ不安しかなかった。

 将来や社会という単語を聞く度に、耳に蓋をして生きてきた。


 ゲームを仕事にしている連中もいたが、俺にはそんな器用な生き方はできない。

 俺はメヴィオンしかしてこなかった。メヴィオンしか知らない馬鹿だった。


 賞金なんぞで一生暮らしていけるわけもない。

 親の遺産もいずれ底をつく。

 メヴィオンが何十年も続く保証などない。


 ……必ず、何処かで終わりを迎える運命だったんだ。


 そうだよ。「好きだから」で解決できるような、単純な問題じゃない。

 でも、好きだったんだ。どうしようもなく。人生を全て賭けてしまうほど、のめり込んでいたんだ。その賭けに負けるとわかっていても。



 でもな。


 自分の「好き」には、決して、抗えないぞ。


 そして――



「待ってろよお前。全部ぶっ壊してやるから」

「何を言って……」

「お前はこの島にいるからいけない。ここは、好きなことをするには向いてない」

「だから、何を!」

「うるさい。いいから、任せておけ」



 ――アザミ、知ってるか?


 この世界って、実は最高なんだぜ。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
変わる勇気、もしくは変えられる力がないが故に自縄自縛に陥ってしまう。アザミの気持ちが少しは共感出来る。と言っても、吉祥流が向いてないだけで抜刀術自体は家元を掲げても赦される程には才能あったから、吉祥流…
[一言] メチャクチャするねぇ
[良い点] 男前だ〜!このままアザミを救ってやれ!そしてマサムネもアザミもアカネコもハーレム入りだ!
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