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142 腹を割って話したい


How do you like saturday?





「やあ、夜分にすまないね。誰にも見つからずに来ようと思ったんだけど……はは、ご覧の通り、捕まってしまったよ」



 深夜0時。

 俺の寝泊まりしている日子ひるこ流の廃屋に、意外な客人が訪れた。


主様あるじさま。この者、主様の寝首を掻こうと企んでいたやもしれませぬ。如何いたしましょうっ?」


 夜の警備を任せていたあんこが、マサムネの首根っこを掴みながら、何故かうきうきと言う。


 しかしマサムネの表情を見るに、残念ながらあんこの望むような血なまぐさい展開にはなりそうにない。


「ご苦労あんこ。悪いが、こいつは客だ」

「然様ですか。嗚呼、残念無念」


「……いやあ、なんとも恐ろしい恋人さんだね」


 マサムネがあんこの呟きにぶるりと震え、怯えながら言った。

 やはり多少の実力を有した者は、あんこの常軌を逸した強さになんとなく気が付くようだ。本能が咄嗟に「勝てない」と判断するのだろう。


 一方のあんこは、恋人と言われたからか、上機嫌な様子で再び警備へと去っていった。


 俺はマサムネを座らせるための座布団を探すが、それっぽいものがなかなか見つからない。仕方がないので、アカネコが準備をしてくれた敷きっぱなしの布団にマサムネを案内する。


 マサムネは、そこに胡坐をかいて座った。まるで男のような所作だ。


 しかし見た目は女。いや、確かに男装しているし、中性的な様相だが、俺には女にしか見えない。

 多分、彼女が相当な美形だからだろう。男にしては少し長めの短髪は、くせっ毛のようで所々くるりと曲がっており、ほんのりと湿っていることから、彼女が風呂からあがって少し経った後だということが見て取れた。


 観察もほどほどに、マサムネの対面へと同じように座った俺は、一息ついてから口を開く。



「で、なんの用だ?」

「ええっと、なんの用だって、君が呼んだんだろう?」

「ああ、そうだな」


 マサムネはきょとんとする。

 そのわざとらしい演技に、俺は舌打ち一つ、口を開いた。


「じゃあ言い方を変えよう。俺はお前に用はない。お前の中身・・に用がある」

「中身……?」

「しらばっくれるな。お前がそういう態度なら、それでいいが……俺からの話はもうないぞ」


 押して駄目なら引いてみる。


 マサムネが俺を訪ねてきたということは、こいつ、少なからず興味があるんだ。



 何にって、勿論、抜刀術に。彼女の極める抜刀術の、その先に。



「…………」


 マサムネは俺の言葉を聞いて、暫しの逡巡を見せる。


 今、彼女の中では、天秤が揺れ動いているんだろう。そう、変化か、維持か、二者択一の。


 そして、彼女は選んだ――



「聞いてくれるかい?」



 ――変化を!



 俺は、ニッと笑って、パン! と手を叩いた。

 なんとなく、手を叩きたい気分だったんだ。


 何かを捨てて、何かを得ようとする。覚悟を決めたその勇気に、賛辞の拍手を。



「それで、お前が納得するなら聞こう。俺は納得する。お前が素を出してくれるのなら」

「もしや、失礼だったかい?」

「ああ。上っ面だけのやつが体裁を繕いながら教えて教えて~とあの手この手で擦り寄ってくるのはもうこりごりだ。俺としては、なんというか、もっとこう、濃密に、腹を割って話したい」

「素直だね、それはすまなかった。でも、ボクとしてもかなり覚悟の要る話でさ……」

「それは知らんけど、きっと悪いようにはしない」

「……変わってるね、君。よく変わってるって言われない?」

「凄くよく言われる」

「だよね」


 マサムネは静かに「ふふふ」と笑ってから、一度だけ深呼吸をする。


 ふう、と一息、話の準備は整ったようだ。




「ボクの父様は屑だった」



 開口一番、とんでもない言葉が飛び出してくる。


「父様は、吉祥きっしょう流先代家元スミレ様の婿だったんだけど、浮気してね。下女との間に生まれたのがボクさ」

「え……婿入りしてたのに浮気したのか?」

「そう」

「いや逆にすげえよお前の親父」


 どんだけハチャメチャなんだそいつ。


「そしてね、ボクの母様も屑だった」

「おいおい」

「吉祥流を乗っ取ろうとしたんだ。ボクを男子だと偽ってね」


 ……は? どういうことだ?


「家元のスミレ様と父様との間には、アザミ姉さんが、つまり女子が生まれていた。でも、そこに男子が生まれたとなれば……」

「いやいや、お前、血筋はどうなる」

「関係ないよ。吉祥流は、実力主義さ。それに、父様とスミレ様は分家と本家、従兄妹の関係にあたる」

「つまり、男で、ちょっとでも血が繋がっていて、且つ実力があれば」

「そう。ほぼ間違いなく、吉祥流の次代家元になる。この島の男尊女卑は根深いからね。ゆえに、母様はボクの性別を偽り続けた」

「やべぇ親だな」

「うん、やばいでしょ?」


 マサムネは笑いながら頷いた。


「でも、ある日バレたんだ」

「まあ、だろうなあ」


 そういつまでも隠し通せるようなものじゃない。


「母様は皆の前で首を刎ねられた。父様は死ぬまで座敷牢に入れられた。そして、ボクはスミレ様の義理の娘となった」

「……わーお」


 えげつないな。


「後は見ての通りだよ。ボクに才能があるばっかりに、スミレ様からもアザミ姉さんからも嫌われて、吉祥流に居づらかったから早々に独立したんだ。弁才べんざい流として」

「なるほどなあ」


 確かに、マサムネには才能がある。惜しいところまで来ている、と言っていい。だからこそ、妬まれもするだろう。ランカーの宿命だな。


「男装の理由もなんとなくわかったわ」

「でしょ? ハイじゃあ今日から女の子として生活してー、ってなった頃にはもう、修正がきかなくなってたんだ。どうしても男としての自分を意識してつい演技してしまうし、そもそも女の子の生き方がどういったものなのかボクにはよくわからなかったのさ」


 なんか、つい最近、何処ぞの聖女様から似たような話を聞いた気がする。

 そういう家庭環境の人って、よくいるんだろうか?


「まあでも、近頃はだんだんと女になってきたと思うよ。皆と触れ合っていたのが大きいかな」

「皆ってのは、弁才流の門下生か。どうして女ばっかり集めてるんだ?」

「さっきも言ったけど、この島、男尊女卑が酷いのさ。だから、ボクがどうにかしてやろうと思ってね」

「強ぇー女軍団を作ってるってわけか」

「そんな大層なものじゃないけど、そうだなあ、女もやるんだぞ! って感じかな」

「実際あの練度を見たら、やるんだぞ! じゃ済まないくらい極まってるけどな、お前の道場。少なくとも大黒流よりは」

「本当!? 嬉しいなぁ」


 マサムネは身を乗り出して驚いた顔をすると、満面の笑みで喜んだ。クールな美人かと思ったら、意外と感情表現が豊かな女だな。



「あーっ……こんなに軽やかに誰かとお喋りしたの、初めてかも。もっと重い感じになると思っていたのになあ、自分でも不思議だよ。君って聞き上手だね」

「普段は話す側だけどな。お前が話し上手なんじゃないか?」

「かもしれないね。あ、そうだ。ついでに相談に乗ってよ」

「構わない。ついでだからな」


 時刻は既に深夜1時を回っている。


 ……もういいや。この際、とことん付き合おう。



「最近、道場の子たちが鬱陶しいんだ」

「いきなりぶっちゃけたなオイ」

「だって、君も見たでしょ? あれが毎日だよ……」

「お前が望んだ形なんじゃないのか?」

「最初は良い気分だったけど……何年も続くとね。だんだん“理想の男性”を演じるのも疲れてきちゃった。ボクは皆の王子様なんかじゃないのにさ……」

「素を出せばいいだろうが」

「……流石、素しかない人は言うことが違うねぇ」

「お? 馬鹿にしてんな?」

「あ、怒った? ごめんごめん、冗談だって!」


 マサムネのやつ、すげぇ饒舌だ。

 エンジンがかかってきたってことか……。


「ね、どうすればいいと思う?」

「どうすればって……お前はどうしたいんだよ?」

「ボクは、皆と仲良くしつつ、素を出していきたいんだけど……皆は多分、王子様のボクを望んでるんだろうなぁ」

「噛み合ってねえな」

「だよねぇ……」


 こりゃ簡単には解決しねえわ。


「諦めろ。もしくは、じわじわと素を出していけ」

「じわじわ?」

「花壇の青い花の色が翌日いきなり赤色に変わってたら皆びっくりするが、翌年翌々年にかけて紫色を経て赤色に変わるなら、誰もあまり気に留めない。まあそういうこともあるか、と思うだけだ」

「セカンド君」

「なんだよ」

「君、天才だね!?」

「凄くよく言われる」


 めっちゃ喜ばれた。

 マサムネはじわじわ作戦を気に入ったようで、「じわじわ、じわじわ」としきりに呟いている。


 よし、じゃあ天才ついでに、本題へと移るか。



「さて、マサムネ。お前に一つ伝えたいことがあったんだ」

「……うん。いよいよか」


 俺が切り出すと、マサムネは話の内容を察したのか、咄嗟に居住まいを正した。


 ピンと伸びた背筋と、鋭い眼光が、やはり“侍”を彷彿とさせる。



 ――侍。一時は馬鹿にしていたが、考えを改める必要がありそうだ。


 彼女は、本当に、侍なのだろう。この世界の、この島では、紛れもない一人の侍なのだ。


 そんな侍に、俺がアドバイスをするというのは……なんとも不思議な感覚だな。


 しかし、こればっかりは俺が正しい。メヴィウス・オンライン世界ランキング第一位として、絶対の自信があるのだ。その信念を胸に、俺は沈黙を破った。



「お前は後手が向いている」


「…………」

「…………」


「………………え、それだけ?」

「以上だ」


「えぇーっ!?」



 マサムネは大げさに驚いて、ころんと後ろに転がった。


 自分が男のつもりだったのか、それとも単にテンションが上がっていたのか、とにかく油断していたのだろう。



「あっ」



 ……つい、声を出してしまう。


 何故かって、ちらりと見えた・・・から。



「あっ!?」


 マサムネはガバッと起き上がると、ばふっと太ももと太ももの間を手で押さえた。



 そして、暫しの沈黙の後。



「……見た?」



 蚊の鳴くような声で、マサムネが言う。



 …………。



 俺は、



「お前は抜刀が遅い。苦手としているな? なら少し無理をしてでも後手を取れ。動体視力はすこぶる良いから、相手の初太刀に対応する形で一本取る練習をしろ。ぬるい練習じゃないぞ、そこに特化させた一撃を必死こいて編み出せ。最低三つは捻り出せ。そしたら、きっとすぐに成果が出る」



 無視をした。




「…………み、見たんだね?」



 マサムネもまた、無視をした。




 無言で、じっと睨み合う。


 この緊迫感……まるで毘沙門びしゃもん戦のようだ。





「――し、失礼する! じょっ、助言っ、誠に、痛み入る! ではっ、またっ!」



 マサムネは顔を真っ赤にして去っていった。

 同じ方の手と足を一緒に出して歩いていた。



 時刻は午前3時半。

 6時過ぎにはもうアカネコが来る。


「……寝るか」


 今夜は、あまり眠れそうにない。色んな意味で。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 褌なのかパンツなのか、はたまた履いてないのか。
[良い点] おいおいこの島に来てもう既に2人も落としてやがるよ
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