138 いざ
あとがきに【お知らせ】がありまっす。
「すげぇ方法見つけた」
《龍王抜刀術》習得条件埋め開始から、丸二日目。
ついにブレイクスルーが訪れた。
俺は閃きを忘れないうち、三徹の朦朧とする頭で考えを整理するよう口にする。
「変身のバフはステ3.6倍で、精霊憑依のバフは4.5倍だろ? 変身で初太刀を歩兵の場合ならクリ出ても一撃にならない場合がほとんどだが、銀将ならたまに一撃しちまう場合がある。で、歩兵でクリ出なかった場合は二の太刀で飛車やっても殺しきれない場合がある。一方で精霊憑依の場合は、歩兵の場合クリで極たまに殺しきる場合があるし銀将の場合なんて以ての外と……」
「我がセカンドよ、九回も“場合”と言ったぞ」
「うるさいな、“場合”騎士団かお前は」
「フハハッ! くだらん。して、その妙案とは?」
「初太刀が変身の歩兵なら、殺しきることはない。二の太刀を精霊憑依の飛車なら、殺しきれないことはない」
「ほう……」
「変身後に歩兵抜刀術で初太刀を、それから抜刀したまま逃げ回って、420秒後に変身が解除、精霊憑依を発動して、飛車抜刀術で二の太刀を。これだ」
この方法、実を言えば盲点だった。
似たような方法でバフポーションの利用があるのだが、【抜刀術】の仕様上ポーションを飲む際は必ず納刀する必要があるため、二の太刀の前にちょいとドーピング……なんて上手くは行かない。
ゆえに、バフでどうにかするという方法は、考えの外にあったのだ。
だが、立て続く失敗にもう何もかもがどうでもよくなって、再びセコ技を考え始めた結果、この《変身》と《精霊憑依》の切り替えを思い付いたというわけである。
「一体、如何ほどの時間かかる?」
「変身のクールタイムが九段で230秒、変身中の時間が420秒、精霊憑依のクールタイムが九段で250秒。習得条件は50回繰り返さにゃならんから、420秒に250秒足して50を掛けて、60で二回割れば……えー」
「およそ九時間半で御座います、主様」
「二日かけて困憊しておったものが、たったの九時間半であるか」
「悲しいなぁオイ!」
ゲーム特有のきったねぇ時短技をこの土壇場で見つけ、嬉しい反面……なんだろうか、得も言えぬ感情がぐるぐると渦巻く。
「はぁ……さっさと終わらせて寝よう」
「その際は是非あんこの膝の上でっ」
「わぁい」
駄目だ、笑顔になったつもりが、表情筋がぴくりとも動かない。
俺はゾンビのようにとぼとぼと移動して、《変身》と《精霊憑依》をひたすら繰り返す作業に入っていった。
「ジ・エンドってね」
きっかり九時間半後。
俺は晴れて《龍王抜刀術》を習得した。
この【抜刀術】、プレイヤーが初心者のうちは、習得条件に頻出する“同レベル帯の魔物”がまだ弱いため、比較的覚えやすいスキルに分類される。だが、メヴィオンにおいて刀を入手する頃合というのは、大抵の場合が中級者以降だ。そのためそれなりに苦労することが多い。
ただ、背後からバフをかけてもらう、といった他人からの協力を得られるプレイヤーならすぐに習得できた。俺もラズあたりに頼めばバフをかけてもらえただろうが……ミニスカの約束もあるしな。魔物や精霊以外の力を借りるのは、なんかズルのような気がしたのだ。
上級プレイヤーのサブキャラは、メインキャラから刀を持ってきて育成序盤のうちに覚えきってしまうなど工夫していたみたいだが、生憎とこの世界ではそれができない。ではオークション等で買えばいい、となるが、そもそもキャスタル王国に全くと言っていいほど刀が流通していない。というか材料の玉鋼も原料の砂鉄も、その一欠片すら見当たらない。
結局、あの島に行くしか習得の方法はないのだろうな。
「クソむかつく……じゃなかった、ミニスカむかつくぜェ……」
折角の面白スキルを秘匿しやがって。
あの島の連中め、覚えてろよ。俺が目にもの見せてやる。
……とかなんとか考えながら、俺は泥のように眠った。と、思う。疲れ過ぎていて記憶が定かでない。
それから数時間後。
あんこに優しく起こしてもらい、俺は最後の習得条件埋めに取り掛かり始めた。
《龍馬抜刀術》――こいつの習得は、めちゃんこ難しい。
条件は「同一の対象に対して100回連続初太刀を当てる」というもの。
この“同一の対象”というのが厄介な部分だ。“同じ種類の”ではない。つまり、うようよと湧き出てくる門番の鎧騎士数体に対して無差別に100回初太刀を当てればいいというわけではなく、今目の前にいるこの鎧騎士一体だけに対して100回初太刀を当て続けなければならないのだ。
ゆえに、間違って倒してしまえば、振り出しに戻る。
加えて、100回“連続”というのがまたなんとも面倒くさい。初太刀の連続、すなわち、合間に防御やパリィを挟めないのだ。ポーションの服用なども不可である。
抜刀・斬撃・納刀、これを純粋に100回連続繰り返さなければならない。もちろん、一度でも攻撃を外したら連続の条件は満たされなくなる。
実に難しい習得条件である。
だが……実を言うと、恐るるに足りない。
――メヴィウス・オンラインの第3回大型アップデートにて、【抜刀術】が初めて実装された頃、早くも《龍馬抜刀術》の習得条件を特定し始めた廃プレイヤーたちは、各々が試行錯誤を繰り返し、情報を共有し合い、一ヶ月と経たないうちに三つの方法を編み出した。
一つは、自動回復のパッシブスキルを持つボスを相手に地道に《歩兵抜刀術》を繰り返す方法。
これは修羅だった。ボスの動きを完全に把握して、攻撃を完璧に躱しながらこちらの初太刀を当て続けるというまさに廃人向けのやり方だ。当然、成功確率は低い。だがその難易度の高さが廃人心をくすぐるのか、当時の最強ボスを相手にした初太刀100連RTA動画が何本もアップロードされていた。
二つは、プレイヤーキャラクターを使ったお手軽回復100連抜刀。
他プレイヤーに依頼して、こちらが《歩兵抜刀術》を当てる度に、相手にポーションで回復してもらうという、なんとも反則的なもの。唯一のデメリットはポーション代が高くつくくらいだが、相手がヒーラーならポーション代もかからずに済むというくだらなさ。当時は殆どのプレイヤーがこの方法で《龍馬抜刀術》を覚えていたと思う。だが、あまりにアレだったからか、臨時アップデートで「同一の対象(魔物)に対して」と条件が変更され、この方法は使えなくなってしまった。
そして……最後、三つ目だ。
これが今回、俺がやろうとしている習得方法。
最も簡単な覚え方を禁止され、それでも楽をしたくてしょうがなかったプレイヤーたちが半ばブチギレながら編み出した方法とは――。
「餅つきだ」
仕組みは単純。二つ目の方法を魔物で行うだけである。
魔物に対して初太刀を当てた瞬間、他の誰かの手で魔物に対してポーションを投げてもらうのだ。こうすることで、習得条件の“連続”が途切れることがなくなる。
斬撃・ポーション・斬撃・ポーション……と二人で繰り返す様子が“餅つき”に似ていることから、この名が付いた。
しかし、この餅つきをただ単にやっているだけでは上手く行かない。魔物が逃げていってしまったり、自由に動き回って攻撃を受けてしまったりする。
ゆえに、然るべき下準備が必要だ。
それは――“壁ハメ”。
つまるところ……ちょうど良い大きさの隙間がある壁を見つけ、ダウンをしない攻撃に対して必ず近接攻撃を選択する行動パターンを持った魔物を連れてきて、壁の向こう側から斬撃を繰り返す。ヘイトは常にこちら側に向けられているため、魔物は近接攻撃行動をとってこちらに向かってこようとするが、壁に阻まれて動けない。その背後から誰かにポーションを投げつけ続けてもらう。
……と、こんな寸法だ。
そして、その近接攻撃の習性というのが、バチッと門番の鎧騎士に当てはまる。加えて、このアイソロイスの城壁は見事にボロボロで、穴の開いた壁などそこらじゅうに点在している。
まさに、おあつらえ向きな場所。ゆえに俺は【抜刀術】習得の場にここを選んだ。
「つまり、今の俺くらいの累積経験値量なら、アイソロイスの門番だけで抜刀術は覚えきれるってこったな」
「……過去、幾度も思うたが、ほんに不思議よのう。我がセカンドは自身の成すことをまるで此の世の真理のように捉えておる。その眼は一点の曇りなく大局を見渡しておるわ」
「よくわからんが、もしかして褒めてる?」
「褒めておる」
「ならよし」
「主様、小瓶の準備が整いました」
「おk」
さあ、いよいよ最後の習得だ。
といっても、数十分もかからないだろうが。
「今、なんと?」
「全部覚えてきた」
「……さ、左様で御座いますか」
家に帰ってすぐ、嬉々としてユカリに報告すると、クソほどドン引きされた。
習得完了まで三日と少し。想定よりちょいとかかったが、それでも十分早い方か。一週間後という約束に若干の焦りもあったからメチャクチャ頑張っちゃったが、流石に三徹はやりすぎたようだ。
余った三日半は、経験値稼ぎに充てようと思う。【抜刀術】全てを九段とするには、地味に溜め続けてきたこれまでの経験値だけではちと足りない。
あんこと一緒にアイソロイスをガンガン周回するのが一番手っ取り早いだろう。40分/周のペースを維持で、20周/日くらいすれば期限までには余裕で達成だ。
「よし、今日はまだ時間あるから回れるだけ回って、今夜ぐっすり寝よう」
誰に話しかけるでもなく宣言し、再びアイソロイスへと舞い戻る。
去り際に「無駄に良い笑顔だな」「水を得た魚のようですね」とシルビアとユカリの呆れたような声が聞こえた気がするが、残念ながら今の俺にはあいつらに構っている暇などない。
一週間後に【抜刀術】スキルを全て九段にすると、世界一位が約束したんだ。いや、全て覚える、だったか? まあいい。とにかくそう決めたんだ。これは、絶対に、身命を賭して果たさなければならない。一週間経って「龍王抜刀術だけまだ八段です~」なんて情けがなくて言えるわけがねえ。眠かろうが怠かろうが、槍が降ろうが暗黒魔術が降ろうが、オール九段は必ず達成する。これは俺と俺との約束だ。絶対に破るわけにはいかない、命賭けの約束。意地とプライドの、漢の約束。そう、根性の、激情の、言わば、魂の……
「ミニ……」
…………おっと、つい本音が。
三日後。
俺はみなぎる謎パワーで一日23周し、軽々と【抜刀術】オール九段を達成した。
現在は、刀八ノ国へと向かう前に、王都ヴィンストンの大通りにある高級衣料品店でアカネコ用のミニスカを探していたところ……なのだが。
なんと、もっと良いモノを見つけてしまった。
「これとこれと、これと、後これをくれ。後これもくれ。それとこれもくれ」
「か、畏まりました」
店員に頼んで、全てプレゼント用に包装してもらう。
ついつい買いすぎた。しかし、これは仕方ないと言える。
俺が購入したのは、ミニ袴セットと、ミニ巫女服セットと、ミニ浴衣セット巾着付き。それぞれロングバージョンも可愛かったので、ミニとロングを一着ずつ買った。計六着である。
「やっぱりなぁ」
なかなかにゴツい金額を支払い、店を出て、一言。
これは前世から常々感じていたことだが、この世界でも同様の感想を抱いた。
メヴィオンは、女キャラ贔屓がすぎる!
どのVRMMORPGもそうなのだろうが、女キャラ専用の衣装や装備が可愛いのなんのって。種類も王道から邪道まで実に豊富だし、そのうえ強いものも多い。対して男キャラ専用装備は、無骨というかなんというか。そりゃあ中にはカッコイイものもあるが、女キャラと比べると明らかに少ない。
まあ、なんだ、つまり……正直言って、羨ましいわけだ。
「……ん? まさか……」
ふと、思う。
メヴィオンでは、女キャラ専用装備は女キャラしか装備できなかったが、もしかして、この世界なら――
「…………いや、やめておこう」
超えてはいけない一線のような気がして、俺は思考のサイドブレーキを引いた。
そんなことより、今考えるべきは刀八ノ国である。
【抜刀術】を全て九段にしたんだから、もうやりたい放題だ。
なんだろう、自然と笑いが込みあげるな。
……首ィ洗って待ってろよ、侍ども。
「ふ、ふふ、はははは!」
いざ――!
お読みいただき、ありがとうございます。
あ、漫画化します。
あと書籍化についての続報もあります。
詳しくは活動報告にて。