15 陰口ボーイズ
「セカンドさん。ボク、あなたのことが気に入りました」
閑散とした学食にて。
俺が牛丼を食い終わると、マインがそんなことを言ってきた。
せっかくの食後の余韻が損なわれるような言葉に、少しカチンとくる。
「おい。なんだその上から目線は。俺は世界一位(予定)の男だぞ」
俺が言い返すと、マインは満面の笑みを浮かべた。
「そういうところです、セカンドさん! ボクこんな“あけすけな人”と話すの初めてだ……!」
ほわほわ~っとした表情で自分の世界に入っていくマイン。
「王立魔術学校に入学すれば身分の差はなくなると聞いて楽しみにしていたのですが、皆さんやはりボクのことを第二王子としか見てくれません。王宮でも学校でも、ボクは第二王子でしかないんです。本当にボク自身のことを見てくれる人なんて、母さんくらいしか……」
ふーん。まあ、よくある話だよな。
「せ、セカンド殿っ」
シルビアに脇腹を小突かれる。おっと、声に出てたか。
「いや、いいんですよシルビアさん。ボクはセカンドさんのそういうところを好きになったんです」
「い、いやしかし、あまりにも失礼では」
「ボクを王子だと知って開口一番に「お前ホモか?」と言う方ですよ? もう失礼もへったくれもありませんよ」
「…………」
シルビアは何も言えなくなった。
俺はぐいっとお冷を飲み干して、本題に移ろうと口を開く。
「ところでマイン。お前、魔道書が何処にあるか分かるか?」
「ええと、学校の中だったら、壱ノ型と弐ノ型が図書室にありますよ。参ノ型も図書室にあるんですが、貸し出しには司書長の許可が必要です。それと、肆ノ型は――」
「待て待て待て。ここに肆ノ型もあるのか?」
「いえ。肆ノ型は王宮に保管されていたはずです。一度だけ見たことがありますね」
「そうか……」
残念だ。もしここに「肆ノ型」の魔道書があれば、ドロップを求めて甲等級ダンジョンを周回しなくて済んだのだが。
「セカンドさん、読みたいんですか?」
「ああ。弐ノ型と参ノ型を読みたい」
俺が即答すると、マインは興味深そうに聞いてきた。
「ジパングでは魔道書は珍しいものなんですか?」
「……そ、そうだな。珍しいな」
やべえ。そういえばそんな設定あったわ。
「ちょ、ちらっと見るだけでいいんだわこれが。どんなもんなのかなっていう、ね?」
なんとか誤魔化そうとしたが、しどろもどろになる。あかん。
「あはは、そんな焦らなくてもいいですよ。後でちゃんと図書室にも案内してあげますね」
「あ、ああ。ありがとう。助かる」
セーフだった。
「では、そろそろ行きましょうか」
マインはそう言って立ち上がると、俺たちの案内を開始した。
「ここが図書室です。もう閉まっていますが」
午後のマインによる校舎案内はものすごーーーく丁寧で、メインディッシュの図書室に至る頃にはもう日が暮れていた。
確かに体育館やらグラウンドやら大講堂やら、その立派さに「おおー」と唸るような場所は多々あったので、案内してもらって良かったと思わなくはない。
しかし、マインの説明はいくらなんでも長すぎるのだ。築何年だの誰が建てただの、こっちは全く興味がないと言っているのに、何度も何度も「ちなみに~」「ちなみに~」と一々うんちくを挟んでくる。
マインが学年首席というのも頷ける。こいつはきっと知識マニアだ。知識を蓄えずにはいられない変態王子だ。
「図書室は王立魔術学校の学生なら誰でも利用できるので、さっそく明日にでも利用してみてください。ちなみにこの図書室の司書長さんは王立大図書館で働いていた経験もある優秀な女性の方でその能力を見込んだ校長が直々にスカウトを――」
また始まった!
「あー……オーケーオーケー、こっちだイカレ王子」
俺はうんちくが止まらなくなったマインの背中に手をやって、優しく帰り道へと誘導する。
シルビアも流石に辟易したのか、疲れた表情で後を付いてきた。
「マイン、帰りはどうするんだ?」
俺がそう聞くと、マインはきょろきょろと辺りを見渡して言った。
「そろそろお迎えが……」
「お迎えにあがりました」
次の瞬間、何処からともなくメイド服の女が現れる。なんじゃそりゃあ。
「今日はとても楽しかったです。では、また明日。セカンドさん、シルビアさん」
マインはそう言って手を振りながら、メイドと共に去っていった。
「ふぅー。肩の力が抜けたぜ」
「それはこっちのセリフだぁ……」
俺の呟きを聞いたシルビアが頭を抱えながら憎々しげに反応した。
「セカンド殿……ほんと、もうほんとにお願いします……心臓に悪すぎるんです……ほんとに……」
ほんとにほんとにと連呼しながら俺に懇願してくる。
今日一日で精神的にかなりキたみたいだ。かわいそうに。いったい誰がこんなことを!?
……あっ。
でもちょうど良かったかもしれない。何故なら――
「大丈夫だ。シルビアは明日からずっと図書室に缶詰だぞ。火属性魔術を覚えるんだろ?」
「…………むっ」
【魔弓術】の習得には【魔術】の習熟が必須である。最低でも『炎狼之弓』に合わせて火属性攻撃魔術「参ノ型」までは覚えておいてほしいところだ。
「俺とは別行動だ。よかったな」
そう言って微笑みかけると、シルビアは「それはそれでなんか……」と小声で呟いて唇を尖らせた。拗ねているのか何なのか分からないが、ちょっと可愛い。
「――だよなぁ、ハハハ」
「ハハ、笑えるな」
不意に、薄暗い廊下の奥から話し声が聞こえてきた。
俺とシルビア以外にもまだ校舎に残っている学生がいたようだ。
図書室は入れないし、今日はもう宿に帰るか――と、俺がそう言おうとした時。
「それにしてもよ、見たか? 留学生とかいう奴」
「ああ、見た見た。ヤッベーわ。男も女も」
どうやら俺たちの噂話が始まったようだ。俺は気になって、廊下の端に寄り聞き耳を立てて息をひそめた。シルビアも気になるのか、俺の後ろにぴったりとくっついて離れない。
「マイン王子と一緒だったぜ。ありゃ何かあるな」
「あー、あのマザコンのガリ勉?」
「お、おいっ、そんなこと言ったらっ」
「平気だって誰も聞いてねーよ。お前もホントは思ってんだろ?」
「……まあ。確かにあいつムカつくよな。上から目線でさぁ、身分を気にするなとか嫌味にしか聞こえねーし。だからぼっちなんだよ」
「ハッハッハ、完全にぼっちだな。ざまあ見ろ」
「なー。ハッハハ」
うわあ……凄い嫌な気分になった。陰口だこれ。
しっかし、マインのやつぼっちなのか。というかこれ間接的にいじめられてねーか?
……しょうがないなあ、俺が友達になってやろう。もしかしたらキャスタル王家にコネクションができて「肆ノ型」を見せてもらえるかもしらないし。いやー、しょうがないなあまったく!
俺がウンウンと一人で頷いている間に、ゲラゲラ笑う彼らの陰口は更にヒートアップする。
「どうせあいつ成績だって金積んで書き換えてんだろ? 王子だからって調子乗ってるよな。俺らは真面目にやってんのにさ」
「嫌になるよな。そのくせ表では優等生ぶりやがって」
「あのまま留学生とやらと仲良しこよしでおとなしくしててもらいたいね。ゴミはひとまとめに、なんつって」
「おうおう、だったらあの“落ちこぼれ獣人”もな」
「あ、忘れてた。あの無能もか。ハッハッハ!」
「ハハハハハ……は?」
――その時だった。
なんとシルビアが飛び出していった。
えっ……何やってんの?
いつもシルビアが言っているセリフが、今度は俺の口から出ることとなった。
「り、留学せっ!?」
「貴様、それは“獣人差別”か?」
「はっ!?」
「獣人差別かと聞いているんだ」
あー、なるほど。シルビアの正義感(笑)が駆り立てられたのか。それなら仕方ないな。
しかし久々に騎士らしい姿を見たなあ。もはや懐かしいまである。
「いやっ、おま、お前は知らないかもしれないけど、F組にエコ・リーフレットっつー落ちこぼれがいるんだよ!」
「そうだよっ、本当に無能でさっ。そいつがたまたま獣人なだけだ! 差別じゃねえって!」
陰口ボーイズは必死こいて言い訳をする。
「そうか。では次に、私とセカンド殿をゴミ呼ばわりした件について伺おうか」
「…………げッ」
彼らの顔がみるみる青ざめていく。
「は、話せば分かるよ。な?」
「問答無用!」
怒れるシルビアの「げんこつ」が2発炸裂し、彼らは頭を押さえて泣きながら逃げ去って行った。
シルビアのSTRが低くてよかったなお前ら……。
「ふふ、成敗してやったぞ」
シルビアはこちらを振り返り「どうだ見てたか?」と自慢げに笑った。もしこいつが犬だったら尻尾をブンブン振っていそうだ。
後々問題にならなきゃいいが……まあ、気にしててもしゃーない。
「帰るぞー」
俺はケビンさんに貰った宿屋の地図を見ながら、校舎を後にした。
……落ちこぼれ獣人のエコ・リーフレット。一応、覚えておくかな。
お読みいただき、ありがとうございます。