137 久々に燃える
「ちょっくら出てくる。三日くらい」
晩メシを食べ終えてから、おもむろに宣言する。
色々と計画を練った末、出た結論は「三日間徹夜必須」だった。
でなければ一週間で【抜刀術】を全て習得しきるなど不可能である。一分一秒も惜しいのだ。
「ちょ、待て、セカンド殿。私もエコも、段々と基礎ができあがりつつあるぞ。そろそろ定跡を覚えてもいい頃合いではないか?」
「いいかんじ!」
「そうか。じゃあ後一ヶ月はみっちり基礎鍛錬だな」
「なぁっ!? 何故だ?」
「基礎ができてるやつは、基礎ができあがったなんて口が裂けても言わねえからだ」
「む、むう……」
反論できなかったようで、シルビアは渋々頷いた。エコは「そっかー」と素直に納得している様子である。
「じゃ、留守を頼む」
「かしこまりました、ご主人様」
ユカリに一言伝えて、俺は家を後にした。
ラズベリーベルは晩メシの後も自室で何やらしこしこやっているようである。恐らくカラメリア依存治療薬の開発だろう。精が出るな、是非とも頑張ってほしいところだ。
「さて」
ぱらぱらと雪の降る屋外に出て、あんこを《魔召喚》しながら考える。
そもそも、俺は【抜刀術】をただ覚えるだけのつもりではない。
一週間後までに、【抜刀術】スキルの全てを九段にする――理想はこれだ。
あの刀八ノ国にひょっとすると潜んでいるかもしれない猛者とのPvPに備え、万全の態勢を整える。そのために俺はわざわざ刀を借りて時短を目論んだのだ。
ゆえに、この一週間で必要なことは、スキル習得条件を満たすことだけではない。
……久々に、燃えるぜ。
「主様、どちらへ参りましょう?」
「お前の実家」
「! 御意にっ」
てなわけで、ゲームスタート。
「のう、我がセカンドよ。その武器“刀”といったか。殊の外、愉快な武器であるな?」
「だろ? 好きなんだよ俺」
「常に仕舞っているというのが面白い。腰にぶら下げた棒きれかと思えば、刹那にして鋭刃と化す。その白刃も実に美しい。我も気に入ったぞ」
「そうかいそうかい」
「……ところで我がセカンドよ。我の出番はいつになる?」
「もうしばらく先」
「然様であるか……」
しょぼんとした顔をする精霊大王。
それもそのはず。俺はアンゴルモアを戦闘に参加させるため召喚しているのではなく、単に「話し相手」として召喚しているのだ。
……アイソロイスを訪れて、かれこれ20時間ほど。
俺は現在、アイソロイスの城門付近にスポーンする門番の鎧騎士を湧いては潰し湧いては潰しと戦闘の真っ最中である。
ここの鎧騎士は、必ず二体以上湧く。加えて、役割が門番だからかリスポーンが他の魔物より少し早いのだ。そのため経験値稼ぎ兼スキル習得条件埋めを目的とした中~上級者にとっては非常に良い狩場となっている。
【抜刀術】スキルの歩兵~角行までは、魔物を何百匹倒すだの、魔物のHPを3割削る攻撃を何百回だのと、他のスキルと似たり寄ったりな習得条件だ。そのため大した苦労もなく覚えられる。
そして、戦闘を始めて丸一日ほどで、俺はようやく《歩兵抜刀術》から《角行抜刀術》までを習得することができた。
「主様、一通り殺めて参りましたっ」
すると、ちょうど良い頃合で、ほんのり上気した顔のあんこが帰ってきた。
俺がスキル習得で忙しい中、あんこにアイソロイスの浅い層を周回させていたのだ。おかげで上乗せ経験値ががっぽり入ってきている。
これで歩兵~角行は全て高段まで上げられるだろう。素晴らしきかな、暗黒狼。
残すは飛車と、問題の龍馬・龍王の三つ。
順を追って覚えていくのが良い。まずは《飛車抜刀術》だ。
《飛車抜刀術》は少し面倒くさい。習得条件は「抜刀術を用いて自分と同レベル帯の魔物を10回連続一撃で仕留める」というもの。
現在アイソロイスに出現する魔物が俺とおよそ同レベル帯のため、ここの魔物を10回連続一撃で殺せば習得だ。
難点は、10回連続一撃という部分。これがなかなかシビアである。
――――――――
【抜刀術】スキル表
純火力:(STR+DEX+AGI+VIT)/5.12+残SP/10^4(帯刀時火力128%)
《歩兵抜刀術》抜刀(単体攻撃)
《香車抜刀術》移動+抜刀(単体攻撃)
《桂馬抜刀術》移動大+抜刀(単体攻撃)
《銀将抜刀術》(溜めるほど)強力な抜刀(単体攻撃)
《金将抜刀術》カウンター(単体攻撃+防御)
《角行抜刀術》素早い強力な突き
《飛車抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な抜刀(単体攻撃)
《龍馬抜刀術》全方位への範囲攻撃
《龍王抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な範囲攻撃
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現状、俺が習得済みの【抜刀術】の中で最も火力を出せるのが《銀将抜刀術》九段である。これを帯刀状態で最大まで溜めてクリティカルを出せば一撃確殺、略して一確だ。
ゆえに、クリティカルが非常に重要となる。10回連続クリティカル・ヒット……クリティカルが50%で発生するとしても、成功確率は1024分の1となる。
流石に付き合ってらんねぇ数字だ。
解決策? 勿論あるとも。
「よし、ちょいとお色直しだ」
俺は準備していた物をインベントリから取り出し、現在の装備と取り換えた。
それは『角換わり』が付与された装備品。角換わりの効果はクリティカル発生率5%上昇というもの。今回持ってきたのはシルビアから拝借した『角換わり 甲羅のピアス』と、『角換わり 革靴』など角換わりの付いた各種付与装備である。用意できた角換わり装備は、頭・胴・脚・手・靴、それにアクセが3つで、計8部位。装備自体は弱いが、付与効果はクリティカル発生率40%上昇というえげつないものとなった。
現在の俺の純クリティカル発生率は、九段の補正値40に、LUKが92、これを10で割って足すので、40+92/10で約49%である。
ここに角換わり装備の付与効果8部位分が足され、最終的なクリティカル発生率は――約89%。
ここまでクリティカル率が上がれば、10回連続クリティカルなど容易いものだ。
……ただ、一つ、気になることは。
「フワハハハ! なんたる滑稽な様相! ださい!! ださいのう我がセカンドよ!」
アンゴルモア、大喜びである。
確かに、俺の格好は激烈にダサかった。ユカリがたまたま付与に成功した角換わり装備を掻き集めたものだから、色も形も全てがちぐはぐなのだ。
「あ、あんこには、よくわかりませぬが……主様の、主様の、な、生着替え、などっ……!」
こっちもこっちでハァハァと息を荒くして今にも襲い掛かってきそうな顔をしている。
全くお前らというやつは……。
「やかましいッ! 送還ッ!」
静かになったところで、サクッと魔物を十数匹倒し《飛車抜刀術》を習得した。
さて、いよいよ龍馬・龍王だ。
ここは《龍王抜刀術》から行く。習得条件は「抜刀術を用いて自分と同レベル帯の魔物を50回連続“初太刀”と“二の太刀”の二撃で仕留める」こと。
初太刀とは抜刀時の初撃のことを、二の太刀とは抜刀した後に斬りつける二度目の攻撃を指す。
【抜刀術】は基本的に「帯刀状態からの攻撃」が主となる。帯刀状態から抜くだけで1.28倍のダメージボーナスをもらえるためだ。ゆえに面倒くさがらず攻撃の都度“納刀”するのがベストである。
だが、時には既に抜刀した状態から刀を振ることもある。理由は場合によって様々だが、素早い追撃が必要な際や、複数を相手にする際などに必要となってくるだろう。
ただ、やはり【抜刀術】とは抜刀することに意義があるスキルだ。不意に相手の急所を突く必殺の一撃こそ【抜刀術】の真骨頂であり、二の太刀はやむを得ずの策だと、俺はそう認識していた。
たかが1.28倍、されど1.28倍である。
《龍王抜刀術》の習得条件を満たす際、嫌と言うほど思い知らされることとなるのだ。その1.28倍の差を。
「だぁーっ! クソ!」
また、二の太刀で仕留めきれなかった。
アイソロイスに籠って、かれこれ二日半。
俺はまだ「50回連続ワンツーキル」を達成できていない。
最高、44回連続。惜しいようで、惜しくない。一度でも失敗すれば、またゼロからなのだ。
「……装備変えるか」
そして、未だに模索中である。
まあ、予想通りと言うべきか。適正な形がなかなか見つからない。
角換わり装備を外し、《銀将抜刀術》で抜刀、《飛車抜刀術》で二の太刀。これだと銀将でクリが出ると一撃で仕留めてしまう場合がある。
かと言って歩兵→飛車では、二の太刀で仕留めきれない場合がある。
他の場合も同様だ。色々な組み合わせを何度も何度も試した。だが、何をどうやろうが、クリティカルと1.28倍が良いところで邪魔をしてくるのだ。
特に1.28倍ボーナスのない二の太刀。これのせいで「ギリギリ足りない」という状況がクソほど頻発した。
その微妙に足りない部分を足りるよう調整すれば、今度は初撃のクリティカルで一発死が出るようになる。
……ここ数十時間で「クソ」と何回言ったかわからない。
どんどん気が滅入ってくる。
これはいかん。そう思った俺は、一計を案じた。
「ミニスカァ!!」
クソではなく、ミニスカと叫ぶ。
少し、元気が出た。
お読みいただき、ありがとうございます。




