閑話 密着騎士団24時
おまけです。
都内某所。
『王都第三騎士団騎馬警ら隊』――王都ヴィンストンの治安を任される彼らは、今日も変わらず巡回を行う。
ここに、凄腕の騎士コンビがいた。
アレックス・ヴァージニア22歳、クラリス・ヴァージニア20歳。
なんと二人は兄妹である。父は騎士爵、妹は第466期鬼穿将挑戦者という驚異の一家。二人がこれまで検挙してきた悪党の数は、所轄の同期の中でも一二を争う。言わば“警らのプロフェッショナル”だ。
「いやあ、平和だねえ」
「フン、良いことだ」
朝方、人気の少ない王都を見回る二人。
あくびまじりの呟き。一見して気を抜いているように思えるが、その目が犯罪者を見逃すことはない。
「…………」
「むっ」
「おっと?」
路地から出てきた若い男性。
いかにも普通の若者といった風貌……だが、二人の目には異常に映る。
「闇に溺れた者の気配だ」
所轄では「貴公子」と呼ばれるアレックス、その片鱗が垣間見える言葉づかいだ。何やら彼には独特の感覚があるという。
クラリスは兄の様子を一瞥し、鼻で笑った。
「私たちを見て、ヤベッて顔して逃げた感じ?」
「うむ。一先ず追っておくか」
「よし、声かけてみよう」
兄の目で発見し、妹の目で分析する。二人が名コンビと謳われる所以である。
「おはようございまーす。お兄さん、ちょっといい?」
「え、はい?」
「何してたのー? こんな朝早くまで」
「いや、ちょっと」
「ちょっと? ちょっと、何してたの?」
「あ? あー……なんだっけ」
きょろきょろと落ち着かない男。
挙動不審である……どうも、様子がおかしい。
「あれかな、これは」
「あれだな、明らかに」
小声で囁き合う。二人は既に、男がおかしい理由に気づいていた。
男から漂う独特な“におい”……それを感じ取っていたのだ。
「あのさ、言っちゃうとさ、もうバレバレ。わかるから私たち」
「そうだ。お前、もう言い逃れできんぞ。さあ言ってしまえ。隠しても無駄だ」
「そうそう。話しちゃった方が楽だよ」
「え……いや」
「出せ。出すのだ。持っているのだろ?」
「ねっ、出そ。ほら所持品見せて。正直になった方がいいって」
「は、はァ? 持ってねえって! なんも持ってねえし!」
男は何かを隠している――二人は男が路地裏から出てきたその一瞬の表情で、そこまで見抜いていたのである。
「クラリス、応援呼べ」
「はいはい」
クラリスはアレックスの指示で空へ向かって“信号矢”を打ち上げる。第三騎士団に場所を知らせるための印だ。
ほどなくして、騎士6人の応援が駆けつけた。
男は騎士たちに囲まれ、もはや何処にも逃げ場はない。
しかし、所持品検査には全く応じようとしなかった。
一体何故。
そう、見られては困るものがあるのだ。
「持ってねえから! ア゛ーッ! しつこいなぁお前らなぁ!」
「隠すなほら。わかってるんだって」
「あああー、邪魔! 邪魔ぁ! 退けよオラ! 弁護士呼ばせろ! 弁護士!」
「その前に所持品見せてって言ってるの」
「見せねぇーよ! なんの権利があんだよコラ! 令状持ってこいよ! オラ! 令状だオラ!」
男は声を荒らげてオラオラと喚き散らす。
乱暴な言葉で虚勢を張っているのだろうか。
「どうして見せてくれないの? なんか見られて困るような物あるの?」
「ねえよオラ!」
「じゃあ見せられるじゃん。見せて所持品」
「拒否するゥ!」
「どうして拒否をする?」
「関係ないっしょお前らにはァ!」
「いや関係ありますから。見せてくださいって所持品」
「だからなんのアレがあって見せなきゃなんねえんだよお前らによぉ!」
……一時間が経過した。
男は縁石に座り込み、未だ所持品検査に応じようとはしない。
しきりにタバコを吸う男。その手はブルブルと震えていた。恐怖か、緊張か、はたまた……。
「もう諦めろって。わかるからこっちは。やってんだろ? なあ?」
「何をだ! やってねえよ! 帰らせてくれや家に!」
「やってないのね? なら見せられるよね?」
「見せねえって言ってんだろ!」
「どうして見せないの?」
「見せたくねえからだよ!」
「そう言われるとさあ、こっちも何か持ってんじゃないかって疑いたくなっちゃうじゃない」
「だからやってねえって!」
「なら見せてって」
「見・せ・ね・え!」
これでは、らちが明かない……騎士たちが溜め息をつく。
すると、そこへもう一人の騎士が駆けつけた。
「照会終わりました。前科二犯で、どちらも※カラメルですね(※カラメリア所持の意)」
「ああやっぱり」
「やはりな」
予想通りの報告に、クラリスとアレックスは小さく頷き合う。
恐らくは……ビンゴ。
ここまで頑なに拒否をするというのは、やはりそういうことであった。
「じゃあ、とりあえず詰所まで行こうか」
「立て。同行しろ」
「嫌だって言ってんの!」
「ほら、立って」
「立ちなさい」
「うるせえ!」
「通行人の迷惑になってるから、立ちなって」
「店先で座り込んでいたら、業務妨害になるぞ」
「お前らがぞろぞろぞろぞろ来るからだろーが! うっぜえなぁああッ!」
「きゃっ」
男がタバコを持つ手でクラリスを振り払う。
すると、クラリスにタバコの火があたったのか、彼女は腕を押さえて声をあげ、大きく尻餅をついた。
「※公妨! 公妨!(※公務執行妨害の意)」
「※ゲンタイ、ゲンタイ! 捕れ捕れ!(※現行犯逮捕の意)」
次の瞬間、第三騎士団は容赦せず男にのしかかる。
数人で押さえつけ、手錠をかけて拘束し、詰所まで連行した。
現行犯逮捕の瞬間だ。
アレックスとクラリスが男に声をかけてから、約一時間半後のことであった。
その後の取り調べで、男は違法薬物カラメリアの使用を自白。男のインベントリからは3グラムものカラメリアが発見され、カラメリア取締法違反で御用となった。
「毎日こうだねえ」
「やはり騎士ゆえに、規律は大切だ」
「でも犯罪は犯罪だから」
「悪人をのさばらせてはならん」
「時間かかっても、こつこつやっていくしかないよね」
「うむ。まあ、これがオレたちにできる最大限の仕事だな」
自分たちにできる限りのことを、地道にやっていくという。
凄腕騎士兄妹は、今日も治安を守るため、王都を巡回するのであった。
王都郊外。
日が暮れて、街灯の明かりが薄暗い夜道を照らす中。
騎士警ら隊のもとに通行人から声がかかった。
「喧嘩、喧嘩!」
「どちらですか?」
「あっち! スラムの方!」
通行人の話によると、つい数分前に男数人で怒鳴り合いの喧嘩があったという。
騎士たちはすぐさま現場へと駆けつけた。
次第に見物人と思われる複数の人影が見えてくる。
しかし、現場には何やら異様な雰囲気が漂っていた。
「えーと、あれか」
「※ガイシャが、えー、4ですね(※被害者の意)」
「大丈夫ですかー? 意識ありますかー?」
「……駄目だこれ、気絶してます」
地面に倒れ伏す男が4人。
凄惨な現場……かと、思いきや。
不思議なことに、彼らは全員が“気絶”していた。
「うーん……」
それよりも、騎士たちには一つ気がかりなことが。
彼らの見た目は、お世辞にも“善人”とは言い難いものであったのだ。
なんらかの抗争があったのだろうか?
考えを巡らせながらも、騎士たちは男4人を保護するため動く。
「あれ……私、見覚えあるかも」
不意に呟く騎士が一人。応援に駆けつけたクラリス・ヴァージニアだ。
彼女は男4人の顔を見て、しばし考えた末、ハッとした表情をする。
「カラメル密造の※マルヒ4人組……?(※被疑者の意)」
「えっ」
まさかの大物。
それも、全員が気絶している状態で発見されるなど……まるで何者かが仕組んだように思える光景。
騎士たちは保護から確保へと方向を転換した。
その後……案の定、彼ら4人のインベントリからは大量のカラメリアが発見されることとなる。
近頃、こういった不思議な事件が後を絶たないのだとか。
そして必ず、そういった事件現場には――
「ああ、ありました。蓮の花」
蓮の花をモチーフにしたカードが残されている。
噂によれば、かの有名な義賊『R6(リームスマ・シックス)』が復活したのだという。
その裏には、某大使が関係しているとかいないとか。
「本当はやめてほしいけどね、危ないから。騎士団内では反対派が多いよ。でも一騎士としては助かってるって思いの方が強いかな、現状は」
クラリスはそう語る。
王都の治安維持は、今まさに新時代へと移り変わっている最中なのかもしれない。
「――のかもしれない、と。これで完成かぁ」
王都の中心部に大きな本社を構えるヴィンズ新聞。その一室で記事を書き終えた若い男は、椅子の背もたれに寄りかかりグーッと伸びをした。
「書けたか。お疲れ」
「あ、編集長、どうも。早速お目通しを」
男の後ろから初老ほどの男が声をかける。ヴィンズ新聞の編集長だ。
彼は記者が書いた記事を完成直後にチェックする習慣があり、今回もまた「ん」と短く一言返事をして、できたてほやほやの記事に黙々と目を通し始めた。
そして、数分後。編集長が沈黙を破る。
「後半ボツ。前半一本で行け」
「えぇ!? 何故ですか?」
キッパリと言い渡す。
当然だが、記者の男は不満顔だ。
すると、編集長はぽりぽりと頭を掻きながら言葉を続けた。
「これ知ってるか? 神の溜め息の話だ」
「いえ、初耳ですが」
「どこぞの神様がな、ちょいと気分が晴れないんで、溜め息をついたんだ。ハァ、と」
「はぁ」
「するとどうなったと思う?」
「いや、どうもこうも……」
「でっかい竜巻が起きて何人も死んだ」
「……なんか、悲しい話ですね。神様って迂闊に溜め息もつけないんですか」
「そうだ。とどのつまり、偉大な力には相応の責任と義務が伴うってことだな」
「すみません、何を仰りたいのかよく……」
「――ん~。私が、教えたげよっか?」
音もなく現れたのは、精霊軍師ウィンフィルド。
彼女は政争時に特ダネを垂れ込んで以来、ヴィンズ新聞と付き合いがあった。
「ゲッ」
「げ? 酷いなー。私、嫌われてるのかなー」
ウィンフィルドの顔を見るやいなや、編集長が青い顔をする。
編集長は彼女のことが苦手であった。その異常なまでの頭の切れを心底恐ろしく感じているのだ。
「ま、いいや。話の続き。神の溜め息、ね」
引きつった表情で硬直する編集長を尻目に、ウィンフィルドは記者の男と向き合う。
神の溜め息の話。言わずもがな、これはウィンフィルドが編集長へと教えた話である。
「要は、ちょっとした気まぐれで、何が起こっちゃうか、注意しないとってこと、かな」
「き、気まぐれですか」
「うん。たとえば、何か大きな力を持った人が、ちょっとした気まぐれで、人助けをする。本人にとってみれば、全然、大したことじゃなくても、助けられた側からすれば、本当の本当に大したことなんだ」
セカンドさんみたいな感じでね、と聞こえないように小声で付け加え、フフッと微笑むウィンフィルド。
彼女の笑顔を初めて見た編集長は、目を丸くして静かに驚いた。
「それは、逆も然り……と?」
「そう。大したことない記事だと、君が思っていても、それで本当の本当に大したことになる人が、いるかもしれないってこと、だねー」
「な、なるほど。この記事が、そうなんですか……」
男はウィンフィルドの言葉を受け、自身の書いた記事に再び目を通す。
しかし、何がそれほど問題なのか、いまいち理解できていないようであった。
「解答は、教えられないなー。自分で考えて、気づくことが、大切かな。記事一つ一つが、読む人にどんな影響を与えて、その結果どうなるのか。ちゃーんと、考えて書かないと、ね」
ウィンフィルドはくるくると指を回しつつ、諭すように言う。
そして、部屋の出口へと向かいながら、最後に一つ言い残すように口を開いた。
「わかってると、思うけど。セカンドさんの記事、書かない方がいいから。良いのも悪いのも、ね。もし見つけたら、私……何するかわからないよ」
ばいばーい、と。脅すだけ脅したウィンフィルドは、二人に冷たく背を向けて、一瞥もせずに去っていく。
かと思いきや、二人の視線から外れた瞬間「ふんふふーん」と鼻歌交じりにスキップして帰っていった。
しばし、沈黙が流れる。
「……なんか、凄く怖いですね、あの人」
「いや、全くもって良い方だ。今日はえらく上機嫌だった。何かめでたいことでもあったんだろう」
「ア、アレでですか……?」
「まあ……お前もいずれわかるさ」
お読みいただき、ありがとうございます。
次回も閑話です。