133 霞んでんスか?
翌朝。
俺はアルフレッドを呼びつけた。言わずもがな、彼の盲目の治療のためだ。
まだ王都に滞在していたアルフレッドは、一時間とかからず招集に応じてくれた。
「もしやとは思うが、もう治療法を習得して参られたのか?」
開口一番、疑いの言葉。
確かに、よく考えたら最後に別れてから二週間も経っていない。
「いや、覚えていない」
「では何故――」
「代わりに聖女を連れてきた」
「…………今、なんと?」
「聖女を連れてきた」
「……聞き間違いではなかったようだ」
アルフレッドはぽりぽりと後頭部を掻くと、姿勢を正しながら言う。
「どうして聖女様がここにいらっしゃるのか、否、ここにいることができるのか、お聞きしても?」
「簡単な話だ。カメル神国で革命が起きて、聖女の居場所がなくなった。ロックンチェアが保護先に俺を推薦し、聖女がそれを受け入れ、俺がそれを承認した。以上だ」
「……この恩は必ず」
「いや、なんのことかサッパリわからないな。たまたまうちに聖女が来たんだ、丁度良いからアルフレッドの目を見てもらうだけで、何故そこまで感謝される必要がある?」
「しかし」
「感謝は特に要らない。その代わり、盲目が治ったら鬼穿将戦に身を入れろ」
「…………かたじけない」
アルフレッドは深く頭を下げた。
こいつ、少し勘違いしていそうだ。俺がアルフレッドのためだけにカメル神国で革命の手助けをしたのだと、そう思っているのだろう。実際はラズのためでもある。というか七割がたラズのためだ。ただ、それを言ってしまうと話がこじれるので、ここは恩を余分に売っておくことにする。
「じゃあ、ラズ。解呪を頼む」
「よっしゃ、任せとき」
盲目の呪いを解くことができるのは、【回復魔術】《回復・異》もしくは《回復・全》だ。
どちらもカメル教の総本山『聖地オルドジョー』でなければ習得することはできない。あそこに何ヶ月も幽閉されていたラズは、暇すぎたせいか【回復魔術】スキルを全て習得していた。サブキャラに覚えさせようと、そのために必要な経験値をぴったり稼いで放置していたというあたり、ラズの細かい性格がよく出ていると思う。
「ほな行くでー」
「切に、よろしくお願いいたします」
ラズが声をかけると、アルフレッドは背筋をピンと伸ばして目を瞑った。
直後、ラズのかざした右手から眩い光が溢れ出し、アルフレッドを包み込んだ。
「うっ……!?」
アルフレッドは眉間にしわを寄せた。まるで、眩しがるように。
「見えるか?」
《回復・異》の光がキラキラと瞬いて消えていく。
俺が問いかけると、アルフレッドはゆっくりと目を開いた。
「み……見える……見える……ッ」
彼にとっては、何年ぶりの景色なのだろうか。
両手を、両腕を、体を、それから俺の顔を見て、彼は少年のような笑顔をする。
静かながらに、とても深い歓喜だった。見えるという当然のことが、彼にとっては嬉しくて堪らない。そんな魂の叫びを、彼はじっくりと噛み締めていた。
「セカンド三冠、やはり噂にたがわぬ美青年だ。聖女様、なんと神々しき美貌。ああ、私は見えている。見えている……!」
こちらまで笑顔になってしまうような喜びよう。俺は「よかったな」と一言、両手を広げてアルフレッドを迎え入れた。
アルフレッドは満面の笑みで俺にハグをすると、声を震わせながら言った。
「ハハ、おかしい。見えているのに、霞んで見えぬ。ハハハ――!」
その後、俺たちは敷地の中の景色を見て回った。
ありとあらゆるものに目を輝かせては新鮮な反応を見せるアルフレッドが面白くて、俺もつい時間を忘れて散策してしまった。
そして昼食をご馳走し、別れの時。
アルフレッドはしっかりと俺の目を見据えて、真剣な表情で沈黙を破った。
「感謝のしるしだ。これを貴殿に」
彼がインベントリから取り出したのは、何処か見覚えのある一本の“矢”だった。
「……まさか、絆之矢か」
「左様。我が家に代々伝わる家宝、これをお譲りしたい」
とんでもないものが出てきた。
絆之矢――所謂「無限矢」である。
この一本さえ番えれば、何本でも矢を放てる。そういった超便利アイテム。当然、相当なレアドロップ品である。
「いいのか? 売れば数億はくだらないぞ」
いや、前世で数億なのだから、この世界では数十億かもしれない。
断ろうかと考えていると、アルフレッドはニッと笑って口を開いた。
「だからこそ。私の目の値段だ、これでは足りないだろうが、その分はこれから時間をかけて返そう」
「……ははは! よし、受け取ろう」
清々しい男だ。
だからこそ。ああ、そうだ。彼の目には数億でも数十億でも足りないほどの価値がある。素直にそう思える返答だった。
「また会おう」
「ええ。その時は、ディーとジェイも」
「ああ、楽しみにしている」
固く握手をして、別れる。
再び、夏季タイトル戦で――。
* * *
近頃のセカンド・ファーステストは忙しい。
それもそのはず、夏季タイトル戦へと向けての準備を今すぐにでもしたいにもかかわらず、カメル神国の革命などという他人同士の喧嘩に茶々を入れていたのだから、忙しくもなる。
自分の世話だけではない。シルビアとエコという愛弟子の世話もある。加えてユカリには鍛冶の指示を出し、ラズとレンコという新たな仲間に立場を与え、大所帯となったファーステスト家の先頭に立ち引っ張っていかなければならない。
ゆえに、どうしても「構ってやれない」相手が出てくる。
現在、約二名。
片方は、拗ねに拗ねていた。「我なんて、どーせ……」と精霊界に存在する大王の屋敷のカーペットにのの字を書き続けているやたらと仰々しい格好の中性的な精霊だ。
もう片方は、混乱していた。「もっと構ってほしいけど、どうしたら……」と、普段の頭の切れの良さはどこへやら、自身の感情の乱れに戸惑いながらうじうじと悩んでいる軍師の混精だ。
その後、更にしばらく放置され。
前者は不貞腐れた。「喚ばれるまで寝る!」と自室に閉じこもり、それから音沙汰がない。
そして、後者は……。
「セカンド、さんっ」
「お? おお、ウィンフィルド」
どんな珍妙な手を使ったのか、あのユカリを騙くらかして、今日この時、召喚してもらえるように頼んでいた。
「あ、の……えーっと……」
相変わらずクレバーで戦略的だが、しかし、いざセカンドと対面すると、彼女の頭は真っ白となる。
何を喋ってよいかわからない。「構ってほしい」と、ストレートに言えない。本当に構ってほしいだけなのか、でなければセカンドにどうしてほしいのか、彼女の思考はごちゃごちゃなのだ。だからといって、思うがままに口を開けば「好き好き大好き!」と溢れ出てしまいそうで、迂闊に喋れないのである。
普段は相談される側の立場。だが、こと恋愛においては、初心者も同然。相談する相手もこれといっておらず、自慢の頭脳も全く機能せず、まさにお手上げ状態であった。
そう、彼女はあまりにも溜め込みすぎたのだ。そして、溜めれば溜めるほど、その想いをぶつける威力は大きくなる。まるで【魔魔術】の《溜撃》のように。
「あ、丁度良かった。ウィンフィルド、お前に何かご褒美をあげないとと考えていたんだ」
「ごっ……ご褒美っ?」
ご褒美と聞いて、ウィンフィルドはつい即物的な思考をしてしまう。
では、セカンドさんと朝寝を――と。
存外、彼女はむっつりであった。
「何か欲しいものはないか? なんでもいいぞ」
「な、な、なん、でもっ……!?」
「え? お、おう」
セカンドが無意識に禁句を口走る。
ウィンフィルドに残っていた僅かばかりの理性は、そこで吹き飛んだ。
「まあ、今すぐってわけじゃなくても――」
「セ、セカンド、さんっ!」
「うおっ、なんだ?」
ずいっと顔を近づけて、ぐるぐると目を回しながら、彼女は口を開く。
「よ、よ、よ、夜……行く、から」
「夜……?」
「行くからぁっ!」
耳まで真っ赤にして去る彼女の背中を、セカンドは目を点にして見送るのだった。
その晩、セカンドの部屋をウィンフィルドが訪れた。
気合の入ったネグリジェを一目見て、セカンドは彼女の覚悟を察する。
二人ベッドに腰かけて、沈黙が流れる中。セカンドは彼女が性欲を恋愛感情と誤認し暴走しているわけではあるまいかと過去を何度も何度も反芻したが、最終的には「やはり彼女からの度重なるアプローチは本気だったのだ」と結論付けるに至った。
むしろ、彼ももともと吝かではなかった。「そういうとこ、わりと好きだぞ」だなどと言って思わせぶりな態度をとって見せていたのも、更なる深い関係を期待してのものだったのだろう。
そして、最終確認を。
至近距離で見つめ合い、理解した。彼女の表情は本気も本気だった。
セカンドが顔を近づけると、ウィンフィルドは目をぎゅっと瞑り、小動物のようにふるふると震える。
ご褒美はまた別に用意しないとな、と。そんなことを考えながら、セカンドはその震える体を優しく撫で、ゆっくりと……
「……あっ……」
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