132 He didn't start the fire.
「作戦会議ーッ!!」
「いぇーっっっ!」
晩メシ後、風呂も入り終わって皆リビングでのんびりしていた頃、俺は唐突に叫んだ。
エコは俺が「作戦」まで言いかけた時点で目をカッと見開いて飛び起きると、西へ東へ俊敏に駆けずり回って、最終的にソファにダイブした。久々の作戦会議タイム、ひょっとすると待ち焦がれていたのかもしれない。
「……心臓が口から出るか思うたわ」
「むっ、それにしては嬉しそうな顔をしているな?」
「いや、センパイとは長いけどな、こんな感じで、団欒? したことあらへんねん。せやから……あかん顔がニヤけてまう」
「ふぅむ。意外とそこまで関係が進んでいるわけではないのだな」
「な、何言っとんねん! うちはそんなんや……なくはない、けどやなっ」
ラズとシルビアが何やら仲良さげに話している。結構なことだ。チーム内が良い雰囲気で困ることは何一つない。
「ご主人様。作戦会議をなさるということは、何か新しいことを始めるおつもりで?」
「そうだ。まあ新しいことっつっても、夏季タイトル戦に向けたあれやこれやだけどな」
「承知しました。では――」
「ちょいと待ちな。これからのことの前に、これまでのことを教えちゃあくれないか?」
「あっ、それうちも気になる」
ユカリが懐からメモ帳を取り出した瞬間、レンコが口を挟んできた。
確かに、経緯を知らないとこれからのことも理解しづらいか。
「よし。シルビア任せた」
「私か? 私か……うむ、私しかいないな!」
一番の古株である。それが嬉しいのか、シルビアは意気揚々と語りだした。
「セカンド殿とは、まず出会いからしてメチャクチャだったな。食料品店の前で踊り狂っているところを私が逮捕したのだ。その後にすったもんだあって私が供をすることになった。するとセカンド殿は言ったのだ。取引しないか? と」
「取引やと?」
「うむ。鍛えてやるから騎士団を裏切れと、そういう話だ。私は騎士団に厄介払いされたばかりだったし、酒に酔っていたこともあってか、つい頷いてしまった。ここが明確に私の人生の岐路だったな。翌日からはまさに新世界だ」
「傷心している女性を酒で酔わせて口説き落としただけなのでは?」
「せ、せやな……」
ユカリが冷ややかな表情で身も蓋もないことを言う。相変わらずの毒舌。いや全くその通りなんだけどもね……。
「セカンド殿は嘘をついていなかった。言われるがままに鍛錬していたら、箸にも棒にもかからない剣術師だった私が、あっと言う間に一流の弓術師になってしまった。特に飛車弓術習得の件については今でも夢に見ることがある」
「あー……まさかセンパイ」
「ああ、俺が囮をやったアレか」
「飛車弓術習得? 何か問題があんのかい?」
レンコがはてなとしていると、シルビアが彼女に耳打ちをした。すると、レンコの表情が見る見るうちに険しくなっていく。
「やっぱりあんた頭おかしいよ……」
「それほどでもない」
褒められてしまった。
「その後ロイスダンジョンを周回しているうち、なんと炎狼之弓が手に入ったのだ。この武器は魔弓術でこそ生きると、今度は魔術を覚えることになった」
「王立魔術学校やな?」
「うむ。そこでエコと、現国王マイン・キャスタル陛下と出会う。ここでもセカンド殿はおかしかった。当時は第二王子だったマイン陛下をまるで舎弟のように扱うわ、突然自分の左腕を斬り落とすわ、魔術大会で全戦圧勝するわ……挙句の果てに第一王子直々の騎士団への勧誘を大勢の観衆の前で真正面から断ったんだぞ? 見ているこっちとしては生きた心地がしなかった」
「い、色々やっとんなぁ」
「左腕をって……聞きたいけど、聞きたくないね」
「そうしてエコが仲間になったのだ。エコは盾術の才能があったようで、破竹の勢いで成長していった。前衛と後衛と遊撃が揃ったとてもバランスの良いチームだ。このままのんびりと三人でやっていくのかと思いきや、セカンド殿が今度はこんなことを言いだした。優秀な鍛冶師が欲しい、と」
「それで私が買われたわけですね」
「……ん? ちょい待ちぃや。買われた?」
「私は元奴隷ですが」
「……はぇー……」
わかるわー、あのリアクション。
現代日本人が奴隷と聞けば、十中八九がああいう得も言えぬ表情をするだろうな。
「私は元主人である女公爵ルシア・アイシーン様によって洗脳魔術をかけられておりました。ひょんなことから今のご主人様と数日間二人きりになる機会が訪れ、そこで洗脳を解いていただいたのです」
「ルシア女公爵か! なるほどなぁ、洗脳魔術を解くって、ほんならめっちゃショッキングなことが起きたんちゃうか?」
「ご存じなのですか。ええ、その通りです。多くは語りたくありませんが」
「これも聞きたいけど聞きたくないね。はぁ、頭が痛くなってきたよ、あたいは」
「以降はご主人様のメイドとして、秘書として、そして鍛冶師として活動しております」
「うむ。ユカリがチームに入ってから、目に見えて金回りが良くなったな。プロリンダンジョン周回でミスリルを集めて一攫千金を狙った時も、アンゴルモアのせいで大失敗しかけたが、結局はユカリの働きで上手くいったのだからな」
「…………えっ」
お、食いついた。
「あ、アンゴルモア!? アンゴルモア言うたか今!?」
「うわあ落ち着けっ! なんなのだ一体!?」
「自分わかっとるんか!? アンゴルモアやぞ!? アンゴルモアやぞ!?」
シルビアもエコもユカリもレンコも、その価値を本当の意味ではわかっていない。
俺とラズだけはわかる。メヴィオン内に僅か29体しか存在しなかったアンゴルモアの、その途方もない価値を。
「センパイが召喚したん!?」
「おう。凄くない?」
「凄すぎるわっ! どんだけツイとんねん!」
プレミアム精霊チケットを使ったとはいえ、一発でアンゴルモアを引く豪運は自分でも凄いと思う。
ただラズも見たところ課金アバターだから、プレミアム精霊チケットを持っているはずだ。レアなのが引けるといいけど、如何せん一発勝負だからなぁ……。
「はー、驚き疲れたわ……」
「あたいにはよくわからないけど、ラズベリーベル様がこれほど取り乱すってことは……相当なもんなんだろうね」
相当どころか、世界一位だった前世の俺でさえ持っていなかった精霊だ。これで驚かずに何で驚くというのか。
「うーむ、その後は確か、この家を買ったんだったな。200億強だったか。ユカリの交渉とランバージャック伯爵家のコネがなければもっと高くついていただろうな」
「にっ……200億だって!?」
今度はレンコが大声をあげる。対してラズは「凄いなぁ」くらいのリアクション。こうも反応が違ってくると面白いものがあるな。
「湖畔の一等地の大きな家だとは思ってたけどさ……まさか200億CLもするなんて知らなかったよ」
「ええと、家はここだけではありませんが」
「……何だって?」
「明日にでも敷地内を見て回ったら如何でしょうか」
「…………そ、そうするよ」
心なしかユカリの機嫌が良く見える。我が家を自慢できて嬉しいのだろう。
「で、困ってしまうのが、だ。家を買ってすぐに、セカンド殿は準備が整ったとかなんとか言って家を出ていって、四ヶ月も戻ってこなかった」
「……はい?」
「四ヶ月後、ふらっと戻ってきたと思ったら、バカみたいに強い黒衣の女を連れていた。アイソロイスという甲等級ダンジョンの魔物をテイムしたらしい」
「暗黒狼。アイソロイス城の地下大図書館に住む裏ボスだ」
「……らしい。困ってしまうな?」
「あたい、知ってるよその女。狭い部屋で、二人きりで話したことがある。普通に会話していただけのはずなのに、何度も何度も死ぬんじゃないかと思ったけどさ……まさか甲等級のボスだとはね」
「ええ。事実、初対面の時、私とシルビアとエコは三人同時に一瞬でHPを1にされましたから」
「そらあかんわ……しっかし、暗黒狼をテイムって、センパイらしいなぁ」
意地でも欲しかったからな。文字通り死に物狂いでテイムしたよ。
「その後はなんだったか……そうだ、政争に茶々を入れていたな」
「茶々どころか、ご友人のマイン陛下に政権を握らせるべく暗躍して、結果その通りにしていますからね」
「カメル神国の一万はくだらない軍勢を一人で追い払っていたな」
「最終的に架空の国家の全権大使ということになって、この土地も大使館として認められていますし、私たちも大使館職員として働いていますし、もちろん税金は全く払っておりませんね」
「もう無茶苦茶やん……」
政争の件はほとんどウィンフィルドのお陰だけどね。
「うむ、私もそう思う。そして、タイトル三冠だ。前人未到の偉業を達成して、観客全員が注目するスピーチで、セカンド殿は出場者全員に説教したからな。そのうえこれでもかというほど挑発して、挙句の果てに来季八冠予告だ」
「その直後にカメル神国へ潜り込んで革命を成功させて、聖女を奪還ですか」
「……なんか、あたいらが四苦八苦してたのが馬鹿みたいに感じるね」
奪還がスムーズに行ったのもウィンフィルドのアドバイスのお陰なのよね。
こりゃ明日にでもウィンフィルドには労いのご褒美をあげないと駄目だな。あまりにもお世話になり過ぎている。
「しかし改めて思い返してみると、とんでもないなセカンド殿……」
「行く先々で関わった何かが盛大に燃え上がっておりますね。まるで火をつけて回っているようです」
「いや俺が燃やしてるわけじゃないぞ。周りが勝手に燃えてるだけだ」
「……センパイ、流石に擁護できひんわ」
「あんた自覚ないんだね……」
酷い言われようだ。
「さて、こんなところだろうか」
「おおきにシルビアはん。ユカリはんも。話の流れ止めてしもて堪忍な」
「いえ、必要なことでしたので」
経緯の説明が終わった。
ようやく本題だな。
「よし。今後、俺とシルビアとエコは、夏季タイトル戦を見据えて活動していくことになる。俺のことは俺でやるから置いといて、シルビアとエコ。お前らには特訓メニューを用意した。それをやれ」
「うむ! いよいよだな。どのような特訓だ?」
「うみにいく!?」
シルビアはわくわくしている様子だ。エコは、えー、海に……どゆこと?
「海には行かないぞ。まずシルビア、お前は体術を習得しろ。これでSTRとDEXとAGIを満遍なく底上げする。加えて今やっているエイム調整法を続けながら、弓術の定跡を覚えてもらう」
「承知した。ついに定跡か……!」
「エコ。お前は斧術を習得しろ。つまりSTRガン上げだ。それと、盾術の定跡も覚えるぞ」
「わかった! うみは?」
「……今度行こうか」
「うきゃーっ」
単純に海に行きたかっただけのようだ。
「ユカリ。お前は夏季タイトル戦までの間、装備品の作製に奮闘してもらうことになる」
「お任せくださいご主人様。準備は整っております」
「使用人たちは大丈夫か?」
「零期生の14人が育ってきております。彼女たちに任せておけば問題ないでしょう」
「そうか」
そろそろユカリにも鍛冶師として本格的に動き出してもらう。
特に、夏季タイトル戦は暑いかもしれないということが判明した今、なるべく薄着で強力な装備を用意する必要が出てきた。そのためにはユカリの力を借りないわけには行かないのだ。
「ラズ。お前は依存症治療薬の開発だな。大いに自由にやってくれ。何かあったら相談しろ」
「おおきにな、センパイ。うち頑張るわ」
「よし。最後、レンコ。お前は王都で義賊をやれ。存分にやれ。思うがままにやれ。で、何かあったら相談しろ」
「ふん。言われなくてもやってやるさ、思う存分ね」
オールオッケー。
作戦会議、早くも終了だ。
「ところで、セカンド殿。夏季はどのタイトルを狙っているのだ?」
お開きムードでソファのクッションに埋もれていたら、シルビアが隣に腰かけて、そんなことを尋ねてきた。
夏季タイトル戦では、そうだなぁ……。
「闘神位、四鎗聖、千手将、天網座、毘沙門かな。あと一閃座、叡将、霊王の防衛」
「……まあ、わかってはいたが、凄まじいな」
「5足す3で、八冠ですか」
「体術、槍術、杖術、糸操術、抜刀術やんな。流石いいとこ突くわぁ、センパイ」
「それ……五つ全部のスキルを九段にするってことかい? ……え? 冗談だろ……?」
「前回はあれほど挑発しまくったからな。きっと強いやつが出てくるに違いない。今から楽しみだな!」
「そんな屈託のない笑顔で言われても……」
呆れるシルビアを横目に、俺は寝転がって微睡む。
エコがクッションと腹の間にぐいぐいと押し入ってきた。なかなか温かくて心地良い。
「ご主人様。お忘れのようなので申し上げますが……アルフレッド様への報告はよろしいのですか?」
「…………あっ」
お読みいただき、ありがとうございます。
<現時点で判明しているタイトル一覧>
【剣術】 一閃座
【弓術】 鬼穿将
【盾術】 金剛
【魔術】 叡将
【召喚術】 霊王
【体術】 闘神位
【槍術】 四鎗聖
【杖術】 千手将
【糸操術】 天網座
【抜刀術】 毘沙門