130 優しく諭すと咲く示唆や
「ご主人様、私もあまりとやかく言いたくはありませんが……男、だったのでは?」
家に帰るやいなや、ユカリが冷ややかな顔で問い詰めてくる。
そういえば、皆にはフランボワーズ一世を「死んだはずの男」と説明していた。
だが、今や見る影もない。あの男くさいハゲたオッサンの「フラン」は、モデル体型の超絶美形な女の子「ラズ」へと変貌を遂げている。そう、ユカリが嫉妬を口にするくらいには可憐な美少女に。
とはいえ、中身がどうとか前世がどうとか、一から説明するつもりはない。ゆえに、ここはゴリ押しだろう。
「なんか性転換してた」
「よくそんなに堂々と嘘がつけますね……」
呆れられた。でも嘘じゃないんだよなぁ……。
「まあまあ。うちが男って偽ってただけや。センパイはワルないで」
「……左様ですか」
流石はラズ、空気が超読める。
こいつ、昔から頭の回転がかなり速かった。そういうところを気に入って、よく一緒に行動していた節もある。
「先輩だと? ううむ、前から気になっていたのだが、二人は一体どういう関係なのだ?」
なんとか誤魔化せそうな雰囲気の中、シルビアが真正面から質問してきた。こういうところ好き。
「あー……」
「ちゅ、中学が一緒やったんや!」
俺が言い淀んでいると、ラズがすかさずフォローを入れてくれる。こりゃもう全部任せた方がよさそうだな。
「チューガク? な、なんだ? 何かいかがわしいものかっ?」
「ちゃうわ! なんでやねん! 中学ってのは、えーとな、あれや、十代前半くらいの子供が通う学校みたいなもんや」
「学校か、なるほど。となると……セカンド殿は学校に通っていたことになるのか?」
「おいどういう意味だ」
信じられないというような顔で呟くシルビア。こいつ俺のことを馬鹿だと思ってやがるな? ちくしょう否定できねえ。
「――失礼いたします」
俺が打ちひしがれている間に、リビングにキュベロとビサイドが入ってきた。
二人は俺とユカリたちに丁寧な礼をして、それからレンコの方へと視線を向ける。
「お嬢、無事で御座いましたか……!」
「お嬢! おいらぁ、一目見て安心しやした。健康そうで何よりですわ!」
義賊R6の生き残りは、今のところこの三人。ウィンフィルドが短くない期間を費やし調査してもレンコしか見つかっていない現状、もうこれ以上の発見はほとんど期待できないだろう。それをわかっているからか、二人はレンコとの再会を心の底から喜んでいた。
その気持ちはレンコも同じに違いない。だが、彼女は何故だか不満げな顔をした。
「……あんたたち、あたいより先に頭を下げる相手がいるんだね」
跳ねっ返りも、ここまで来ると度が過ぎる。
「あいつはわかるよ。でもね、そのメイドたちよりもあたいは下がるってのかい?」
俺を指さしてあいつと言う。メイドたちってのは、ユカリとシルビアとエコか。
確かに、使用人よりも下の扱いをされたら疑問に思うかもな。しかもユカリはダークエルフだから、この世界の常識的にはとても偉いとは思えないのだろう。まあ実際は家主の俺より偉いんじゃないかと錯覚する時があるくらい家の中での地位は高いが……。
「…………」
キュベロは珍しく黙り込んだ。
怒れないんだろうな。レンコはカタギだ。義賊の流儀に巻き込むのは良しとしないのだろう。かと言って、彼女はまだファーステスト家に入ってはいない。立ち位置が曖昧ゆえに、義賊としての一喝もできず、いつもの委員長のような優等生発言もできないでいるのだ。
「なあ、うちが言ったってもええか?」
どうしたもんかと黙って聞いていると、ラズが俺の耳元で囁いた。
……うん、それが一番いいだろう。俺は「よろしく」と頷いた。
「レンコ」
「はい」
「もう試すのはやめーや」
「……!」
いきなり核心を突く。レンコは目を見開いて沈黙した。
「存在価値が見いだせへんからって、今の自分と過去の自分をふらふらしとったら、大事なもん見失うで。今はな、いくら憎まれ口叩いたって仕方ないなぁ言うて構ってくれる人が大勢おるわ。けどな、あと一年経ったらわからんで」
「……いや、あたいは」
「自分で生きていくんや。他人が与えてくれるもんにぶらさがっとったら、一生上がれへんよ。ずーっと落ちてくだけや」
「そんなの……あたいだって」
「わかっとったか? わかっとってやってたんなら……もう救いようないわ」
「…………っ」
懐かしい話だ。存在価値。俺も若い頃にあーでもないこーでもないと考えたことがある。
レンコの場合、大義賊R6の親分リームスマの娘という自分と、唯一の聖女専属侍女という自分の、二つの間で揺れ動いているのだろう。
ラズから与えてもらった知識で強くなっても、それが仮初のものであるとなんとはなしに理解しているからか、いまいちアイデンティティとしてしっくりこない。おまけに教皇の暗殺も失敗した。となれば、残る存在価値は親分の娘というブランドだけ。
そうして過去の自分に縋り、現在の自分も捨て難く、ふらふら迷っているうち、最終的に外側だけが上等な中身スッカラカンの思春期少女ができあがったというわけだ。
「あんたが威張れてんのんは、ぜーんぶ他人のおかげや。そんなんで頭下げられて気持ちええか? まあ気持ちええやろなあ、その一瞬だけは。でも後から虚しいやろ? なあ、本当に認められたいんやったら、相応のもん身につけてから威張り。親の七光りなんて一光りくらいにしときや。相撲とるんならうちの褌は履かんといてや。全部自分でやったらええやん。自分の力で尊敬されるようなったらええやん。したら気持ちええでー?」
「…………」
優しく諭すように話すラズと、それをただ俯いて聴いているレンコ。
完全に先生と女子高生の説教風景である。
「うちはそういうのが好きや。逆によそから引っ張ってきたもん持ち出して然も自分の意見のように語って他人を否定するやつが一番嫌いや。自分で考えてから自分の意見を言わな。自分で戦ってから自分の力を威張らな。せやろ?」
ああ、すげえよくわかる。俺も赤の他人が語る“常識”という言葉が大嫌いだった。
ラズに重ねて言えば、こういうことだろうか――「常識的に考えて女装するのはおかしい」と。
俺に重ねて言えば、こういうことだ。「ゲームに人生賭けるとか常識外れもいいところ」ってね。
勝手に常識を味方につけて一般人代表みたいな顔をするなと。正々堂々面と向かってお前個人の意見を述べてみろと。そういうことだろう?
ラズは、過去の自分に重ねて示唆しているのだ。格好の悪い生き方というものを。
「優しい方ですね、彼女は」
ラズが説教を続ける中、キュベロが俺に話しかけるように小さく呟いた。全くもって同意だ。
利用し利用される関係だった二人。夜明け前の地下牢獄でレンコが言ったように、ラズにも多少の負い目があったのだろう。だから優しく説教している。一から十まで教えてやっている。人生の先輩として。
レンコが命懸けで欲しがった友情とも親愛ともとれるそれは、既にラズの中で大きく育まれていたのだ。
……ラズがレンコを俺のもとに連れてきた理由が、少しわかったような気がした。
「ほな、レンコが自分をしっかり見据えられるように、皆でレンコの良いところを言い合うで!」
と、しばらく聞いていなかったら、なんだかおかしな流れになっていた。そりゃ優しすぎませんかね、ラズさん?
「うちはな、レンコの義理堅さが気に入っとんねん。センパイは?」
「俺かよ。んー……根性だけは人一倍あると思う。次シルビア」
「わ、私か。うーむ、悔しいが見た目は美人だな。ユカリ」
「……まあ、スタイルは良い方なのではないでしょうか。エコ」
「なに!?」
「エコお前なんも話聞いてなかったな?」
「うん!!」
元気でよろしい。
「じゃあキュベロ」
「私もですか。ええと、お嬢は一本気で、情に厚く、えー……ビサイド」
「カシラァ、勘弁してくださいよ……あー、お嬢は活発でさぁな。体を動かすようなことが向いてんじゃあねぇですかい」
「そしたら一周してまたうちやな。レンコはなぁ――」
「わ、わかった! もういい! もういいからっ!」
その後、ゆでだこのように赤くなったレンコを囲んで、しばらく皆で談笑した。
まあ、上手くやっていけそうなんじゃない?
「あ、やべえスチームにお礼言うの忘れてた」
昼前。
昼メシは「具だくさん肉まん」だとユカリに言われて俺のテンションが急上昇する中、ラズが「豚まんやろ」と一言、それから小一時間ほど肉まん豚まん論争をしていたら、ふと思い出した。
「ちょっと行ってくる」
あんこを《魔召喚》しながら皆に伝える。遠い辺境の砦まで「ちょっと」で行って帰ってくることができるのだから、全く便利な世の中、否、便利な使い魔だ。
《暗黒転移》と《暗黒召喚》でぬるりと飛んで、スチーム・ビターバレー辺境伯を探す。
お目当てはすぐに見つかった。
「そろそろ来ると思ってましたよ」
執務室の椅子にて、スチームが嫌そうな顔で俺を出迎える。せっかく執務室の外に転移してやったのに、どうやら要らぬ気遣いだったらしい。
「どうせセカンド卿のことです。今朝にはもうごたごたが全て片付いていたのに、私のことはすっかり忘れていて、今しがた思い出したのでしょう?」
「凄いなお前、大正解だ」
「ええ、この若さで辺境伯までのぼり詰めた男ですから。しかし悪びれもしないとは相変わらずですね」
自分で言うお前もお前だと思うがな。
「さて、幾つも聞きたいことがありますが、二つだけ……まず一つ」
「なんだ?」
「どうやって革命を成功させたんです?」
……こいつ。
「知らないなあ。神風でも吹いたんじゃないか?」
「よくもまあそんなに堂々と嘘がつけますね」
ついさっき全く同じことを誰かに言われたような気がする。
「悪いが、俺は常日頃から堂々としているんだ。嘘をつく時も、嘘をつかない時もな」
「これは失礼を。では二つめの質問です。たった今、マルベル帝国軍がカメル神国西の“シズン小国”に侵攻しました。ご存知でしたか?」
マジかよ。
「知らん。逆に一つ聞いていいか?」
「なんなりと」
「何故たった今起きたことをお前が知っている?」
「チーム限定通信、貴方も使っているでしょう?」
おいおい!
「そんな機密事項、俺に言っちまっていいのか? 多分、マインにも言ってないんだろう?」
「貴方には隠さない方がいいと判断したまでです。貴方からの信用を失うくらいなら全てを明かした方がマシだ」
「気持ちの良いこと言ってくれるね相変わらず」
恐ろしく優秀なやつだな。
じゃあ、アレ、聞いてみるか。
「なあ、お前、カラメリアに一枚噛んでるのか?」
「まさか! あれは現在の形では害悪でしかない。神国が扱い方を間違えたのです。私なら鎮痛薬として使います」
「鎮痛薬?」
「おや、てっきり聖女が調合したとばかり思っていましたが……聖女は貴方のもとにいるのでは? もしくは、まだ話を聞いていない?」
「後者だな。前者に関しては、友人から保護を頼まれたと言っておこうか」
「では帰って聞いてみることです。保護については、ええ、それがいいでしょう。貴方は注目の的だ。有識者だけでなく馬鹿にまで邪推をさせてはいけない」
「辛口だなあ」
「辛い食べ物は苦手ですがね。ちなみに下戸です」
「じゃあ今度飲みに行こうか。王都にカライっていう名前のカレー専門店があってな」
「話聞いてましたか? いや、逆に聞いているのか……」
呆れ顔のスチームに背を向けて、あんこに転移をお願いする。
最後の最後、転移する寸前に、俺は振り返って口を開いた。
「ありがとう」
返事を聞かずに転移する。
去り際の、スチームのきょとんとした顔が傑作だった。
昼メシ時。
俺はユカリに頼んで我らが軍師を喚び出してもらった。
「ウィンフィルドよ。食事中にすまないと思っている。だが至急聞きたいことができた」
「いーよ、セカンドさん。なーに?」
「ふぇいふぉふあひふんほうほふひひぇえおんあっへひいあむああ」
「まさか、まず肉まんを口に入れてから、喋りだすとは、思わなかったなあ……」
困ったように笑うウィンフィルド。
俺は食べたい時に食べたいものを食べる主義である。これから話し始めようというその瞬間に視界に入った肉まんが実に美味しそうで「アラっ」と思っちゃったから口に入れた、それだけだ。
「ええと、なになに。帝国が、シズン小国に、攻め込んだって、聞いたんだが?」
すげえ通じた!
「だいじょーぶ、だよ」
「マジで?」
「うん。だって、いずれ、帝国、ヤッちゃうでしょ?」
…………。
ああ、うん。そうね。
「じゃあいっか!」
「いっかー」
わははと笑い合う。
笑いごとじゃないだろう……とシルビアが呟いた気がしたが、気のせい気のせい。
「あ、そうだ。ラズベリーベル、さん。ちょっと、いい?」
「うち? ええよ」
まあうちに肉まん派の言葉を聞ける理性が残っていればの話やけど、と肉まんを手に言うラズ。まだ言ってるよ……こいつ豚まん派の中でもかなりの過激派だな。
「カラメリアの、依存症治療。どうすればいいと、思う?」
「……おっと、深刻な話やな。真面目に話さなあかんか」
豚まん過激派は自分の皿に肉まんを置き、一旦肉まんも豚まんも全て忘れて、真剣な表情をした。
「確かに、カラメリアはうちの作ったもんや。でもな、あれはオピオイド言うてな、本来は鎮痛薬なんや。適切に使うとけば安全で画期的な薬や。ただな、乱用した場合についてだけ、まだまともに確認できとらへん。せやから、乱用しとる人が今どうなっとんのか、うちはようわかっとらへんねん。本当はあかんことやねんけどな……」
教皇に閉じ込められ、強制的に作らされていたのだから、仕方のないこととは言える。
だが、事実、この世界にカラメリアという薬物を蔓延させることとなった根源とも言える。
乱用をさせないように、徹底して管理しなければならなかったのだ。あの状況下でブラック教皇に逆らえるものならな。
「一人、いるよ、身内に。依存症の、患者さん」
ウィンフィルドが口にした。料理長ソブラのことだろう。
「……わかったわ。うち、会うてみる」
ラズは頷いて、静かに意を決し、肉まんを口に頬張った。
お読みいただき、ありがとうございます。