129 彼と邂逅、恋か蕩れか
タイトル変わりました。
「兄さんたちはこのままオルドジョーの制圧を」
「わかった。だが聖女はどうする?」
「僕に一つ考えが」
「考え?」
「ええ。保護先に心当たりがあります」
教皇が死に、流れは反教会勢力『ディザート』にある今、その攻撃の手を緩めてはならない。
ロックンチェアはブライトンにそう伝えると、立ち尽くすラズベリーベルと倒れ伏すレンコのもとへ歩み寄った。
「聖女様、お初にお目にかかります。僕の名前はロックンチェア。革命軍のリーダー・ブライトンの弟で、現金剛です」
「へえ。うちはラズベリーベルや。ほんで、こっちが侍女のレンコ」
「流石は聖女様、落ち着き払っていらっしゃいますね。しかしあまり悠長にしていられません、直ちに避難いたしましょう」
「ん。まあ、わかったわ。ほな行こか」
ラズベリーベルはセカンドが迎えに来た時のことを考え、あまり目立つ場所にいるのは良くないと判断し、ロックンチェアの指示に従うことに決めた。
善は急げとばかりに、パパッと《回復・大》を詠唱し、レンコのHPを回復させる。
「……面目次第もありません」
瀕死状態から復帰したレンコは、姿勢を正すと、ラズベリーベルに深く頭を下げた。
最後の最後まで、役に立てなかった――そう考えた彼女は、ずっと悶々としていたのだ。
「何やっとんねん。しゃきっとせんと。ほら、一緒に行くで」
「…………あたいも、連れていってもらえるんですか?」
「冗談はヨシハルさんや! ここでサイナラなんて、うちがクズみたいやんか」
「ラ……ラズベリーベル様……っ」
ラズベリーベルは、感謝していた。多少は。
セカンドにクズだと思われることが嫌だから仕方なしにレンコを連れていく……本心からの考えだが、それでも、そこには多少の感謝が含まれていた。
彼女の本音であり、照れ隠しでもある。その明け透けな態度が、まるで本当の友達のようで、レンコは堪らなく嬉しかった。
「それでは参りましょう」
ロックンチェアの案内のもと、移動が始まる。
教皇の首を掲げて首都オルドジョーを制圧するディザートたちに背を向けて、三人は雪の降り積もる森の中へと歩を進めた。
* * *
「――おや、奇遇ですねセカンド三冠。神国までお散歩ですか?」
「おお、ロックンチェアか。そうなんだ、たまたま通りかかってな」
変化を解き、再び森の中へと転移してきて早々。
なんとまあ白々しい会話だろうか。
こいつにはsevenの正体を見抜かれているんじゃないかと思ったが……案の定だったな。
「ちょうど良かった、実はセカンド三冠に折り入ってご相談があるのです」
「ふむふむ、聖女とその侍女を保護してほしい? なるほど、そいつぁタイヘンだ。俺に任せておけ」
「いやあ、ありがとうございます。これで一安心です」
そういうことになった。
ロックンチェアからの依頼を引き受ける形で、聖女を保護する。この建前が重要だ。
俺はカメル神国の革命には全くもって無関係だが、友人に頼まれたので仕方なく聖女を保護している。という言い訳のために必要な三文芝居であった。
「では僕は行きます。またいつかお会いしましょう」
「ああ、またな」
颯爽と去っていくロックンチェア。実に良いやつだ。今度俺の家に遊びに来るようなことがあれば、うんとサービスしてやろう。
……さて。
「レンコ。お前も来るんだな?」
「ああ。あたいはラズベリーベル様と共に付いていきたいよ……ま、あんた次第だけど」
「じゃあ来い。先に送るぞ。キュベロとビサイドが待ってる」
「……ありがたいね、全く」
相変わらず素直じゃないなぁこいつ……若かりし自分を見ているようだ。
俺はやれやれと思いながら、あんこを《魔召喚》する。
「うわあ! やっぱり! 暗黒狼やん! センパイ、こっちでもテイムしとったん!?」
「……! そうなんだよ!! バチクソ苦労したからマジで!」
あんこが出てきた瞬間、フラン……じゃねえや、ラズベリーベルが大声を出して驚いた。
そう、そうなのだ。これなのだ。これが暗黒狼を見た者の正常な反応!
いやあ、あの苦労を理解してもらえるっていいな!
「わー、そっかぁ。こっちでは転移も使えんねんな。便利やなーっ」
ラズベリーベルは目をキラキラさせながらあんこを見ている。そうそう、そうなの! わかってるねぇ! この尋常じゃない便利さ、メヴィオンプレイヤーとしては感動ものなんだよ。これこそが普通のリアクション。うん、気分良いな。
「暗黒魔術も使えるんだぜ。最高だろ?」
「えっ、めっちゃサイコーやん!」
「だろぉ!?」
あんこを目の前にして、二人で褒めまくる。その間、あんこはいつもの糸目と微笑みで佇んでいるだけだったが、その頬は薄っすらと赤く染まっていた。
「あんこ、こいつを家まで送ってくれ。その後にこいつを。最後に俺を頼む」
「承知しました、主様っ」
褒めちぎって機嫌が良くなったのか、あんこの声が若干弾んでいる。
直後、あんことレンコの姿が闇と共に消えた。あんこがファーステスト邸に《暗黒転移》して、レンコが向こうで《暗黒召喚》されたのだ。
クールタイムは60秒。その間、静かな森の中に、俺とラズベリーベルの二人きりである。
「なあフラン」
「……センパイ。うちのこと、ラズって呼んでや」
「え、まあいいけど。じゃあラズ」
「なぁに?」
「お前、死んだのか?」
一瞬の静寂。
それから、ラズは俺の瞳を見つめて、ゆっくり「うん」と頷いた。
「マジかよ」
「いやいや、そらこっちのセリフやで……」
ああ、そうか。俺もバッチリ死んだからなあ……。
俺はしばし考え込み、それからラズの状況を踏まえて、自身の考えを口にした。
「クラックされた3000人のプレイヤーの中で、自殺したやつだけがサブキャラでこっちの世界に来る。この解釈でいいと思うか?」
「今んとこ、そうやないかとうちも思っとる。まだまだわからんことが多すぎるけど」
「調べてみないことには何も明らかにならないか」
「せやなぁ」
再びの静寂。
枯れ木の並ぶ森の中、降り積もった雪が音を吸収し、たった一つの雑音も聞こえない。
ラズはその控えめな胸にそっと手をあてて、目を瞑った。
次に、大きく一回、深呼吸する。
まるで何かの意を決するかのように。
そして、沈黙を破った。
「……うちな、中身は男なんや」
「へえ。前からなんとなく女っぽいなとは思ってたが、実際は男だったのか」
「う、うーん……まあ、男やで? 男やねんけどな。なんちゅうか、男っぽくないっちゅうか、女っぽく生きてきたっちゅうか……」
「心が女ってことか?」
「んー、ちょっとちゃうねんなぁ……」
「ふむ」
言っていることがいまいちわからない。
ただ、ラズの表情は真剣そのものだった。だから、俺は黙ってその話に耳を傾ける。
「ずーっと昔にな……センパイ、覚えとる? 中学ん頃や。うちみたいな見た目の生徒、保健室におらへんかった? なんべんも会ったことあるんやけど……」
ラズはそのスレンダーなモデル体形でくるりと一回転してから、不安そうな顔で上目遣いに尋ねてきた。赤と白の交ざったロングヘアがふわりと広がって、ほのかに柑橘系の香りが漂う。
おかしいな、こんな綺麗な生徒がいたら確実に覚えているはずだ。というか赤い髪に白のメッシュってお前、忘れるわけないだろ常識的に考えて。あれか、当時は黒髪だったのか。だったら……いや、ダメだ。今の赤白の髪が強烈すぎてちっともイメージできない。
ただ、保健室。そのキーワードは聞き捨てならないな。確かに俺は中学の頃に保健室のベッドでメヴィオンをしていた。それを知っているということは、ラズは間違いなく「佐藤七郎」を知っているということ。つまり、実際に会ったことがあるのに俺がすっかり忘れているだけの可能性がでかい。
「すまん全っ然覚えてねえ」
「せやろなぁ。まあ、それがうちやねんけど」
「なるほどな。男なのに、女子生徒にしか見えない格好をしていたと」
「そうそう、家庭の事情でなぁ……」
どんな事情だよ。
「……うち、心はまだ男やと思うねん。でも、今の体は女や」
「そうだな」
「正直、戸惑ったわ。急な変化に付いていけへんかった」
「だろうな」
「でもな、どっかで良かったんちゃうかと思う自分もおんねん」
「……?」
会話を始めた時から一貫して、ラズが何を言いたいのかよくわからない。
俺は答えを急かすように口を開く。
「その心は?」
「うち……うちな……センパイのことが……ずっとな……」
俺のことが、ずっと……?
「ずっと、ずっと…………」
「…………?」
「めっ――――!」
次の瞬間、ラズが忽然と姿を消した。
……うそーん。
「…………えぇ……」
め……?
* * *
「――っっっっっっちゃ好きやったんやっ!!」
ぎゅっと目を瞑り、胸の前で両の拳を握りしめ、一世一代の告白をするラズベリーベル。
「敵ですね」
「うむ、敵だな」
ファーステスト邸のリビング。転移してきたラズベリーベルの告白を聞いたユカリとシルビアが、やけに勘の良い見解を口にする。
「え……あれっ?」
急に寒くなくなったことで転移に気づいたラズベリーベルが、その目を開く。
そこにはむっとした顔の二人+一匹と、朝食を夢中でがつがつ食べる猫獣人、「あちゃあ」という顔をしたレンコの姿があった。
「…………~~~っっ!」
瞬時に状況を把握し、ボーーンと顔を真っ赤に染めるラズベリーベル。
「ちゃ、ちゃうねん! 今のは、今のはぁーっ!」
新たに二人の仲間を加えたファーステスト一家。
賑やかになりそうであった。
お読みいただき、ありがとうございます。