120 手伝って
「来すぎぃ!」
いざレイスのテイムに出かけようという頃。
玄関の前に集まった十人の使用人たちを見て、思わず大声を出してしまった。
今朝、テイムを手伝ってもらおうと思って「今日ヒマそうな序列上位の使用人を集めておいてくれ」とユカリに頼んでおいたのだ。だが、まさか十人も集まるとは思ってもいなかった。
いや、ありがたいけどね? 通常業務は大丈夫なのか、とも思う。
「ご心配なさらず。部下たちも育ってきておりますゆえ」
俺の懸念を察してか、キュベロが頼もしいことを言ってくれる。なるほど、こりゃあその部下とやらに特別手当が必要そうだな。
「……ん?」
ふと、十人の中に見覚えのない顔を見つける。パッと見で中学生くらいの、髪の短い男子だ。
「ソブラ兄さんのいねェ穴を埋めるために連れてきました、俺の部下です。おらッ、挨拶!」
「プ、プルッ、プルプ、プルムっす!」
馬丁頭のジャストが紹介してくれた。彼は馬丁のプルムというらしい。ド緊張しているのが一目瞭然だ。
「大丈夫なのか? プルプル君は」
「はい。まだまだ使いもんにならねェガキですが、俺が責任持って面倒見ますんで」
そういうことじゃないんだが……まあいいや。
「じゃあ、二人一組で探索してくれ。出くわした魔物に対してはなるべくダメージの少ない攻撃方法で初撃を与えろ。それがレイスの変化した魔物だった場合は変化が解けるはずだ。レイスを発見したら、追跡しつつ、チーム限定通信で俺に連絡。いいか?」
指示を出すと、皆は良い返事で頷いてくれた。
使用人十人をこの場でチーム・ファーステストにゲスト加入させたため、通信も問題なく使える。
よって、今回は総勢十一人プラス一匹のチームでの探索。シルビアとエコも手伝うと言ってくれていたが、俺としては夏季タイトル戦へと向けた特訓を優先してほしかったので、今日のところは参加を断っておいた。
「ぁ……っ……」
「ご主人様、私たちはペアでいいですか? と申しております」
使用人たちがあんこの転移召喚によってレイスの潜む山へと次々に移動している間、二人組のメイドが話しかけてきた。真っ白な髪と肌をしたアルビノの少女イヴと、その通訳のルナだ。
私たちはペアでいいかって、別に何も問題はないと思うが、どういう意図で言っているんだ?
見ていたところ、使用人のペアは、キュベロとリリィ、ジャストとプルム、エルとエス、コスモスとシャンパーニ、そしてイヴとルナだった。
……ああ、なるほど理解した。パワーバランスを考えるとジャストとプルムのペアに不安が残るから、このままでいいのかと聞いているのだろう。
レイスの潜む山の中では、丙等級上位~乙等級下位ほどのレベルの魔物が単体で出現する。この単体でというのがポイントだな。
「大丈夫。魔物は単体でしか出現しないから、フクロにされてなすすべなく死ぬというようなことはない。助けを求める通信を送る余裕も十分にあるだろう。そしたら俺が転移して向かうから心配するな。ってことで、お前らはペアで構わないぞ」
「……ぁ……」
「ありがとうございますご主人様、と申しております」
安心させるように言うと、二人は何処となく嬉しそうな声音で俺にお礼を言って去っていった。
確かに、あの二人が別々になったら、それぞれペアに苦労しそうだ。イヴの相手はイヴが何言ってるか聴き取れないだろうし、ルナもルナで相当なコミュ障っぽいからなぁ……。
過去に一度だけルナと一対一で話したことがあるが、彼女は全く表情を変えずに淡々とペットの蜘蛛の話をするだけだった。コンサデという名前らしい。「ご主人様のお名前のアナグラムです」とか言われても反応に困る。その時は、とりあえず「ありがとう」と言っておいた覚えがある。
「あと4分で全員の転移が完了すると、向こうから通信がありました」
それから暫く、まったり転移待ちしていると、横にいたキュベロがそう教えてくれた。
了解と返すと、キュベロは感心したような表情で言葉を続ける。
「しかしこの通信は素晴らしいものですね。何人同時に利用できるのですか?」
「300人だったかな? 条件を満たすと1500人くらいになった気もする」
俺はメヴィオン時代にあまりチーム戦をしていなかったので、詳しくは知らない。
「せ、1500人とは凄まじい……軍が利用すれば、戦争に革命が起きますね」
「…………ん?」
あれ? まさか……。
「なあ。チームの結成方法って、知られていないのか?」
「少なくとも私は存じておりません。恐らく国内では殆どの方が知らないでしょう。国家機密としてならば、あるいは……」
……マジかぁ。
「三人以上で丙等級ダンジョンを二時間以内に完全クリアすること。これが条件だ」
「!?」
教えてやると、キュベロが目を見開いてこちらに顔を向ける。
「よろしいのですか!?」
「よろしいも何も、知ってて当然のことだ。俺の身内なら尚更な」
「……なんたる粋なお計らい。このキュベロ、甚だ感服いたしました。ファーステスト家の執事として、深く心に刻んでおきましょう。では、一つお聞きしても?」
「ああ」
「完全クリアとは?」
「ダンジョンに足を踏み入れた段階で既に出現している全ての魔物を倒してからボスを倒すことだ。普段は見逃しがちな奥まった場所も行かなきゃならんのが唯一の面倒かな」
ダンジョンは、基本的に時間経過によって魔物が湧く。ただ、その湧き数には上限が二つ存在する。“無人飽和数”と“有人飽和数”の二つだ。前者は、プレイヤーがダンジョン内に存在しない時に到達する上限。後者は、プレイヤーがダンジョン内で魔物を倒した際に再度湧き出る魔物の数の上限である。前者より後者の方が高めに設定されているため、倒せば倒すほど魔物が多く湧いてくるというようなシステムになっているのだ。
完全クリアの条件は、ダンジョン侵入時にその無人飽和状態で既に湧き終えている魔物を全て倒すこと。次から湧いてくる魔物は、その数には入らない。
「納得いたしました。それはなかなか、ダンジョンの構造や仕組みなどを細部まで理解していないと難儀しますね」
「そんなことないと思うけどな。感覚でわかりそうなもんだ」
「いえ、難しいでしょう。且つ、丙等級ダンジョンを二時間以内に、という条件が更に難しくしています」
「そのくらいなら、乙等級に行くようなやつが三人揃えば余裕だろうよ」
まあ、ちょっとだけ条件がややこしいのは認めよう。これは「初心者チームが乱立しないためのメヴィオン運営による調整」ではないかとプレイヤー間で噂されていた。賛否両論あったが、事実として、ハードルが少し高めに設定されているその調整は上手く行っていた。
友人同士でメヴィオンを始めた初心者プレイヤーはチーム結成を目標に頑張るし、頑張れない者はチームを結成しない。一人で始めた初心者はチーム結成よりチーム加入の方向へと流れていく。こうしてチームの絶対量が減り、チームというものの価値が上がったのだ。
当時流行っていたメヴィオン以外のフルイマージョンVRMMORPGの殆どは、一人でもチームやギルドを簡単に作成できるシステムだったため、メンバーが一人しかいないようなクソ組織が乱立してごっちゃごちゃになっていたが、メヴィオンは比較的スッキリとしていて良い環境だったのを覚えている。
「バル・モロー宰相は恐らくチームを組んでいた。きっとマルベル帝国にはチーム結成方法を知っているやつが何人もいるぞ。あんなゲロみたいなやつらが知っているくらいだ、そんなに難しいことじゃあないさ」
「さ、左様でしょうか」
キュベロの言うように国家機密くらいには秘匿されているかもしれないがな。
「ほら、そろそろ転移するぞ」
雑談もそこそこに、俺たちはレイスの潜む山へと移動を済ませた。
移動時間、約10分。全く、あんこサマサマだ。
「よし、それじゃあ作戦開始!」
転移して早々に、俺は号令をかける。
使用人たち五組のペアは、勇ましく山の中へと駆けていった。
俺とあんこも、その後を追うようにして山へと入る。
……レイスとの、長きに渡る死闘が、今、幕を開けた。
* * *
「1時の方向、見えますか?」
「見えてるわよん。あれって、お猿さんよね?」
「ええ、そのようですね」
キュベロとリリィのペアは、慎重に索敵しながら、山の麓付近の森林の中を進んでいた。
突如、二人の前方に現れたのは、空手家のような姿をしたムキムキの猿の魔物。その名もオオカラテザルである。猿というよりはゴリラに近いが、顔は猿そのもののため、二人は猿と判断した。
「アタシが仕掛けるわ。キュベちゃんは援護をよろしくねっ」
「承知しました」
リリィはその筋骨隆々の巨体に見合わないスピードで素早くオオカラテザルへと接近し、寸前で止まると、《水属性・壱ノ型》を詠唱する。
セカンドがマインに強請って全属性の壱ノ型~肆ノ型の魔導書を譲り受けたため、使用人はいつでも【魔術】を習得することができるようになった。リリィもその例に漏れず、いくつかの【魔術】を習得している。
「お喰らいなさぁいっ!」
掛け声一つ、リリィは投げキッスのようにして《水属性・壱ノ型》を放った。
ぺちっ――と、オオカラテザルの顔面へと直撃する。ランクは9級、リリィの持つ最も威力の低いだろう攻撃のため、ダメージは全く入っていない。
「あらぁ~……どうやら本物のようね?」
「ウッホホオオオーッ!」
痛かったのか、激怒したオオカラテザルがリリィへと襲い掛かる。
「させませんよ」
瞬間、キュベロによる援護が入った。
五段の《桂馬体術》による飛び蹴りが、オオカラテザルの胸部へと突き刺さる。
オオカラテザルは「ウギャア!」と鳴いて、バランスを崩し、後ずさりながらダウンした。
「後はお願いします、リリィちゃん」
「まっかせてぇん!」
起き上がろうとするオオカラテザルへ、リリィは首をコキコキと鳴らしながら近付く。
そして、1メートルほど手前で、六段の《金将体術》を発動した。
《金将体術》は、前方への近距離範囲攻撃+防御のスキル。言わばタックルである。
「フンッ!!」
リリィの口から雄々しい声が漏れ出し、直後に「ズシン!」と大きな衝撃。それからミシミシッという何かの軋む音とともに、オオカラテザルは車に撥ねられたように弾き飛ばされて、5メートル後方の木に激突し、息絶えた。
壱ノ型による様子見を含めなければ、たった2発の攻撃。ここの魔物は、大抵がこの程度で沈むレベルである。
「流石のパワーですね」
「キュベちゃんこそ、ナイスパワーだったわよん」
魔物を難なく倒し終え、お互いのパワーを褒め合う二人。
序列戦ではよく当たる相手、加えて互いに【体術】の使い手ということもあり、二人はとても仲が良く、同時に良きライバルであった。
「この調子で行きましょう」
「了解、じゃんじゃん行くわよっ。ご主人様に褒めて貰うのは、アタシたちなんだからぁん!」
「おう、プルム。てめェが攻撃しろ」
「うっす、兄貴!」
一方その頃。ジャストとプルムのペアは、キュベロたちと同じくオオカラテザルを発見していた。
戦術としては、初撃はステータスの低いプルムが、その後の戦闘はジャストが受け持つようである。
「うらっ!」
プルムによる5級の《歩兵弓術》が、オオカラテザルの腕にヒットした。
プルムは【弓術】をメインに上げている。言わずもがな、【弓術】をメインとするジャストに憧れてのことだ。
「よし、偽物だな。いや、本物か? まァいいや、後は俺に任せとけッ!」
オオカラテザルは、レイスではなかった。怒り狂って二人へと突進してくるのが何よりの証明。
ジャストは弓を引き絞り、五段の《銀将弓術》を放つ。
「ウゴォッ!」
頭部に直撃。クリティカルヒットし、オオカラテザルは一撃死した。
「ひゅーっ! すげぇや! 流石は兄貴だぜ!」
「まァ、こんなもんだ」
手を叩いて喜ぶプルムと、弟分に良いところを見せることができて上機嫌のジャスト。
最も戦力の低いこの二人組も、レイスの捜索は概ね順調と言えた。
こうして、キュベロとリリィはパワフルに、ジャストとプルムは軽快に、エルとエスは阿吽の呼吸で、コスモスとシャンパーニは喧嘩しつつ、イヴとルナは黙々と、セカンドとあんこは超スピードで、日暮れまでレイスの捜索を続けた。
初日は、何一つ成果なく終了。
二日目も、三日目も、あっと言う間に過ぎ去り。
四日目は、シルビアとエコのペアにも手伝ってもらったが、それでも成果は出ず。
……残り、二日。
なんとしても、テイムしなければならない。
セカンドたちは、まさしく背水の陣で、レイスを追い求める……。
お読みいただき、ありがとうございます。