119 思想阻止
* * *
あたいは負けた。完膚なきまでに。
ラズベリーベル様から教えを受けて、もう何ヵ月経っただろう。あたいの実力は、あたいの知る誰よりも高まったと、確信を持って言える。
【体術】も【剣術】も達人と呼べるほどのランクに上げて、そのうえ“神のスキル”《変身》も九段まで上げた。あのタイトル戦にさえ、こんなに強い17歳は出場しているワケがない。それくらい、あたいは強くなった。
なのに、負けた。
……まだ、足りない。ラズベリーベル様の求める“救世主”には、まだ。
あたいじゃあ、駄目だった。あたいじゃあ、ラズベリーベル様を救い出すことは、できそうにない。
悔しい。
セカンド・ファーステスト。心強い味方ができたって、そう、わかってるけど、やっぱり、悔しい。
ラズベリーベル様が助かるなら、それでいいと思ってた。
でも、なんなんだい、この心のもやもやは。
嫉妬? 身勝手? 承認欲求? 不甲斐なさ? 利用されていることへの不満?
わからない。自分自身のことが、全然、わからない。
「あたいは一体、どうしたいんだろうね……?」
夜の森、独りで呟いてみた。
誰からも答えは返ってこなかった。
* * *
「ブライトン、手紙が来ているぞ」
「何だと? 私にか?」
カメル神国首都オルドジョーの西、農村の先に位置する険しい山奥をアジトとする反教会勢力『ディザート』のもとへ、一通の手紙が届いた。
ブライトンと呼ばれた身長190センチはある屈強な壮年の男は、彼の仲間と思しき男から手紙を受け取る。
「…………」
「何と書いてあった? 我らディザートに有益なことか?」
黙々と目を通すブライトンへ、仲間が興味深げに声をかけた。
反教会勢力ディザートのリーダーであるブライトンへ宛てた手紙。すなわち、ディザートのアジトを把握し、且つリーダーの名前も知っている人物からの伝言。ディザートの一員ならば、気にならない方がおかしい。
「……一週間後、オルドジョーにて“コンクラーヴェ”があると」
「何? ……俄かには信じがたい話だ」
「ああ、私もそう思う」
コンクラーヴェとは、教皇や枢機卿が一堂に会して秘密裏に行う会議のことである。カメル神国におけるコンクラーヴェは本来、教皇を選出するための会議であった。だが、ブラックが教皇として君臨する限り、その座は決して変わることはない。ゆえに、教皇を選出する会議ではなく、枢機卿以下の選任を教皇が一方的に決める会議となる。
「でたらめで我らを撹乱するつもりか?」
「いや、待て」
嘘の情報だと決めつけて話す仲間に対し、ブライトンが待ったをかけた。
そもそも、おかしいのだ。コンクラーヴェとは秘密会議、そのため開催の情報は出席者のみに極秘で通達される。でたらめで撹乱させるにしては、意味のない嘘なのだ。誰も信じるわけがないのである。つまり……。
「枢機卿クラスが味方に付いた、か……?」
逆に考えれば、極めて信憑性の高い情報。カメル教会中枢の人間が裏切ったと考えるのが妥当であった。
そして――。
「……ッ!?」
「どうした、ブライトン?」
手紙の最下部。
差出人の名前を見て、ブライトンは目を見開く。
そこにはこう書かれていた――「金剛を知る者より」と。
「金剛?」
仲間の男は、金剛と聞いてピンと来ない。
だが、ブライトンだけは違った。
金剛を知る者。それをブライトンに伝えるということは、即ち――彼の身内。それも、相当に近しい人物。そう確信できたのだ。
「……仕掛けるぞ」
「何!?」
この瞬間、反教会勢力ディザートのリーダー・ブライトンは、覚悟を決めた。
「勝負は一週間後のコンクラーヴェだ。皆、革命の準備を……!」
手紙の差出人が、全く以てブライトンに近しくもない、眠たげな目をした女精霊だとは、この時の彼には知る由もない……。
* * *
「ふぅむ、見れば見るほど似ておる」
「勿体ないお言葉で御座います」
オルドジョー中央に位置する聖殿、その内部に存在する教皇の自室にて、ブラックは興味深そうにあごをさすりながら呟いた。
対して、ブラックと向かい合う“ブラックにそっくりな男”は、恭しく頭を下げる。
「いかんなぁ。お前は影武者であろう? ならば私の口調を真似してみせよ」
「はっ。恐れながら……」
顔も髪も身長も、全てがブラック教皇に瓜二つ。そう、男はブラックの影武者であった。
神国兵がカメル神国じゅうを探し回り拉致してきたブラック似の男十人の中で最も似ていた男が彼なのだ。残りの九人は、影武者がこの男に決定した瞬間に首を刎ねられた。
その事実を知っている影武者の男は、小さく震えながら、ブラックからの指示に緊張の面持ちで口を開く。
「に、似ておろう? コンクラーヴェは安心して私に任せたまえ」
……突然の静寂。
そして、3秒後。ブラックはそれまで浮かべていた笑みをフッと消し、沈黙を破った。
「ネクス、こやつを斬れ」
「御意に」
ネクスと呼ばれた近衛兵の若い男は短く返事をすると、一歩前にズイと出て、腰から素早く剣を抜く。その非常に洗練された動作は、見る者に相応の腕前を感じさせた。
「う、うわぁああ! ご勘弁を! ご勘弁をっ!」
影武者の男は、悲鳴をあげて後ずさりながら必死に命乞いをした。
ネクスは彼の言葉を無視し、スタスタと軽やかに歩いて間合いを詰める。
その様子を見たブラックは、突如、機嫌を良くして笑った。
「ひっひっひ! これは傑作だ。ネクス、もうよい、下がれ」
「畏まりました」
大口を開けて「滑稽滑稽」と笑うブラック教皇を、影武者の男は冷や汗を垂らしながら見やる。
「冗談だ、冗談。私の真似をするのなら、このような悪戯心も覚えておくがよい」
「は、はっ! 直々のご指導、誠にありがたき幸せ!」
「……ただ、一つ覚えておけ。私は安心などという言葉は使わん。何故なら不安がないからよ。今度また安心などと口走ってみろ、その首縦に引き裂いてくれる」
* * *
「――囮?」
「うん。囮作戦」
早朝。今日も今日とてレイスのテイムへと出陣する予定だが、その前に朝メシを食いつつウィンフィルドと作戦会議だ。
タイムリミットは一週後らしいので、なるべくテイムに時間を割きたい。ゆえに、少々行儀は悪いが、俺は喋りながらメシを食っている。
「まず、レンコちゃんが、革命前夜、教皇を暗殺する」
「おう。多分失敗すると思うが」
「いや、多分、成功するよ」
「……マジ?」
根拠は? と言いかけたところで、ウィンフィルドが答えを口にした。
「だって、教皇、影武者だから」
「はい?」
それって、失敗って言うんじゃ……?
「レンコちゃんには、影武者を暗殺して、あえて捕まってもらう」
「オイオイオイ、死ぬぞアイツ」
「だいじょーぶ。まずは、拷問だから。その間は、死なないよ」
あ、なるほど。だから“囮”と。ひっでぇ。
「あと、影武者を殺すことに、意味があるよ。影武者の次に出てくるのは、十中八九、本物だからね」
「おお、確かに」
「だから、レンコちゃんが囮になってる隙に、セカンドさんは、レイスで変化して、潜入、ブラック教皇の居場所を、突き止めて、張り付いてて」
「了解。こりゃ絶対にテイムを間に合わせないとヤベェな」
「いけるいける、セカンドさんならいける。ふふっ」
けっ、軽く言いやがって。地味に大変なんだぞあの作業……。
ただまあ、ウィンフィルドがこんな感じだから、多分テイムが間に合わなくても代替の策があるのだろう。そう考えると幾分か気が楽だな。
「で? 教皇の居場所を発見したら、俺が殺ればいいのか?」
「いんや、ディザートが奇襲を仕掛ける、その瞬間まで、待って。数十分か、一時間か、そのくらいだと思う」
「ディ、なんだって? ディスアポイントメント?」
「なにそれー、ふふふっ。ディザート、だよ。反教会勢力の、名前。革命軍、的な、アレ」
革命軍的なアレの名前か。実にわかりやすい。
頭の良いやつって、頭の悪いやつへの説明が異常に上手いよなぁ。
「ディザートが奇襲を仕掛けるのは、明け方頃、かな。コンクラーヴェっていう、秘密会議で、教皇とか枢機卿とか、オルドジョーに集まってるから、もー大混乱だろーね」
ほほう。そしたら多分、二択だな。教皇どもは、死に物狂いでオルドジョーを防衛するか、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出すか。
「前者、だよ」
「エスパーかよ!?」
怖っ。怖いわこの精霊。
「戦力差は、歴然。教皇たちは、苦もなく制圧できると、考えるはず。だから、防衛、一択」
「つまり、そのタイミングで教皇を暗殺すりゃあ」
「だぁいだげきー」
だろうな。
「……あと、ディザートの奇襲を、より効果的にする案が、もう一つ、あるんだけど……」
お? ウィンフィルドが言葉を濁すとは珍しい。
「言ってみ」
遠慮は無用という風にスパッと言って、俺は微笑んだ。
ウィンフィルドはパッと表情を明るくして頷くと、口を開いた。
「前々日くらいから、当日まで、辺境伯に頼んで、国境付近で、大規模軍事演習、してもらえる?」
うおっ! そりゃお前、こないだ根回ししておいたやつにズッポシやんけ!
「フッ、任せろ。既に話は通してある」
「わーお。さっすが~」
メチャクチャ格好付けて返答すると、ウィンフィルドが嬉しそうに微笑みながら「このこの~」とその身を寄せてきた。あぁ~……スチームに会っといてよかった。
「――オッホン」
あっヤベェ、ユカリの咳払いだ。
瞬間、俺たちはどちらからともなくズザザーッと離れた。まだ作戦会議は終わっていないので《送還》されるわけにはいかない。
「あー、それで、オルドジョー防衛のために、教皇が出てきたところで、暗殺したいわけなんだけど」
「俺が殺るんだろ?」
「うん。それが一番、確実。次点で、レンコちゃん。やむを得ない場合は、あんこさん」
「あんこはあまり出したくないな。カメル神国の兵士たちには過去に一回ぶちかましてるから、身バレの可能性がでかすぎる。それに奇襲が夜明けなら、教皇が室内にいない限りあんこには無理だ」
陽光に少しでも触れていると、あんこは弱体化する。自分では動くことすらままならなくなるほどに。
「んー。じゃあ、レンコちゃん、かな」
「その時さぁ、レンコって捕まってるんじゃないの?」
「目的は、聖女の奪還、だよね? なら、セカンドさんが、牢屋の番か何かに化けて、レンコちゃんを救出して、彼女に教皇の暗殺を任せて、その間に、聖女を救出すれば、効率良いでしょ?」
なるほど。俺一人で教皇暗殺してレンコとラズベリーベルを奪還してってのは、確かに骨が折れる。教皇の暗殺をレンコに任せちまえば、後はラズベリーベルを救出して離脱するだけ。随分と楽になるな。
あいつも殺りたがっていたし、ひょっとしてこれが一番良い案なんじゃないだろうか。
ただ、一つ心配なのは……。
「成功するかぁ?」
些か不安だ。確かにあいつは強いが、力が入り過ぎるあまりに空回っているというか、暴走している気がする。夜中に会った時は、なんだか情緒不安定だったし。
「成功率、96%ってところかなー」
「うげ、4%もあんのかよ」
「えー、4%しか、ないんだけどなー」
俺とウィンフィルドとで感覚の違いが出た。4%で失敗って、まあまあな確率だと思うけどなぁ。
それに、あっちもこっちも人間なんだから、予想外ってもんがある。本人次第で、4%に寄っちまう場合もある。まあ、つまるところ、数字じゃあなんとも言えんわな。
「駄目だな、俺が殺る。そうすりゃあ、ナン%だ?」
ぺろっと平らげた後の食器を重ねつつ、作戦会議の締めくくりとばかりに尋ねてみた。
ウィンフィルドは、ニッと笑って、とても楽しそうに言った。
「120%~♪」
お読みいただき、ありがとうございます。