112 ヲタク談義
「雷属性魔術か」
「なにとぞ、なにとぞ!」
ムラッティはそう言いながら両手を顔の前で合わせてぺこぺこと頭を下げてくる。
「冷たいものをお持ちしましょうか?」
俺が何から話そうかと考えている間に、ユカリがムラッティへそんなことを尋ねた。アツアツの紅茶を一気飲みしたくらいだ、確かに喉が渇いているのかもしれない。気が利くな。
「あっ、あっ……す」
「……はい?」
「あ、おねが、ます」
ムラッティは俺に話しかける時の様子とは打って変わって、テーブルを見つめて縮こまりながら小さな声で頷いた。お得意の馴れ馴れしさは、見る影もない。
「マジかお前」
「い、いやあ、お恥ずかぴい。拙者、近しい人としかマトモに話せないというアレでですね……」
「え」
俺、仲間だと思われてる?
「さあさあ、そんなことより雷属性魔術でござるよ!」
「わ、分かった分かった、ちょっと待て」
一にも二にも【魔術】だなこいつは。
俺はため息をつきがら口を開く。
「まず、お前が雷属性魔術を習得できるかどうかだが、これは恐らく不可能だろう」
「やはり」
「ただ100%不可能ではない。99.9%くらいだと思っておいてくれ」
「な、なんとっ!」
「俺がそう考える理由は精霊にある。雷属性魔術を扱う精霊を運良く召喚できれば、チャンスはあるということだ」
「…………!!」
精霊と言った瞬間、ムラッティは目を見開き、ガタンと椅子を蹴って身を乗り出した。
「アンゴルモアという精霊を知っているか」
「も、もちっ、存じてますろん! 唯一の雷属性精霊! 精霊界の支配者でしょ!? 文献を読みまくりんぐよ!」
「落ち着け。俺が雷属性魔術を習得したのは、そのアンゴルモアを二度目に召喚した時だ」
「そっ、しゅ、にょ……おほっ!」
「ご丁寧に壱ノ型から伍ノ型まで全て。習得していることに気付く直前、アンゴルモアと一体になったような感覚があった」
「やっぱり! やっぱりぃ!? うわーっ……!」
拳で掌を叩くようなジェスチャーで納得を表現するムラッティ。しきりに頷いている。
「何か気付いたか?」
「拙者、現在は魔術と精霊の関係について研究しているところでしてね。どうやら精霊は魔術の威力や属性の適性には関係していないという結論に至りそうだったのですがね」
「まあそりゃそうだろうな。威力はINTに依存するし、魔術属性に適性なんて本来は存在しないはずだ。強いて言えば種族や成長タイプくらいか」
「せ、成長タイプとな?」
おっと、口が滑った。まあいいや教えちゃえ。
「人は生まれながらに向き不向きがあるということだ。ステータスの伸び具合である程度は見抜ける」
「セカンド氏、まるで知識の図書館ですな。伺いたいことがまた一つ増えましたぞ」
「適宜聞いてくれ。で、結論に至りそうだったが、何だ?」
「そうそう、魔術と精霊は特段関係ないという結論に至りそうだったのですが、一つ発見したのですよ。それは、精神です」
「精神?」
ほー、なるほど。メヴィオンがゲームだった頃では有り得ない切り口だ。かなり興味深いぞ。
「精霊は使役者の精神へと浸潤ないし干渉する場合があるというのは、近年の精霊学研究で明らかとなっています。それは精霊との念話を可能にするようなプラスの要素だけでなく、精霊と思考が似通って使役者の性格がガラリと変わってしまったりといったマイナスの要素など、容易に無視できない影響が多々あるのです。その数多のケースの中で、使役者の魔術へと影響を及ぼす場合もいくつか確認されているのでござる!」
息継ぎなしで見事に語り切るムラッティ。専門的な【魔術】の話になるや否やこの饒舌さである。
しかし、精神への浸潤か。確かにアンゴルモアは俺の考えていることが分かるようだが……。
「それはひょっとして逆方向にも行われているんじゃないか? 念話は基本的に双方向だ。精霊が一方的に使役者の精神へと浸潤しているだけじゃなくて、使役者もまた精霊の精神へとちょっとは浸潤していないとおかしいだろう?」
「そうなのです!! 流石セカンド氏、そこに気付くとは素晴らしい! そしてやはり念話を扱えるのですね? 拙者、その話も聞きたいですなぁ。今まで念話を使えるという精霊術師に直接話を聞いたことがござらんので。文献ではいくつか見かけたのですが」
「念話といっても、精霊の考えていることが現在進行形で分かるくらいだ。会話というよりは、常時お互いの意識を読み取り合っているような一体感だな」
「なるほどなるほど。拙者、使役者も精霊と同等かそれ以上に精霊の精神へと浸潤できると仮説を立てております。その点では、現状セカンド氏が一番仮説に近い形を体現してますな」
使役者も精霊と同等か、それ以上?
「何故、人は精霊以上に精神へ浸潤できると考える?」
「精霊憑依でござるよ。精霊は人へと憑依できますが、人は精霊へと憑依できない。明らかに人が主体となっているでしょう? ゆえに、精霊は人を取り込めないけど、人は精霊を取り込めるのではないか。そういった単純な推理ですよ」
「うーん……経験上、俺はむしろ逆だと思うぞ。精神へ浸潤していくことイコール、取り込まれるということじゃないか? 本当に人が主体なら、精霊を取り込んで然るべきだ。人が精霊以上に精神へ浸潤できるのなら、それは精霊に取り込まれるということになる。これでは人が主体とは言えない」
「逆ですか! その考えはありませんでした。ううむ、逆……うーむ」
「俺とアンゴルモアの関係だが、恐らくアンゴルモアの方が何倍も俺の精神へと浸潤してきている。あいつは俺の記憶や知識を小説のように読んでいたみたいだ。大半は理解できなかったようだが、俺しか知り得ない知識をいくつか共有できているくらいには、俺の精神を隅々まで読み込んでいた。だが一方で、俺はアンゴルモアのことを何も知らない。唯一、雷属性魔術を得たくらいだ」
「つまり、精神への浸潤は精霊が優位。浸潤とはすなわち取り込まれるということ。ゆえに、人が精霊を取り込む……?」
俺の意見を伝えると、ムラッティはそのたるんだあご肉に手をあてて、何やらぶつぶつと呟きながら思考を始めた。
そして、数十分経ち、ひとまずの結論へと辿り着く。
「精霊から与えられる魔術は、精神浸潤における対価である……拙者の新たな仮説です」
「……なるほど。俺以外で精霊に魔術を与えられたやつはいるのか?」
「拙者の知る限りでは、三人ほど。全て大昔の文献からでござる。二人が参ノ型まで、一人が肆ノ型まで与えられておりまして、それぞれその精霊の属性に応じた魔術であったとか。そして最も注目すべき所は、その三人が念話を使っていたという記録でして」
「念話を使う精霊術師は珍しいのか?」
「それはもう! 現状、セカンド氏とヴォーグ前霊王くらいでは」
へぇ、あの肉体派美人エルフも。
「セカンド氏は伍ノ型まで与えられておりますから、その一体感とも言えるほどの浸潤具合、仮説にぴったり当て嵌まっているでござる」
「アンゴルモアが俺の精神へと浸潤するために、伍ノ型までを対価として支払ったと、そういうことか?」
「いえ、拙者は副次的にそうなると考えておりますよ。精霊がより深く浸潤しようとすれば、自動的に魔術等のスキルや知識がより多く共有されてしまうと。ただ、精霊が精神へ浸潤しようとする理由やきっかけは、よく分かりませぬが……」
確かに。使役者に魔術を与えられるのなら与えない手はないだろう。何か自在にできない理由があるのか、精霊によって差異があるのか、それとも恣意的なものなのか。
んー……。
「本人に聞いてみるか」
「はぇ……?」
だらだらと考え続けるのも面倒くさいので、俺は一番手っ取り早い方法を選んだ。
《精霊召喚》で、あの大王にお越しいただこう。
「――何用か? 我がセカンドよ」
ぎゅるるると回転しながら虹色のオーラと共に俺の背後へ派手に出現したのは、中性的な顔立ちに中性的な声でやたら仰々しい服を着た精霊の大王、アンゴルモアであった。
「 」
ムラッティは口をパクパクとして絶句している。
ここまでの至近距離で目にするのは初めてだろう。
確かに、俺も最初はこの神々しさに目を奪われた。最初だけは。
「おいおい、臭くて堪らんな。豚が家の中に入るでない、汚らしい」
……まあ、こういうやつなんだこいつは。もう慣れた。
「ぶ、ぶたっ」
「お前以外に何がいるというのだ豚」
「……っ……!」
「しかしおかしいな、家畜のくせに服を着て眼鏡をかけておるぞ。時代は変わったなあ」
「い……イイッ! も、もっと! もっと罵ってくださいっ!」
「なんだ、最近の豚は言葉も喋るのか? うるさいぞ黙れ。豚畜生風情が気安く話しかけるな。豚は豚らしく鳴いていろ」
「ぶひぃいいいいっ!」
…………何だこれ。
俺は恍惚の表情で吠えるムラッティを無視して、アンゴルモアへと話しかける。
「なあ、一つ聞いていいか」
「む、何なりと申してみよ」
「俺が雷属性魔術を覚えただろ? あれって何なん」
「我らの相性が良いからよ」
「相性?」
「然様。浮世から離れた者ほど精霊と近しい。我がセカンドほど逸脱した存在であれば、並の精霊など呑み込まれて終わりよ。我がセカンドによって使役される精霊は、精霊大王たる我でなければならなかった。この出会いは必然である」
俺たちは出会うべくして出会ったわけか。
ただ、浮世から離れた者ほど……って、つまり。
「(一度、死んでおろう?)」
「(……そういうことか)」
そりゃ逸脱するわな。
「精霊界とは、言わば彼の世と此の世の狭間。死を見つめ、生を賭す者のみが、我ら精霊と混ざり合う」
答え合わせだ。ムラッティの仮説は、概ね当たっていたが、半分は外れていた。
精霊の意思とは無関係に、使役者の精神の逸脱性が高ければ高いほどその精神へ浸潤、すなわち深く混ざり合い、取り込まれてしまうようだ。その過程で、精霊の持つ【魔術】も共有されてしまうと。
俺は「ありがとう」と一言感謝を伝えて、アンゴルモアを《送還》した。
「だってさ。分かったか?」
「ぶひひぃ!」
「……もう帰ったぞ」
「あ、はい。分かりましたぞ。これ以上なく」
ムラッティはまるで賢者のような理知的な顔でキリッと返答した。どうやら満足の行く答えを得られたらしい。よかったね。
「じゃあ、次の話題に移るか」
「ま、ま、待ってましたぁ! ままま魔魔術ですな!」
ままま星人だ。
「と言っても、これは習得方法を紙にまとめたから、後で読んでくれ」
「紙に!? まとめて……!?」
「駄目だったか?」
「いえ! いえいえいえ! そんなことは! ただ思いがけず家宝が増えることになったのでどうしようかと!」
ただのメモ紙が家宝ってお前……まあ、喜んでくれているようで何よりか。
「魔魔術は複合・相乗・溜撃の三種類だ。今回は複合の習得方法だけ完全に書いてあって、残り二つはヒントのみ書いてある」
こいつにとっては、そっちの方がより面白く感じるだろうと思ったからな。
俺の目論見は当たっていたようで、ムラッティはサプライズプレゼントを貰った少年のような笑顔になる。そして震える手で紙を受け取ると、三十半ばのオッサンにあるまじき興奮顔で読み始めた。
「む、むほほーっ! おほ、おほーっ! Foo↑」
加えて、気持ち悪い声が漏れ出てくる。
あまりにも気持ち悪かったため、俺は黙らせようと口をはさんだ。
「そんなにか。声が出るほどか」
「ええ、ええ! これはもう魔術師向けのエロ本と言っても過言ではないです」
「なら家に帰って読んでくれ頼むから」
「……そ、それもそうですな」
ムラッティは「ぐへへへ」と実にいやらしい笑みを浮かべながら紙をインベントリに仕舞って立ち上がった。そわそわと落ち着きのない様子は、早く帰って中身を読みたくて仕方ないといった風である。
「またな。今日は楽しかったぞ」
玄関を出て、別れ際。俺は一言だけ、笑みを浮かべながら伝えた。
素直な気持ちだった。チームの後輩にメヴィオンをレクチャーしているようで、何だか昔を思い出したのだ。それだけではない。ムラッティの口から出てくるメヴィオンとはまた違った考え方の分析が、率直に面白いと感じたのである。
「あ、う、え……せ、拙者も、楽しかった、です。で、ではまた!」
ムラッティはどもりながらもそう答えると、お辞儀と敬礼をして去っていった。
あいつと【魔術】以外の話題で盛り上がれるようになるのは、まだまだ先だろうなぁと、そんなことを考えながら、俺はそのでかくて丸っこい背中を見送った。
……夏季叡将戦、期待しているぞ。
* * *
「結局あの二人、食事もとらずに8時間もずっとマニアックな話をしていたな」
「……私の勘違いでなければ、ご主人様は魔術研究の第一人者を相手に魔術を教えていましたね」
玄関に立つセカンドの後姿を見ながら、呆れ顔のシルビアとユカリが言葉を交わす。
二人は思った。「もしかしてオタク?」と。だから何だと言う話であるが。
「いつの時代も、巨万の富を築く者は往々にして何処かオタク気質な天才のようです」
「うむ、確かにな。そして行動力があり、求心力があり、決断力があり、発想力があり、芯がブレず、他人に流されない人物だろう」
「まさに、という感じでしょうか」
「まさに、だな」
オタクが欠点にならないのならば、では他に何があるのか。二人は戯れに考える。
「欠点というと……こと戦闘においては、少々苛烈すぎる気もしますね」
「他人にもそうだが、何より自分にな。見ていて心配になることがままある」
「あと時折ですが子供っぽいです」
「加えて意地悪だな」
「口が悪い時もありますね」
「気に食わないことがあるとすぐ怒る」
「エコ贔屓」
「忘れっぽい」
「……物憂げな横顔が素敵」
「初対面の相手に何か失礼なことを言わないかいつも冷や冷やするな」
「鋭い視線がぞくりときます」
「それに金銭感覚がぶっ飛んでる」
「声と背中と整えられた指先も好きです」
「かと思えば意外とケチなところもあるな」
「何だかんだで優しいお方です」
「むぅ。おいユカリ、さっきから言っているそれはセカンド殿の欠点では――」
「俺の欠点が何だって?」
「な、い……ぞ……」
シルビアの背後から声がかけられる。
ギギギとブリキ人形のように振り返ると、そこにはセカンドが立っていた。
「さて、私は夕餉の準備をいたしますので」
「ずるいぞユカリぃいいいいい!!」
お読みいただき、ありがとうございます。