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108 Lively Morning



「……んー……」


 むくりとベッドから起き上がり、目をこする。

 早朝。外はまだ薄暗い。


 昨夜は明日がパーティだからと晩酌もせず、数日間の疲れもあってか晩メシ食ってすぐに猛烈な眠気が訪れ、そのままぐっすり寝てしまった。結果、こうしていつもより何時間か早い目覚めとなった。


「……起きるかぁ」


 仕方がないので立ち上がり、自室からリビングへと下りる。


 まだユカリも起きていないような時間。当然、使用人も殆どが寝ているだろう。こんなに早く起きたのは久々だ。

 顔を洗って歯を磨いて小便を済ませてから、水を一杯飲む。


「五臓六腑に染み渡る」


 美味い。思わず呟いた。


 朝の静けさが何処か心地良い。やたらと清々しい気分だ。そして、不思議とワクワクしてくる。



「よし」


 朝メシ食いに散歩でも行こうか。


 ふと思い立ち、俺は外へと繰り出した。




 敷地内を15分ほど歩くと、執事服を優雅に着こなした美男に出会う。


「おや、おはようございますセカンド様。このような早朝から散策ですか?」

「おはようキュベロ。朝メシ食いに行くんだ。来るか?」

「ええ、よろしければ是非」


 朝メシ仲間が増えた。執事兼従者のキュベロである。


「お前こそ朝早いなぁ」

「私はこうして朝の見回りついでに体を動かすのが日課ですので」

「見回りはもういいのか?」

「私の場合、趣味のようなものですから。本来は園丁の務めです」

「そうか」


 真面目なことだなあ。




「おっ」


 門から一歩外へ出たところで、今度は意外な顔に出会う。


「これはこれは三冠。まさか会えるとは思っていなかった」

「ヘレスか、おはよう。ジョギングか?」

「こちらのファーステスト邸、一周すると丁度良いことに気付いてね。景色を楽しみながら走っていたところさ」

「そうか。朝メシ行かないか?」

「これは嬉しいお誘いだ」


 仲間がもう一人増えた。

 シェリィの兄貴で金髪のイケメン剣術師ヘレス・ランバージャックである。


「供はいないのか?」

「四六時中共にいるわけではない。私は基本的に一人が好きなのだ」

「じゃあ朝メシも席を分けて食うか」

「やめてくれたまえ! それでは私が可哀想な人に見えるではないか」

「冗談だ」


 雑談しながら、三人並んで道の真ん中を歩く。早朝の王都はかなり人気が少なかった。




「あっ!」

「あ」


 しばらく歩くと、今度は横から声をかけられる。


「セカンドさん! え、ヘレスさんも!? どうしたんすかこんな朝早くに」


 爽やか犬獣人のカピート君だった。


「いや朝メシ食いに行こうと思って。お前こそどうした」

「あ、オレも朝メシです!」

「じゃあ一緒に行くか」

「いいんすか!? 行きます!」


 更に仲間が増えた。


「ヘレスさんと、キュベロさんですよね? カピートっす。よろしくお願いします」

「ああ、アースドラゴンの。よろしく。ハハハ、そう硬くなるな。リラックスしたまえ」

「ええ、その通りです。私はセカンド様の使用人ですから、敬語を使う必要もありません」

「いやいやいや、緊張しますって! ヘレスさんは一閃座戦挑決トーナメント準優勝のうえランバージャック伯爵家のお方じゃないですか! キュベロさんもセカンドさんの使用人ってそれ、ファーステスト家の執事ってことでしょぉ!? 猛者と噂の数百人いる使用人の中のトップじゃないすか!」

「お前朝からテンション高いなぁ……」


 興奮気味のカピート君を三人でなだめながら、賑やかに王都の道を歩く。




「……ん?」


 すると、数メートル先に見覚えのある格調高い風貌の男を発見した。


「なあ、あれ金剛こんごうじゃね?」

「……そうですね。エコ様が決勝戦で破れたお方と記憶しております」

「声をかけてはどうだ、三冠」

「えっ、マジすか。声かけちゃうんすか?」

「よし、ナンパするか。一度あいつと話してみたかったんだ俺」


 まだ開いていない店の前で所在なさげに佇んでいるロックンチェア金剛に近付いて、できるだけ優しく声をかける。


「よお、少しいいか?」

「うおっ」


 ……驚かれた。

 ロックンチェアは目をぱちぱちとさせて俺たちを観察してから、口を開く。


「失礼、セカンド三冠。凄まじいメンバーだったもので驚いてしまいました」


 確かに、全員バラバラだ。よくよく考えりゃ随分と異色の取り合わせかもしれない。


「何してたんだ?」

「いや何、お恥ずかしい話ですが……ここで朝食をいただこうかと思いましてね」

「ここ?」


 彼の目の前にある店の看板を見上げる。

 風情ある小さな木製の看板だ。そこには、華麗なるカレーの店『カライ』と赤茶色の文字で書かれている。すげぇ分かりやすい。


「美味いのか?」

「はい、聞くところによると」

「俺たちも一緒に食べていいか?」

「もちろん! 今のところ僕しか並んでおりませんから、どうぞ後ろに。開店まで30分ほどでしょう」


 朝メシの面子が追加。これで総勢5人になった。男だらけだ。



「エコとの勝負は見事だった。あそこで切り札を出したのは正解だ」

「光栄です。しかし出さざるを得なかったのです。いやはや、今思い出してもエコさんは強かった……」

「来季は覚悟しておいた方がいいぞ」

「怖いですね。ですが楽しみでもあります。また秘策を用意しておかなければなりませんか」

「そうだな。つらいなぁ、防衛する立場は」

「はっははは! どうやら防衛がつらいのは僕だけのようですね」


 バレた。そのつらさは前世で痛いほど分かっているが、この世界では今のところつらくも何ともないからな。


「今夜の三冠記念パーティー、来てくれるか?」

「ええ、是非に」

「そうか、よかった。エコも話したがっていると思う」


 ロックンチェアは笑顔で頷いた。


 その直後、彼は不意に俺の背後へと視線を移す。何だろうかと思い、俺は後ろを振り返った。



「ゲッ」


 見つかっちまった、とでも言いたげな顔をするそいつ・・・と、目が合った。


 道を挟んで反対側を歩く、水色の髪をした美形のエルフの男だ。



「確保ー!」


 反射的に叫ぶ。

 動いたのは俺とキュベロだけだった。


 脱兎の如く逃げ出すエルフの男と、それを俊敏に追いかける俺と敏腕執事。


 専業魔術師のAGIでは逃げ切れるはずもない。俺はそいつをがっちりヘッドロックして、カレー屋まで戻ってきた。


「ぼ、僕をどうするつもりだッ! このヴァイスロイ家の一人息子である僕を!」


 何やら喚いているが気にしない。


「一緒に朝メシ食おうか」

「……はぁ!?」

「暇だろ?」

「いや、僕は」

「暇だよな?」

「…………まあ」


 だと思ったんだ。ヴァイスロイ家だか何だか知らないが、供も連れずに一人で歩いていたからな。



「えっ、誰かと思えばニル・ヴァイスロイさんじゃないっすか! プロムナード家に圧力かけて一方的に婚約の話を突きつけた挙句に結局アルファさんに負けた、あの!」

「貴様ぁッ! もう一度言ってみろ!」

「ひいぃ! セカンドさん助けて!」


 カピート君、容赦ないな……いや事実だけども。


「まあ、そう言ってやるな。反省してるだろ流石に。やり口がクッソ汚かっただけで、女を手に入れるために戦うという一点だけは評価に値すると思うぞ」

「しかし三冠よ。私は女の好みという点でも彼を評価したい。やはり、巨乳は良い」

「それについては俺も同感だ」


 ヘレスと頷き合う。よく見るとロックンチェアもしみじみと頷いていた。


「そう落ち込むなよニル。人間誰しも挫折することはあるさ。重要なのは失敗しないことじゃない。失敗してからどうするかだ」

「128歳を呼び捨てにするな17歳! それに僕は人間ではないエルフだッ」

「はいはい」

「フン……元よりあんな女どうとも思っていない。僕は両家の意向に従って戦ったまでだ。あの女が卑怯な手を使わなければ僕は負けなかった」

「……うっわぁ」


 もしかしてこいつ、まだ懲りてないのか……?

 

「しかしニルさん。セカンド三冠の言う通りだと僕も思うよ。試合に負け、好きな女性を手に入れられなかったからと、悲観する必要はないのです。視野を広く持つべきです。人生には他に楽しいことが山ほどあるのですから」

「……ハッ。それは貴様が金剛だから言えることだ。持たざる者の気持ちなど、僕の気持ちなど、誰にも分からない……」

「で、で、出た~! 自分の気持ちなんて誰にも分からないとか真顔で言っちゃうやつ~!」

「何がおかしい!」

「他人の気持ちなんてそもそも理解しきれるわけないだろ。気持ちを相手に伝える努力すらせずに分かってもらえると思ったら大間違いだ。甘えんな」

「…………ッ」

「うわあ、これは良いパンチ入りましたね……」


 カピート君が空気を和らげてくれる。気づかい上手だなぁ。


「まだ自覚できていないようだから言うがな。お前は卑怯な真似して負けたんだよ。そのうえ馬鹿丸出しで大恥かいたんだよ。言い訳するな。体裁を繕うな。受け止めろ。そして朝メシ食べて、また一日を始めて、今夜の三冠記念パーティーに出ろ。話はそれからだ」

「最後のが本音ですよねそれ」

「まあね」


 空気を読みすぎるカピート君のおかげで、しんみりせずに済んだ。



 その後「どうしてヴァイスロイ家の僕がこんなボロボロの安い店で食べなきゃいけないんだ」とかぶつぶつ呟いているニルをからかいながら、開店を待った。


 十分後、店が開く。

 ウェイトレスの子が「いらっしゃいませェ゛ッ!?」と挨拶の途中で俺たちを目にして変な声を出しながら硬直した様子を見て、思わず皆ワハハと笑った。




「え、美味っ」


 カレーが出てきて、一口。つい声に出た。


「左様で御座いますね。今度うちの料理人を連れてきて学ばせましょう」


 やったぜ。ただ残念ながら、そう簡単にこの味は盗めないと思う。


「これはなかなか。朝から並んだ甲斐があったようだ」

「っすね。マジ美味いっす」

「お口に合ったようで何よりです。教えていただいたカサカリさんに感謝ですね」


 他の皆も気に入っているようだ。

 そうか、カサカリが言っていたのか。あのオッサンには結構怒ってしまったから少し気まずいが、今度会ったら感謝の一言くらいは伝えておいた方がいいかもしれないな。


「……!」


 ニルも、一口食べてティンときたようで、黙々と食べ進めている。

 もしかすると、俺たちの中で一番かき込む勢いが良いかもしれない。



 その後、俺たちは思い思いの方法でカレーを食べた。というのも、トッピングが後から注文できたり、テーブルには甘い漬物や粉チーズに辛いスパイスなど多種多様なアレコレが置いてあって、味を変えられるのだ。


 俺はもう全部いったった。机の上にあるやつ全部。かなり辛かったが美味しかった。

 キュベロは「そのままが一番です」と何もかけずに食べていた。ヘレスは粉チーズだけかけてシンプルにまろやかに。カピート君は俺のマネをして全部かけていたが、些か辛すぎたようでヒーヒー言っていた。ロックンチェアは色々試しながら2杯食べていた。ニルは1杯だけだったが、誰よりも早く食べ終えて、後は他人の皿を羨ましそうに見つめていた。食事一つでこうも個性が出るんだなぁ。




「あの、さ、サインくださいっ……!」


 早々に食べ終わり、甘いミルクティーを飲んでまったりしていると、さっきのウェイトレスの子が色紙を持って俺のところへやってきた。


「んー」


 俺は特に何も考えず、冷めた表情でサラサラとサインする。しかし、渡す時には、笑顔を忘れずに。


「はいどうぞ」

「あ、ありがとうございます! お、応援してますっ!」


 彼女は顔を赤くして店の奥へと去っていった。



「あの、私もいいですか!」「セカンド三冠!」「俺も!」「次お願いします!」


 すると、他に入っていた客が堰を切ったように雪崩れ込んできた。



 うわヤッベェ……よく見ると店の外の行列がとんでもないことになっている。ここに俺たちがいるという情報が何処かの誰かによって拡散されたのだろう。


「三冠よ。少々マズいのではないか?」


 うん、マズい。

 俺はとりあえず店の中にいる客だけ対応しつつ、どうするか考える。


 答えはすぐに出た。



 よし……ドロンしよう。



「すまん。今夜のパーティーで会おう」

「え?」


 俺はテーブルに全員分の代金を置いてから、素早く《魔召喚》であんこを召喚し、即座に《暗黒転移》と《暗黒召喚》を命令した。


「えっ、ちょ――」


 何かを言いかける皆を無視して「失敬!」と一言、ドヒューンとリビングへ転移してもらう。


 唖然とするあいつらの顔が目に浮かぶな……。



「あら、ご主人様。外出してらしたのですか」


 帰宅するや否や、朝の掃除をしていたユカリに出くわす。


「あ、ああ。朝メシ食ってきた」

「……お一人で?」

「いや、キュベロと」

「…………」


 ユカリの表情がスゥっと凍てついた。ま、マジか、男にも嫉妬するのか……。


 こういう場合、シルビアなら俺に怒るが、ユカリは相手に怒る。ゆえに俺は全力でキュベロのフォローをしておいた。


「か、勘弁してやってくれ。今頃あいつ酷い目に遭ってるだろうから」


 何とも賑やかな朝だった。




  * * *




「……消えましたけど。おたくのご主人」

「ええ。消えましたね」


 愕然とする男4人と、ただ一人冷静な執事。


「いつものことです」

「スゲーっす……まだこんな奥の手が……」


 キュベロはまるで自分のことのように誇らしげな顔で言う。

 それを聞いたカピートは、キラキラと瞳を輝かせた。


「ま、待ちたまえ。このままだと私たちが――」


 ヘレスが懸念を口にした瞬間、食べ終わった客と入れ違いに、店の中へ客が押し寄せてくる。


 直後、セカンドがもういないと分かった客たちは「まあいっか」と妥協しながら、色紙を持ってヘレスたちのテーブルへと殺到した。


「ははは、外へ出ましょうか」


 店に迷惑をかけまいと、ロックンチェアが困ったように笑いながら提案する。


 5人が外へと出た途端、それまでの何倍もの人に囲まれ、脱出困難と化した。


「うわあ、オレもついにサインを書く日が……!」

「クソッ……どうして僕が、こんな……」

「いえ、私はファーステスト家の執事で……えぇ……?」


 ヘレスやロックンチェアだけでなく、カピートにも、ニルにも、そして何故かキュベロにまでサインを強請る数十人のファン。


 彼らが解放されたのは、それから一時間後のことであった。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] あんこのヤバいオーラ?ってアンゴルモアみたいに出し入れ出来るんかな?そこに居るだけで生き物としての格の違いを感じる的な描写だった気がするけども。 できないとしたら出てくる度に周りの生き…
[良い点] みんないいキャラしてるなぁ
[一言] 男性陣だけの話も楽しくていいな
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