107 賭す理想郷、良き嘘リスト
夜。閉会式が粛々と執り行われる。
マインが真正面で“マイク”を使って演説を行う。スピーカーもなしにマイク単体で一体どんな原理が働いて音声が拡大されているのかワケが分からないが、マイクというアイテムを使えば声が大きくなるという事実だけは何故かあるみたいで、マインは当然のような顔で使っている。何とも不思議な世界である。
そんな中、俺含む全タイトル戦の出場者は闘技場中央に整列していた。各タイトルで列が形成されており、その先頭には現タイトル保持者が立っている。叡将と霊王の先頭は不在だ。俺が一閃座の列にいるからな。
演説が終わると表彰式に移る。合計で二十を超える数のタイトルがあるため、かなり時間がかかった。
俺はあえて、表彰されている現タイトル保持者たちを視野に入れないよう意識する。夏季の楽しみが減るというのもあるが、主な理由は嫉妬に近い感情だった。本来なら、そのタイトルの殆どを保持しているのは俺のはずなのだ。自分でもよく分からないが、他人がタイトル保持者として賞賛されている場面を、まともに見ていられなかった。
「セカンド・ファーステスト一閃座、叡将、霊王」
最後の最後に。マインによって、俺の名前が呼ばれる。
瞬間、それまでの拍手や歓声が何倍もの大きさに膨れあがり爆発した。
凄まじい人気だった。こんなに人気だったことは前世でもない。やっぱりアバターが美形だからだろう。
「貴殿は前人未到の三冠を達成し――」
そう、あと史上初の三冠。きっとこれも人気の理由だ。
俺はマインの表彰の言葉をなんとなーく聞きながら、この後のことを考える。どんな風に喋ろうか、と。
マインへ「一言喋らせてくれ」と事前に頼んでおいたのだ。恐らくこの表彰の後、俺のスピーチタイムが来る。
「――よってその栄誉を讃え之を表彰す。キャスタル王国第十八代国王マイン・キャスタル。おめでとう、セカンド三冠」
再び湧き上がる大喝采の中、表彰状を受け取り、マイン直々に各タイトルの“バッジ”を胸に付けてもらう。三つもあるので付けるのにも時間がかかる。その間ずっと拍手と歓声が鳴り止まない。
「はい、付け終わりました」
上目遣いでニコッと笑うマイン。自分の胸元を見ると、服の中央寄りに一閃座・叡将・霊王と三つのバッジが並んでいた。余白が多い。「まだまだ増えるんでしょ?」と、マインの笑顔がそう語っていた。俺が笑い返して頷くと、マインも笑顔のままこくりと頷いて、おもむろに俺を隣へと並ばせた。
「静粛に!」
マインのよく通る号令で、闘技場全体が俄かに静まり返る。すげぇ、観客のマナーが引くほど良い。流石は国王というべきか、流石は王国民というべきか。見ていて清々しい。
「セカンド三冠より一言頂戴する。ご清聴願う」
さて、いよいよ来た。スピーチの時間だ。
マインが一歩後ろに下がると、何万人という観客全員の視線が俺一人に集中しているのが分かった。いや、観客だけではない。出場者もタイトル保持者も、この場にいる全員が俺に注目している。
俺はスゥと息を吸い、ゆっくりと沈黙を破った。
「――単純だ。話は単純。どうして俺が三冠を獲得できたと思う。強いからか? 天才だからか? 違う。答えはたった一つ。とても単純だ」
闘技場の中央、タイトル戦出場者たちの顔を見渡す。
これから、俺は、俺の身勝手で、彼らを焚きつけるのだ。
「弱いからだッ! お前らが!!」
ぶちかましてやる。不意を突かれた彼らは、鳩が豆鉄砲食ったような顔をしていた。
「本気を出せよ。人生の全てを注ぎ込め。満足するな。妥協するな。まだまだ上があるぞ。まだまだお前らの知らない世界があるんだ。学べ。必死で。這い上がれ。勝ちたいだろ? なあ? 俺に三冠獲られて悔しくないのか? 来季は八冠獲るぞ? いいのか?」
仕方がないのかもしれない。この世界では無理があるのかもしれない。
だが。変わるなら、変えるなら、今しかない。
だから、変わってもらう。俺のために。
気付け。気付いてくれ。ここは、最高の世界なんだよ。
「剣術や魔術や召喚術に人生を賭けるなんて馬鹿げてると思ってんのか? なら結構。金輪際タイトル戦には出場するな。内輪で幼稚に遊んでろよ。いいか、よく聞け。ここはな、この舞台は、俺にとっちゃあ、人生の九割九分九厘を賭けて勝負する場なんだよ。趣味が高じて金と名声を得られるようになるだけのくだらない場所じゃないんだよ。だからさ、頼むから出場しないでくれ。タイトルが穢れる」
煽りに煽る。
全ては、彼らに本気を出させるため。俺に付き合ってもらうため。
考えてもみろ。タイトル獲得のためにだ、実際に人生賭けたやつらが、わんさか集まってくるかもしれないんだぜ? そりゃあ、つまり……“理想郷”だろうが。
「人生賭けるなんて、簡単じゃない。そりゃ分かってる。でも俺なんかにできたんだ、あんたらにだってできるさ。今からでも遅くない。17の生意気なクソガキにタイトル三つも任せておきたくないだろ? ……勝て。勝てよ。勝つんだよ俺に。勝つしかないんだよ。これまでの常識は何一つ通用しないぞ。全てゼロから考え直せ。俺を参考にしてもいい。観察しろ。研究しろ。盗め。有効そうなことは全てやれ。必死で。死に物狂いで。孤独に闘え。来季まで、残り半年だ」
そして、俺と一緒に、現実となったメヴィウス・オンラインを楽しもうぜ。
「……待ってる」
最後にそう伝えて、俺はマイクをマインに返した。
観客席の一角から拍手が鳴り響く。きっとうちの使用人たちだろう。多くの観客はそれにつられるようにしてまばらに手を叩いている。
一閃座の列に戻ると、真後ろにいた金髪のイケメンに「良いスピーチだった」と褒められた。シェリィの兄貴だ。ヘレス・ランバージャックだっけ?
「良いだって? 嘘だろ? 悔しくなかったのか?」
「ああいや、悔しかったさ。だから抜群にヤル気が出た。ゆえに、勝手ながら良いスピーチと評させてもらった」
「……変わり者だなあ、兄妹揃って」
「ハハハ、頻繁に言われる」
ちょっとおかしいけど、まあヤル気出してくれたならいいや。
ちなみにこいつも明日の打ち上げパーティーに呼んでいたはずだ。というか、俺たちが出場した5つのタイトル戦の出場者ほぼ全員を招待している。既に回答を貰っているのは4人。アルフレッドとムラッティとアルファとカピート君である。それ以外は来るか来ないかまだ分からない。
「明日、来るか?」
「勿論だとも。シェリィを連れて参ろう」
一気に6人になった。
まだまだ増えるだろう。
楽しみだ。明日も、そして、それからも。
* * *
「あり得ないわよ。もう色々とあり得ないけど……とにかくあり得ないわよ!」
「シェリィ様。落ち着いてください」
「マリポーサ! 聞いた!? あいつ、タイトル戦出場者全員を敵に回したのよ!? しかも八冠とか言ってなかったかしら!? 自信満々に!」
「仰っていましたね」
「何処まで私の先を行くつもりなのよぉーっ!!」
観客席にて、セカンドのスピーチを聞いていたシェリィと、メイドのマリポーサ。
頭を抱えて悔しがるシェリィを、マリポーサは普段からヘレスに向けるような呆れた目をしつつも宥める。
シェリィは霊王戦の出場権利をまだ得られていない。現状、丙等級ダンジョンのグルタムを周回してちまちまと経験値を稼ぐのみ。彼女の目指す先は、随分と長そうであった。
「追いつけなくなっちゃうかも~って思って焦ってるんですよね~。マスター」
にやにやと、彼女の使役する土の大精霊テラがからかう。
「うるさい! 違うから! ただ勝てるイメージが微塵も湧かないだけよ!」
「あ~。無理ですね~……」
「ソッコーで諦めるなぁ! きっと何処かに弱点があるわよ。きっと……」
ぶつぶつと呟くシェリィ。
そこへ、一人の来客が訪れる。
「あの、シェリィ様」
「あら? チェリじゃない」
「はい。お久しぶりです」
第一宮廷魔術師団のチェリであった。二人の関係は、あの一件以来ずっと良好だ。
「貴女も観戦にきてたのね」
「ええ。それで、その……何か、この“あり得なさ”みたいなものを、誰かと共有したくて堪らなくなって」
「分かるわ、それ。すごーくよく分かるわ。あいつのことよね?」
「そうです。笑うしかないですよもう」
「ねー。呆れるわ、ホントに。それで多分、夏季には八冠獲っちゃうんだから怖いわ……」
「頭おかしいですね。いや、凄いんですけどね?」
「うん。そう。凄いのよ。頭おかしいけど」
笑い合う二人は、悪口を言っているように見せて、その実、セカンドを褒めちぎっていた。あまり素直ではない二人ならではの回りくどい称賛の方法であった。こういった何気ない部分でも、彼女たちはとても気が合うのだ。
それから、二人は夕食を共にして、心ゆくまでセカンドという男について語り合った。
翌日は、彼の家でパーティーである。だから、あまり、飲み過ぎないように……。
「あー、やっべぇすわ。オレ鼻血出そうっす。格好良すぎません? あの人」
閉会式が終わり、ホテルへの帰り道。
犬獣人の青年カピートは、隣を歩くエコの父親ショウに話しかける。
「……彼はあの場であのようなことを言ってしまって大丈夫なのだろうか」
「ああ、大丈夫っす大丈夫っす。心配するだけ無駄ですよ」
「しかし、あれほど挑発してしまえば大勢に憎まれることになるのではないか」
「むしろ周り全員敵にしたいんじゃないすかね? セカンドさんは」
「…………」
けろっと言ってのけるカピートに、ショウが絶句する。
「あの人はオレたちの成長を望んでいるんです。早く同じ土俵に上がってこいって、道をつくって待ってくれているんです。そりゃ追いますよ、全力で。皆、追いたくなるはずです。こうやってオレみたいに憧れて追うやつもいれば、憎き敵として追うやつもいる。セカンドさん的には、憧れだろうが敵だろうが関係なくて、とにかく必死に全力で命懸けで追ってきてほしいんでしょうね」
カピートの言葉は正しかった。セカンドは、己の理想郷を実現するために、皆をあれほど煽り立てたのだから。
「そうか……だが、ファンの気持ちはどうなる? 例えば、先ほどの、ヴォーグ霊王だったか。かなりのファンがいたのだろ?」
「あ、ヴォーグさんっすか。メチャメチャ人気でしたよ。美人ですし、強いですし。あと20年以上も一閃座に君臨してたロスマンさんとかも、絶対王者としてかなりの人気でした」
「そのファンの前で、彼らがあれほど扱き下ろされたら……あまり良い気分にはならないのではないか? 出場者だけでなく、一般人からも嫌われてしまったらどうなる?」
ショウは何やら煮え切らない言葉を口にする。セカンドのあのあまりにも大胆不敵な発言に不安を覚えたのだ。それは偏に、娘を預けている相手だからであり、将来の婿として想定し始めているからであった。
そんなショウの発言を聞いて、カピートはきょとんとした後、
「あ、あははははっ!」
大口を開けて笑った。
「何かおかしかったか?」
「いえ。ただ、セカンドさんなら、こう言うだろうなと思って」
カピートは「ゴホン」と咳払いを一つ、颯爽としたポーズを作って、顔をビシッとキメながら口を開いた。
「――そりゃヴォーグとロスマンが気にすることだ。俺が勝ちゃあ、俺のファンが喜ぶ。あいつらが勝ちゃあ、あいつらのファンが喜ぶ。それだけの話だな」
そっくりであった。
「お待ちを、エルンテ鬼穿将」
閉会式の直後。
王都ヴィンストンを去ろうとする老爺を、盲目の弓術師アルフレッドが呼び止める。
「何用じゃ。儂は急ぐ」
「止めはいたしません。ただ、ミックス姉妹を置いてゆかれよ」
「…………元からそのつもり。貴様が預かるというのなら、好きにせい」
エルンテの後を追おうとしていたディー・ミックスとジェイ・ミックスは、師匠であるはずの爺の言葉に、驚愕の表情を浮かべた。
「お師匠様! それではミックス家の弓術指南役を辞すると仰るのですか!?」
「そこの哀れなる盲目の男へ既に引き継いだ」
「急にそのような勝手を仰られても……!」
「……今の儂に、弟子を指導しているような暇などない」
縋りつく姉妹を冷たく振り切って、エルンテは去っていく。
「……そんな……」
「これから、どうすれば……」
呆然とする姉妹。
そして。
「彼の演説がよほど効いたらしい。嘘ばかり並べ立てて逃亡か……哀れはそちらだ、老人」
アルフレッドが、その老爺の小さな背中に向けて、ぽつりと呟いた。
夜の帰り道。
闘技場から王立魔術学校の学生寮へと向かうやたらと姦しい女子数十人の集団があった。
言わずもがな、例の巨大組織『セカンドファンクラブ』である。
「控えめに言って人生で最高の数日間だった。私もう死んでもいいわ」
「いやまあ完全に同意見だよね」
「ちょ、オイイイィ! 死んだらセカンド様に会えなくなるんですけどぉ!?」
「よしんば会えなくなるとしても死にたい」
「もうワケ分かんねぇよ……」
「え、待って。セカンド様好きすぎてどうしたらいいか分かんない」
「笑えばいいと思うよ」
「ねえ待って。既に顔が勝手に笑ってるんだけど」
「「……待ってる」」
「はいもう流行語確定」
「ねーねー。私セカンド様でランキング作ってみちゃった」
「流石、解析班は仕事が早いですなぁ~。どれどれ」
1.初出場で前人未踏のタイトル三冠
2.史上唯一の雷属性魔術師
3.クッッッッッソ美形
4.出場者全員を赤子扱い
5.出場者全員に説教した挙句に喧嘩を売る
6.試合中に伍ノ型で自爆して勝利
7.陛下と大親友
8.鬼穿将を二枚落ちでボッコボコ
9.使役する精霊と魔物が明らかにオカシイ
「クソワロタ。全部1位な件」
「決勝戦の最中なのに指導し始める、がない。やり直し」
「ドラゴンを素手で一時間以内に倒す(無傷)、がない。やり直し」
「うーわ……」
「あっ、ヒョウロンカキドリだ。珍しいなぁこんな夜中に」
「自分で巣は作らないらしいからね。帰る場所がないんじゃない?」
「……っていうかこれセカンド様以外の人ならどれか一つやっただけでも伝説的でしょ普通」
「ホントそれ」
「うんけど3位と7位は除いて考えるべきでしょだってセカンド様の美貌はセカンド様以外にはあり得ないわけだしマイン陛下との出会いもセカンド様のあの性格あっての」
「オーケーオーケー、こっちだイカレ女」
夜は更けていく……。
お読みいただき、ありがとうございます。
P.S. あらすじ部分を更新しました。