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106 霊王戦 その3



 最終戦の相手は、現霊王れいおうのヴォーグという女エルフ。

 ワインレッドの髪を腰まで伸ばしたモデル体型の美人である。


「お会いできて光栄です、セカンド二冠」


 彼女は俺と対峙すると、優雅に会釈し、丁寧な挨拶を見せた。その美貌に違わず美しく落ち着いた声だった。


「こちらこそ、霊王」


 俺が一言そう返すと、ヴォーグはにこりと微笑んでから、ピシッと綺麗な礼をする。某歌劇の男役のようだ。


 ……終始、余裕のある態度。無駄な力を抜きつつも、表情は真剣。完全にリラックスしつつ集中状態を維持しているように窺える。ひょっとするとこの女、今までで一番“ある”かもしれない。期待するのはやめたやめたと散々言っていたが、今回ばかりは流石に期待してしまうレベルの“違い”だ。



「自信のほどはどうだ?」


 推し量るつもりで、少々ちょっかいをかけてみる。


「その場その時で最善を尽くすのみでしょう。私も、貴方も」

「仰る通りだな」


 軽くあしらわれてしまった。ますます良いねぇ。

 なんて考えていると、今度は彼女の方から質問が飛んでくる。


「貴方の謎の精霊。その正体、明かしていただけるのかしら?」


 ズバっと核心を突いてきた。

 どうやら彼女はアンゴルモアを見たいらしい。確かに今までは召喚したそばから憑依させていたから、ちゃんと見ることができなかったのだろう。


「安心しろ。丸々全部、余すトコなく見せてやる」

「あら、嬉しい」


「両者、位置へ」


 互いに笑みを浮かべながら、審判の指示に従って所定の位置まで移動する。


 こりゃあ、かぁなり遊べそうかなぁ。



「――始め!」


 号令がかかる。

 瞬間、互いに《精霊召喚》を発動した。


 ヴォーグの前方に、見上げるほどの火柱が立ち昇る。その中から姿を現した精霊に、俺は見覚えがあった。


 そう、確か――火の大精霊・・・“サラマンダラ”。


 一方で、既に《精霊召喚》しているというのに、アンゴルモアの方は未だ何の音沙汰もない。まさか……。



「あぁー? オイオイ、こいつまだ召喚してねぇのか? 勘弁してくれよ! 久々の愉しみだってのに、こんな雑魚――」


「!? サラマンダラ! 下がりなさい!」



 ――直後。


 ドガン! と、地面から突き上げるような衝撃が闘技場全体を襲う。


 地震ではない。アンゴルモアだ。あいつはただ目立つ・・・ためだけに、わざと召喚のタイミングを遅らせ、こうして無駄な演出を凝らし、騒がしく顕現しようとしていたのだ。



「……ゲッ……ま、まさか」


 赤目赤髪のイケメン精霊サラマンダラが、突如として青い顔をする。心なしか彼の纏っている炎の勢いも落ちた。

 やっぱりどんな精霊でもアンゴルモアは苦手なんだな、きっと。だって性格最悪だから。


「ハァーッハッハッハッハッハ!」


 高らかで偉そうな中性的な笑い声とともに、赤黒く禍々しい紋章の入った巨大な腕が地中から飛び出した。


 闘技場を破壊するようなことはない。これは“演出”だ。ダメージなどは一切ないのだ。アンゴルモアが、ただ目立ちたいがために、相手をビビらせたいがためにつくり出した、巨大な幻影である……多分。


「ひれ伏せぇい!!」


 巨大な腕は、全体から稲妻を迸らせながら、手のひらを下にして、ヴォーグとサラマンダラを押しつぶさんと急速に接近した。


「うおおおっ!?」


 サラマンダラは両手を前に出し、瞬時に炎の盾をつくる。凄いな、この世界の大精霊は魔術の型に関係なくあそこまで自在に火を操れるのか。


「ぐっ……!」


 バフーン! と。巨大な腕が、サラマンダラのつくり出した炎の盾を握り潰し、雲散霧消する。


 瞬時に立ち込める霧。バチバチと電撃がそこらじゅうで光る中、いつの間にか俺の目の前で仁王立ちしていたやたら仰々しい格好の中性的な美形の精霊が、おもむろに口を開いた。



「――久方ぶりではないか、サラマンダラ! 寝小便はなおったかァ?」



 初手、煽り。

 精霊大王アンゴルモアの降臨である。


「嘘を言うなコラァ! そんなこと一回もねぇぞオレは!」

「フン、記憶違いか。ああ、そうか、あれはお前の父親であったな」

「嘘だろ!? き、聞きたくなかった……」


 サラマンダラの炎がしゅんと小さくなった。あの全身の炎はひょっとしたら彼のテンションを表しているのかもしれない。


「サラマンダラ。あの精霊は」

「ん? あ、ああ。やつはアンゴルモア。雷の大精霊だ」

「雷の……」


 ヴォーグが険しい表情を見せる。恐らく「真っ当にやっては勝てない」と気付いたのだろう。


「否。我は精霊大王なるぞ。ちゃんと紹介せい、この戯けが。よぉく聞け。我が名はアンゴルモア、四大属性を支配せし精霊の大王である!」


 アンゴルモアは目立つことに余念がない。そして地獄耳で、隙あらば相手を罵倒する。いやらしいな。


「サラマンダラ、一対一で、勝てるかしら?」

「無理だなぁ、流石に。一時間耐え抜くくらいなら何とかできそうだが」

「……最終戦は、制限時間なしよ」

「きっついなぁオイ……」


 あちらさんは何やら作戦を立てているようだ。

 よろしい、待ちましょうとも。


「(あの赤い兄ちゃんを調理するなら、どんな感じだ?)」

「(そのまま捌いて刺身で出してもよいな。煮ても焼いてもよい。フルコースでもよいぞ)」


 つまり瞬殺もできればなぶり殺しもできると……。


 只今の時刻は15時半かそこら。Mr.スリムが何やかんややらかしたせいで最終戦の開始が少し遅れたため、日没まで楽しむとしたらいくら長くても後2時間くらいか。


「(フルコースで頼む)」

「(フハハッ、御意)」


 多分、ヴォーグは、サラマンダラとアンゴルモアを一対一で戦わせ、俺と一対一を挑みに来る。


 サラマンダラで《精霊憑依》して直接攻撃を狙うのも一戦だとは思うが、俺とて条件は同じ。同様に《精霊憑依》して互いに殴り合った場合、俺のステータスの高さが勝るだろう。ならば、憑依によって4.5倍される前のステータスの方がまだマシだ。素の状態でやり合った方が、勝機は残ると言える。


 で、あれば。とことん付き合ってあげるのが、男ってもんだろう。



「やろうぜぇ! 大王様よぉッ!!」

「よかろう。小指一本で相手してやる」


 ね。予想通り、精霊と別々に一対一のようだ。ナイス判断。


 直後、サラマンダラとアンゴルモアは炎と雷で空中戦を繰り広げ始める。


 ……ワーオ、こりゃすげえ。想像以上だ。ゴ〇ラVSキ〇グギ〇ラかよ。



「余所見は感心しないわねっ」

「大丈夫だ見えてる」


 接近してきていたヴォーグの剣をひらりと躱す。

 来ると分かっていたからな、視線は逸らしていたが、意識までは逸らしていない。


「これは、失礼っ」

「こちらこそ」

「貴方、ずっと、素手なのかしら?」

「うーん、多分」


 スキルを使用していない彼女の剣を、ひらひらと躱していく。

 しかしなかなか、攻撃が的確だな。当たっちまいそうだ。


「ふん!」

「うおっ」


 急に、剣の鋭さが増した。緩急自在だな。

 俺は少し大きめに回避行動をとる。


 その隙を、彼女は見逃さなかった。



「そこッ――!」

「!!」



 彼女が繰り出したのは、剣ではなかった。


 背中からの体当たり――鉄山靠てつざんこう


 八極拳かよ! と驚きつつ、俺は腕をクロスして防御する。

 ガツンと、体に衝撃が走った。



「……っとっと」


 俺は後方へ吹っ飛ばされ、少しバランスを崩しながらも無事に着地。その距離6メートルほど。腕が痺れる。すンげぇ威力。なるほどね。


 ヴォーグ霊王。彼女、相当にSTRが高い。


 ひょっとしたら……俺よりも。



「参考までに、剣術とあと何上げてる?」

「貴方のように龍馬や龍王までは手を出せていないけれど、剣術・体術・槍術・魔術くらいは嗜んでいるわ」

「道理でお強いわけだぁ」

「あら、ありがとう」


 ヤッベェ。このエルフ、パワータイプだ。


 俺は【剣術】【弓術】【盾術】【魔術】と満遍なく上げているが、彼女は【剣術】【体術】【槍術】【魔術】と殆どがSTRに特化している。そりゃただの体当たりであの威力も出るわなと、納得の偏りっぷりだ。


「怖気づいたかしら?」

「……まさか」


 嬉しいくらいだよ。


 方針は既に決まっている。こちらはAGIを活かしたヒットアンドアウェイの立ち回りだ。



「貴方、何故笑って……!!」


 ダンッと踏み込んで、一気に彼女の間合いへ侵入する。こういうのは、スピード勝負だ。剣を振らせる暇を与えてはいけない。


 ボディブローの後、顔面に肘を入れ、そのまま思い切り弾き飛ばす。どうやら彼女はSTRは高いがVITはあまり高くないようだ。そこそこのダメージが通っている。



「っ……や、やってくれるじゃない」


 鼻から垂れた血を手の甲でぬぐい、一言。彼女の目は決して死んでいない。


「怖気づいたか?」

「……ええ、少しねっ!」


 助走をつけて斬りかかってくる。正直者だな。


 彼女のSTRを考えると、一撃でも受けてしまえば危ない。

 かといって接近しすぎると、今度は八極拳のような体当たりが危ない。


 じゃあ、急接近して紙一重で避けて一発殴って離脱。これを続けるのが良い、となる。できればの話だが。


「オラァ!」

「くっ……!」


 避けて、避けられて、仕切り直し。


 さあ、あと何十分続くかな……?








 2時間が経過した。


 サラマンダラとアンゴルモアは相変わらず炎と雷で遊んでいる。サラマンダラがかなり消耗しているように見えるが、まだギリギリ耐えていそうだ。一方のアンゴルモアは、実にいやらし~い笑みを浮かべていた。物凄い楽しいんだろうな、甚振るのが。



「はぁっ……はっ……」


 肝心の俺とヴォーグはというと。


「疲れたか、流石に」

「ええ……貴方、体力、あるのね……っ」

「別に体力が多いわけじゃない。SP管理の技術があるだけだ」


 技術の差が如実に現れていた。


 ヴォーグはぜーはーと息荒く肩を上下させている。俺のSPはまだ多少残っていた。

 何も考えずに動き回ると、ヴォーグのようになる。無駄な動きを省いてSPをしっかり管理すると、俺のようになる。単純な話だ。


 しかし、ヴォーグにはそれが納得できないようだった。


「……おかしい。おかしいわよ。SPを管理するだけで、そうなるというの……?」

「信じられないか?」

「俄かにはね……144年生きてきてるのよ、私は。貴方なんて、まだ17年でしょう……? 全然、納得、いかないわよっ」


 2時間も俺に遊ばれて、少し苛立っているようだ。


 結局、2時間もやり合って、彼女の剣は俺に一度も当たらなかった。体当たりは何度か喰らったが、大したダメージにはなっていない。【盾術】を上げているせいで俺のVITが高いため、あまりダメージが通らなかったのだ。


 この状況、真面目そうな彼女でも流石にストレスで声を荒げてしまうくらいの“ままならなさ”らしい。


「144歳か。凄いな」

「ええ。人間に直すと、大した年齢ではないけれど。時間は、時間よ」


 144年間、無理せずこつこつ安全に経験値を溜めて、スキルを上げてきたんだろう。


 確かに、彼女は強い。この世界の水準で考えれば、かなり強い方だと思う。きっと天才というやつだ。心技体全て揃っていて、頭脳明晰、発想が鋭く、行動力があり、勇敢で、慎重で、運が良い。



 だが。


「傲慢だ。まだ傲慢だ。144歳のお姉様に説教なんてしたくはないが、言わせてもらう。お前はまだまだ傲慢だ」

「……何ですって」

「驕ってんだよ。100年以上努力して、霊王として君臨して、誰もお前に敵わなかったかもしれないが、それでも満足しては駄目だ。守りに徹しては駄目だ」

「駄目って、貴方が何を」

「お前はまだ、この世界の10%も分かっていないんだ」

「……貴方は全て分かっているっていうの?」

「いや。俺は15%くらいしか分からないが」

「……何が言いたいのよ、貴方」

「分かったつもりになるなよと、そういうこったな」


 メヴィオンは、謎ばかりだ。

 この世界なんて、尚のこと謎ばかり。


 決して、分かったつもりになってはいけない。満足して、守りに徹してはいけない。そこで、何もかも停滞してしまうから。



「久々にとても楽しませてもらった。お礼に、俺の秘密兵器を見せよう」


 口で言っても理解してもらえそうにないから、分かりやすい実像に出てきてもらうことにした。


 時刻は17時半。もう、辺りは薄暗い。太陽の光より、闘技場の照明の方が強くなってきている。


「待ちなさい。まだ、勝負は――」


「アンゴルモア、待たせた」

「何だ、もうお開きか? 我がセカンドよ」


 頃合を告げると、アンゴルモアは最後に特大の雷を一発、こちらへ戻ってきた。


「て、てめぇ! 待て! クソッ……!」


 サラマンダラは見るからにボロボロである。かなり一方的にいじめられたらしい。対してアンゴルモアは無傷で笑っている。ひでぇなこりゃ。



 さて。


「……ヴォーグ。お前にとって、何か、ヒントになれば幸いだ」



 かなり可哀想なことになるだろうが、仕方がない。


 彼女の100年以上の努力がどれだけスッカスカだったのか思い知ることになるだろうが、仕方がない。


 いくら頑張っても届きそうにない壁を前にして膝をつき絶望するだろうが、仕方がない。



 仕方がない。俺が、この世界に来ちゃったんだから、仕方がない。




「……来い、あんこ」


 アンゴルモアを後ろに下げ、《魔召喚》を行う。


 喚び出したのは、此方と彼方で最も差が開いているであろうあらゆる要素を凝集し昇華させた結晶。暗黒狼の魔人、あんこ。



「…………!!」


 恐らく。

 彼女はその黒衣の女の姿を見て、恐怖したのだろう。


 即座にサラマンダラへと《精霊憑依》を命じ、剣を構えた。



「屠っても?」


 細く閉じられた目と、緩やかに微笑む口元。いつもと変わらぬ表情で、たった一言、あんこは俺にそう聞いてきた。


「見せつける感じでよろしく」

「御意に、主様あるじさま


 見せつけなければならない。此方と彼方の差を。

 分からせなければ、夏季には期待できない。



「――っ!?」


 あんこは、突然、ヴォーグの真後ろに現れた。《暗黒転移》だ。


「来たれ黒炎之槍」


 そして、挑発するように、そのまま《暗黒召喚》を行う。


 ヴォーグは、逃げた。攻撃せず、逃げて、SPの回復と同時に対策を練りつつ体勢の立て直しを狙ったのだろう。悪くない判断だ。相手があんこでなければ。


 直後、虚空から闇を紡ぐようにして現れた禍々しい大槍、黒炎之槍をあんこが装備する。


 断言できる。これで、終わった。何処の誰が相手であろうとも。

 決して、あの大槍を装備させてはいけない。あれは《暗黒魔術》よりも厄介な代物なのだ。絶対に、何としても、阻止しなければならなかった。



「残念無念、楽しめそうにありませぬ」


 ぽつりと、あんこが呟く。


 その気持ちは、よく分かる。よく、分かる。


「うふっ」


 あんこは黒炎之槍を軽々と振り回し、素早く移動するヴォーグの抵抗を無駄とばかりに追い詰めていく。

 3メートル近いリーチに加えて、振るたびに放出されるとんでもない威力の黒炎が、次第にヴォーグの行動範囲を狭めていった。



「あり得ないっ……あり得ないわよ、こんなの!」


 《精霊憑依》を発動していても、たとえ反則だろうが【剣術】でも【体術】でもありったけのスキルを使って戦ったとしても、全くもって歯が立たないと、そう理解してしまったのだろう。ヴォーグは、場外ギリギリの端っこで、理不尽・・・を叫んだ。


 それを最後に。

 彼女は、全身を黒炎に焼かれながら《龍王槍術》の直撃を受け、スタンした。



「――勝者、セカンド・ファーステスト!!」



 こうして、虚しくも。

 俺の霊王獲得が、そして、史上初のタイトル三冠保持者の誕生が、決定した。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
↓あえて解釈するなら長時間耐えられる観客はきっと箱席でくつろげて、退席居眠り自由な環境ってのはどうかな
[気になる点] まあ野暮な事はあんまり言いたくないけど一戦長すぎて良く観客はテンション保てるなぁとはずっと思ってます
[一言] もはや主人公存在がチートだな
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