103 金剛戦 その3
幕間デース
ヨロシクオネガイシマース
お酒が飲みたいネー
「何だこれは……ここが本当に家なのか?」
「と、闘技場より大きくありませんか……?」
移動中、馬車の窓から敷地を見渡して、そんな感想を漏らす二人。
エコの父親ショウ・リーフレットと、エコと同じ獣人村出身で霊王戦出場者の青年カピート。
二人は馬車を降りても口をぽかんと開けてきょろきょろと周囲を見回している。まるでおのぼりさんだ。いや、事実おのぼりさんなのだろう。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
湖畔の家に到着すると、ユカリを筆頭に使用人たちが出迎えてくれた。
今夜は『金剛戦お疲れ様パーティ』だ。ささやかに。
「今のはここの村人か?」
「メイドってやつです、多分……というか村人って先生……」
「呆れるのはよせ。見るのは初めてなんだ」
「オレだって初めてですよ!」
顔と顔を近付けて何やらこそこそと話している彼らを、リビングに案内する。
良い匂いがしてきた。夕食の準備は既に整っているようだ。
「プロリンダンジョンで集めた大量のミスリルを売ってこの家を買った。稼ぎ方は他にも色々とあるから、今後路頭に迷うこともないと思う。安心してくれ」
着席しつつ、エコパパに言っておく。
エコを預かっている身として、その辺はしっかりと説明しておかないとな。
「ぷろ……何を言っているか分かったか?」
「……先生はとにかく、娘さんはここにいる限り絶対に安心安全で健やかな暮らしが保証されているということだけ分かっていればそれでいいです」
「そうか。それは良かった」
「はぁ……」
仲良いなあこの二人。
と、そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。
エコの父親ということで、酒はかなり奮発したようだ。恐らくキュベロが気を利かせたのだろう。その証拠にこっちを見てクールにドヤ顔している。キュベロは酒庫の管理もしているからな。普段は酒の味なんて大して分からない俺が大衆向けの安酒ばかり飲むから、きっと管理のし甲斐が余程なかったに違いない。確かに、高い酒はこういう時にじゃんじゃん出していくべきだな。じゃないと溜まる一方である。
「じゃあ、乾杯しようか」
それぞれに料理が行き届き、それから酒を注ぎ合う。
意外なことに、この酒の価値を分かっていそうなのはエコパパだけだった。目を丸くしてラベルを凝視している。一方、カピート君はあまり酒に詳しくないようだ。
そして。
「エコ、お疲れ様!」の掛け声で、今宵もささやかなパーティが始まった――……
「セカンド二冠はマジでヤバいんですよ。そもそもタイトル戦3つに出場する時点で、それってつまり、3つ分の出場資格を得てるってことでしょ? しかも史上初の二冠達成してるし。しちゃってるし。有り得ないんですってそれ。マジで。ねえ。先生。聞いてます?」
「聞いている」
「前人未到ですよ、前人未到。それにテクニックがもうマジでヤバいっす。呼吸するように超絶技巧を繰り出しますからマジで。というか戦法もすげぇんすよ。常識を基本から塗り替えていってますから。多分この冬季が終わったらタイトル戦の常識が完ッ全に一変してますよ。ガチで。どんだけレベル高いんだっていう。聞いてます?」
「……聞いている」
「一閃座戦とかもうマジ衝撃でしたよ。あのロスマン元一閃座を子供扱いっすよ? ってかエキシビションも最高でしたわ。弓術もできんのかよ! って。みんな思ったでしょアレは。いや笑うしかないっす。そしてリスペっすねガチで。あー、やっぱオレこの人みたいになりてぇーって改めて思いましたもん。マジ田舎から出てきて良かったっす。あのままじゃ井の中のスライムでしたよ。聞いてます?」
「……う? ん……聞いている」
宴もたけなわという頃。
カピート君は顔から首まで真っ赤にしてエコパパに絡みつつベラッベラと喋りに喋りまくっていた。俺をべた褒めしたり、俺に憧れているだとか、田舎はクソだとか、そういう内容ばかりを延々とループ気味に話している。
エコパパは、グラスをちびちびと傾けながら、カピート君の話にテキトーに相槌を打ちつつ、うつらうつらとしていた。エコと一緒で酒を飲むと眠くなるタイプみたいだ。
「そういえば、カピート君って何歳?」
「お、オレっすか? 21っす」
歳下だけど歳上かぁ……複雑だな。
「その若さで霊王戦出場って十分凄くない?」
「えぇ……何言ってるんですか。セカンド二冠、17歳じゃありませんでしたっけ? エコさんもシルビアさんも10代ですよね?」
「いや、俺たちは抜きにしてさ。普遍的な話よ」
「あー、確かに。チーム・ファーステストは特別ですもんね!」
何かやたらと俺たちに詳しいなカピート君。俺に憧れていたというのは、もしかして“おべっか”ではなくて、本当のことなのかしらね?
「オレは15の時、田舎暮らしに嫌気がさして村を飛び出したんすよ。それからずっと魔物たちと一緒に我武者羅に生きてきて、気がついたら魔召喚と送還とテイムが九段になってました」
霊王戦の出場資格は、《魔召喚》《送還》《テイム》の3つを九段か、《精霊召喚》《送還》《精霊憑依》の3つを九段か、そのどちらかである。カピート君の場合は前者だな。
「冒険者やってたのか?」
「はい。他にも色々やりましたね。王国中の町を転々としたり、ダンジョン渡り歩いたり」
「よく死ななかったな」
テイマーは、序盤において“事故”が多いジョブで有名だ。テイマーを始めたての頃は、魔物を使役して自分の代わりに戦わせるわけで、ゆえに自分は何もしない場合が多い。すなわち、自分はクソザコ。魔物からの攻撃を一発でも受けたらヤバイ。
「オレ、その、運良く、強い魔物をテイムできて……それでトントン拍子に」
あーなるほどなぁ。
「オッケー、話さなくていい。初戦、俺とだろ? 楽しみにしておくから」
「はいっ! よろしくお願いしまっす!」
一体、どんな魔物をテイムしたんだろうな? これで霊王戦の楽しみが一つ増えた。
しっかし、カピート君は素直で爽やかな良い青年だ。顔はカッコイイ系なのにくすんだグレーの短髪から覗く犬耳でカワイイ系要素も兼ね備えていて攻守に隙がない。こりゃ歳上からモテるだろうなあ……。
「またいつでも遊びに来てくれ」
「オッス! ありがとうございます!」
お互いに明日があるからと、あまり遅くならないうちに解散することにした。
うちの使用人が宿まで送ってあげるようだ。カピート君はぐーすか眠るエコパパを担いで馬車へと乗り込む。
そして、別れ際。カピート君は酔っ払いつつも、真剣な表情で、俺にこう伝えてきた。
「スリムってやつ、注意しといてください。召喚術師界隈じゃ、あんまり良い噂ないっすから」
「そうか。忠告、わざわざありがとう」
「いえ。それじゃあ失礼します。また、明日」
「ああ、またな」
馬車が動き出し、二人は帰っていった。
召喚術師のスリム。確か「Mr.スリム」という名前で挑決トーナメントにエントリーしていた。俺と当たるとしたら、決勝だ。
……何か、あくどいことを仕掛けてくるかな?
カピート君の忠告。折角だから注意しておこうと思うが、逆に少しだけ楽しみな自分もいる。
霊王戦、色んな意味で高まってきたな……。
* * *
「ヴォーグさぁ、そんな鍛錬して何の意味があるわけぇ?」
「お黙りなさい、サラマンダラ。送還されたいのかしら?」
「おおっとご勘弁。体がなまってしょうがねぇから、前日くらいは運動させてくれよ」
王都から少し離れた森の中。絶世の美女という表現では足りないほどに美しい、ワインレッドの長髪を腰まで伸ばしたエルフの女と、真紅の瞳に燃え盛る炎のような赤い髪をした美形の男の姿があった。
夜だというのに、二人の周辺は昼間のように明るい。
それは、その真紅の男の全身が炎のようにゆらめき輝いているからである。
「……!? な、何をしているの!」
「んー? あ、悪ぃ悪ぃ」
ヴォーグと呼ばれた女が、突如として声を荒げた。
彼女の視線の先には、メラメラと燃える草木。
サラマンダラと呼ばれた男は、今気付いたとばかりにとぼけた顔をして、ぽりぽりと後頭部を掻く。
「つい張り切ってよ、漏れ出しちまったぜ。なんせ随分と久々だからなぁ」
「即刻、抑えなさい! 森で火属性魔術を使うなど、言語道断よ!」
「はいはい……ったくクソ真面目だなぁ」
ヴォーグは説教しながら、《水属性・弐ノ型》を詠唱して放つ。しかし、なかなか鎮火しない。
ならばと、彼女は次いで《水属性・肆ノ型》を放った。次の瞬間、火は樹木ごと完全に潰れて消え去る。
「ヒューッ! 悪くねぇ威力だな」
「誰の尻拭いをしていると思っているのかしら。反省の色を感じないわね」
「あぁー? オレがいなきゃ何もできねぇガキがよく言うぜ」
「私はもう144よ。いつまでも子供ではないわ」
「オレにとっちゃあ、お前はいつまで経ってもウジウジメソメソ気に食わねぇクソガキだ」
「はぁ。だから私、貴方って嫌いなのよ……」
サラマンダラへ不愉快そうな表情を向けてから、ヴォーグは自己鍛錬に戻る。
「――はッ!」
出現した魔物、アッシュスライムへ向けて……一閃。
彼女の剣は、アッシュスライムを一撃で斬り伏せた。【剣術】スキルを、使うことなく。
「剣なんか練習したところで、意味ねぇと思うけどなぁオレはよぉ」
「召喚術師は自身が弱点。そこを狙われて困るようでは、霊王には相応しくないわ」
「……なぁクソ真面目。言っておくけどよ」
「何かしら?」
「お前の出番なんて、過去現在未来、一回もねぇから。誰にもオレの楽しみは奪わせねぇ。敵は、オレが、単独で、全部、片付ける。そうだろぉ?」
お読みいただき、ありがとうございます。