101 金剛戦 その1
さあ、お待ち遠様でした金剛戦のコーナーです。
まずはですね、此方が7月に入りどんどんと暑くなってきている中で、彼方は冬季にも関わらず、ムンムンとこちらまで伝わってきそうな熱気を放っている皆様方のご挨拶からどうぞ。
「金剛戦はドワーフばかりみたいだ」
朝。観戦席で、シルビアが思い出したように言う。
「そうなの?」
「歴代金剛も、ゴロワズ現金剛も、ドミンゴ殿も、エコの初戦の相手ジダン殿も、皆ドワーフだ」
「5人中3人がドワーフか」
「加えて獣人のエコも人間のロックンチェア殿も、今季が初参加。それまでは何十年間もドワーフしかいなかったらしい」
熱いなぁ。
しかし、なるほど。確かに合理的ではある。
「ドワーフはHPとVITとSTRが上がりやすい種族だ。そもそものステータス成長性が盾術向きだな」
「やはりか。では獣人と人間はどうなのだ?」
「どっちも成長タイプによるとしか言えん。ただ、成長タイプが合わなければ止めておいた方がいいかな。ドワーフの場合は成長タイプが合っていなくてもできなくはない、というだけの話だ」
「凄いなドワーフ。では、エコはどうなのだ?」
「エコは明らかに筋肉僧侶だから、バリバリ向いてる。な?」
「……ほ?」
聞いてなかったみたいだ。
俺は「何でもない」と言って、エコを観戦に集中させる。
彼女が見ているのは、金剛戦挑戦者決定トーナメント準決勝。ドミンゴ対ロックンチェアの試合。
ドワーフ対人間の試合が、今まさに始まろうとしていた。
「――始め!」
審判の号令。
直後、盾と盾がぶつかり合う。
「おおっ、激しいな!」
シルビアは興奮している。確かに、金剛戦は派手になりやすい。
受けるとすれば、角・香・歩で耐えるか受け流すか、金・桂で弾くか、銀でパリィか。
攻めるとすれば、銀の反撃効果か、飛車の突進か、龍馬による貫通か、龍王による大衝撃か。
いずれにしても“ぶつかる”場面が多いのだ。
しかし。
「……あいつ、結構やるなぁ」
傍から見ていて気が付いた。ロックンチェアという人間の方、かなりできる。
中肉中背これといった特徴のない30代後半ほどの短い黒髪の男は、小型の盾、恐らくミスリルバックラーで見事に立ち回っていた。
鋭い。見るからにスキルの出し方が違う。ありゃムラッティと同格か、それ以上。“定跡”持ちだな。
激しくぶつかり合ったのは開幕のみ。序盤中盤を通り越し終盤へと至ると、急に静かになる。
試合が一方的になってきた証拠だ。
ドワーフの髭面の男ドミンゴは手も足も出ていない。後は、ロックンチェアがサクッと寄せ切るのみだろう。
「そこまで! 勝者、ロックンチェア!」
試合開始から10分ほどで、早くも判決が下る。
「人間が勝ったけど」
「うむ、予想外だな。これは歴史的に見ても大きな一勝だろう」
初のドワーフ以外の金剛誕生、その第一歩。
有り得なくはないな。あの男は、他と比べて頭一つ抜けて強い。
「エコ。決勝戦で全て出し切れ。今のあいつ、かなり手ごわいぞ、多分」
「わかった!」
厳しめの顔をしてそう伝えると、エコは朗らかに笑って頷いた。
相変わらず何を考えているか分からない。ただまあ、本人は楽しそうだから、それでいいか。
「…………エコ?」
――不意に。俺たちの背後から、声がかかった。
振り向くと、そこには。
どこかエコによく似ている、猫獣人の男の姿。
「……おとーさん……」
エコの顔から、俄かに笑みが消えた。
お父さん……?
沈黙が流れる。
「魔術学校はどうした。何故こんな場所にいる?」
「もしかして、エコの父親か?」
「……そうだが。君は誰だ?」
隣で「嘘ぉ!?」というリアクションをするシルビア。
「昨日で一閃座と叡将の二冠になったセカンド・ファーステストだ。そちらは?」
「そ、そうだったか。何分、今朝到着したもので、事情を知らずすまない。自分はショウ・リーフレット。そこなエコの父である」
マジでエコパパだった。
ということは、田舎の獣人村から遠路はるばる王都へ応援に来たということか?
それにしてはエコの姿を見て驚いたような顔をしていたが……加えて、二冠と聞いてもあまり驚いていない。タイトル戦史上初の二冠だぞ? 今朝なんか闘技場に入るだけでえらい大変だった。裏口だというのにファンで溢れかえって、第三騎士団が出動したくらいだ。
「ここには何用で?」
あまりにも謎が多いので、もうストレートに聞いてみる。
「明日の、霊王戦? に出場する、カピートの付き添いで参った。今日は観戦席の下見だ。ついでに魔術学校へ寄ってエコの顔でも見られればと考えていたが、まさかこんな場所にいるとは」
「…………」
エコパパの言葉に、エコが俯く。
そうか、エコパパはまだエコが王立魔術学校に通っていると思っていたわけか。そりゃ驚くわ。だって、ついこの間まで【魔術】を学びに王都の学校へ入学したと思っていた娘が、今や【盾術】の最高峰の場にいるんだからな。半年の間に理系が文系どころか芸術系に行ったようなものだ。「何があった!?」と思うに違いない。
「へぇ……霊王戦。そのカピートってやつも、エコと同郷なのか」
「我が村で一番の若い魔物使いだ。今まではふらふらと外を放浪していたみたいだが、ある日突然帰ってきて、今度王都の大会に出ると言うから、娘に会う良い機会だと思い自分が付き添いに志願した」
王都の大会? 二冠に驚かない時点で、何となく嫌な予感がしていたが……まさか。エコパパ、タイトル戦を知らないんじゃあ……?
「しかし凄い盛り上がりだ。これほど大きな大会とは思っていなかった。もしカピートが活躍したら、良い村おこしになりそうだな」
やっぱりな! 知らないんだわ、この人。これだから田舎者は……。
「エコ。今日は授業はないのか? ところで、どうして関係者以外入れない観戦席にいるのだ?」
「……やめた」
「何?」
「がっこう……やめた」
「……何!?」
あ、マズい。
理解力の足りない田舎の頑固親父と、上京して独り頑張る娘。何となーく嫌な予感がする。
「エコ! お前、入学金を集めるのにどれだけ苦労したと思っている!? 村の皆に何て言えばいいんだ! 父親に恥をかかせる気かっ!」
あーあー言ってはいけないことを……。
「エコ、無視していいぞ。今は金剛戦のことだけ考えてろ」
「う、うん……」
エコパパの気持ちも分からなくはない。
だが、エコが、無駄にプレッシャーを感じ、無駄に苦しみ、無駄に努力する必要はない。
ただ、今、目の前のことを、笑顔で、ひたすら楽しむ。お前はそれでいいんだ。
「何を言う! これは父と娘の話だ! 部外者は引っ込んでいてくれ!」
「エコパパさんさ、この後エコに会いに行く予定だったんなら、時間あるだろ?」
「だったら何だ!」
だったら、こうだ。
「シルビア」
「うむ」
「なっ!?」
俺とシルビアでエコパパの両脇を挟み、強引に着席する。
史上初のタイトル二冠と、鬼穿将戦挑決トーナメント優勝者によるサンドウィッチ。どうだ逃げられまい。
「何をする!」
「大人しく見ていてくれ。多分、こうでもしないとあんた、理解できないから」
「私も同感だ。エコのために、私のかけがえのない仲間のために、見逃すことはできない」
骨の髄まで分からせてやる。
あの小さくて可愛い猫獣人の女の子が、お前の実の娘が、どんだけ凄いやつかってのをな。
「エコ、行ってこい」
「……うん!」
金剛戦挑戦者決定トーナメント準決勝。エコ・リーフレット対ジダン。
闘技場の中心で対峙する二人を、俺たちは目の前で観戦する。
しばらくすると、エコパパはちっとも抵抗しなくなった。天地がひっくり返っても逃げられないと悟ったのだろう。
「エコは金剛戦では93年ぶりの獣人の出場者らしい」
シルビアが呟く。
へぇーと思う俺と、黙りこくるエコパパ。返事はないが、シルビアは聞いているものだとみなして、更に言葉を続ける。
「金剛戦の出場条件は、盾術スキルを全て九段にすることだ」
「……エコが、そうだとでも言うのか?」
「うむ、そうだ」
「冗談はやめてくれ」
口を開いたと思ったら、疑いの言葉。まあ、信じられないよなぁ。エコはつい半年前まで【魔術】を勉強していた少女だったんだ。それが今や金剛戦出場者。この世界では、はっきり言って異常だろう。
「しっかり見ておくといい。あれが、今の貴方の娘の姿だ」
「――始め!」
シルビアが語ると同時に、審判の号令が響く。
直後、エコは《飛車盾術》で突進し、間合いを詰めた。
「あれは移動のための発動だ。あのままぶつかるわけではない」
良かれと思って、俺は解説を入れる。
言った通りに、エコはジダンとぶつかる直前で《飛車盾術》を終了させ、即座に《龍王盾術》を準備し始めた。これは【盾術】では珍しい非常に強力な攻撃スキルである。近距離で受ければ、防御は殆ど意味をなさないほどに。
「相手は角行で完全に受け切ってからカウンターを狙っていたみたいだな。エコの想定内だ。問題はこの龍王に相手がどう対応するかだが……」
ジダンはエコの龍王に気が付くと、間髪を容れずに《飛車盾術》を準備する。
「先に飛車の突進を当てて龍王の準備を崩すつもりのようだ。こりゃあ、こっちの戦法通りだな」
「……戦法?」
「ああ。奇襲戦法、その壱……」
【盾術】奇襲戦法、その壱――“陽動振り飛車”。
「――いくよっ!」
エコはジダンの《飛車盾術》の準備開始を見て、その0.2秒後から《龍王盾術》をキャンセル、同じく《飛車盾術》を準備し始めた。
二人の距離は近い。ゆえに、後から準備して間に合うわけがない。誰もがそう思うだろう。観客も、出場者たちも、そして、対戦相手ジダンも。
「簡単な話だ。相手に一瞬だけ“行ける”と思わせる」
エコが《飛車盾術》を準備し始めた直後、きっかり0.3秒で、エコは《飛車盾術》をキャンセルし、《金将盾術》を準備する。
「――!?」
すると、どうだろう。不思議なことに、ジダンは、既に《飛車盾術》を発動してしまっているのだ。
一瞬「行ける」と思わせた効果がここに来る。一見して間に飛車を挟む行為は完全な無駄に見えるが、0.2秒後という、ここしかない絶妙のタイミングで「行ける」と思わせることは、奇襲として非常に重要な意味を持っていた。
……何度も、練習した。
エコと一緒に、何度も、何度も、何度も。互いの位置を、発動のタイミングを、何度も。
3週間、そんなことばかりを練習した。
あれは凝縮されたテクニックだ。格上にたった一太刀浴びせるためだけに磨きに磨き上げた斬れ味鋭い真剣のような技巧が、ここにぎゅっと詰まっているんだ。
「あいつは、もう、どうにも止まれない」
ジダンは既に《飛車盾術》を発動してしまった後。かといって、キャンセルする暇もない。何故なら。
「ほら、吸い込まれるぞ」
そう、《金将盾術》は範囲誘導防御+ノックバックのスキル。一定範囲内の相手の攻撃を、自身の盾に誘導する。
見る見るうちに、エコの盾に吸い寄せられるようにして、ジダンが突進していく。
そして、弾かれた。
「ぐおっ!」
ノックバックの効果が発動し、ジダンは後方へと吹き飛ばされる。
その直後、エコは抜かりなく、《飛車盾術》を準備し……。
「決まったな」
ダウンから起き上がろうとしているジダンへ、鋭い追撃。
大盾による突進が無防備な頭部に直撃したジダンは、大型トラックにはねられたようにぶっ飛んで、地面に頭突きするように倒れ、気絶した。
「――勝負あり! 勝者、エコ・リーフレット!」
素晴らしい。
奇襲戦法その壱“陽動振り飛車”が完璧に決まった、文句なしの一戦だった。
俺は立ち上がり、拍手をする。シルビアも同様に熱い拍手を送った。
エコパパは、ぶすっとした顔で、席から立ち上がることなく……しかし、その手だけは静かに動かしていた。
まだ全てを納得するには材料が足りないのだろう。
ただ、娘の晴れ舞台に、小さな拍手を送ることだけは、今の彼にもできた。
この親子の関係は、それほど心配しなくても大丈夫そうだ。満面の笑みでこちらに手を振るエコと、拍手を続ける彼の姿を見て、俺はそんなことを思った。
「ところでセカンド殿。エコは奇襲戦法の名前を叫んでいないな。礼儀に反するのではないか?」
「そんな礼儀はないぞ」
「……? …………!? ハメたな!? またしても! またしてもぉ!」
「香車ロケットを喰らえっ! とか言ってたな」
「せ、セカンド殿ぉおおおおおお!!」
「ごめんて。悪かったって」
「久々に恥をかいたぞ! そ、それも、こんな大観衆の前で!」
「もうしないもうしない」
「嘘をつけぇ!」
「……すまないが、自分を挟んで痴話喧嘩はよしてくれないか」
いくら暑い暑いとはいっても心まで冷やしてはいけませんね。
といったところでお時間がきたようです。
また明日お目にかかりましょう。
ご覧いただき、どうもありがとうございました。