11 金角ハメ太郎
「ひ、飛車弓術……!」
自分のステータスを見たシルビアは愕然としている。
その目元はまだ赤く腫れていて、目は充血していた。わんわん泣かれながら散々言われたからな。無茶をするなとか心配かけるなとか、あと感謝とか。
……さて。俺の予想が正しければ、騎士道を重んじるシルビアのことだ。跪いて、こんな感じで言ってくるだろう。
「――セカンド殿。仲間との約束の為に己の骨を挫くその気概、真に感服した。私は貴殿と共にあることを誇りに思う。生涯の忠誠をここに誓わせてほしい」
ほらね。
そこで俺はこう返して煙に巻くのさ。
「気にするな。黙って俺に付いてこい」
目を点にするシルビア。
直後、彼女は「ははは」と笑って言った。
「セカンド殿、そう言っておけば私が黙るとでも思っているのか? まったく困った人だ」
わっはっは。笑い合う。
はははは、はは、は……。
…………あれ、予想外だぞ?
その後。
気を取り直してロイスダンジョンを進んでいくうちに、シルビアのちょっとした変化に気が付いた。
表面上は今までとあまり変わらない「ぽんこつ女騎士」といった感じなのだが、俺が少しでも魔物の攻撃を受けそうになったりすると、ものすごい怖い顔をして《飛車弓術》で魔物をぶち殺してから、ものすごい剣幕で説教してくるようになった。
なんでもシルビアは「セカンドの騎士」となったらしい。俺を護るのが彼女の仕事だと言う。うーん、ごっこ遊びのようなものだろうか? しかし17歳でごっこ遊びってお前……。
そして、ついには「セカンド殿は前に出るな」とか言い出した。
……なんだろう。すごい面倒くせえ。
まあいいや、放っておこう。残るはボスだけだからね。
「ここが火炎狼のハウスだ」
ロイスダンジョンのボス、火炎狼。大きな狼の姿をして、その体に炎を纏っている強力な魔物だ。炎の障壁のおかげで貫通攻撃くらいしかダメージが通らない。メヴィオンではロイスダンジョンに訪れた中級者たちが皆一様に「こいつ面倒くさい」と評価していた覚えがあるが、如何せん記憶が曖昧だ。
ただ、確実に、1つだけ覚えていることがある。それは――
「よし、ハメ殺すぞ」
「う、む?」
ある一時をさかいに、火炎狼の評価が「クソザコナメクジ」へと変貌をとげた。
その要因がハメ殺しである。この攻略法が発見されてからというもの、手ごわいはずの火炎狼は寄ってたかっていじめられる存在と化してしまった。
「いいか? まず俺が角行で攻撃する。火炎狼は俺をタゲって走ってくるから、それを金将で弾く。そしたら今度はシルビアが角行で攻撃しろ。で、シルビアをタゲって駆け寄ってきた火炎狼を金将で弾け。後はこのループだ」
これが火炎狼のお手頃な攻略法、その名も『金角ハメ太郎』だ。2人以上で行える有名なハメ技である。
《角行弓術》は、火炎狼の炎の障壁を貫通してなお十分なダメージを与えることができ、加えて12級以上ならば確実にターゲットを引っ張ってくるダメージ量となる。《金将弓術》は、金角ハメを2人でやる場合、9級以上からのクールタイム減少さえ満たしていれば問題はない。そして何より、火炎狼の攻撃パターンが非常に単純で、遠距離攻撃を一切して来ないのである。ゆえに、この鬼畜なハメ技が簡単に成り立ってしまう。
「ま、待て。そんなに簡単でいいのか?」
「いいも何も、これが一番安全だからな。成功させるポイントとしては、角行を使う時はギリギリまで待ってからだ。これはクールタイムの調整だな。金将の再使用時間10秒を稼ぐために引き延ばせるところはそこしかない」
「な、なるほど……」
「さあ行くぞー」
俺は何の警戒もなしにボスのいる場所へと入っていく。シルビアは少し緊張しているようだが……この分だと、またあまりの呆気なさに「ぽかーん」となりそうだな。
「オォオオオーン!」
こちらに気付いた火炎狼が、遠吠えをしてから突進してくる。
「き、来たぞ!?」
「おし。じゃあ俺が吹っ飛ばした後、狼が俺に攻撃するギリギリで角行な」
俺はシルビアと話しながら火炎狼に《角行弓術》を放つ。赤黒いオーラを纏った矢が火炎狼を貫くが、火炎狼はビクともしていない。
「き、効いていない!?」
シルビアが驚く。当たり前だろボスなんだから。滅多なスキルじゃダウンはとれない。ただダメージはしっかり通ってるんだなこれが。
「金将はこのくらいの位置でねー」
火炎狼があと2メートル弱といったところで《金将弓術》を放つ。金色のオーラを纏った矢がぶち当たると同時に、まばゆい黄金のエフェクトが弾け、火炎狼は5メートルほど吹っ飛ばされて後ずさった。ノックバックの効果だ。
「さーそろそろまた来るぞー。俺の直前で角行だぞー」
「あ、ああっ……分かっている!」
シルビアはまだ緊張がほぐれていない。
火炎狼は体勢を立て直すと、性懲りもなく俺の方へ突進してくる。
「キャウゥン!」
俺の前方3メートルといった位置で、シルビアの《角行弓術》が火炎狼を貫いた。
火炎狼は「痛ってぇ!?」みたいに鳴いてから、シルビアの方をギロリと睨みターゲットすると、シルビアへと突進していった。アホだなぁこの魔物。
「もうちょっとギリギリでもいいぞー」
火炎狼を《金将弓術》で吹っ飛ばしたシルビアに指示を出す。シルビアは真剣な表情でこくりと頷いた。
それから、俺とシルビアはだいたい15回くらいそれを繰り返した。
俺は「暇だなー」とか「晩メシ何食べる?」とか、色々言っていた。
5回目を過ぎたあたりから、シルビアも俺の雑談に応じるようになった。
晩メシはまたあの酒場がいいらしい。
そして16回目くらいの頃。
「せー、せー……宣伝」「でんぷん」「プリン!」「リヒテンシュタイン」「む、何だそれは」「異国の名前」「……まあいいか。いー、印鑑」「快感」「かーかーかー、火山」「ざっくばらん」「らぁーーーイ麦パン」「パターン」「……これタかアかどっちだ?」
「あっ」「あ……」
暇つぶしに「こしとり」をしていたら、火炎狼が死んだ。
「……くっそハズレかー」
俺は火炎狼が倒れた場所に残っていたドロップアイテムを見て言った。
「む?」
シルビアも気付いたようで、近付いてくる。
「な、これは!?」
何をそんなに驚いているんだろうか。『火炎狼の毛皮』くらいで。
「火炎狼の毛皮ではないか!? これがハズレ!?」
「えっ、そうだけど」
「ば、馬鹿を言うな馬鹿者! 商人に売れば100万CLはする高級品だぞ!?」
「ひャッ!?」
思ったより高い! いや、高すぎるぞ!?
ロイスダンジョン産のアイテムなんていったら最高で『炎狼之弓』の80万~90万CLくらいなもんだ。火炎狼の毛皮なんて5万で売れればいい方だった。
単純に考えて20倍以上の価値だ。オイオイ……。
そう考えると、甲等級ダンジョンのレアドロップなんかは一体どうなっちまうのか?
……ニヤニヤが止まらん。
「よし持って帰ろう」
「うむ。当然だ」
俺はほくそ笑みながら火炎狼の毛皮をインベントリに入れ、ロイスダンジョンを後にする。
ボスを倒した後の道は地上まで直通の親切設計だ。「如何に移動を短縮するか」はMMORPGの完成度として非常に重要な部分だろう。その点においてメヴィオンはひどい。瞬間移動系の魔術は上級者にならないと覚えられないというクソシステム、中級者以下は何処へ行くにも馬やら飛龍やらで時間をかけて移動だ。だから、こういったダンジョンの出口のような細かい気づかいがとてもありがたく思えてしまう。刑務所でたまに出てくる甘シャリのようなもんだな。
「おっし、飲みに行くか」
「ああ。望むところだ」
外は夕暮れだった。ほぼ丸一日ダンジョンにいたことになる。
シルビアと共に帰路を行く。
俺が「次はもっと周回時間を縮めよう」と言うとシルビアは「どれくらいだ?」と聞いてきた。「最低でも1日3回」と言うと「ははは馬鹿者」と乾いた笑いが返ってくる。
その後は、趣味の話をしたり、家族のことを聞いたり、くだらないことで笑いあったりしながら、王都まで帰った。
他愛のない会話。何の変哲もない日常。まったりとした育成。
……なんだろうかこれは。
前世では考えられないくらい幸せだ。
俺の異世界サブキャラ生活は、シルビアという仲間を得た今、楽しさで一杯である。
そして、育成すればするほど、着実に近づいてきているのが分かる。
この世界での――本当の「世界一位」に。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から『第二章 魔術学校編』です。