100 叡将戦 その3
叡将戦、最終試合。
「ど、どど、ど、ど、どもっ」
ヤベェやつがきた。
「……どうも」
「で、へ、で、デュフッ。せ、せ、セカンド氏。デュフフ……」
叡将ムラッティ・トリコローリ。
一言で表せば……「オタク」だろうか?
恰幅の良い、というか今にも腹がシャツを突き破りそうなくらい肥えに肥えている、眼鏡の汗だく男。そして息が荒い。距離が近い。動きが変に機敏で、口調が独特。どーも見覚えがある、秋葉原あたりに居そうな雰囲気。
「あっ、あ、そうだ。セカンド氏、かみ、かみな、雷属性の話なんですけど~」
このどもり具合。唐突さ。圧倒的な会話の下手さ。絶妙な馴れ馴れしさ。
こいつは人間でもエルフでも獣人でもない。きっとオタクという種族に違いない。
「拙者、魔術大好きでして、あ、雷属性、すごいっすね。ふへへ。でも拙者も負けてないっていうか、あー、あ、そっか、いいや。あの、四大属性の伍ノ型の習得方法、こっち全部教えるんで、か、雷属性魔術の、話を、聞かせてもられられぅえかなっていうことでして」
不自然な一人称。自分の興味のあることしか話さない。隙あらば自分語り。意味不明な自己完結。無駄に優位に立とうとする。大事なところで噛む。全体的な挙動不審。
間違いない、こいつオタクだ……!
「ど、どっすか? どっすか? じょ、条件は悪くないと思われ」
「いや、どうも何も、既に知ってるんだよなぁ」
「えぇ……マジすか。えー。じゃあどうしよっか……あー……」
一撃で残機が尽きたようだ。
なんか、こいつ……可愛いかもしれない。変な意味ではなく。例えるなら、そうだな、10円玉を握りしめて30円の駄菓子をねだる子供みたいな。駄菓子ごときへの、その必死さが可愛らしい。
そういう場合は、2パターンに分かれるな。頑固なジジババが店番だったら、何を言われようと突っぱねる。優しいジジババだったら、根負けして10円で3分の1を売ってあげる。
「この試合で善戦したら、教えてやらなくもないぞ」
とっても心優しい俺の場合は、後者だな。
「あっ、神。セカンド氏、マジで神だわ」
「だろう? 崇めてもいいぞ」
「神すぎて拙者もう嬉しすぎ警報発令中な件……あ、雷属性以外も神ってたといいますか、伏せて魔術陣隠すとか、飛んで移動しながら詠唱するとか、その発想に頭皮ごと脱帽なんですがそれは」
「お前の体型じゃあどっちもできそうにないけどな」
「お、おうふ、これは一本取られましたな。アイタタタ」
……あれ? おかしいな。何故か話していて楽しい。
こいつもだんだん慣れてきたのか、饒舌になってきた。
「どうして雷属性魔術について知りたいんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。拙者、幼少期から魔術の研究をしておりましてですね。あ、ちなみに拙者、8歳で王立魔術学校を卒業したでござる。最初はきちんと行っていたのですが死ぬほどいじめられまくったので飛び級で一年しか通ってござらんのでご了承を。で、かれこれ36年の人生のほとんどを魔術に費やしてきて今があるわけなのですが、そんな拙者が一度も目にしたことのない魔術なわけですよ。その雷属性魔術は! 気にならざるを得ないでしょ常識的に考えて!」
「そうか、わ、分かった。分かった! 離れろ! 顔が近いんだ顔が!」
「こ、これは失礼」
パーソナルスペースぐちゃぐちゃだなこいつ。
だが、8歳で魔術学校卒業か。伍ノ型も四大属性全て習得しているようだし、明らかに他の出場者とはレベルが違う。
研究という着眼点も良い。利益を求めるでもない、誰に公開するでもない、全てが無駄になるかもしれない、一見して毒にも薬にもならないような細かいことを、ただひたすらに熱中してやる。何処かシンパシーを感じるな。
ムラッティはきっと、【魔術】が堪らなく好きなんだろう。俺もそうだ。メヴィウス・オンラインが、堪らなく大好きだった。
「良い試合をしよう」
「キタコレ。セカンド氏と善戦して雷属性魔術について聞いちゃうゾの巻」
「はいはい」
テンション上がり過ぎておかしくなってないか? 大丈夫だろうか。冬だというのに汗だくだ。
「両者、位置へ」
いつものように、所定の位置へ移動する。
ムラッティはひょっこひょっこと歩いていった。運動神経のうの字も感じない。本当に大丈夫だろうか。
遊ぼうと思っていたが、これは相当な手加減が必要かもしれない。
「――始め!」
号令。
直後、ムラッティは《火属性・壱ノ型》を放ってきた。
……射程外から。
「ははっ!」
心配は無用だった。
こいつ、分かっている!
「いざ参りますよぉ!」
地面に落ちて燃え盛る炎で、ムラッティの足元に広がる魔術陣が見え難くなる。申し分ない初手だ。
恐らく、やつは“定跡”を持っている。独自の定跡を。
ならば、見定めるが吉。
「来い!」
俺は横方向へ移動し、ムラッティが《水属性・参ノ型》を詠唱していることを見抜いてから《風属性・参ノ型》を準備した。
【魔術】の属性には4すくみの関係がある。「火>土>風>水>火」と、それぞれが有利属性と不利属性を持っている。
【魔術】に【魔術】をぶつけて相殺する場合、基本的には同属性、もしくは有利属性で対応できる。ただ、有利属性をぶつけた場合は、厳密には相殺ではなく“掻き消し”となるのだが、まあ大した違いはない。
ここで重要なのは、どちらが先手でどちらが後手か。同属性ないし有利属性をぶつけるのなら、後手で対応する場合のみ、相殺ないし掻き消しが可能となる。先手か後手かは【魔術】を放った瞬間に決定する。当然、先に放った方が先手だ。
「よっ」
「ほっ」
互いに気の抜けた掛け声で、参ノ型をぶつけ合う。
後手の俺の風属性が有利属性のため、ムラッティの《水属性・参ノ型》は空中で雲散霧消した。
「おうふ」
瞬間、ムラッティのMPが更に通常の2倍減少する。これが有利属性で掻き消した場合の追加効果。叡将戦に出場するようなキャラクターのステータスなら、気にする必要もない程度の損失だ。
「しかし風なら、こうですな」
次いで、間髪を容れずムラッティは《土属性・壱ノ型》を詠唱し始めた。
なるほど。なるほどなるほど!
さっき俺が風で対応したことで、そこら中に水が霧のようにまき散らされたわけだ。土属性に対応すべきは、同属性の土か、有利属性の火。しかしその火属性は、現在俺とムラッティの間に舞い散っている水に不利。罠だな。恐らく掻き消し切ることができない。となれば、俺は《土属性・壱ノ型》を喰らうことになる。
ゆえに、土属性でしか、対応できない。
こちらの行動を強制されている。やはり、定跡化しているようだ。
「いいぞいいぞ!」
別に壱ノ型ごとき喰らったところで痛くも痒くもない。だが、それではつまらない。
俺は即座に《土属性・壱ノ型》を準備し、ムラッティのそれにぶつけて対応した。
「流石、引っ掛かりませぬかぁ。ならば」
ムラッティは一瞬だけ参ノ型を詠唱するフェイントを入れてから《水属性・壱ノ型》を詠唱する。
流れるように自然な目くらまし。ありゃあ、やり慣れてるな。俺は騙されずに《風属性・壱ノ型》で対応の準備をする。
「……おっと」
詠唱完了後、ムラッティは放つことなく、即座に壱ノ型をキャンセル。すぐさま《風属性・参ノ型》を詠唱し始めた。
うーん。このままこっちが構うことなく壱ノ型を撃ったら、恐らく相手はダウンする。俺のINTが相当に高いうえ、向こうは専業魔術師ゆえにHPが低いからな。だが、普通ならダウンせず、向こうの参ノ型が間に合う形だ。それがムラッティの定跡なのだろう。
もう少し合わせてやって、定跡の先を見るのも一興だが……
……いいや、撃っちゃえ。
「ぐえーっ! ま、マジか……威力高すぎぃ……」
直撃。案の定、ムラッティはダウンする。これで参ノ型の詠唱がパァだ。しかもかなりのダメージが入っていると見た。ふらふらと足にきている。
「なかなか良い作戦だったぞ。ステータス差がなかったら一応勝負になっていた、と思う。雷属性について話してやってもいいかもしれない」
「ふぁっ!? せ、せ、セカンド氏ぃ!」
「今季のタイトル戦が全て終わったら、家に来い」
「ぜ、絶対行きますので! 絶対行きますのでぇ!!」
ムラッティは感激している。否、感涙している。
……こいつ、多分、叡将とかどうでもいいんだろうな。【魔術】のことさえ知れれば、何だっていいんだ、きっと。
良いじゃないか。俺には理解できないが、何故だか見ていて清々しい。
「遠慮はいらないぞ。いつでも来て構わないからな」
「はい、はいぃ……いひ、行きますぅ……ぅ、ぇぐっ……」
……もはや試合中とは思えない状況だ。だってお互いに棒立ちで、しかも雑談しちゃってるもの。かたや泣いてるし。
仕方ない。最後にひと盛り上げして、とっとと終わろう。
「特別サービスだ。とっておきを見せてやる」
「と、ととっ、とっておき、でぃすかっ」
「そうだ。だからさっさと泣きやめ鬱陶しい」
俺はムラッティと少し距離を取り、《火属性・参ノ型》を詠唱する。
「魔術の単発にはさ、二分の一で対応できるんだ」
「たはっ、確かに、に、二分の一ですわなぁ。四つの属性のうち、有利属性と、同属性で」
「そうだ。だが、それだと戦術として物足りなくないか?」
「はぇ? というと?」
「ニブイチで、幸運なら対応できちゃうんだよ。つまらないだろ? 運が絡むとさ。実力でねじ伏せられない」
ムラッティはハテナ顔で首を傾げる。良い歳したオッサンがぶりっこしているみたいで非常に気色が悪い。
「オカン流。こう呼ばれている」
「悪寒?」
オカン流の名前の由来は二つある。一つは、最初にこの戦法をやりだしたのが『0k4NN』というプレイヤーだったから。そして、もう一つは――
「魔術に、魔術を“複合”させる。魔魔術だ」
「!?」
魔弓術があって、魔剣術があるのだ。「魔魔術」があってもおかしくない。
魔魔術ならば、結局は【魔術】しか使っていないため、叡将戦でも使用できるはず……と、0k4NNさんがとち狂ってそんなことを言い出し、実際に叡将戦本番で使ってみちゃったのが始まりだった。
結果、何の問題もなく使えてしまった。
皆、驚き、そして、笑った。良い時代だった。
オカンさんの使う、ママ術。ゆえに――“オカン流”。
「火・参と風・参の複合。これを相殺するなら、同様の組み合わせでなければならない。有利属性はない。火と風に同時に打ち勝つ属性は存在しないからな。ゆえに、運任せで対応した場合、成功確率は六分の一まで減る」
言いながら、俺は《火属性・参ノ型》に《風属性・参ノ型》を《複合》させた。
百聞は一見に如かず、これが魔魔術である。
「あ、あー! はぁー! あはああああっ!!」
「うわっ。なんだどうした」
「……す、すみません。これ。興奮しすぎましたこれ。初めて聞いたスキルだったのでこれ」
ムラッティは両手をあげて大声を出してから、ハァハァと息を荒げてそんなことを言う。
本番はこれからなんだが、この調子で大丈夫か……?
「複合、相乗、溜撃。魔魔術には三種ある」
他の、例えば魔弓術も同様だ。それぞれ、《複合》は【弓術】で一つの【魔術】を放つスキル。《相乗》は【弓術】に二つの【魔術】を付与して放つスキル。《溜撃》は【弓術】と【魔術】の火力を合わせたチャージ式倍率攻撃スキル。
この《相乗》が、オカン流の中でかなり重要なスキルとなる。
俺は一度、《火属性・参ノ型》と《風属性・参ノ型》の《複合》を破棄して、再び一から《火属性・参ノ型》を詠唱し始めた。
「複合は、魔術で魔術を放つ。ゆえに二つしか合わせられなかった。だが、魔術に二つの魔術を乗っける“相乗”なら……こうなる」
「!!!?」
《火属性・参ノ型》への《風属性・参ノ型》と《土属性・参ノ型》による《相乗》魔魔術。即ち……
「三つのスキルを合わせられるんだ。こいつのミソは、何に何を乗せるかで、対応が変わってくるということ」
ややこしくなってきたぞぉ。
「先の一つと、後の二つは別で考えなくてはならない。ゆえに、こいつに対応しようとした場合は、組み合わせが増えるから……うーん、というか、対応はほぼ不可能に近い」
言いながら、《相乗》をキャンセルする。
そして、もう一度。今度は、三つの【魔術】を同時に詠唱する。
「こうやって同時に詠唱できる。魔術陣は足元に三つ全て出るが、一瞬で見抜いて1+2の属性への対応を準備するのは……非常に難しい」
できなくはないがな。
「分かったか? こうやって運の要素を減らせば、戦術の幅が大きく広がるんだ」
「 」
反応がない。ムラッティは口をぽかんと開けて、放心していた。
いやあ、これだけ良いリアクションしてくれると、説明していて楽しいなぁ。
「よし、これが最後。“溜撃”だな……覚えておけ。魔術で最も火力を出す方法だ」
俺は折角なので《雷属性・参ノ型》を準備して、《溜撃》を発動する。
これは溜めれば溜めるだけ火力の上がる倍率攻撃スキル。魔魔術の場合、INT+INTの純火力で、《溜撃》九段なら、溜め時間最大10秒、その倍率は――800%。即ち。
「10秒待てば、参ノ型を通常の16倍の威力で撃てる。これでクリティカルが出たら……48倍だ」
……溜める。溜める。溜める。
ぐわんぐわんと俺の周囲の空間が歪曲して、悍ましくも凄まじい威力が参ノ型へとギュンギュン凝縮されていく感覚。
足元の魔術陣からバチンバチンとツタのように雷が漏れ出しては地面でのたうち回っている。
「っは、はわぁあ! 何ぞそれ!? 何ぞそれぇ!?」
ムラッティは興奮やら好奇心やら恐怖やら色とりどりの感情を顔に浮かべつつ、結局、最終的に好奇心に落ち着いて、汗と涙と涎と鼻水にまみれた何とも嬉しそうな表情で聞いてきた。
「家に来た時に、教えてやる」
最後は、パフォーマンスの時間だ。
魅せてやる。そして更新してやる。叡将戦における【魔術】の最大ダメージ記録を。
「――ッ」
《雷属性・参ノ型》のフルチャージ《溜撃》が、ムラッティへと飛んでいく。
ムラッティは満面の笑みで両手を広げた。感無量とでも言いたげな表情。マジかよ。頭おかしいなこいつ。
「ぐおっ」
着弾。同時に、予想以上の衝撃が闘技場全体を襲った。
俺は体勢を低くしながら、表示されたダメージを確認する。
《クリティカル》は、出ていた。
ダメージは――931514。
……恐らく。ここにいる観客や出場者の全員が、見たことも聞いたこともない数字だろう。
これで、大いに活躍、そして、良い挑発ができたんじゃないかなと思う。
一閃座と叡将で、“二冠”にもなった。
アルファというエルフの弟子も新たにできそうだし、ムラッティという魔術オタクを通じて問題ない程度にスキル習得条件の開示もできそうだ。
こいつぁ、夏季タイトル戦に期待が高まるなぁ……!
「――し、勝者、セカンド・ファーステスト!」
* * *
「だ、誰か、ご覧になりましたかしら? 今の、ご主人様の、その……ダメージ」
「ああ、よかった。私の見間違いじゃなかったみたいですね」
シャンパーニが周囲を見渡しながら、問いかける。それに対し、コスモスが返答するように言った。
あのコスモスが下ネタを口にしない……これは、メイドたちの間では相当な異常事態を意味する。
「お二人で何か楽しそうに雑談されていると思ったら……」
「ヤッベェな……ケタが一つか二つ違ぇぞ」
――93万ダメージ。
それは、セカンド・ファーステストという彼ら彼女らの敬愛する主人の出したものであっても、若干引くくらいの数字であった。
使用人たちで、それだ。
観客たちは、もはやドン引きを通り越して、完全に思考を停止しているかもしれない。
そして。
「…………凄い」
出場者には、効果抜群だった。
あのダメージを自分も出したい――と。皆が、強く、そう思った。
ネットゲームの“やる気”は、全て“憧れ”から始まる。
史上初の二冠を達成した、あの異常な男に、次は、せめて、追いつけるようにと。
長い歴史を持つタイトル戦の、その流れが、常識が、今、まさに、変わり始めようとしていた。
そして、叡将戦が終わり。
金剛戦が、始まる――。
お読みいただき、ありがとうございます。