96 鬼穿将戦 その2
<タイトル戦ルール確認表>
・決闘用アイテム“決闘冠”を用いて双方の同意のもと審判の指示に従って行う。
・タイトル戦はキャスタル王国王都ヴィンストンの闘技場において行う。(決闘冠は闘技場内においてのみ使用可能)
・決闘冠ルール設定:決闘中に限り両者のHPは必ず1のみ維持され、如何なるダメージにおいてもHP維持は有効となる。また致命傷を受けた場合は強制的にスタンする。
・先に致命傷を与えた方が勝利。
・ポーション等アイテムの使用は不可、装備品のみ可。
・該当するスキル以外のスキルを使用した時点で失格。
・決められた決闘範囲の外へ全身が出た時点で失格。
・制限時間一時間、最終戦のみ無制限。
「失礼。アルフレッド殿」
試合前。私は決勝の対戦相手アルフレッド殿の控室を訪れた。
ボサボサに伸びきった鈍色の髪の、壮年の男である。
「おや、何故ここへ? シルビア・ヴァージニア」
彼は目が見えない。しかし私の呼び声だけで私が誰かはっきりと感じ取っていた。そして、私の正確な位置までも。
「貴殿はエルンテ鬼穿将と因縁浅からぬ関係だと思い、話を聞きにきた」
「そうか。ということは」
「うむ。私にも心当たりがある――」
私はあの日のディー・ミックスにされた行為から土下座の顛末までを語る。
アルフレッド殿は、話のオチを聞くと、大口を開けて笑った。
「そうか、そうか。君は面白い師匠を持ったな」
「正直言えば、私もスッとしたが……時折やりすぎる節もある」
「ふむ。大方、彼は私が嫌な思いをするだろうからと、君の前でそう口走ったのではなかろうか?」
「! 何故分かる?」
「話を聞いていて分かったが、君は随分と真っ直ぐな人だ。そして彼は激情家のように見えて思慮深い。簡単な推理さ。君が私のところを訪ねるよう自然に誘導したのだろう」
「……誘導」
言われて初めて気が付いた。確かに、セカンド殿が「あいつには少々かわいそうな思いをさせることになる」などと口に出さなければ、私は恐らくアルフレッド殿のもとを訪れることはなかっただろう。
かわいそうな思い、という言葉が気になって、私は訪問を決意したのだから。
「彼は君の扱い方を心得ているようだね」
「嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ」
まあ、本音を言えばただただ嬉しいのだが。きっとアルフレッド殿には見抜かれているだろうな。ううむ、恥ずかしい。
「私は断じて君に負けるつもりはない。だが、君たちになら話してもよいかもしれない」
話してもよい、とは。アルフレッド殿とエルンテ鬼穿将の関係についてだろう。
私は「是非に」と返して、居住まいを正した。
「とはいっても単純な話だ。私はあの男に目を潰され、鬼穿将の座を失った」
「何だと!?」
「静かに」
「……す、すまない」
取り乱してしまった。
しかし、目を潰された? それは……。
「何故、治さない?」
高級ポーションさえあれば、潰れた目は治るはず。見たところ金に困っている様子もない。
……いや、言ってしまってから気が付いた。アルフレッド殿の目は、確と、そこにある。
「否。治せないのだ。その道に詳しい者に、呪術の類と聞いた」
「呪術……」
「曰く、聖女にしか治せないようだ」
「聖女だと?」
“聖女”――【回復魔術】の頂点に君臨し続ける、世襲制の唯一無二の存在。
「……カメル神国か」
「そうだ。私としてもあの国には容易に近付けない。聖女とあっては尚のこと。数ヶ月前から面会を希望しているが、未だ梨の礫である」
だろうな。依存性の高い危険な薬物『カラメリア』でキャスタル王国を密かに侵略しようと企てていたような国だ。いかなタイトル戦出場者でも、一筋縄ではいかないに違いない。
……うむ。一つ、可能性があるとすれば。
「セカンド一閃座ならば何か知っているかもしれん。いや、必ず知っているはずだ。貴殿が王国に滞在しているうちに、話を伝えておこう」
うちの頭のおかしいチームマスターなら、きっと聖女以外の解決策を知っている。確信を持ってそう言える。ことスキルにおいて彼以上に知識を持っている存在を私は見たことも聞いたこともないからな。
「……ありがとう、頼りにさせてもらう」
アルフレッド殿は私の提案に、素直に感謝を言って頭を下げる。それから、こう続けた。
「君はとても親切だな。そして……正義感が強い。先程から、隠せていないぞ」
やはり気付かれていたか。
私の、腸が煮えくり返るほどの、この怒りに。
「目を潰すなど……言語道断。薄々感付いていた通り、ろくでもない老爺だった」
「あの爺は、一見して飄々とした気の良い老人だが、その腹の中では闇が渦巻いている。実に老獪だ。そして残酷。勝つためには手段を選ばない」
「……報復か」
「そうだ。私は今日この日のために盲目の弓術を極めてきたのだ。エルンテとミックス姉妹への対策を山ほど立ててきたのだ。ゆえに、ここは、絶対に、譲るわけにはいかない」
アルフレッド殿の決意は相当に固かった。
さりとて、私が次戦で手を抜くかというと、それはあり得ない。彼に対しても、セカンド殿に対しても、観戦者に対しても、失礼極まりない行為だ。
「だが。君の話を聞いたうえで、一つだけ言っておかねばならぬことがある。あの爺の弟子、ミックス姉妹についてだ」
「ディーとジェイか」
「そう。あの二人は、エルンテに良いように利用されている。長年エルンテに師事してきたのだ。その人格は曲がって然るべき、だろう?」
どういうことだ? 曲がって然るべき……? ……っ!
「――まさか!? エルンテがッ!」
「そうだ。彼女たちをあのような性格に育てたのは他でもないエルンテだ。そしてその性格を利用して事前に対戦相手の情報を集めている。ないし、潰している。厄介な部分は、それで憎まれるのはディーやジェイということ。エルンテの名前は無傷のままなのだ。扇動しているのはエルンテだというのに……!」
アルフレッド殿は拳をグッと握りしめ、静かな怒りをあらわにする。
もしかすると、自身の目を潰されたことより、ミックス姉妹が利用されていることの方に心を痛めているのかもしれない。彼の悲痛な表情を見て、私はそう感じた。
「分かっただろう。エルンテとはそのような爺。必ずこの手で倒さねばならぬ敵。だから、私は、何としても君に勝たねばならんのだ」
……賭けるものの重みが違う、な。
セカンド殿の言っていたことが、私にもようやく理解できた。
かわいそうな思いをさせることになる――。
「すまない、アルフレッド殿。私も、負けるつもりはない」
鬼穿将戦、挑戦者決定トーナメント決勝。
対戦相手は、盲目の弓術師アルフレッド殿。
私と彼は、何も語ることなく、ただ静かに弓を構え、審判の声を待っていた。
……勝っても負けても、恨みっこなしだ。
「始め!」
号令がかかる。
私は気を重くしながらも《歩兵弓術》を準備し、アルフレッド殿へ向けて放った。
奇襲戦法、その参――“新鬼殺し”。その第一手である。
「甘い」
アルフレッド殿は、まるでそこに矢が飛来することが分かっていたかのように、ひらりと最小限の動きで身を躱した。
そして、反撃とばかりに《歩兵弓術》を放つ。
「むっ!?」
鋭い。ディーの射るそれより、何段階か上の狙いだ。この距離で正確に私の頭部を捉えてきた。
だが、まだまだぬるい。世の中には、どのような距離からでも、いくら動いていようとも、呼吸するように顔面それも眉間のみを狙い撃ちしてくるバケモノがいるのだ。私はそのような男と3週間も訓練していたのだ。言ってしまえば、慣れっこであった。
「はっ」
次いで《歩兵弓術》。シュパパッと、三連打。これも“新鬼殺し”の準備である。
「良い腕だ」
「そちらもな」
それから私たちは、《歩兵弓術》で互いに小競り合いを続けた。
アルフレッド殿は私の出方を窺っている。セカンド殿の言った通りだ。私はニューフェイス、情報が足りないのだろう。後の先を取ろうというのがあちらの狙いと見た。
だが、私がただ単に《歩兵弓術》を射っていたのだと思ってもらっては困る。
仕掛けるなら、ここだ……!
「受けてみよ! “新鬼殺し”!」
私はしっかり礼儀を守ってから、勢い良く前方へ駆けだした。
アルフレッド殿は何やらスキルを準備している。恐らくは“対応系”だろう。
その選択は、本来ならば間違いではない。
……本来ならば。
「何っ……?」
私はアルフレッド殿のスキル準備に合わせて《角行弓術》を準備し、上空へ向かって放った。
混乱している。その様子が見て取れた。
「くっ」
こちらの狙いが分からないのだろうアルフレッド殿は、準備していたスキルをキャンセルし、左方へ素早く三歩だけ移動した。
…………凄い。本当に左方へ行った。狙い通りだ。
私は今まで、右方へ追い詰めるように《歩兵弓術》を放ってきた。場外=敗北ということを考えると、無意識に左方へ移動したくなるというもの。ごく単純な誘導だが、その効果は抜群だった。
「勝負あった!!」
私は全力で接近しながら、大声で叫ぶ。
私の放った《角行弓術》は、アルフレッド殿の脳天まであと僅かの距離。
「油断は禁物だ」
しかし。その矢が、そのまま、アルフレッド殿に届くことはなかった。
彼は迅速に《香車弓術》を準備し、自身の頭上に放って、迫りくる《角行弓術》の矢を――
「……すまない」
「!?」
――弾く、その前に。私が大声で叫びながら放った《歩兵弓術》と《桂馬弓術》の複合が、《角行弓術》の矢へと、先にぶつかった。
キィン! というような、甲高い音が鳴り響く。
《角行弓術》は貫通効果を持ち、《歩兵弓術》と《桂馬弓術》の複合は貫通効果を持たない。ゆえに、ぶつかり合えば貫通矢の方が勝るはずだ。
だが、その貫通矢の横っ面に矢が当たった場合は?
答えは、ズレる。貫通矢の軌道がズレる。それも、《歩兵弓術》という《角行弓術》に比べて貧弱なスキルが当たったならば――僅かにズレるのだ。
「ぐおっ!!」
アルフレッド殿の放った《香車弓術》は、軌道が僅かにズレた貫通矢に当たることはなく。彼はその左肩に《角行弓術》を喰らい、俄かにバランスを崩す。
「く……ま、まだだっ!」
が、倒れ伏すことはなかった。恐るべき気力で体勢を立て直し、こちらへ向かって《歩兵弓術》を撃とうとする。
「…………」
私は、無言で、《金将弓術》を放った。半径3メートル以内への範囲攻撃+ノックバック。
……もう、それほどに接近していたのだ。アルフレッド殿は、私の位置を捉えられなくなるほど、ギリギリまで追い詰められていた。それでも、決して膝をつくことなく、最後の最後まで、攻撃しようとしていたのだ。
「――っ!!」
ノックバック効果で後方へと吹き飛ばされるアルフレッド殿。
ああ。その、先は……。
「場外! そこまで! 勝者、シルビア・ヴァージニア!」
常に複数の狙いを持つ。セカンド殿に教わったことだ。
新鬼殺しは、天空からの《角行弓術》へ対応させ、直前で《桂馬弓術》による狙撃で軌道をずらし、それを本命と見せておいて、同時に急接近からの近距離攻撃を狙う奇襲戦法。
目の見えないアルフレッド殿にとっては、実に厄介な戦法だったことだろう。
ゆえに……こうも、呆気なく、決着がついてしまった。
「……エルンテ鬼穿将は、私に任せておいてくれ」
「頼む」
短く、一言。そうとだけ口にして、アルフレッド殿は気を失った。
……負けられなくなったな。
奇襲戦法のストックは、これでゼロ。さて、どうしたものか。
ただ、賭けるものは見つかった。
私は騎士。セカンド殿の騎士。
彼の愛するタイトル戦のため、その秩序を守るため、私は、正義のために戦う……!
鬼穿将戦、最終試合。
私の相手は、言わずもがな。にこやかな笑みを浮かべているこの老人。エルンテ鬼穿将。
「ディーに灸を据えてくれたようで、助かったわい。儂もほとほと手を焼いておったのでな」
よくもまあそんなことを言える。そう差し向けたのは、貴様だというのに。
「怖いのだろう?」
「何?」
「私に負けるのが、怖いのだろう? 私がディーやアルフレッド殿に対して使った戦法の数々。それを自身にも向けられるのが、怖いのだろう?」
堂々と言ってのける。すると、エルンテの表情が強張った。
「弱い魔物ほどよう吠える。余裕がないのはお主の方ではないかの?」
「やってみなければ分からないぞ」
「は……はははっ! はぁっはっはっはっ!」
「……何がおかしい」
――ゾッとする。
突如として笑い出したエルンテは、その老いさらばえた皺々の皮膚の奥に隠れた片目を開いてギロリと私に向け、歪に笑いながら口を開いた。
「ディーが来ようが、ジェイが来ようが、あの若造が来ようが、お主が来ようが、儂は勝つ。お主らの手の内などここへ至るまでに全て明かされておる。雑魚がいくら足掻こうが、鬼穿将は儂のものよ」
「……卑劣な」
「何とでも言え。勝てばよいのだ。どのような手を使ってでも、最後に勝った者のみが笑えるのだ。400年、儂はそうやって生きてきた。そうしなければ勝てぬ。そうしなければ生きられぬ。無知なお主に教えてやろう。鬼穿将戦とはのう、血で血を洗う殺人決戦なのだよ」
「やはり、ミックス姉妹を利用していたのだな」
「何がそれほど気に食わん? 弟子を使って出場者の手の内を探ることか? それとも、弟子をけしかけて出場者を潰すことか? それとも、弟子に対して、師匠に決して敵うことのないような半端な弓術を教えることかのう?」
「貴様の、全てだ……ッ!」
弓を構え、互いに所定の位置へ移動する。
――勝ちたい。
これほど勝ちたいと思ったことはない。
勝つ、勝つ、勝つ。勝つ……!
「始め!」
審判によって号令がかかる。
私は即座に、エルンテとの間合いを詰めるよう疾駆した。
手始めに、鬼殺しを。次に香車ロケットを。そして新鬼殺しを。持てる全てを出し尽くす。
「さぁて、何から来る」
エルンテは余裕の表情だ。
見ていろ。その顔、慚愧に歪ませてやる――ッ!
* * *
「まあ、こうなるか……」
シルビアとエルンテとの試合は、概ね俺の予想通りとなった。
鬼殺し、香車ロケット、新鬼殺し……全て、エルンテには通用しない。どれも一度、見せてしまっているから。
足元に《角行弓術》を撃つ隙も、《龍馬弓術》で穴を掘る隙も、《歩兵弓術》で端へ誘導する隙も、エルンテは与えてはくれなかった。
「ぐあっ!」
また、シルビアが被弾する。
奇襲戦法が通用しないとなれば、後は実力のぶつかり合いだ。
数百年の経験と、3週間の経験では……勝負にならない。
「くっ……そぉ!」
立ち上がる。
何度も。何度も。
シルビアは懲りることなく立ち上がり、鬼穿将へと立ち向かっていく。
勝てるわけがない。そんなこと、あいつも、試合の前から痛いほど分かっていただろう。
……それでも。立ち上がる。立ち向かう。薄ら笑いを浮かべるジジイに、せめて、一撃でも、と。
「まだ、だっ……!」
シルビアは全身が傷だらけだった。
盾代わりにしていた左腕には三本の矢が刺さっており、もはや動かないだろう。
そう。攻撃の手段など、もう、ないというのに。
それでも。立ち上がる。立ち向かう。
馬鹿みたいに。ただひたすらに、真っ直ぐに。
何度も。何度も。何度も。
「そうだ……行けっ……!」
「しるびあ……がんばれ……!」
気が付けば、俺は座席から立ち上がり、応援していた。
エコもそうだ。俺と一緒だ。居ても立ってもいられないんだ。
「――シルビア! 近付け! それしかない!」
観客席から応援の声が飛ぶ。
声をあげたのは、ノワール・ヴァージニア。シルビアの親父さんだった。
寡黙で堅物な印象のあの人が、ここまで声を張りあげるなんて。彼を知っている人物は心底驚いたことだろうが……俺は、好きだ、そういうの!
「行けオラァッ! 前に出ろ! シルビア!」
「いっけえええー! しるびああああ!!」
力いっぱい応援する。
シルビアは今、きっと、正義に燃えている。
絶対に負けられないんだ。
あいつ、負けられなくなったんだ。
だったら、応援するしかないだろうが。
あいつがせめて、前向きに倒れられるように。
「うおおおおお――ッ!!」
シルビアは、血反吐をまき散らしながら叫び、疾駆した。
「無駄じゃ。無駄無駄」
エルンテの《歩兵弓術》が、その体を襲う。
「ぐっ、うっ……ぐぅうう!」
ぐさぐさと突き刺さった。
シルビアの、足が、止まる。
それでも、決して、膝はつかない。
「そろそろ終わりにしようかのう」
エルンテは冷徹に呟いて、《飛車弓術》を準備した。
「――シルビアッ!!」
俺は思わず叫んだ。
「ぐぅ、う……ぅうあああああああッ!!!」
俺の叫びに呼応するように、シルビアは前に進む。
その弓に矢すら番えず。ただ、体のまま、真っ直ぐに。
そうだ……進め。
進め……! 行け! 行け! 行けっ……!!
「無駄じゃて」
エルンテが《飛車弓術》を放つ。
……誰もが。
“終わり”だと、そう、思っただろう。
「――何!?」
エルンテの顔が驚愕に染まる。
シルビアはエルンテの《飛車弓術》を、地面に倒れ伏して躱したのだ。
まだ、そんな余力があったのか――そんな驚きだった。
「うああ゛あ゛ッッ!!」
驚きはまだ終わらない。
シルビアは、その左腕に刺さっていた矢を、右手で乱暴に引き抜き、逆手に握った。
「喰らえええッッッッ!!」
我武者羅に突撃する。
「うがぁっ!?」
もはや、【弓術】でも、何でもない。
シルビアは、その右手に握った矢を、エルンテの首筋に、思い切り、突き刺した。
「ぐ……が……!?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
エルンテは首を押さえて数歩後退した。
痛みにその顔が歪む。
……そして。
「こ、小娘がああああああッッ!!」
絶叫。
エルンテは憤怒した。
即座に《歩兵弓術》を発動し、シルビアの顔面に叩き込む。
「――っ」
クリティカルヒット。
エルンテは仰向けに倒れたシルビアに近付いて、その首を踏みつける。
「この儂の首にッ! 矢を! 刺すなどッ! 許せん!! 許せん!!」
ドスドスと腹いせのように蹴りを入れ続ける。
あまりに醜い光景だった。
「し、勝負あり! 勝者、エルンテ鬼穿将!」
「せかんどっ」
エコが声をあげる。
……ああ、そうだな。
「任せておけ」
俺は、エコに一言。
そして、俺の後方に座る盲目の男に一言伝えて、席を立った。
あの格好良い勇者に、祝福を。
あの醜い老人に、鉄槌を。
* * *
「……ん……っ」
誰かに頬を撫でられたような感覚で、失ったはずの意識が呼び戻される。
ゆっくり目を開けると、そこには、私の最愛の人が立っていた。
「これ飲んどけ」
ポーションが渡される。
……ああ、そうか。私は、負けてしまったのだな。
「…………?」
よろよろと少しだけ上体を起こし、高級ポーションを飲んで、周囲を見回す。
てっきり控え室かと思っていたら、そこは、まだ闘技場の中心であった。
「????」
では、何故、セカンド殿がここに……?
「――注目! これより、エルンテ鬼穿将と、セカンド・ファーステスト一閃座による、エキシビション・マッチを行う!!」
……う、嘘だろう?
「な、何故! 儂は聞いておらんぞ! 拒否す――」
「キャスタル王国国王マイン・キャスタルの名のもとに命じます。エルンテ鬼穿将、セカンド一閃座とのエキシビションに応じなさい」
「…………へ、陛下」
「さあ、位置へ。エルンテ鬼穿将」
「逃げ場はないぞ、ジジイ」
お読みいただき、ありがとうございます。