95 鬼穿将戦 その1
「よくもまぁのこのこと出てこられたわね、貴女」
鬼穿将戦、挑戦者決定トーナメント準決勝。
私の対戦相手は――ディー・ミックス。
闘技場中央、私は彼女と正面から向かい合い、堂々と言い放つ。
「こちらのセリフだ。うちのセカンド一閃座にあそこまでやられて、よく衆目に顔を晒せるな?」
「っ……あの男は関係ないでしょ。私は貴女に対して遺恨があるの」
効いている。それが明らかに感じ取れた。
セカンド殿から授けられた幾つかの奇襲戦法、対人戦の基礎。そこには“盤外戦術”も含まれている。
ディー・ミックス、彼女はセカンド殿が“トラウマ”になっている……そうアドバイスをくれたのは、ユカリの使役する精霊ウィンフィルドだった。セカンド殿曰く「あいつほど盤外戦術が得意なやつを知らないから聞いてみろ」と。私もそう思うが、ウィンフィルドの場合は盤上の戦術も人一倍得意なのではないだろうか。いや、この場合は精霊一倍か。
ともかく。私はウィンフィルドから、ディーの心の傷口に塩を塗り込む方法を教わった。その手順としては、開口一番にセカンド殿の名前を出し、拒否反応を示されたところで……こう捲し立てるのだ。
「私に対してだけか? それは違う。私はセカンド殿の仲間だ。お前たちは一閃座を敵に回したのだ。だからこそ、この対戦においてお前は卑怯なことなど何一つできないぞ。セカンド殿が見ているのだからな。それにマイン陛下もご覧になっている。セカンド殿は陛下と非常に懇意な間柄だ。もしセカンド殿が先の一件について報告していたとすれば、キャスタル王国からお前に処分が下るかもしれんぞ。無期限出場停止処分のような、な。加えて、お前たちは土下座をして許されたと思っているのかもしれないが、それは勘違いだ。セカンド殿はまだ許しては――」
「うるさい! うるさいわよ!! あの男の名前を呼ばないでッ!!」
ディーは癇癪気味にそう叫び、耳に蓋をした。よく見ると体が微かに震えている。
……おいおい、効きすぎではないか?
ううむ、少し心が痛い。「卑怯な行為は何一つできない」などと啖呵を切っておいて、私はこれから卑怯な行為スレスレの奇襲戦法を使おうというのだからな。
「両者、位置へ」
審判の指示に従い、所定の位置に移る。
ディーは余裕のない表情で、エメラルドグリーンの長髪をボサボサにしながら後頭部を掻いていた。
よし、盤外戦術は成功と見ていいだろう。
「――始め!」
号令。
直後、私はディーに対して距離を詰めるように駆け出し――
「アハハハッ!」
ディーは大口を開けて笑いながら弓を構えていた。
瞬時の復調。しまった、演技だったか……!
「くっ!」
次々と飛来する《歩兵弓術》を横方向へ疾駆して躱す。
「ほらほらほら! 逃げるだけぇ!?」
……いや、演技ではなさそうだ。ディーは何処かおかしい。精神的な理由かは分からないが、かなり攻め急いでいる。
ならば。
早速、出そう。奇襲戦法、その壱……!
「喰らえッ! “鬼殺し”!」
私は《歩兵弓術》を回避しながらディーへと接近し、その距離が8メートルほどとなったところで《角行弓術》を準備した。
「当たっちゃうんですけどぉ!」
当然、ディーの放つ《歩兵弓術》を躱す方法がなくなる。
ここが“鬼殺し”の骨子。もしディーが《銀将弓術》や《飛車弓術》などの強力なスキルを放っていたとすれば、被ダメージやその衝撃が厳しすぎて《角行弓術》など繰り出せるわけがない。しかし、それが《歩兵弓術》ならば。
「ぐぅっ!」
少し痛い程度で、何も問題はない!
「嘘っ」
ディーは短く一言、私の《角行弓術》を躱そうと動き始める。
しかし、残念。狙いはお前ではなく……。
「きゃっ!」
その足元。
《角行弓術》は強力な貫通攻撃。それを“地面とほぼ平行に放つ”ことで、矢が地面を削り、煙幕のような効果を生み出すのだ。
「何、これっ!?」
ディーは煙幕に包まれ、視界が遮られる。
この瞬間こそが好機。次の一手が、鬼殺しの決め手となる。
本来なら、煙幕に包まれた相手からは距離を取って有利に攻撃するのが筋。だが、鬼殺しは違う。
「受けてみろッ」
私はあえて煙幕の中に突っ込んだ。
ディーの姿をとらえ、更に煙幕の中を追う。
そして、身を擦り合わせるような近距離へと飛び出し――《金将弓術》を発動する!
「なんっ……!?」
《金将弓術》は範囲攻撃+ノックバック効果を持つ、近距離対応スキル。範囲攻撃のため、確実にぶち当てられる!
「う、げっ」
ディーは吹き飛ばされ、地面に尻餅をついた。
大きすぎる隙。奇襲戦法その壱“鬼殺し”、大成功だっ!
「とどめッ!」
私は地面へと倒れたままのディーへ向かって《銀将弓術》を放った。
これで決めてやる――と。そう、欲が出た。
何故なら、私の覚えられた奇襲戦法は三つだけだから。準決勝で一つ、決勝で一つ、最終戦で一つ。理想はこうだ。ゆえに、残り二つはなるべく温存したい。セカンド殿に再三言われたのだ。「奇襲戦法は相手が初見の時にしか通用しない」と。
……何故、私は準備時間の短い《歩兵弓術》を撃たなかったのか。
後悔したところで、もう、遅い。
「バァーカ!」
欲を出したら、こうなる。勉強になったな。
ディーは私の《銀将弓術》をギリギリで避けると、あれよあれよという間に体勢を立て直してしまった。
ああ、最悪である。
これで……振り出しに戻る、だ。
「貴女、詰めが甘いわよっ!」
ディーの鋭い《歩兵弓術》が襲い来る。
3週間前にも思ったが、やはり彼女は強い。性格は最悪とはいえ、流石は鬼穿将戦出場者。現鬼穿将の一番弟子というだけある。
「くっ……!」
まだ距離が近いうちに再び《金将弓術》をお見舞いしてやろうと頑張ったが、先程の鬼殺しを警戒してか、今度は一歩も近寄らせてくれない。
セカンド殿の言った通りだ。奇襲戦法は、やはり初見の相手にしか通用しない技なのだろう。
「…………」
一瞬の逡巡。
出すか、出さないか。
……はぁ。何を迷っているんだ、私は。ディーにだけは、絶対に負けるわけにはいかない。何としても、勝ちたい。なら、出すべきだ。そうだろう?
奇襲戦法、その弐――“香車ロケット”を。
「アハッ! 尻尾巻いて逃げるのぉ?」
挑発するディーを無視して、私は全力疾走で最大限距離を取った。
ここまで離れれば、ディーの《歩兵弓術》などこの目で矢を見てから歩いて回避できる。
「香車ロケットを喰らえッ!」
奇襲するならその戦法の名前を口に出すのは礼儀だと、セカンド殿から習った。ゆえに、素直にその通りにする。
ただ、このネーミングセンスはどうだろう。ロケットという物がどのような物かは知らないが、何だか語感からしてちょっとダサい。私ならもっと格好良い名前が浮かぶのだがな。闇穿香車光とか、なかなか良いんじゃないか?
まあ、いくら名前が格好悪くても……その威力は途轍もないんだがな。
「……? それは何? 龍馬……!?」
混乱と警戒とともに、ディーは《歩兵弓術》の手を緩めた。よし、先程の鬼殺しが良い方向へ働いている。
私はディーを遠目に《龍馬弓術》を準備し……私の足元へ向かって、ゼロ距離で発動した。
バゴォオオン! と地面を揺らすほどの衝撃と轟音が闘技場に鳴り響く。
舞い上がる土煙。そして、私の目の前には――私がしゃがめばすっぽり隠れられる程度の“穴”。
間髪を容れずにその穴へと飛び込んだ私は、流れるように《香車弓術》を準備する。
……後は。ひたすら“連打”だ。
穴の中から、地上に立つ、ディー・ミックスへ向けて。
即ち。地面を無視して撃つ……!
「貴女、一体何を――」
土の中を貫通しながら突き進む《香車弓術》の矢が、その何発目かで、通り道を完成させ、ディーへと到達した。
そんな無茶苦茶な! と、思うだろう? 私もそう思った。だからこそ奇襲戦法として成立する。知ってさえいれば、回避の方法など幾らでもある。言わば隙だらけのクソ戦法。だが、知らない者は、咄嗟に理解できず、侮る。混乱する。見事に引っかかる。私もそうだった。彼女もそうだった。それだけの話だ。
「嘘!?」
ディーの前方斜め下の地面からいきなり現れる貫通矢。完全なる不意打ち。躱せる者など、そこから矢が来ると予め分かっていた者くらいだろう。
「ぐっ、ぎぃっ」
彼女に刺さった香車ロケットは2発だった。十分だ。運が良い。
私は穴から飛び出して、矢継ぎ早に《歩兵弓術》を放つ。
ディーは腹部と腰を矢が貫通したせいで、思うように身動きが取れていない。
撃つ。撃つ。撃つ。
何度も何度も、これでもかと、《歩兵弓術》を、撃つ。
「――勝負あり! 勝者、シルビア・ヴァージニア!」
そして、私は勝利した。
「………………」
私が、勝利した?
……嘘だろう?
そこで、ようやく、私の耳は周囲の騒音を捉え始めた。
割れんばかりの大喝采。この拍手も、歓声も、全て私に向けられたもの。
「…………か、勝った」
勝った。勝った。勝った……!
私、勝った! 勝ったぞ、セカンド殿!
* * *
「エルンテの先兵よ。君たちはとても憐れに見える」
「何故です! 何故これほど! 貴方、目が見えないはずなのに……!」
「目が見えぬゆえに見えるものもある」
「く、う……っ!」
鬼穿将戦、挑戦者決定トーナメント準決勝。
アルフレッド対ジェイ・ミックス。
勝負はまだ始まって5分と経っていないが、その結果はもはや明らかであった。
「あの男への師事、即刻やめるべきだ。君たち姉妹のためにならない」
「余計なお世話です!」
「……話にならないか。ならば私が根本を絶つまで」
「きゃあっ!」
圧勝。
そう言っても過言ではないほど、一方的な勝利。
審判によってアルフレッドの勝利が宣言されると、観客は俄かに沸き立つ。
しかし、勝者本人の表情は、依然として冷たく厳しいままであった。
アルフレッドは従者の案内で闘技場から去っていく。
その後姿を見ながら、彼の次の対戦相手となる女と、その師匠の男が語り合う。
「ジェイは研究されていたな。アルフレッド殿に全てを封じられていた」
「ああ。だが、お前は研究されていないだろう。ニューフェイスだからな」
「うむ。奇襲し甲斐があるというものだ」
「負けられない、というような切羽詰まった表情をしているが……あいつには少々かわいそうな思いをさせることになる」
「ジェイに色々と語りかけていたな。何か深い事情がありそうだ。次の試合の前にでも、私が聞いておこう」
「そうか。ところで、ストックは残り一つだが、大丈夫か?」
「やれるだけやってみる。初出場で一勝できただけでも、私としては満足だがな」
「まあ3週間でよくやったと思うよマジで」
「ほお、珍しいな。聞いたかエコ。セカンド殿が素直に褒めてくれたぞ」
「茶化すな。悪くない奇襲だった。一勝おめでとう、シルビア」
「……うむ!」
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