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94 一閃座戦 その3



「勝者、セカンド・ファーステスト!」


 審判によって、判決が下される。


 哀しげな顔で見下ろす男と、跪き気絶する男。

 それは、誰がどう見ても、完膚なきまでに、セカンド・ファーステストの勝利であった。



 即ち。20年以上もの間、一閃座いっせんざに君臨し続けた豪傑の失冠を意味する。


 即ち。初戦から一度たりともその身に傷を受けることなく、その全ての対決を40秒以内に終わらせた、新たなる一閃座の誕生を意味する。


 ……即ち。誰もが目を奪われるほど美麗で、魂を奪われるほど圧倒的な、新時代の幕が開ける。



「――!!」


 堰を切ったように、怒涛の歓声が闘技場全体で爆発した。


 あのロスマン元一閃座が、勝負にもならなかった。手も足も出なかった。まるで赤子の手を捻るかのように瞬殺された。


 観戦者は皆、感じ取っていた。それがあまりにも異常なことであると。しかし、真の意味で理解できていた者は、数えるほどしかいない。

 わけも分からないまま思考を停止し、目の前の事実のみを受け入れ熱狂する者。その理不尽なまでのおかしさに、無力と知りつつ異議を唱える者。理解できず現実から逃避する者。常軌を逸した神がかり的なまでの超絶技巧を察知し、身を震わせる者。惚れ込む者。憧れる者。呆れる者。恐れる者。


 種々の感情は正も負も入り乱れ渦となって、止まることはない。


 ただ、誰もがその胸に確と刻んだことだろう。セカンド・ファーステストという男の名を。

 この男の行く末がどうなるのか。一体何を見せてくれるのか。あらゆる人々が注目し、狂おしいまでに期待する。


 いよいよ、である。セカンド・ファーステストは、世界に認識されるのだ。


 世界一位へと返り咲くための、その第一歩。

 そして、大きすぎる一歩であった。



 ここにいる観客の殆どは、まだ知らない――彼が他のタイトル戦にも出場することを。





  * * *




「クラウス。どう思いますか?」

「もはや呆れるよりありません。陛下」


 闘技場正面の観戦席。国王マイン・キャスタルが話しかけるのは、彼の兄クラウス・キャスタル。


 今となっては、第一王子の座を失い、キャスタルの名を失い、マインの“奴隷”となった、ただの従者の男である。


「ボクは何が起きていたのか分かりませんでした。クラウスは分かったようですね?」

「ええ。剣術の腕ならば、一閃座戦出場者を除き、王国で一二を争うほどと自負しておりますから」


 丁寧な言葉遣いとはいえ、上からものを言うマイン。流暢な敬語で、頭を下げるクラウス。少し前ならば考えられない光景であったが、今の王宮ではこれが絶対の関係である。


 クラウスは、マインの実母フロン・キャスタルによる強力な庇護により、また情状酌量の余地が少なからずあったことにより、マインの奴隷となることでその命をかろうじて繋ぎとめることができた。


 奴隷としての制約は他に類を見ないほど厳しい。主人のどのような命令にも逆らうことができなくなる“絶対服従”や、特定の人物に対して決して攻撃を加えることができない“限定攻撃不可”など、追加の制約は合わせて十数項目にも及ぶ。クラウスはそれらを甘んじて受け入れた。



「流石はセカンドさん、ですか」

「それだけで済ませてよいようなものではないかと」

「済ませてはいけない?」

「ええ」


 クラウスはマインの「流石」という思考停止とも言える呟きに、少し苛立った。


 たった今あの男が見せたあの技術が一体どれほどのものか! できるものならそう吠えたかった。クラウス自身が一流の剣術師だからこそ嫌というほど分かるのだ。彼は今その興奮をマインと共有できないことが大変に悔しかった。そして、それを理解せずしてキャスタル国王は務まらないだろうとも考える。


 しかし同時に、マインがこの一閃座戦の観戦において何故自分を隣に置いたのか、その理由に合点がいった。試合内容を解説させるためである。マインは自身の無知をクラウスでもって補おうと、また学び取ろうとしていた。無知ならば、無知らしく謙虚に勤勉に過ごす。それもまた国王としての一つの形なのだとクラウスは考えを改める。


 今までは敵対し合い忌避していた相手。ただこうして強制的に距離を縮められてみれば、互いに改めて気が付くことはとても多かった。



「陛下。私が思うに、陛下は感覚が麻痺しておられます」

「麻痺、ですか」

「そうです。恐らく、否、間違いなく、セカンド新一閃座と共にしばらく過ごされたからでしょう」

「うーん……どの程度、麻痺していますか?」


 マインの質問に、クラウスは考える。どう説明すれば分かりやすいものか、と。


 宰相や第一王妃に利用されていたとはいえ、20歳で第一騎士団長を務めていた男である、地頭はそれほど悪くない。また、その実力は紛れもなく一流のものであった。


「私は第一騎士団の平均的な騎士3人を相手に圧勝できる腕が御座います」

「はい。よく知っています」

「その私が、仮にカサカリ殿と100戦、試合をしたとしましょうか」

「100戦ですか。クラウスならば20勝はしそうなものですが」


「いいえ。確信を持って言えます。100敗です。100戦して100敗。1000戦したならば1勝、取れるか取れないかでしょう」


「…………そこまで、ですか」


 ここで、マインはようやくその全貌を理解できたようだ。


「カサカリ殿とロスマン殿の対戦成績。陛下はご存知でしょう」

「そうですね。過去20年、ロスマンさんはずっと一閃座でしたから……」


 マインは自分で言いながら青い顔をする。


「そのロスマン殿に手も足も出させず一方的に捻り潰した。これがどのようなことか、陛下には確とご理解しておいていただきたい」

「……しかし、一時は少しばかりロスマンさんが押していたようにも見えました」

「まさか。押させていたのですよ。セカンド一閃座は、本来ならば決められるところをあえて手を抜いておりました。あまりにも味気がないと、少し遊んだのでしょう。もしくは観客への娯楽性を重視したのか。つまるところ、そもそも勝負にすらなっていない」

「…………」


 クラウスの解説に、マインは思わず閉口した。


 雲の上の人だと思っていたのだ。海抜0メートルのふもとから、雲に隠れて見えないいただきをずっと見上げていた。そして、ようやく、雲の上まで辿り着いてみたら……その先は、麓から雲までの距離よりも、何倍も、何十倍も高かった。頂上が霞んで見えないほどに。


 この世界に暮らす彼らに宇宙という概念が存在するのかは定かでない。だが知っていたとすれば、きっとこう思うに違いない。宇宙の人だと。彼は宇宙人だと。その山の頂は、宇宙空間まで到達しているのではないかと。



「改めて恐ろしいと感じました。クラウスもそうですか?」

「私は……畏敬の念を。もしできることならば、彼に剣を学びたい」


 意外な言葉。マインは目を丸くして……それから、にこっと笑った。


「丸くなりましたね、兄上」


 彼の母フロンによく似た笑顔。

 クラウスは少し頬が熱くなるのを感じながら、微笑んで返した。


「第一王子という立場。その矜持も、権力も、次期国王への固執も。今思えば、私には不要のものだったようだ」



 そして、マイン。愚かではない弟。お前は、聡明に、純真に、成長したようだ――。





  * * *





「思うてたんと違う」


 夜。ぶつぶつと俺は主張した。


「何が違うのだ? セカンド新一閃座」


 シルビアがからかうように言ってくる。


 現在、ファーステスト邸では『一閃座獲得おめでとうパーティー』なるものがささやかに開催されている。何故ささやかなのかというと、明日にはシルビアの鬼穿将きせんしょう戦が控えているし、明後日には俺の叡将えいしょう戦が控えているしと、ケツカッチンだからだ。本番の盛大な打ち上げは、全ての日程を終えてから予定している。


 ただ、ささやかといっても曲がりなりにもパーティーだ。いつものメンバーに加えてキュベロやイヴなど序列上位の使用人たちも十数人ほど呼んでいる。しかし「一緒に飲もう」と誘ったはずなのだが、彼ら彼女らは何故か俺たちの給仕に奔走していた。なので結局いつものメンバーでの晩酌となる。


「聞いてくれるかシルビア」

「うむ。聞こう」


 かれこれ一時間、ほろ酔い気味の俺はこうして愚痴をこぼしている。


「タイトル戦が予想の10倍くらい低レベルだった」

「じ、10倍か……」


 一閃座戦出場者、やつらは元よりこの世界の住人。つまり【剣術】が生業なりわいのはずである。【剣術】のプロのはずである。なのに、アレって……あんまりだ。


「気になる。気になるなあ。どうなんだ? 今の今まで、情けないと思ってなかったのか? 素人同士の泥仕合を見ていて、つまらなくはなかったか?」

「いや、昔は私の方がド素人もいいところだったから、特に気にもならなかったが」

「なるほど。そういう意見もあるのか」


 酒が入ると、俺とシルビアは饒舌になり、エコはうとうと眠くなり、ユカリは更に寡黙になる。ゆえに、晩酌となるといつも俺とシルビアが喋ってばかりだ。


「ただ、今となっては理解できるが……少し前の私なら、今日の戦いを見ていても、セカンド殿が何をやっているのか見抜けなかっただろうな」

「マジかよ。お前仮にも騎士志望だろ? 剣術習ってなかったのか?」

「多少習ったところで、あれは分からんだろうな、普通は。逆にロスマン殿やカサカリ殿の剣筋なら、かろうじて見えるレベルだ。ゆえにタイトル戦は大衆娯楽たり得るのかもしれん」

「レベルが低いから、大衆向けってわけ?」

「うむ。言い方は悪いがそうだ。ただ、セカンド殿の剣術もある意味では大衆向けだろう」

「というと?」

「勝ち方が鮮やかで気持ちが良い。素人にとっては謎の爽快感があって癖になるだろうな。だから大衆向けと言える。そのうえだ、玄人にとっては考察する深みがあって、強者にとっては実に勉強になるという、楽しみ方の幅広さ。従来のタイトル戦より面白いのは確かだと私は思う」

「ああ、そっかそっか。シルビア、それはな、当たり前のことなんだぞ。本来、タイトル戦とはそうでなくてはいけないんだ」

「なるほど、そういう話か」

「そうだ。だからガッカリしていた」

「楽しみにしていたのに、蓋を開けてみれば、本来あるべきレベルにも達していなかったと。それは、何とも……哀しいな」

「そうだ。最初は怒っていたが……今は、ただ、哀しい」



 ふと気が付くと、給仕を終えて手持無沙汰になった使用人たちが、俺とシルビアの話を静かに聞いていた。


「なあ、どうすればいいと思う?」


 黙って聞いていてもつまらないだろうからと、使用人たちに話を振ってみる。

 真っ先に反応したのは執事のキュベロだった。


「シルビア様やエコ様のように、弟子をお育てになるのは如何でしょう。セカンド様を師匠として育ったレベルの高い方々がタイトル戦に出場することで、タイトル戦の水準を底上げすることが可能なのではないかと愚考します」

「なかなかナイスな提案だな。他には?」


 キュベロ以外にもアイデアを聞いてみる。

 数人が手を挙げたので、ぽんぽんと端から順に当てていった。


「わたくしたち使用人が、いずれタイトル戦に出場してご覧に入れますわ。そうしたらきっとタイトル戦の水準も上がりますし、ご主人様の栄誉にもなって、一石二鳥ですわっ」


 シャンパーニというお嬢様っぽいメイドの言。なるほど、使用人を弟子にするってのも良い案かもしれない。


「私は、まだタイトル戦に出場していない、しかし高い戦闘技術を持った人が、世界の何処かに隠れていると、そう思っています。ゆえに、ご主人様が大いに活躍することで、または大いに挑発することで、そういった方々があぶり出されてくるのではないかなと」


 エスというサイドテールの赤毛のメイド。なかなか鋭いことを言う。活躍、それに挑発か……俺がその潜伏しているやつだったら、絶対に黙っていられないな。


「あたしはありのままのご主人様でいるのが良いと思うぜ。今日のご主人様の大活躍を見たらよ、強いやつだったら絶対、居ても立っても居られねぇはずだ。夏季にはわんさか集まってくるんじゃねーか?」


 エルという男勝りなセミロングの赤毛のメイド。エスの姉だな。妹の方の意見と合わせてみると、俺はもう活躍も挑発もしているから、後は待っているだけでいいと、そういうことか? うーん、確かに一理ある。


「アタシもエルちゃんと同意見よぉん。セカンド様のその溢れんばかりの超カリスマ的魅力なら、世界中の猛る強者たちが蜜に吸い寄せられる虫の如く集まってくると思うわぁ」


 リリィという園丁頭のムッキムキなオネエさん。やたらと俺を褒めてくれる。ただそのガバガバ理論だと害虫も集まってきそうで嫌だな。


「ぁ……っ……」

「私はご主人様の保持しているスキル習得条件等の情報をあえて一部に開示することで、全体の水準の底上げを狙ってみるのはどうかなと思いました。と申しております」


 真っ白メイドのイヴの言葉が、通訳のルナによって述べられる。


 瞬間、空気が凍るのが分かった。「こいつ正気か?」というような、驚きとも呆れともとれる視線。


「っ! ……?」

「私、また変なことを言ってしまったでしょうか? と申しております」

「いや、ちっとも変ではない。俺は理に適っていると思う」

「っっっ~!」

「ありがとうございますご主人様、と申しております。そして照れております」


 ルナによるいらない補足が入ったせいで、イヴの顔が赤い絵の具でも混ざったかのように紅潮する。肌が白いせいでかわいそうなくらい分かりやすい。「ぷふっ」と俺が思わず吹き出すと、イヴは涙目になってぷるぷる震えて、バシバシと隣のルナを叩いた。



「さて、案は出揃ったか?」


 以降、挙手はなかった。


 なるほどなるほど。素晴らしいアイデアばかりだ。皆の意見を聞いて、俺の中でもある程度は整理がついた。


 そもそも期待すんのが間違いだったというわけだ。まだまだ“これから”の話だった。言わばグランドオープン直後なのだ。このメヴィウス・オンラインという世界は、住人と共に、これから成長していくに違いない。


 で、あれば。俺が盛り上げないで誰が盛り上げるというのか。なぁに遠慮すんな、任せておけって。良い感じでお祭りにしてやる。



「よし……全部やるわ」


「セカンド殿、それは」

「ご主人様、それは」


 立ち上がって、宣言する。

 すると即座にシルビアとユカリが止めに入ってきた。この二人が声を揃えるなんて、よっぽどである。


「どうして止める?」

「挑発はまずいぞ。それこそ、品位が問われないか?」

「スキル習得条件の開示など容易に行ってはいけません。秘匿すべきです」


 それもそうか? まあ、何事もやり過ぎは良くないな。


「じゃあ、ほどほどに全部やる」

「信じられるかっ! いっつもほどほどなどと言ってメチャクチャするくせに!」

「ご主人様のほどほどは信用できません。塩ひと摘みと聞いてひと握り入れるような方ですから」


 仲間だというのに今も昔も全く信用されていなかった事実が判明した。悲しい。

 というかユカリの一言で俺がバーベキュー以外の料理をろくすっぽできないことが使用人にバレたんじゃないだろうか。


「分かった分かった。じゃあ、逐次相談してからやることにする。これでいいか?」

「まあ、それなら構わんが……絶対に私を巻き込むなよ。絶対にだぞ!」

「……仕方がありませんね。ご主人様は一度言いだしたら聞きませんから、妥協することにいたします」


 シルビアは常日頃からいじりすぎたせいか、きっと酷い目に遭わされるに違いないと警戒している。フリかな?

 ユカリは相変わらず冷淡に毒舌を振るうな。夜とは別人だ。


「もうたべられないよ?」

「え?」


 エコが何か言った。


「どうした?」

「…………zzz」

「寝言かよ! 鮮明すぎるだろ!」



 こうして、一閃座獲得おめでとうパーティーはお開きとなった。


 明日は、シルビアの鬼穿将戦である。



お読みいただき、ありがとうございます。


20180708 修正:攻撃不可→限定攻撃不可

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― 新着の感想 ―
[良い点] わかる。イヴとエコがとってもかわいい。なんでこんなにかわいい? [気になる点] 私はロリコンですか?
[良い点] エコが可愛い [気になる点] エコ何でこんな可愛いの? [一言] エコ可愛い
[一言] あれか、世界レベルの大会に参加したつもりでワクワクしてたら地方の商工会レベルの大会だったと 死=死の世界で無茶言うんじゃねえと思うけども、主人公はもともとそういう極端な人間だったわ
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