92 一閃座戦 その1
長め。
タイトル戦は王城付近の闘技場にて年に二回、夏と冬に行われる。
収容人数は一体何万人なのか。かのコロッセオのようなだだっ広い円形の闘技場では、大勢の観客がひしめいていた。
真正面の特等席にはマインの姿。タイトル戦とは、言わば御前試合。つまりはキャスタル王国の新国王マインに極め付きの武芸を披露するため開催される大会である。
「――これより、第466回冬季タイトル戦を開幕する!」
マインが長々と何やら語った後、大声で宣言した。すると、観客席から盛大な拍手が送られる。
前世では何度も何度も目にした光景。しかし、何度見ても飽きることはない絶景。この気分の高揚、戻ってきたと感じる。やっと、戻ってきたのだと。この栄光の舞台に――。
「セカンド殿。もうすぐにでも一閃座戦が始まるぞ。準備しなくてよいのか?」
俺たちが参加するものとしては、初日に一閃座戦、それから鬼穿将戦、叡将戦、金剛戦、霊王戦の順番だ。一日あたり一つのタイトル戦が開催される。出場者数が少ないゆえ、午前中からトーナメントがスタートし、その日のうちにトーナメント優勝者と現タイトル保持者との対決まで済ませてしまうようだ。すなわち、一日ごとに新たなタイトル保持者が誰か決まっていくというわけである。
「準備もクソもないけど……まあいいや。行ってくるわ」
「うむ。頑張れよ」
「せかんど、がんばれ!」
シルビアとエコは俺に激励の言葉を伝えて、出場者専用の観戦席へと歩いていった。
ふと、観客席に見知った顔を見つける。ユカリだ。ということは、あの辺りの集団はうちの使用人だろう。100人近く来てるんじゃないか? すげえなおい。
ん? おお、あっちにはチェリちゃんと第一宮廷魔術師団の面々もいる。他には王立魔術学校の制服もちらほら。最前列には伯爵令嬢のシェリィまでいる。皆誰かの応援かな? 俺の応援だったりして。いや、まさかな。
「一閃座戦、初戦は、セカンド・ファーステスト対、カサカリ・ケララ!」
実況席から俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。やけに簡潔だ。どうやら彼は実況ではなく司会のようだった。メヴィオンの時は実況者と解説者が会場を盛り上げつつネット中継のコメント読み上げまでこなしていたが、まあこの世界ではその必要はないだろうな。
俺はいつものミスリルソードを腰にひっさげ、闘技場の中央まで歩み出る。相対するは、細長い眼鏡をかけて何処ぞの民族衣装っぽい着物を纏ったオールバックのオッサンだった。カサカリ・ケララという名前らしい。
さて。一閃座戦の出場者数は俺含め4人、つまりは、いきなり挑戦者トーナメント準決勝だ。これに勝って、決勝で勝って、現一閃座に勝てば、晴れて一閃座のタイトルを獲得。計3勝。うーん、こりゃ楽勝かもしれない。
「お目にかかれて光栄です、ニューフェイス」
「ああはい。こちらこそ」
さらりと一礼。礼儀正しい人だな。
俺たちは決闘のためのアイテム“決闘冠”を装備して、ルール設定の確認をする。ダメージ表示機能はONで、HP1維持の致命傷は強制スタンで……よし、オッケー大丈夫。
互いに問題ないようなので、決闘が受理される。
「では……」
カサカリはしゃらんと腰から得物を抜いて、片足で立って構えた。へぇ、レイピアか。珍しい。それに独特な構えだ。一本足打法のようなものだろうか。
俺は特に抜く必要も構える必要もないので、そのまま突っ立って開始の合図を待っていた。
「――始め!」
審判の号令がかかる。
瞬間。カサカリは素早く三歩、間合いを詰めてきた。
かと思えば、直前でぐにゃりと体を曲げ、まるで何かの踊りのようにして俺との間合いギリギリを行ったり来たりする。
……一閃座戦、即ち【剣術】同士の勝負は、一言に集約するとすれば「間合いの取り合い」である。
なるほど、理に適った工夫だ。確かに間合いを掴みづらい。そうしてこちらの出方を窺っているのだろう。なんせ俺はニューフェイスだからな、事前情報が一つもない。
「出し惜しみはしない主義なんだ」
向こうの礼儀に応じて、予め宣言する。
初戦だろうが何だろうが、関係ない。今回の一閃座戦、俺は初っ端から本気で行くと決めていた。
世界一位の定跡、“セブンシステム”――篤と御覧じろ。
「!!」
初手、俺は《歩兵剣術》と《桂馬剣術》の複合をカサカリの右足手前に突き刺すようにして放った。
二手目、カサカリは足を一歩引く。当然の対応。直後、バランスを取るため中空へと無防備に放り出されたカサカリの左手を《歩兵剣術》で斬り上げて狙う。三手目だ。
「っな!?」
ギリギリ躱したようだ。カサカリは慌てて距離を取る。この四手目、デカすぎる隙だ。五手目、俺は間合いを詰めながら《飛車剣術》を準備し、懐へ突き入れるように突進した。
「させぬ!」
レイピアで防ごうと《金将剣術》を準備し始めるカサカリ。最悪の六手目だ。
ああ残念。その場合は、これで決着がついてしまう。
「そぉんな馬鹿な――!?」
スキルキャンセル、直後《角行剣術》を準備し、俺はミスリルソードを投げた。
「ぐあっ」
金将間に合わず、回避不可能。ずぶり、とカサカリの無防備な首筋をミスリルソードが貫通する。
七手。これでほぼ“寄り”だった。
鮮血を散らしながら倒れるカサカリ。俺はトドメとばかりにインベントリからもう一本のミスリルソードを取り出しつつ《龍馬剣術》を準備していたが……カサカリが起き上がることはなかった。どうやら急所への一撃でHPを全て吹き飛ばしてしまったらしい。決闘の設定通りに、カサカリはHPを1だけ残しスタンした。
「…………し、勝者、セカンド・ファーステスト!!」
しばしの沈黙の後、審判が大きな声で宣言する。
直後――地を割るような歓声と拍手が闘技場に鳴り響いた。
ものすごい熱気だ。メヴィオン以上かもしれない。
特に使用人たちのいる一角がヤバイことになっている。俺は良い気分になって、そっちに向かって手を振ってみた。やつらはより一層の盛り上がりを見せる。いいねぇ嬉しいねぇ。
「何だありゃ!」「あのカサカリを完封かよ!」「圧勝だ!」「一瞬だった!」「すげぇもん見た!」
よく耳をそばだてると、観客席から色々な感想が聞こえてくる。ほとんどが俺を褒めてくれていた。
だが「あのカサカリを」……この言い方、少々引っかかる。さっきのオッサンがまるで強者だったかのような表現。
馬鹿を言うな。踊りで間合いを誤魔化そうなんていう小手先の工夫をするやつが、強者なわけがない。あれは「メヴィオン始めて二年の中学生が目立つためにオリジナリティ出そうとして調子乗っちゃった図」だ。
確かに良い反応はしていたが、やはり基本ができていない。常連の観客か何か知らないが、気取った野郎が分かった風なこと言いやがって。ちょいとむかっ腹が立つ。あれを強者と思ってほしくない。タイトル戦をこんなものだと思ってほしくない。まだまだだ、まだまだ。
「いやはや、お見事なものでした。素晴らしい剣筋ですねぇ」
出場者用観戦席へ向かう途中、知らないオッサンにいきなり話しかけられた。何処にでもいそうな普通のオッサンだったが、目だけが異常にギラギラしている。もしかしたらカラ中(カラメリア中毒者)かもしれないと思った俺は、気味が悪いので完全に無視をした。
もう片方の準決勝戦は、ガラムという大男と、ヘレス・ランバージャックという金髪の美青年との試合だった。
ガラムには見覚えがある。宰相に人質を取られて何やかんやしていた大剣のオッサンだ。しかし見たところ大剣ではなくなっている。俺のアドバイスを参考にしたのだろう。負かされた相手のアドバイスを素直に聞けるやつというのは、経験上、強かな印象がある。這いつくばって泥水すすってでも勝ちを拾いにいくような粘り強さがある男と言えよう。
一方のヘレス・ランバージャックという男。なーんか、見たことも聞いたこともあるような気がするんだが……はて、誰だったか。
……ん!? いや、待て。そうだよ! 知ってるはずだ。ランバージャックってお前、シェリィんとこの家名じゃねーか!
「あいつの兄貴か!」
「今さら気付いたのか。ではセカンド殿、それに加えて、ほら、思い出せないか?」
「ん? 何を」
隣の席のシルビアが聞いてくる。俺はパッと浮かばなかったので、エコに尋ねるように視線をやった。
「どらごんのとき、いたよ?」
エコはばっちり覚えていたようだ。小首を傾げてこっちを向くエコのそのつぶらな瞳が「そんなことも思い出せないのかお前は?」と語っているように見えなくもない。辛辣だ。思い出せないものは思い出せないんだからしょうがないじゃないの。
「すまん、何だっけ。ドラゴンの時?」
「三人で龍馬と龍王を習得しにメティオダンジョンへ行った時だ。帰り際に剣術師とメイドの二人組を見ただろう?」
「あ? あぁー! そうだ、見た見た。すげえなお前ら、よく覚えてんなそんなの」
「まあ、私は先程のセカンド殿の一戦で、あの日あの時に見たあの美しさを思い浮かべて、そこから連鎖的に思い出したようなものだがな」
「美しさ?」
「あ……いや。ええと、ち、違うっ! 恥ずかしいからこれ以上聞くなっ」
勝手に自爆して勝手に恥ずかしがっているシルビア。俺はあえて興味なさげに「ふぅん」と流した。ここですぐに追及するのは素人だ。シルビアが忘れた頃を見計らってこれでもかと言わんばかりに蒸し返し、その日の夜に徹底して追い詰める。これがシルビアいじりの最新定跡である。
「ほら、動き出しそうだぞ!」
シルビアは何とか話を逸らそうとして、闘技場の中心を指さした。
ガラムとヘレスは、かれこれ20分ほど睨み合ったまま動かない。実力の拮抗している試合ではよくある状態だ。互角の勝負ならば、先に動いた方が不利というのは常である。
挑戦者決定トーナメントでは、制限時間が一時間。確かにシルビアの言う通り、そろそろどちらかが焦れて動き出す頃合だろう。
「うごいたっ」
熱が入るあまり声を出したエコが、俺の膝の上から立ち上がって、ぐいっと前方に身を乗り出す。俺はエコが落っこちないように後ろからその細い腰を支えた。エコが立ったせいで試合が見えないわエコのしっぽがふぁさふぁさ顔をくすぐるわで散々だったが、彼女がここまでタイトル戦に熱中してくれているのは、教える側としてとても嬉しく感じる。そう、面白いんだ、タイトル戦は。見るのも、やるのも、な。
「おおっ! 力押しか! すごいぞシェリィの兄!」
「がんがーん! ばーん! いけーっ!」
何やら盛り上がっている。ガンガンバーンって何だ。
「っきゃはー!」
「押し切ったぞ! 見たか!? 見たか!? セカンド殿!」
見えねえっての。
「というかお前ら、そんなにはしゃいでたのか」
「いや、セカンド殿の時は全くだったぞ」
「なんでだよ!」
「そんな暇もなく終わった」
「はじまったとおもったら、かってた」
ああ、そういう……。
「次はシェリィの兄と試合のようだぞ」
「らしいな」
「見たところ、かなり前に出てくるスタイルだ」
「へぇ、そりゃまた結構なことだ」
「えー……なんか、なんだろう、他人事みたいじゃないか? 大丈夫か?」
「今から気合入れたところで何もかも遅いからな。試合ってのは、始まる前に殆ど決まってるもんだ」
「ははは、応援し甲斐のない男だ。だが……うむ、格好良いな」
「シルビアも今のうちに格好付ける練習をしておけ。タイトルを獲得するってことは、大量の弟分妹分に自分の背中を追わせるってことだ。兄貴姉貴には格好付ける義務がある。そして背中がでかけりゃでかいほど良い」
「……私も、幼い頃にタイトル戦を見て憧れたものだ。あのような強い騎士になりたいと夢見たものだ。今度は、私がその夢を見せる側に立つというわけか」
「まず近いところでは、うちの使用人どもだな。格好付けるにはうってつけだ。やつら手放しで褒めたたえやがる」
「ふふっ、では、もっとでっかい夢を見せてやれ。ほら、もう入場が始まるぞ」
一閃座戦、挑戦者決定トーナメント決勝。
相手はシェリィの兄、ヘレス・ランバージャック。
俺が黙々と決闘冠のチェックを行っていると、向こうから話しかけてきた。
「セカンド君、お初にお目にかかる。私の名はヘレス。放浪剣術師をしている」
「ああ、一度見かけたことがある。メティオダンジョンで緑龍を狩っていたな」
「そうか! では私の実力も存じていよう」
「そうだな。何となくな」
「妹が世話になっていると聞く。先程のカサカリ殿との試合も見た。鬼穿将との一件についても知っている」
「……何が言いたいんだ?」
「私は、嬉しくて嬉しくてもう仕方がない。是非とも、楽しませてくれ給えッ」
ヘレスは満面の笑みでその腰から剣を抜いた。俺と同じく、ミスリルソードである。
「セカンド! あんたお兄様なんかに負けんじゃないわよっ!」
瞬間、観客席から某ご令嬢のものと思われる野次が飛んだ。
ヘレスはガクッとずっこける。
「なんか、って言われてるけど」
「ハ、ハハハ、しばらく会わないうちに生意気になったものだ」
「兄妹で仲良いなお前ら」
「少なくとも私はそう思っているがな」
どうやら妹から一方的に嫌われているようだ。
「両者、位置へ!」
雑談を終え、審判の指示で位置につく。
ヘレスの表情は、直前までの少年のような笑顔を微塵も思わせない、凍てつくほどに鋭いものへと変わっていた。
「――始め!」
号令がかかる。
直後、ヘレスは一気に間合いを詰めてきた。シルビアの言う通り、ガンガン来るタイプみたいだな。
さて。初手は変わらず、《歩兵剣術》と《桂馬剣術》の複合をヘレスの右足手前に突き刺すようにして放つ一撃。“セブンシステム”の第一手である。
「その技、既に見ているッ」
優位を誇示する叫び、だったのだろう。二手目、ヘレスはカサカリとは違って、俺の攻めをあえて大きく回避しようとせず、カウンター気味に右足を少しだけ引きつつ左上方から《銀将剣術》を振り下ろさんとした。
…………あーあ。
分かる人なら分かる。「あーあ」だ、これは。皆、そう口にするだろう。「あーあ」と。
「えっ」
三手目、俺はスキルキャンセルして切り返す、などということはなく、そのまま左方へ倒れ込みながらミスリルソードの柄の先端を指先で摘みつつ横方向へずらすようにスライドさせた。
――ヘレスの《銀将剣術》は地面へ。俺の《歩兵剣術》はヘレスの左足首へ。
確かな手応えがあった。俺はしゃがんだ状態でぐるりと一回転しながら《飛車剣術》を準備して立ち上がる。
四手目、ヘレスは“パス”だった。左足がなくなり、バランスを崩したのだろうか。
五手目、俺の《飛車剣術》がその脳天へ直撃。完全に決した。
ぐちゃぐちゃになって然るべきヘレスの頭部は、決闘冠の効果ゆえ無傷であった。しかしそのHPはきちんと1まで減り、白目をむいてスタンしている。
「勝負あり! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
何とも味気ない勝利だった。
観客席は大盛り上がりである。だが、シェリィだけはぽかんと口を空けて固まっていた。目の前で兄貴の足首が取れたんだ、そりゃとんでもないショッキング映像だろう。仕方ない。
俺は一戦目の時と変わらず、ユカリの方へと手を振ってから、大歓声を背に受けながら出場者用観戦席へと向かった。
その道中、見覚えのある眼鏡のオッサンが待ち構えていた。
「カサカリさんだっけ」
「いかにも。私はカサカリ・ケララである」
見たところHPとスタンはもう回復したようだ。ピンピンしている。
「セカンド殿。後学のため、貴殿の剣術について一つお尋ねしたい」
「どうぞ」
何やら真面目な顔で迫ってくるので、さらっと一言頷いた。すると、カサカリは目を丸くして驚く。
「まさか答えていただけるとは思ってもいなかった」
「じゃあ聞くなや」
「おっと、お気を悪くしないでいただきたい。これは普遍的なことについて申しているのです。普通、剣術師が剣術について問われると聞き、素直に頷くかといえば、答えは否。貴殿は実に変わっている。私は大変嬉しいのです。この気分の高揚、今にも舞い踊りたいくらいである」
あんたも十分変わっていると思うけどな、と言うと話が更に脱線しそうなので黙っている。
「失礼。私の故郷ではその時々の感情を舞いで表現するのです。どうです、セカンド殿も是非私の故郷で」
「本題に入ってくれ」
「ああいや、これはどうもすみませんな。私の悪い癖でして。では」
カサカリはふぅと一呼吸おいてから、やけに真剣な表情で、ゆっくり口を開いた。
「貴殿の、あの初撃、躱すことが最善と見た。しかしそこからが見えない。見えようもない。貴殿の剣術は何処かおかしい。受け側が有利という常識を考え直さざるを得ん剣術である。その極意、どうかご教授願いたい」
随分とまあストレートに聞いてくれる。
このオッサン、タイトル戦出場者にもかかわらず、恥も外聞もなく俺に“コツ”を聞いてきやがった。
……むかつく。クソむかつくが、いいだろう。基本くらいなら教えてやる。
だからさ、夏季までにはタイトル戦に相応しい出場者になっていてくれ。頼むから。ヘレスもそうだ。あまり俺をガッカリさせないでくれよ。
「全力回避が最善だ。カウンターを狙うとさっきのヘレスのようになる。次の斬り上げは歩兵をぶつけて崩すか、回避。どちらも一戦。あんたの場合、金将が大悪手だった。飛車で鍔迫り合いか、角行と桂馬の複合で急所を狙って切り返せばまだまだ一戦だ」
「ふむ、そうであったか」
「というか、こんな対応をいちいち教えたところで切りがない。基本ができてないんだ、あんたらは」
「……というのは?」
「常に複数の狙いを持て。細部の細部まで丁寧に綿密に手を抜くな。相手の対応を全て網羅してその上を行く対応を編み出せ。この三つをいちいち考えずにできるようにしろ」
「お待ちを。ああ、いや、理解できたが……網羅? それは、一体何通りになる?」
「知らんけど、樹形図的に増えていくな」
「そんなことが可能なのだろうか?」
は……?
「いや、やるんだよ。できるできないじゃねえよ。やれ。まずやれ。何日も何ヶ月も何年も繰り返せ。できるまでやれ。それからだ。単純だよ。できりゃ勝てる。できなきゃ負ける。だったら、できるまでやるしかないだろうが」
「…………」
何だこいつ。
俺より前からこの世界で暮らしてるくせに。
全てが無駄にならない人生のくせに。
「分かったらさっさと消えろ。気分悪いわお前」
「……感謝、申し上げる。そして新一閃座の誕生を心より願っている」
* * *
「すごいですわ! すごいですわ! すンごいですわ~っ!」
一方その頃、観客席ではファーステスト家の使用人たちが大騒ぎしていた。
「うるさいですパニっち」
「オメェこそ試合中に喘ぎ声がうるせぇんだよ! コスモス!」
「エル姉、ナイス。私もちょうどうるさいと思ってたんです」
女三人寄れば姦しいと言うが、最早そんなレベルではなかった。
メイド十傑に加えてその部下たちも大勢いれば、四天王とその部下の男衆までワイワイと騒がしい始末である。
「ご覧になりましたかっ? モモ、あれがご主人様です。我ら誇り高きファーステスト家のご主人様なのですわ! 私は以前ご主人様に緊張しない方法を伝授していただいたことがあったのですが、これがまた大変に素晴らしいお話でして、私一字一句違えずに覚えていますのよ。お話ししましょうか? 聞きたいでしょう? そう、それは私が使用人邸のお庭を歩いていた時のこと――」
「分かった分かった、マリーナ。少し黙っててくれ。というかいちいちオレに話しかけんな。感動の余韻が薄れる」
エス隊副隊長のマリーナとエル隊副隊長のモモが、何とも仲良さげに、絶妙に噛み合っていない会話を繰り広げる。
「……あ、兄貴。こ、これ、セカンド様って、マジ、とんでもねぇ人なんじゃ……」
「ようやく気付いたのかお前よぉ! ったく! しょうがねェやっちゃなぁ!」
一方では、青い顔をしてガクガク震える馬丁のプルムが、何故か物凄く嬉しそうな顔でテンションの高い馬丁頭のジャストにバシバシと頭を叩かれ続けていた。
その他の使用人たちも皆、思い思いの感想を口にしては、隣同士で共有して、べらぼうに盛り上がっていた。中にはセカンドの一挙手一投足を余すことなく記録する者や、その戦術を解析する者、次戦の展開を予想する者までいるようだ。
「ユカリ様、注意せずともよろしいのですか」
「今日ばかりは。ご主人様の晴れ舞台です」
「大いに盛り上げるのも使用人としての務めということでしょうか」
「まあ、意識せずとも十分盛り上がっていますが」
「……ええ。斯く言う私も、先ほどから震えが止まりません」
「大義賊R6の若頭が聞いて呆れますね」
「仕方ないでしょう。セカンド様の剣術は……何と言ったらよいか、とにかく、異常ですよ」
「同意します。しかし貴方たち使用人は、ご主人様に教えを乞える立場にあります」
「この世に生まれたことを思わずセカンド様に感謝してしまいそうです」
「そうなりなさい」
こうしてユカリが大勢の使用人を連れて観戦に来た理由の一つに、使用人の洗脳教育があった。決して裏切ることのないよう、信仰とも呼べる信頼と崇拝とも呼べる尊敬を集めるため、セカンドの雄姿をあえて見せているのだ。
そうでなければ、セカンドに対して何か熱い気持ちを抱きかねないこんな場所へ“ライバルとなり得るメイドたち”をユカリがわざわざ連れてくることなど考えられない。言わば苦渋の決断である。独占欲の強いユカリらしからぬ行動には、そのような裏があった。
「イヴ。最終戦は何秒で終わると思いますか? 私は40秒以内に賭けます」
「ぁ……さ……ぅ」
「30秒以内に賭けます、と申しております」
「そうですか。私が勝てば、暗殺講習の講師を一日だけ貴女たち二人に任せて私は休暇を取ります。私が負ければ、貴女に付与を施した籠手を贈りましょう」
「ぇ!? ……ぉ!」
「え、待ってください、講師なんて無理ですよぉ。と申しております」
「条件も聞かずに賭けるからこうなるのですよ」
ユカリ、イヴ、ルナの三人は、一つも表情を変えずにそんなことを話している。どこか、いつもより賑やかな雰囲気。
ユカリもユカリで、結構楽しんでいるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。