91 集結!
「しまったしまった、ロスマン殿に後れを取ってしまうとは」
ロスマンに一足遅れて王都へと到着した男は、宿屋への道すがら立ち寄った露店で既にロスマン一閃座が王都入りしていることを聞くと、悔しげな様子で独りごちた。
40代前半の男は、少し白髪の交じった黒髪をきっちりオールバックにセットして、長身の細身に異国の着物を身に纏い、細長の眼鏡をかけている。
名をカサカリ・ケララという。自称「ロスマン一閃座のライバル」であった。
「否。きっとロスマン殿は気が急いているのだ。勝機はそこにあるのではなかろうか」
ぶつぶつとひたすらに独り言を呟きながら、大通りを行く。
彼はタイトル戦出場者としては珍しく供を連れていなかった。
彼の故郷はキャスタル王国から遠く離れた荒野の国。タイトル戦への出場というものの価値すらよく分かっていないような人々の暮らす異国である。その【剣術】がいくら一流のものであっても、名も知らぬ遥か遠くの国まで是非一緒にと志願してくるような酔狂人などいやしない。
「否、否。油断は禁物である。ここは一つ故郷の舞いを踊り、闘志を沸き立たせるべきか」
カサカリは何やら思い立ち、突如として踊り出した。多くの人々が行き交う往来で、だ。
……彼に供が付いていない理由は、というより彼に人が近付こうとしない理由は、十中八九、彼が変人だからであった。
王都の人々もそれがよく分かっているようで、ゆらゆらくねくねと夢中で舞い踊る彼を目にしても「いつものことだ」と無視している。
「カサカリ様、カサカリ様!」
王都民からの通報を受けて、カサカリのもとへ一閃座戦の運営が出した使いが駆け付けた。
例年通りに、あの手この手でどうにか落ち着いてもらい、宿屋へと案内する。
「毎度ながら、ここの料理は美味い! しかし教えてもらったレシピ通りにやっても上手くいかない。この差は一体何なのか。まこと不思議である」
カサカリは高級品を好まない。そして、激辛料理が大好きだった。
ゆえに、いつもの安宿のいつもの部屋を取り、いつもの大衆料理屋へと案内するのが定跡だ。
「唐辛子か。唐辛子が違うのか。しかし我が国では売っていない。どうにか手に入れられないものか」
「一閃座戦が終わり次第、準備いたしますので。是非お持ち帰りください」
「おお! 使いの者よ、気が利くではないか。そうだ、礼に郷土の舞いを踊ってやろう」
「いえ、結構で……結構です! 結構ですってば!」
どうか大人しくしていてくれ。誰もがそう願い、そしてすぐさま裏切られ、どうにもこうにも振り回される。
そんな男が、今季も王都へと入り込んだ。
「アルフレッド様。間もなく王都に到着いたします」
「そうか。ご苦労だった」
砂利道を行く馬車の中から、御者の言葉に返事をする男。
名をアルフレッドというその壮年の男は、ボサボサに伸びきった鈍色の髪をさらりとひと撫でしてから、手探りで馬車の窓を開けた。
彼は目が見えない。しかし耳は良い。ガラガラと大きな音をたてて進む馬車の中から御者の声を聞き取れる程度には。
「賑やかな匂いがする」
鼻も良い。そして、肌も、舌も鋭い。それは彼にしか分からない特殊な感覚であった。
彼が盲目となったのは30歳の頃。それまでは、一流の弓術師として獅子の如き強さを発揮していた。
“あの事件”から十余年。現在は――鬼の如き強さへと、変貌を遂げていた。
「……そろそろ、返していただきます。鬼穿将」
いつの世も、天才と呼ばれる人間は少なからずいるものである。
大きな屋敷のだだっ広い自室で、彼はひたすら机に向かって資料と睨めっこしていた。
ムラッティ・トリコローリ叡将――魔術師の最高峰その人である。
今年で36歳、若き研究者である彼は、そろそろ冬になろうかという季節にも関わらず、肌着一枚で若干汗ばんでいた。170センチほどの身長に見合わず体重は100キロを軽く超えており、少し小さめのメガネがこめかみに食い込んでいる。
「おっほ、大発見ですぞこれは」
鼻息荒く独りごち、やおら立ち上がると、積み重なった本の山へ手を伸ばしガサゴソと何やら新たな資料を探し出す。
ムラッティは現在【魔術】と【召喚術】の関係、特に四大属性と精霊との関係を調査研究している。何のためにそんなことをしているのかと言えば、彼がやりたいからやっているのだとしか言えない。それは彼が物心ついた頃からの性分であり、脂ぎったオッサンになった今もなお変わることのない座右の銘である。
彼は【魔術】が大好きで堪らない人なのだ。だからこそ、もっと深くまで知りたいと思うことはごく自然な成り行きと言えよう。ただ一つの問題は、その度合いが人一倍強いものであり、【魔術】の真理を追い求め過ぎるがゆえに人生の尽くを“魔術漬け”にしてしまっていることであろう。
彼の人生は、4歳以降、その全てが【魔術】ばかりであった。世知辛い社会生活の中であっても【魔術】だけは決して彼を裏切ることはない。やればやるだけ成果が出ることを知った彼は、見る見るうちにのめり込んでいった。
金の心配は一切なかった。『トリコローリ家』といえば【魔術】の大家、ムラッティはその跡取り息子である。そして両親も両親で、頭のネジが少々ゆるんでいた。息子のために【魔術】さえやっていればそれでいい環境をつくりあげてしまったのだ。
その結果として完成したのが、ムラッティ叡将というとんでもない「魔術ヲタク」なのである。30年間以上、好きなことだけをやり続けて生きてきた者というのは、その限定された一部分においては、異常なまでの強さを発揮する――。
「お! ムラ様! ここでしたか」
「おお! そういう君はサロッティ氏ではないか。敬礼!」
「出た! 敬礼出た! 敬礼! これ! 敬礼出たよ~!」
ムラッティの部屋を訪れたのは、彼の唯一無二の友人、従兄弟のサロッティであった。二人は「ドプフォ」と特徴的な声で吹き出し、半笑いで軽くじゃれ合う。
「そうそうムラ様、叡将戦がもう一週間後に迫ってる件について」
「おうふ、完全に失念していたでござる。というか今は研究でそれどころじゃないのだそれどころじゃあ~!」
「いや、こっちもそれどころじゃないわけだが! とりあえずこれを見てほしいのよ」
「……えー何すか? 出場者一覧?」
ムラッティはサロッティから数枚の資料を受け取った。それは各タイトル戦出場者の一覧であった。
彼は内容にザッと目を通す。それぞれ4人の参加者がいる。例年ならば多くとも2~3人である。「今季はいつもより多いなぁ」などと考えているうち……ある一人の名前に強烈な違和感を覚え、ぴくりと反応した。その様子に気付いたサロッティが「ほらね」とでも言いたげに口を開く。
「ヤバくね? 3つに出るとか有り得なくね?」
「スゥー……これは見逃せないと思いますコレ」
「勝ち上がってきてムラ様と当たりそうな悪寒」
「予感と悪寒をかけた高度なギャグですね分かります。って悪寒を感じているということは拙者が負けそうだと思っているということではないか~! この~~!」
「ぐええぇ~! ご勘弁をご勘弁を!」
戯れにサロッティの首を絞めるムラッティ。しかし、そのふざけた言動とは裏腹に、彼の心中は至って冷静であった。
タイトル戦3つに出場できるということは、すなわち3つの“大スキル”において全ての“小スキル”を九段にしたということ。これは途方もない経験値量である。
メヴィウス・オンラインというゲームは、基本的に魔物を倒すことで経験値を得られるが、ただ手当たり次第に倒せば良いというわけではない。プレイヤーのステータス並びに累積獲得経験値と比較して「プレイヤーと同等もしくは上」の魔物を倒さない限り、“満足な”経験値は得られないシステムなのだ。
つまり、今回タイトル戦3つに出場する異常な男は「相当の修羅場を真正面から突破し続けてきた圧倒的豪傑」もしくは「雑魚をひたすら倒しに倒しまくった我慢強い猛者」のどちらかであると分かる。
「デュフフ……」
今季はこれまでの叡将戦とは明らかに違ったものになる――そう確信したムラッティは、薄気味悪く笑った。
彼の興味を惹きつけた一番の理由は、その男が叡将戦とともに霊王戦へも出場するということ。【魔術】と【召喚術】の関係、彼が今まさに研究している内容そのものである。
言ってしまえば、彼にとっては叡将戦などどうでもよかったのだが……ただ一点、その男に話を聞けばまた一つ【魔術】について何かが明らかになるかもしれないという、その一点においてのみ、叡将戦への意欲がぐんぐんと増していた。
「興味深い相手キタコレですなぁ」
「禿げあがるほど同意」
「久しぶりの王都だねぇ」
つば広のよれた三角帽子を被り、裾を引きずるほど大きな黒のローブを身にまとった老婆が、王都ヴィンストンへと今しがた帰還した。
彼女は名をチェスタという。御年78歳。放浪魔術オババ、稀代の大魔術師、焔の魔女、元宮廷魔術師団長など、様々な異名を持つ。
「大叔母様、お待ちしておりました」
「おや、あんた、もしかしてチェリかい? へぇ~っ、こりゃまた大きくなったねぇ」
チェスタを出迎えたのは、第一宮廷魔術師団の制服を着た背の低い女性チェリであった。チェスタは彼女の親戚で、大叔母にあたる。
チェリはチェスタの言葉に首を傾げた。前回会ったのは1年ほど前。身長は悲しいことにそれほど変わっていないはずなのだが……。
「何かあったのかい? 一皮剥けるようなことが。面構えが違って見える」
「!」
ズバリと言い当ててみせるチェスタ。チェリはドキリとした後、俄かにその頬を朱に染めながら「いや」と否定をしようとしたが、チェスタに手で制される。
「皆まで言うことはないよ。そうかいそうかい、ゼファーの坊やには感謝しないといけないね。あんたのことを気にかけておくよう言っておいたのさ」
「……いえ団長は全く関係ありませんが」
「えぇ? 何だい。だったら、叱っておかないとねぇ。ケケケッ」
第一宮廷魔術師団の現団長ゼファーは、チェスタの弟子であった。ゼファーに《火属性・伍ノ型》を習得させたのも、彼女に他ならない。
「然らずんば、何処の誰があんたをそこまで……って、あんたの反応を見てたら大方分かっちまったよ。男だろう? ン?」
「…………ええと」
チェスタはにやにやとチェリを見つめる。チェリは耳まで赤くして俯くよりなかった。
「まあいいさ。後でゆっくり聞くとして、一先ず宿に案内しな。あたしゃもう足が痛いよ」
「はい、大叔母様」
数分後、彼女の可愛い可愛い姪孫の気になっている男が、叡将戦初戦の相手だと知ることになる。
どれ、あたしが一つ試してやろう……と、余計な意気込みを見せるチェスタを、チェリは必死で宥めるのであった。
こうして。実に色濃い猛者たちが、続々と王都へ集結しつつあった。
そして、いよいよ、冬季タイトル戦が幕を開ける――。
<一閃座戦>
1.カサカリ・ケララ
2.セカンド・ファーステスト
3.ヘレス・ランバージャック
4.ガラム
{(1 vs 2) vs (3 vs 4)} vs ロスマン一閃座
<鬼穿将戦>
1.ディー・ミックス
2.シルビア・ヴァージニア
3.アルフレッド
4.ジェイ・ミックス
{(1 vs 2) vs (3 vs 4)} vs エルンテ鬼穿将
<叡将戦>
1.チェスタ
2.セカンド・ファーステスト
3.ニル・ヴァイスロイ
4.アルファ・プロムナード
{(1 vs 2) vs (3 vs 4)} vs ムラッティ・トリコローリ叡将
<金剛戦>
1.ドミンゴ
2.ロックンチェア
3.ジダン
4.エコ・リーフレット
{(1 vs 2) vs (3 vs 4)} vs ゴロワズ金剛
<霊王戦>
1.セカンド・ファーステスト
2.カピート
3.Mr.スリム
4.ビッグホーン
{(1 vs 2) vs (3 vs 4)} vs ヴォーグ霊王
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