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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
ハジマリの出会い
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第06話『小雛』

夜の繁華街。ネオンの光に満ちたこの時間は昼間とは違う意味で活気があった。この街の繁華街はクラブや風俗店が多く学生は近寄り難い雰囲気を醸し出している。実際、この時間に学生が繁華街にいたらまず補導されるだろうし、学園側にだってすぐさま連絡が行ってしまうだろう。

夜は街を、そして人すらも変えてしまう特別な時間。隠されていた本性が牙を剥き、狼は獲物を求めて街をさ迷う。


「……ねぇ、おじさん。わたしとあそぼ?」


人気の無い路地裏。申し訳程度に設置された古ぼけた街頭がチカチカと明滅を繰り返していた。


「わたしとイイこと、しよ?」


スカートの裾を持ち上げて目の前で荒い息を吐いている男に妖美な笑みを贈る小雛。彼女の服装は昼間と何一つ変わっていない御陵学園の制服だった。

無論、着替えるのがめんどくさかった訳ではない。この格好の方がそういう(・・・・)趣味の人間を釣りやすかったからだ。


「くくっ、悪い子だ。その歳でそういうことに興味津々とはな。いいぜ、たっぷり可愛がってやるよ」


男のゴツゴツとした手が小雛に向かって伸びる

嫌悪感を抱きそうになる酒の混じった臭い吐息に眉一つ動かさずに小雛は男を見つめていた。

男の反対の手が服の上から小雛の胸に触れる。ピクッと小さな反応を見せると男は欲望のままに手を動かし始めた。そしてやがて胸だけでは飽き足らず小雛の下半身に反対の手を伸ばした。


「――はい。そこまでだ」


薄暗かった路地裏に一瞬光が灯ると、連射モードに設定されたカメラが刻みのいい音を鳴らす。


「誰だッ!?」


背後から突然聞こえてきた声に男は振り返る。

そこにいたのはスマホを片手にニヤついている遊馬と欠伸をしながら壁にもたれ掛かる拓海。そして無表情で立ち尽くす小雛(・・)だった。

男の視線が小雛に向けられると驚いたように振り返る。そこには変わらず小雛(・・)がいて、ほんのり上気した顔で男を見上げていた。


「ふ、双子……!?」


「残念だけど、わたしに身内はいないよ」


遊馬の隣にいる小雛がそう告げる。

男は半ばパニックになりながら二人の小雛を交互に見る。しかしようやくその事に気づいたのか、歯を食いしばって遊馬たちを睨みつけた。


「《能力》か……!? お前ら【軍】の連中だな!?」


「ようやく気づいたのか。お前はまんまとこの場所に誘われたんだよ」


「……俺を殺すのか?」


「その予定だ」


即答すると遊馬は男に向かって指をさす。いや違う。その指は男の後ろにいるもう一人の小雛に向けられていた。


「《能力》と分かって放置するのは間違っているとは思わないか?」


「……ッ」


男は咄嗟に大きく横に跳んだ。

その刹那、つい一瞬前まで男がいた空間を銀の一閃が切り裂いた。遊馬の言葉が無ければ男は今頃冷たい地面に転がっていただろう。


「……ゆーま、なんで言っちゃうの? 今ので終わるはずだったのに」


パチンと小雛が指を鳴らすと、もう一人の小雛は闇に溶け込むようにその姿を消した。


「三人で殺す約束だろ? ここで死なれたら俺と拓海の出番が無いじゃん」


「その通りだー。俺にも殺らせろー」


やる気のない抗議をあげる拓海。

壁から身を起こすと隠されていた右手に握られているサバイバルナイフが街頭の光に反射して煌めいた。


「おい待て拓海。お前俺の出番を与える気ないだろ」


「遊馬はさっき写真を撮った。お前の役目は終了」


「ちょっと待て。それはカウントに入らないだろ」


「どうでもいいけどゆーま、その写真、あとで消してよね?」


「てめぇら……好き勝手言わせておけば調子に乗りやがって……!!」


口論を始める三人を怒気の含まれた低い声が遮る。

薄暗くて路地裏だというのに男の顔が怒りのあまり真っ赤になっているのがよく分かった。


「ぶっ殺してやる……っ!!」


男は小物のセリフを吐きながら遊馬たちに襲い掛かる。その動きは常人の域を遥かに越えており、たった数歩で距離を縮めると護身用のナイフを振り上げた。

おそらく《能力》で自身の身体能力を底上げしているのだろう。常人ならば追えるような動きではないが、この三人――特に遊馬にとってはカメのように鈍い動きだった。


「……なっ!?」


遊馬の頸動脈を両断するはずだったナイフは虚空を切り裂く。男の攻撃は完璧なタイミングだった。しかし遊馬に届くことは叶わなかった――ただそれだけのこと。






『――――《儚き夢を映す鏡の世界(アナザー・ミラージュ)》――――』






消え入りそうなほど小さな声で呟かれたその言葉に共鳴するかのように小雛の姿がブレる。瞬きしたその瞬間には文字通り小雛がもう一人いた(・・・・・・)


「たのしも? おじさん。わたし達との殺し合いを」


「くっ……付き合ってられ――んなっ!?」


自分の劣勢に撤退を余儀なくされた男だったが足を動かすことが出来ないことに気づいて青ざめる。

いつの間にか男の足元は氷によって覆われていた。その氷が足と地面をくっつけてしまっているせいで一歩たりとも動くことが出来ない。


「……非常に残念だが」


真上から降ってきた声に男が顔を上げる。

そこには漆黒の翼を生やした拓海が浮かんでいた。そして先ほどの言葉通り残念そうに首を振る。


「お前はもう逃げられない。ここで死ぬしかないんだ」


「この……この!! バケモノ共がぁぁぁぁぁあああああ!!」


男は握ったままだったナイフを全力で小雛に向けて投擲する。《能力》によって向上したその一投は目視できる速度ではなかった。


「――おいおい。女の子にナイフを向けちゃいけませんって学校で習わなかったのかよ」


しかし遊馬は人差し指と中指の二本だけで挟むようにしてナイフを止めていた。涼しい顔のままそんなセリフを吐く遊馬を見て男は絶望しきった様子で膝を折った。


「た、頼む……命だけは助けてくれ」


「……は?」


男の泣き言を聞いて遊馬はあからさまに顔を顰める。


「馬鹿かお前。【教会】と【軍】が戦って死人無し? そんな都合のいい展開があるわけないだろーが。お前は今ここで死ぬんだよ。良かったな? 死ぬ前に幻覚とはいえ女の子の胸を触れて」


「ちょっと待――」


手元で器用にナイフを回転させて逆手に持ち替えるとそのまま何の躊躇いもなく男の心臓にナイフを突き立てた。


「――――」


男は悲鳴の一つ上げることなく絶命した。

絶望と恐怖で彩られた男の顔を一瞥すると、遊馬は拓海に合図を送る。その刹那、ナイフを刺した位置を覆うように氷が生まれ、遊馬はそれを確認するとナイフを抜き取る。


「……俺の《能力》は返り血を防ぐためのものじゃないんだが」


「些細なことは気にするな。とりあえず帰るぞ。もうこの場所に用はない」


「死体、どうするの?」


小雛はもう二度と動くことのない男の死体を見る。

真夏の道端に転がる蝉の死骸を見るような冷たい視線には感情など込められていない。当然だ。蝉の死骸如きにどんな思いを抱けという話なのだから。


「今回は放置だ。【教会】へのプレゼント。きっと泣いて喜ぶに違いない」


「悪趣味なやつ」


拓海が地面に降り立つと同時に背中に生えていた黒翼が霧散した。そしてそのまま踵を返して歩き始める。


「――たくみ」


「んー?」


足を止めると拓海は顔だけ小雛の方へ向ける。


「この男、全身氷漬けにできる?」


「できるけど。何すんの」


「バラバラに撃ち壊す」


「……お前も大概だな」


パチンと拓海が指を鳴らすと男の死体が白い霧に包まれた。自分の近くで凄まじい冷気が発生しているのにも関わらず小雛は瞬き一つせずに凍りついていく男を見つめていた。


「これでいいか?」


「うん。ありがと、たくみ」


「はいよ。俺は家戻って飯作ってるからのんびりと楽しんでくれ」


ひらひらと手を振りながら拓海はそのまま闇の中へと姿を消した。遊馬も無言で拓海を後を追う。

一人残された小雛はスカートの下に隠れたガーターベルトから白銀の拳銃を抜き取り、その照準を男の眉間に合わせた。


「……ばーん」



to be continued

心音です。こんばんは!

戦闘というより、遊馬たちの独壇場だったわけですが如何でしたか?

こんなのは序の口です。話が進むにつれて【教会】と【軍】の争いはその激しさを増していくことでしょう。


それでは次のお話でまたお会いしましょう!

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