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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
ハジマリの出会い
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第05話『久遠』

「――あの三人怪しい。絶対に何かある」


そう呟く亜弥香は購買で買ったばかりのコーヒー牛乳にストローを突き刺した。

あまりにも勢いよく突き刺したものだからストローの先から茶色の液体が溢れ出て亜弥香のスカートの上にポタリと落ちる。


「ちょ、亜弥香。拭かないとシミできちゃうよ!?」


「ん? わわっ!? 久遠(くおん)ハンカチ貸して!!」


「はい、ハンカチ!」


久遠と呼ばれた少女はポケットから取り出したハンカチを亜弥香に渡すと、既にコーヒー牛乳が染み込んでしまったスカートを見てため息を落とす。もっとも、一番ため息を吐きたいのは亜弥香の方なのだが。


御陵学園の制服は全体的に茶色いデザイン。その為シミが目立つことはないのだが、代わりにクリーニング代が高くつく。学園が無駄に制服に拘っているせいで作るのに使われている素材が高級なのだ。よって普通のクリーニング屋では取り扱うことが出来ず、学園が紹介する店を使う必要がある。


「あーあ、変なこと考えているからこういう事になるんだよ。自業自得」


全く慰める気もないこの少女は散花(ちりばな) 久遠(くおん)。亜弥香や遊馬たちと同じクラスの普通という代名詞が良く似合う女の子である。

成績も運動も中の中。これといった特技も趣味も何も無い平凡を極めたような今どき珍しい女子高生。しかし、持ち前の明るさと恵まれた顔、そしてスタイルのおかげで男女ともに人気があり友達も多い。


「あなた……ほんと私には容赦ないよね。あーあ、クリーニング出そうかな……」


「高いよー。前に美術の時間に絵の具をべったり付けちゃったことがあるんだけど、その時のクリーニング代は思い出すだけでも涙が……」


「……コーヒー牛乳の小さなシミと絵の具じゃ規模が違うからね?」


「まぁそうなんだけどね」


亜弥香と久遠。実はこの二人、世間一般で言う幼馴染みという関係だったりする。だからと言うわけではないのだが、久遠は亜弥香に対するあたりが少しばかり強い。しかしそれは二人の仲の良さを表しているようなもので特に気にするまでもない。


あたたかな陽光に照らされたフラワーガーデン。

二人がいるこの場所は他に人の姿は無く、静かでのんびりとした時間が流れていた。そよ風に揺れる花々。甘い蜜の香りに誘われてアゲハ蝶がひらひらと舞うように飛んでいる。

昼休みのフラワーガーデンは二人の聖域のような場所だった。お世辞でもなく可愛い女の子が二人並んで笑っている姿は絵になっていて、いつしか昼休みのフラワーガーデンに一般生徒は立ち入るべからずという謎のルールが出来上がっているほどだった。

そのルールはまだ入学して間もない一年生にも既に広がっており、この二人の存在を知らない生徒はこの学園にいないと言っても過言ではない。


「えーと、何の話してたんだっけ」


「あの編入生三人のこと」


亜弥香は足元でぴょこぴょこ跳ねていたウサギを一羽膝の上に乗せると人差し指と中指を使って優しい手つきで撫で始める。


「この中途半端な時期に編入なんてどう考えてもおかしいと思わない? しかも他人同士じゃなくて知り合い……ううん、あれは知り合いなんて言葉で片付けていいような関係じゃないよ」


「そんなこと言ってもね……。じゃあ何? 亜弥香はあの三人があっち側の人間(・・・・・・・)とでも言いたいの?」


「いや……そういう訳じゃないし、思いたくもないけど……。でもほら、万が一ってこともあるじゃん」


「万が一なんてあっちゃダメでしょ。何考えてるの、亜弥香」


急に声色の変わった久遠に亜弥香はビクッと身を強ばらせる。ウサギを撫でる手が止まり、吸い寄せられるかのように亜弥香は久遠を見た。

感情が抜け落ちたような冷たい表情は亜弥香の背筋を凍りつかせる。首元にナイフを当てられているのでないかと錯覚してしまうほどの眼光。亜弥香以外は知らない久遠の本来の姿。


「亜弥香も聞いているはずだよね? 何かを起こそうとしている【軍】の連中がこの街で行動を起こし始めたって」


「……聞いてるけど」


「なら分かるでしょ? 万が一を考えるくらいなら殺しておいた方がいい」


「久遠。殺すなんて言葉、そんな簡単に言わないでよ」


久遠の容赦ない言動に亜弥香は怒りを顕にする。

膝の上で大人しくしていたウサギは身の危険を察知したのか、ぴょんと跳ね降りると近くの茂みに隠れてしまった。


「簡単に言えちゃうよ。私たちの手がどれだけの人間の血で染まっているか分かっているよね? なのに今更たった三人の人間を殺すことを躊躇う理由が私には分からない」


「まだ確証がない。もしあの三人が無関係な人間だったら【教会(・・)】はどう責任を取ればいいの?」


「事故で処理すればいいだけの話だよ。今までだってそうしてきたんだから」


「あなたね……」


――【教会】――。

それは亜弥香と久遠が所属する組織の名称。正義を貫き、この世界の平和を守ることを目的とする組織。本来ならば人を殺すような組織ではないのだが、時と場合によっては極悪人を殺すこともある。そしてもう一つ、【教会】には人を殺さなければならない理由があった。


それは【教会】と敵対する組織である【軍】の存在。

【軍】は自らの思想を貫く為に人を殺すことを躊躇わない。故に【軍】に所属する人間は冷酷で無慈悲。女であれ子どもであれ必要とあれば殺す。しかも【軍】の人間は無関係な人間ですら遊び感覚で殺す人の道を外れた外道なのだ


正義を貫く【教会】――。

自らの思想を貫く【軍】――。

この世界では人知れず、【教会】と【軍】による抗争が続いていた。しかし【軍】の人間は【教会】の人間など道端に生えている雑草のようなものとしか見ていなかった。それは何故か。答えは単純かつ明確。力の差があまりにも開きすぎているからだ。


「もし仮に【軍】の人間だったら私たちの戦績が上がるんだよ。それに私の《能力(・・)》は軍の連中に引けを取らない」


「それは知ってる。久遠の《能力》は単独でも【軍】の人間と殺り合える。一般人じゃまず太刀打ちできない。けど、それとこれとは話が別」


《能力》と呼ばれる力がこの世には存在した。

無論、その存在を知っているのは極一部の人間に限られる。人智を超えた特別な力。それは世界のルールなど簡単にねじ伏せてしまうほどのものだ。


「別じゃないよ。だって私は亜弥香の話を聞いてほぼほぼあの三人が【軍】の人間だと確信してる。だってどう考えても有り得ないでしょ? 私はその場にいなかったから詳しいことは分からない。でも、一瞬で教室にいる人の数を数えて尚且つその中から特定の人間だけを数えるだなんて人間技じゃない」


久遠の言うことは確かに一理あった。

《能力》という人並外れた力を知っているからこそ、その疑いは波紋のように広がっていく。


「……それでも、それだけじゃ【軍】の人間って決めつける確証にはならない。私たちがしていることは無意味な人殺しじゃないんだからね」


「そんなの詭弁だよ。全てが手遅れになってからじゃ遅いんだよ? 連中がこの街で何をしようとしているのか分からない今、やれることはやっておかないと取り返しのつかないことになるかもしれない」


「……分かった。ならこうしよう。久遠もとりあえずあの三人……と言っても女の子の方は分からないから遊馬くんと拓海くん、この二人と話してみようよ。もし【軍】と関係があると分かったら私は殺すことを止めない。けど、もし関係が無いのなら友達になれる。そうでしょ?」


「……いいよ。他ならぬ亜弥香がそう言うならそうすることにするよ。だから亜弥香。自分が今言ったことを忘れないでね」


久遠はその場に立ち上がり、煌々と大地を照らす太陽に向かって右手を伸ばす。

開かれた手に隠れた太陽。久遠は次の瞬間、それを握り潰すように手を閉じた。


「【軍】の人間だと分かったら私がこの手で殺すから」


強い眼差しからその確固たる意志が痛いほど伝わってきた。亜弥香はそれ以上何も言うことが出来ず、ただ黙ったまま残りのコーヒー牛乳に口を付ける。


「……」


甘いはずのコーヒー牛乳は何故か苦く感じた。

それでも亜弥香は込み上げてくる感情をコーヒー牛乳で洗い流すように全て飲み込んだのだった。


「さぁ行こ亜弥香! そろそろ午後の授業が始まるよ!」


そして久遠は太陽にすら負けないほど輝かしい笑顔でそう告げるのだった。



to be continued

心音です、こんばんは!

ようやく【教会】と【軍】、そして《能力》という単語が出てきましたね。そしてさり気なく新キャラも登場という色々と詰め込んだ回でした。

次回の話はどのような《能力》があるのか、そしてようやく戦闘シーンが多少入ります。お楽しみに!

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