第04話『嗤う三人』
「……」
二限の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響いた。
自分の席で一人、窓から見える街並みを見下ろしていた少女は机の横に掛けていたトートバッグを肩にかけて教室を抜け出した。
あたたかな陽光に照らされた廊下の真ん中を歩いて少女はとある場所へと向かっていた。
階段を使って一つ上の階に上がり、そのまま廊下を真っ直ぐ突き進む。目的地が近くなるにつれて少女の足取りは軽くなり、雪のように白いサイドテールがぴょこぴょこと跳ねていた。
「……?」
目的地である教室に辿り着いた少女はドアを開けて目的の人物を探すも教室はもぬけの殻で人っ子一人いなかった。
少女は首を傾げる。しかし戸惑った様子はなく、そのまま教室に足を踏み入れると真っ直ぐに一番後ろの窓際の席へちょこんと座った。
それから少ししてこのクラスの生徒が戻ってくる。
自分の教室に見ず知らずの人がいることに戸惑っている様子だった。しかし少女はそんな生徒たちを一瞥するだけで口を開くことなく窓の外へと視線を戻す。
遠巻きに少女を見つめるクラスメイト。みんなどう対応すればいいのか分からないらしく教室の入口付近でオロオロとしていた。
「――あなた達何してるの?」
そんなクラスメイト達に向けて放たれた凛とした声は静まり返っていた教室に良く響く。
声の主は亜弥香だった。そして彼女の後ろには遊馬と拓海の姿もあり、それに気づいた少女は口元を少し上げるだけの微笑を浮かべた。
「――ゆーま、たくみ。来たよ」
その言葉にクラスメイトの視線が一斉に遊馬と拓海の元へ集中する。が、案の定二人は突き刺さるような視線なんてこれっぽっちも気にしていないようで椅子に座る少女に各々の反応を返していた。
「お、小雛。待たせたみたいで悪いな。すぐに昼飯にしよう」
「おー、よく来たな」
小雛――。
そう。この少女こそもう一人の編入生である高坂 小雛。女子の平均よりも小柄な少女で、下手したら高校生には見られない見た目。しかしながらその頭脳は年上である遊馬や拓海を頭一つ抜いていることもあり二人に一目置かれている存在だったりする。
遊馬が一歩前に踏み出すと壁となっていたクラスメイトが一切に道を開ける。切り開いた生徒の間を抜けて遊馬と拓海は小雛のところへ向かう。
小雛はトートバッグからバンダナに包まれた弁当箱を取り出して机に並べる。
さも当然のように繰り広げられた光景に亜弥香を含めたクラスメイトはどう反応すればいいか分からないという様子だった。しかしいつまでもこうしている訳にもいかず、それぞれの昼休みを楽しみ始めた。
「ゆーま、たくみ? あの人たち、どうしてわたし達を見ていたの? ……みんな、敵?」
遊馬と拓海にしか聞こえないくらいの声量でそう訊ねる小雛。あまりにも的外れな質問に遊馬と拓海は揃って噴き出す。
「ばーか。敵なら今頃この教室は血で染まってる。なぁ、遊馬?」
「ああ。その通りだ。現状じゃ誰が敵かも分からないから殺しようもない。そんなことよりも今晩の予定についてなんだが、さっき拓海と話して初陣くらいは三人一緒にしようと決めた。小雛もそれでいいよな?」
弁当箱を包むバンダナを解くと大きめの二段弁当が姿を見せる。早速蓋を開けると白米とその真ん中にポツンと置かれた梅干しが出迎えてくれた。
下の段はおかずが詰まっていて全体的に彩りも良く、食欲をそそる健康的な弁当になっている。
「ゆーまとたくみがそう決めたなら、わたしも三人一緒がいい」
はむはむと白米を食べながら小雛は答える。
兎が餌を食べるような愛らしさがあり思わず和んでしまう姿だった。
「作戦は?」
「さっき本部からメッセージが届いたんだが、どうやら今回のターゲットはロリコンらしい」
「……」
遊馬の言葉を聞いて小雛の箸が止まる。
あまり感情を表に出さない小雛だが、今だけはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
そんな小雛の顔を見て拓海は愉快そうに笑いながら黄金色に焼けた玉子焼きを口の中に放り、数回咀嚼して飲み込むと口を開く。
「小雛、頑張れ。俺たちは近くで見守っている」
「むー……。いいよ、わたし一人でやる」
小雛は頬を膨らませてぷいっとそっぽ向いた。
「拗ねんなって。拓海もあまり可哀想なこと言ってやんな」
「はいはい」
全く反省していない様子で返事をすると拓海はそのまま食事を再開する。遊馬はため息を吐きながら小雛の頭にぽんぽんと手を乗せ、髪の流れに沿って優しい手つきで撫で始める。
「……撫でればわたしの機嫌が良くなるわけじゃないよ、ゆーま」
「じゃあやめるか?」
「……それは、嫌」
小雛は遊馬の腕を軽く押さえて頭を撫でるのを続けてと催促する。
ほんのりと顔が紅くなっている。恥ずかしいけど続けてもらいたいという気持ちが伝わってきて遊馬は内心で可愛いやつだなぁと思いながら撫で続けることにした。
「話が逸れたな。今日の作戦なんだが、とりあえず小雛にはいつも通りターゲットの誘導をやってもらおうと思う」
「いいよ。何処にゆーどうすればいいの?」
「人気のないところなら何処でも。ただしホテルだけはやめてくれ」
なにか嫌な事でも思い出したのか、遊馬は唐突に疲れ果てたような表情を浮かべた。同時に拓海も食事の手を止めて盛大にため息を吐く。
どうして二人がそんな気落ちるするのか分からない小雛はさも当然のように衝撃的なセリフを口にする。
「……なんで? 男はケダモノ。男を誘うならホテルが一番。それに犯されるのはわたしじゃな――もがもが」
これ以上喋らせるともっととんでもないことを口にしそうで遊馬は慌てて小雛の口を物理的に閉じさせる。
口の大きさに合わないサイズのミートボールを一瞬の早業で三つも詰め込まれた小雛は咀嚼するのが精一杯でそれ以上危ない発言をする事は無かった。
「……とりあえず、ホテルはダメだ。前に後処理がめんどくさいって上に怒られたんだよ。だから路地裏とか公園とかそういう場所にしてくれ」
「……(こくこく)」
未だにミートボールを飲み込めていない小雛は頷いて返事を返す。ちなみに頬袋にどんぐりを詰め込んだリスのようになっていた。
「誘い込んだ後はターゲットの隙をついて――殺す。ぶっちゃけやることはいつもと変わらないが、もしかしたら【Bad Angel】を服用している可能性がある。目の色にだけは注意しておけ」
「了解」
「……(こくこく)」
遊馬たちの話はまるで遊びの予定を立てるようなノリで行われていた。だからこそクラスにいる生徒たちはその異質さには気づかない。元々声量を抑えているということもあるが、話している最中の表情を見れば誰一人としてこんな黒い話をしているなんて知り得ない。
笑っているのだ――。
人一人を殺そうというのに遊馬たちの笑顔は気持ち悪いほど輝いていた。その笑顔を例えるなら穢れを知らない純粋無垢な子どもそのもの。
子どもが砂で作ったお城を壊すような感覚で人を殺す。この三人は狂っていた。人としての感情なんて何一つ持ち合わせていない。
そこにあるのは闇に彩られた殺戮だけ。
殺して、殺して殺して殺して殺して――。人を殺すことで遊馬たちはこの汚れきった世界で生きている。
けれど三人は快楽で人を殺しているわけではない。れっきとした目的がある。その目的の為に手段を選んでいないだけ。そしてそれこそが三人の生きる理由であり、生きる理由があるからこそ人間なのだ。
「……今夜が、たのしみ」
ようやくミートボールを飲み込んだ小雛は小さな声でそう呟く。狂気に満ちたその表情に気づく者は誰一人としていなかった。
to be continued
心音です。こんばんは!
日常はどこいった? え、何言ってるんですかこれは日常ですよ。ほんのちょっと黒いだけです!
さてさて、不穏な会話をしていたわけですが、次回の話は今回の話と全く……多分関係ありません!この話の続きは次の次ですね!
それでは次のお話でまたお会いしましょう