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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
~初夏~ 崩れ始める日常
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第44話『企画』

「――というわけで、亜弥香と久遠を仲直りさせよう会議を始める。議長を務めるのはこの俺、有塚 遊馬だ。よろしく頼む」


――放課後。

それは授業という檻に囚われていた生徒たちが外界へと解放される時間のことを言う。

常日頃から遊ぶか寝るかの二択でしかない遊馬も、この放課後という時間だけは特別であり、今日は仲間である拓海と小雛、そしてプラスアルファでもう一人を引き連れて駅前のファミレスへとやって来ていた。


「……会議をするのは構わないわ。けど――一つだけいいかしら?」


遊馬の正面に座る紅い髪の少女は胸の辺りで腕を組み、あからさまに苛立ちを表明していた。


「なんで無関係な私まで巻き込むのかしら……? 暇そうにでも見えたのかしら? だとしたら遊馬、あなたの目は節穴よ。デスクに大量の書類が山積みになっているのを見て何当然のように私を引っ張り出してきてるのよ殺すわよ!?」


「落ち着いて、くれは。ここ公共の場だから」


怒りで我を失いかけている紅刃を小雛があやす。

ただでさえ紅刃の着物というファミレスに似合わない衣装のせいで注目を集めているのだ。下手に騒いだら尚更注目の的である。


「では早速会議を始めようと思う」


「燃やすわよ」


「やめろ。お前の燃やすはシャレにならん」


何を言われようとスルーし続けると決めた遊馬の鋼の心がたった一言で砕かれる。

しかしここで折れるわけにはいかない。遊馬はメロンソーダを啜りながら考える。すると、先程から黙っていて拓海が気だるげに口を開いた。


「何だかんだ言ってるが、この場に来ているあたり余裕はあるってことだろ?」


「無いわよ。大事な話があるって遊馬が言うから特別に時間を割いてあげたの。そしたらこのザマよ。ここの会計、遊馬が持ちなさい。命令よ」


「言われなくてもそのつもりだ」


仕切り直しと言うように、ごほんと咳払いを一つ。遊馬はテーブルに両肘を立てて手を組むと、その上に顎を乗せてゆっくりと目を瞑った。


「――あ、そこのあなたちょっといいかしら? メニューのここからここまで全部持ってきて頂戴」


ガツンっっっ!!

凄まじい音が店内に響き渡った。出鼻をくじかれた遊馬がテーブルに盛大に頭を打ち付けたからだ。


「ファミレスでその頼み方する人いるんだね……」


「ケーキ屋でショーケースの中身全部一種類ずつ頼む人なら見たことがある。しかも女の子二人組。あれは最近流行りのなんちゃら映えの為か?」


最近若者を中心に流行っている写真投稿アプリ。

写真や動画に特価したSNSであり、同じ趣味同士とコミュニケーションを取ったり、思い出を投稿したりなど気軽に楽しむことができる。


「いや知らんし。とりあえず……この際頼むのは構わないが、お前ら責任持って全部食えよ……?」


「頼んだのは俺と小雛じゃなくて紅刃だぞ? なんで俺たちまで数に含める」


「連帯責任って言葉がこの世界にはあってだな? これ以上は言う必要無いよな?」


「……」


遊馬から放たれる笑顔の重圧に耐えかねた拓海は無言で頷く。すまし顔でオレンジジュースを飲んでいた小雛も流石にスルーできず、これからテーブルに運ばれてくる大量の料理の事を考えて顔を顰めた。


「大丈夫よ、小雛。私、ここ二日間まともな食事をしてないからお腹空いているの。流石にゼリー飲料とエナドリだけじゃしんどいわ」


「まーたそういう食生活してんのかよ。俺たちにはいつ戦いが始まるか分からないからちゃんと食っておけ――とか言っておきながら、自分が一番出来ていないよな」


遊馬は盛大にため息を吐いた。

窓際の席に座る遊馬は何となしに窓の外へ視線を向ける。往来する人を観察するつもりだったのだが、窓に映る紅刃の不機嫌そうな表情を見て視線を戻した。


「この間の件で色々と大変なのよ」


この間の件――【箱庭】殲滅計画の事だろう。

結局、あの計画は当初の予定とは全く違う結末で幕を閉じる結果になった。

【箱庭】の施設を学校ごと消滅。表向きではガス爆発が起きたからということになっているが、正直かなり苦しい言い訳だった。

原型を留めていないのならまだ通じるものがあるが、跡形もなく消滅しているのだから。今や【箱庭】の施設があった場所はぽっかりと空いた巨大な穴があるだけ。そこに学校があったなんて、この街に住んでいる人はともかく、何も知らない人間からすれば信じられる話ではない。


「まぁこの話はいいわ。せめて外にいる時くらい仕事のことは忘れていたい」


「戻れば嫌でも現実を突きつけられるのにな」


「こうなったのも全部ありすのせいよ。『ちょっと緊急の要件なんだけど〜、学校ごと焼き尽くして〜』……じゃないわよ!! 消しゴム貸してみたいな軽いノリで言っちゃってくれたのよ!?」


「まぁそれは考えありの発言だったんだし、紅刃だってあの後納得してただろ」


「それはそうだけど」


紅刃はテーブルに肘を付いて紅茶を啜る。

仄かな林檎の香りがふわっと広がった。


「わたしとたくみは、参加していないからよく分からないけど、色々とあったんだ」


今回作戦に参加していなかった小雛と拓海は他人事のように聞き流していた。


「とりあえずこの話は終わりよ。それで? 亜弥香と久遠を仲直りさせるのはいいけど、具体的な案はあるの?」


「一応考えてはあるが、それを話し合うためにこの場を用意したんだ」


言いながら遊馬はスクールバッグの中からクリップで纏められた企画書を取り出して配り始める。

表紙には『亜弥香と久遠のドッキリわくわく仲直り計画』と書かれており、捺印欄には何故か【軍】の諜報班代表と取締役の判子が押されていた。


「……なんで諜報班巻き込んでいるのよ。そしてよく押してくれたわね」


呆れ度100%のため息を吐きながら紅刃は企画書に目を通し始める。ページを捲るごとに紅刃の表情から感情が抜けていく。

そして最後まで読み切ると、静かに企画書をテーブルに戻し、真剣な眼差しで遊馬を見つめた。


「一言いいかしら? これは意見というより、極個人的な事なのだけど、それでも言ってもいいかしらね? と言うより言わせなさい」


最後はもうお願いではなく命令になっていた。


「何なりと」


「ならお言葉に甘えさせて言わせてもらうわ」


先程の遊馬のように、こほんと咳払いを一つ。

その刹那、遊馬たちのテーブルの周りだけ温度が幾らか上昇した。


「……くれは?」


ゆらりと企画書を片手に立ち上がった紅刃。

小さな身体から放たれる異様なまでの殺気は店内にいる客や店員の視線を釘付けにする。

遊馬も、拓海も小雛も、無言で立ち上がった紅刃のことを見上げて言葉を待つ。よくよく見ると、企画書を握る紅刃の手がわなわなと震えていた。


「遊馬、あなたね……!!」


凄まじい速度で企画書を遊馬の顔の目の前に突きつける紅刃。さほど長くない遊馬の髪が風圧で踊る。

力任せに握りしめられている遊馬の企画書の上部分はぐしゃぐしゃになっていた。


「普段の仕事じゃまともな企画書提出したこと一度も無いくせに何よこの非の付けようのない企画書は!? そりゃ諜報班も普段クソな企画書ばかり見せられていたのだから遊馬がこんなまともな企画書持ってきたら感激のあまり内容なんて二の次で判子押してくれるでしょうね!? 遊びに全力になるのは構わないわ。でもその努力を少しは仕事に回しなさいな!!」


捲し立てるように言い遂げると、紅刃はぜぇぜぇと息を吐きながら席についた。

それとほぼ同時に今度は遊馬がゆっくりと立ち上がり、満面の笑みでガッツポーズを決める。


「はっはっは!! 遊びだからこそ全力になれる!!」


そして高らかと宣言するのだった。


ビュン――ッッッ!!

おそらくそれを視認することが出来たのは遊馬と拓海と小雛の三人だけだろう。

他の人は事が過ぎ去った今で尚、何が起きたか気づいていない。そもそも何か行動を起こしたことにすら気づいていないのだろう。


「……」


顔を動かして天井を見上げる。

そこには十円玉を二枚重ねたくらいの穴がぽっかりと空いていた。テーブルに常設されていたフォークを常人には視認できない速度で紅刃が投げたのだ。


「何か……言いたいことはあるかしら?」


「いえ無いです。これからはまともに書きます」


「よろしい。折角諜報班の連中が判子を押してくれたんだしこのままいきましょうか」


そして紅刃の鶴の一声で話し合いなどするまでもなく今後の予定が決定するのだった。



to be continued

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