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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
~初夏~ 崩れ始める日常
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第43話『仲違い』

「――で、あるかして、この問題は――」


昨夜あんな事件があったというのに、御陵学園は休校になることなく、平常通りの講義が行われていた。

それに対して文句を言う生徒が少ないのは進学校という理由があるのかもしれない。遊馬の視界に入るだけざっと10人近くは机に伏せって眠っているわけだが、大半の生徒は教師の話を聞きつつ、ノートにシャーペンを走らせていた。


「ふっふっふー♪」


「……何してんだお前」


眠っている10人の中に入っている拓海は、無駄に上機嫌な久遠に(もてあそ)ばれていた。

一応後先は考えてはいるようで、水性のマジックで拓海の顔に髭やら眼鏡を描いて遊んでいる久遠。子どもっぽいイタズラなわけだが、妙に微笑ましい光景に遊馬は微笑する。


「……散花さん、あとで、たくみに怒られても知らないよ?」


とは言いつつも、小雛もそれなりに楽しんでいるようで久遠を止めることは無かった。

拓海に落書きして遊んでいる久遠をいつもより少し柔らかい表情で眺めながら、小雛は鞄の中から墨汁と筆を取り出した。


「……って、ちょっと待て」


硯に墨汁を垂らし、墨を削り始めたあたりで遊馬はようやく頭が働きだしたのか、無心で墨を削る小雛にストップをかけた。


「お前はなんだ? 数学の授業中に書道でも始める気か?」


「……?」


「いや、当然でしょ? って首を傾げられても困るんだが。俺の方が首を傾げたい気持ちでいっぱいなのね、分かる?」


小雛はしばらく考え込んだ末、こくんと頷いた。

何をそこまで考える必要があったのかは分からないが、何かしらの葛藤が小雛の中にあったと思われる。


「……わたし、書道の講義取ってるの。宿題あったの忘れてた。だから今のうちにやっておく」


「……どうせ次昼休みなんだからその時にやれよ」


「昼休みは、みんなでご飯。わたし食べるの遅い」


転校してきたばかりの頃の小雛は遊馬と拓海以外と交流を持つことを極力避けていたが、時間が経つにつれて少しずつ心を開いてきたようで、亜弥香と久遠の二人に関しては男二人組とさほど変わらない接し方をしている。


「それにほら、中庭で食べるでしょ?」


「ああそうか。外だと半紙が風で飛ぶか」


「ううん、うさぎに食べられちゃう」


「……ヤギと勘違いしてないか? ていうか……昼飯か。すっかり忘れてた」


昼飯という単語で何かを思い出したらしく、遊馬の表情はみるみると悪くなる。そして誰もいない隣の席に顔を向けて盛大にため息を吐いた。


「なぁ、久遠。いつになったら亜弥香と仲直りするんだよ?」


本来、遊馬の隣にはどの講義でも亜弥香が座っている。しかし今週に至っては一度たりともそうなることはなかった。

全ての授業で亜弥香は遊馬たちから離れた位置に座って講義を受けており、昼休みも遊馬たちとではなく、クラスの友達と行動を共にしていた。


「亜弥香のことなんて知らない。向こうから謝るまで絶対に許さない」


亜弥香がこの場にいない理由。それは先週教室でした喧嘩が主な原因となっている。

どちらが悪いと言われれば亜弥香のだろう。しかし、亜弥香は久遠の為を思って怒ったのだから完全に悪とは言えない。結局のところ、どちらかが一言謝れば済む話なのだ。それをしないのはお互いの意地がぶつかり合っているからとしか言えない。


「俺はその日休んでたし、お前らから聞いた話でしかこの事は知らないけどよ……いつまでも仲違いしてるのも間違っていると思わないか? ここ一週間会話してないだろ」


「……一回だけ話した」


あの【箱庭】殲滅計画の時、久遠は一度だけ亜弥香と会話を交わしている。会話と言ってもキャッチボールは出来ていない。壁当てをするような一方的なものだった。


「その時にどうにかしようと思わなかったのか?」


「あの時はそういう状況じゃなかったから」


久遠はあと時、ありすに言われるがままに亜弥香と共に学校から脱出しただけ。それ以上のことは何一つしていない。


「一応言っておくが、久遠が俺たちの家にいること自体は構わないんだよ。楽しい毎日を過ごさせて貰っているからな」


「わたしも、散花さんとの生活は楽しい」


珍しく小雛も会話に参加してくる。

ふと遊馬が半紙を覗き込むと、そこには『殺』の一文字が書かれていた。この子は一体何を思ってその一文字を書いたのだろう。宿題のテーマはそんなにもダークなものだったのか。


「たくみと、散花さん見てるのが、面白い」


「ちょ、それどういう意味」


「わたしは、恋が良く分からない」


そこで一旦言葉を区切ると、小雛は墨汁を乾かすために半紙を手に取ると、ひらひらと空中を泳がせる。

『殺』の文字が宙を踊る。何故だがとても悲しい気分になる遊馬と久遠。


「散花さんは、たくみに恋してる。恋をするって、どういう気持ち? 胸がぽかぽかして、気持ちいいの?」


「んー、そうだね。ぽかぽかした気持ちになれるよ。でもそれだけじゃない。相手が自分のことをどう思っているかとか考えると苦しくもなる。一方的な好意は自分自身を苦しめるだけかもしれない」


久遠は拓海の事が好き。

ならば拓海は久遠のことをどう思っているのか。


「――不安? でもきっと大丈夫」


「……何を根拠に?」


「わたしは、ずっとたくみとゆーまと一緒に生きてきた。だから、分かるよ。たくみも散花さんのことが気になっている」


こんな話をしているのにも関わらず、拓海は微動だにせず眠り続けている。

そんな拓海を見る久遠の目は恋する乙女そのもの。拓海の顔に落書きがなければ絵になりそうな場面だった。


「……拓海も私を気になっている、か。そうだといいな」


愛おしい人を見る久遠の瞳。

遊馬と小雛は自然と目を合わせて一つ頷いた。お互いの口元がほんの少しだけ吊り上がる。久遠と拓海をくっつける為の手助けをすることに決めたらしい。


しかしそれをやる前に亜弥香の件がある。

まずはそちらの問題から解決するべきだろう。久遠と拓海の件はその後でも問題は無い。それにもし仮に二人がくっつくことになったとしたら、祝福してくれる人は多いに越したことはない。


「ところで小雛、私突っ込むべきかすごく悩んでいたんだけど、なんで『殺』?」


この話はおしまいと言うように久遠は話題を変える。


「これ? 特に意味は無いよ。漢字一文字書いてこいっていう課題だったから」


「そうなんだ。私だったら……『恋』って書くかな」


「『一』でいいな。棒線引くだけだし」


めんどくさがり屋な遊馬は小雛から筆を取ると、新しい半紙に棒線を書く。もし仮にこれで提出したら最低評価を貰うこと間違いない。


「拓海だったらなんて書くかな?」


「『寝』か『眠』の二択だろ」


「違いないね」


三人揃って声を抑えて笑う。

水性のマジックで久遠が拓海の額に『眠』の文字を書くと、遊馬は耐えきれないというように盛大に吹き出した。


「……」


そんな三人を遠くから眺める亜弥香は大きくため息を吐いた。

真面目に授業を受けているように見えるが、ノートには一文字を綴られていない。これっぽっちも授業に集中出来ていない様子だった。


「……みんなと授業受けたいな」


小さく呟いた声は誰の耳にも届くことなくひっそりと教室内の空気に溶け込んでいくのだった。



to be continued

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