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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
~暮春〜 変わり始める日々
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第42話『春の終わり』

「――たくみ、見て。綺麗だよ」


遊馬と久遠の帰りを待ちながらのんびりと外の景色を眺めていた小雛は少し興奮気味にキッチンで夕飯を作っている拓海に声を掛ける。


「綺麗? 何が」


「見てみれば分かるよ」


火を止めて拓海は小雛の側に行く。

そして新しいおもちゃを買って貰った子どものように目を輝かせている小雛の視線を追って空を見上げた。


「……は?」


そこにあった景色を一言で例えるなら――終焉。

地上から天に向かって伸びる紅蓮の焔。夜空が紅く燃やされていた。

異変に気づいた近所の人の悲鳴に近い声が至る所から聞こえてくる。窓を閉めていてもこれほどまでに声が届くのだから、この悲鳴の波紋のように連鎖して広がっていくのだろう。


「これは……紅刃の《血染めの終焉(ブラッディ・カ)を謳いし紅焔(タストロフィー)》か? またドでかい花火上げてるなぁ」


「……花火ってレベルを通り越していると思うけどね。ゆーまの用事ってこれのことだったんだね。ありすもあそこにいるのかな」


「ありす? ありすってあのありすか? へぇ、帰ってきていたんだな。ミアと誠士郎(せいしろう)は?」


「さぁ? わたしはこの間学校でありすと会えただけ。せいしろーがどうしてるのかは知らないよ」


「あの二人が戻って来ているなら誠士郎もこの街にいそうだけどな。その辺の女の子捕まえて遊んでそうだ。あいつ無駄にイケメンだからな」


燃える空を見上げながら拓海と小雛は序列第四位である風原(かぜはら) 誠士郎(せいしろう)のことを思い浮かべる。

紅い空に彼の顔を映して何を考えているのか、二人の表情は段々と怒りの色に染まってきていた。彼に対しては積もるものがある様子だった。


「半年くらい前だったかな。せいしろーがわたしを口説いてきたのを思い出したらすごくイライラしてきたよ」


「ああ……一晩の関係でいいんだぜってキメ顔で言っていたあれか。横で聞いていたがあそこまで直接的な口説き方をしている奴を見たのを初めてだった。あれでモテるんだから不思議でならない」


半年前というと拓海たちはまだこの街にはいない。

もっと遠い別の街で任務にあたっていたのだが、ちょうどその時のメンバーが遊馬、拓海、小雛、誠士郎の四人だったのだ。

任務と言っても今回のように長期にかけてじっくりと遂げるものでそれなりに自由はきいていたのだが、この街よりも田舎で、遊べる女の子が少なかったからという理由で誠士郎は小雛を口説いていた。


「わたし、ゆーまのこと好きなのに、せいしろーしつこいから死ねばいいって思ってた。男なんだから、それくらい察してほしい」


「誠士郎はお前が遊馬のこと好きってのを知っている上で誘っていたと思うぞ? あいつ可愛い女の子には目がないからな」


「尚更死ねばいい……って、たくみはわたしのこと可愛いって思ってるの?」


特に意味もなく言った拓海の言葉が引っ掛かったのか小雛は首を傾げて「詳しく」と、目で訴えかけてくる。

海のような蒼い瞳は答えるまで離さないと言わんばかりに拓海の瞳の奥深くを見据えていた。


「可愛いだろ」


さも当然のように拓海は答える。

その瞳に揺らぎは無く、事実をそのまま口にしていることは明らかだった。


「そんじゃそこらの女の子より小雛は断然可愛いと思う。昼休みとかに教室に来るとクラスの男子の大半はお前のこと見てるぞ。ありゃ間違いなく見惚れてる」


「じゃあなんでゆーまは見向きもしてくれないの?」


「……」


迂闊な発言だったと気づいた時には遅かった。

大して暑くもないのに全力ダッシュをした後のように全身から汗が吹き出し、喉がカラカラと乾いてしまったのか拓海は返事に詰まる。

まさしく危機的状況。今の拓海にとって、街に上がる紅蓮の焔よりも目の前の状況の方に命の危険を感じていた。


「……そりゃあ……あれだ。あいつに小雛を見る目がないんだよ、きっと。そうに違いない」


「心にも思ってないことを言うのはやめよ?」


「……」


苦し紛れの発言が余計に拓海の首を絞める。

まるで毒蛇に巻き付かれているように全身が小雛の冷たい視線に締め付けられ、首筋には牙が突きつけられていた。

あと一言でも余計なことを言えば、小雛の憤怒に触れることになってしまうだろう。


端的に言うと、拓海は死を覚悟した。

迂闊な発言がここまでの事態になると想定していなかった拓海は諦めたかのように再び空を見上げる。


紅く燃え上がる空は徐々にその範囲を狭めていた。天に伸びる焔も弱まってきている。焔が完全に無くなる頃にはそこにあったものは例外なく消滅しているに違いない。

いっそのこと、あの焔が消える前に飛び込めば、愚かな発言をした自分の存在ごと消滅することが出来るのではないかと拓海は切に思う。


「……たくみはさ、一晩の関係でもいいから、わたしとそういうことしたいって思う?」


「……は?」


あまりにも突拍子のない発言に今しがた考えていたことが全て霧散する。


「いや、え? どうした突然」


「わたし、自分の容姿を気にしたことなかったから」


「容姿と肉体関係に何の関係があるんだ?」


「男の子は可愛い女の子が好きなんだよね」


「それは人によるかと」


「というと?」


首を傾げる小雛に拓海は言葉を続ける。


「男が誰しも容姿で判断するわけじゃないし。少なくとも俺は相手の内面を見る。容姿も大事だとは思うが、やっぱり将来的なことを考えるなら内面も必要不可欠だからな」


「ゆーまは、どっち?」


「いやそれは直接聞かないと流石に分からない」


まぁそうだよね。と、小雛は答え、元の色を取り戻していく空を拓海と眺める。

遠くから聞こえてくる消防車のサイレンの音と老若男女の叫びや悲鳴。それらを聞いても二人は何も感じることは無いようで淡々と会話を続けた。


「お前の質問の答えだが」


「うん」


「正直に答えるなら俺だって男だ。可愛い女の子は好きだし、小雛のことは昔から知っている。そういうことをしたい気持ちが無い訳ではない」


「そっか」


短く答えてため息を吐く。

拓海の答えに呆れた訳ではなく、単に遊馬もこれくらい正直だったら良かったのにと思っているのだろう。


「もしかして……ゆーまはわたしがロリ体型だから興味が無いとか……?」


「いやそれは無い……と思う」


「……」


断言することが出来ず、リビングには再び気まずい雰囲気が流れ始める。

思い返してみれば遊馬が寝ている時に布団に忍び込むやら、お弁当のおかずを遊馬の分だけ少し多めにするやら、さり気ないアプローチを続けているわけだが、遊馬は全く気にしている様子はなかった。


「……俺、夕飯の支度して来ていいか?」


「……うん。いいよ。わたしはもうしばらく空でも眺めていることにするよ」


重たい雰囲気のまま、拓海は小雛の側を離れる。

哀愁を漂わせている小雛だが、あと数分もすれば元に戻っているだろう。


「……ん?」


エプロンを再び付けたタイミングでスマホに着信が入る。画面に映し出されている名前は『散花』の二文字。拓海はほんの少しだけ気分を明るくして通話ボタンをタップする。


『ごめんねー。予定が少し早く終わったから一緒に夕飯食べれると思ったんだけど間に合うかな?』


「おー、今ちょうど作っている最中だ」


『ほんと? 今日の夕飯は確か拓海が作るんだよね? 私拓海の作るご飯好きだから楽しみ!』


「そりゃ光栄だ。あと何分くらいで帰れそうだ?」


『30分以内には帰ると思うよ! 遊馬はいるの?』


「あー……多分あいつも散花と同じくらいには帰ってくると思う」


空に舞い上がる焔はもう消えていた。

これほどまでにドでかいことをしでかしたのだからやる事などもう残っていないだろう。


『みんなで夕飯食べれそうだね! じゃあ電話切るね。また後で!』


「おー」


電話を切って拓海は首を傾げる。

拓海は久遠が突如街に上がった焔のことで電話をしてきたのだと思っていた。


「……散花は焔に気づいていなかったのか?」


きっと街中どこもかしこも騒がれているに違いない。実際電話越しに大勢の人の声が聞こえていた。

そんな状況下で夕飯のことを訊ねてくる久遠。普通の人とは感性が違っているのか、単に興味が無いだけなのか。


「まぁどちらでもいいか。散花の為に美味い飯を作ることにしよう」


そしてまた拓海もまたその手のことは気にしないタイプの人間だった。故に深く考えることはしない。拓海にもう少しまともな感性があれば、何かがおかしいと感じることが出来たはずだ。


もうじき春が終わる。

彼、彼女らの偽りの関係はいつまで続くのだろうか。



to be continued

心音です、こんばんは。

暮春編は今回の話で完結となります。次回から初夏編が始まり、しばらくはのんびりとした話が続きます。久遠と亜弥香をそろそろ仲直りさせないといけませんしね!

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