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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
~暮春〜 変わり始める日々
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第40話『撤退』

「――はぁ!?」


胡桃の攻撃を捌きながら電話をする遊馬は開口一番そんな素っ頓狂な声を上げた。


「っておい!! ちょっと待――ああ!? 何なんだよ!?」


察するに、電話相手から一方的に何かを言われて電話を切られたらしい。

戦闘中にあげるような声ではなく、緊張感の欠片も無いせいで対面する胡桃もやる気が削がれたのか手を止めて遊馬を見上げた。


「なになに? 戦闘中に呑気に電話に出たと思ったらそんな声出して。そんなに驚くような内容だったの?」


「……撤退しろって言われた」


「は?」


おそらく素で出たであろうその反応に遊馬は同調していた。胡桃よりも撤退を聞かされた張本人である遊馬の方が数段階その驚きが大きい。

【軍】の代表である紅刃に撤退と言われてしまえば、遊馬はそれに逆らうことは出来ない。


「え? ごめん、なんで? 遊馬っち達の目的は【箱庭】を壊滅まで追いやることじゃないの? こう言ったら負けを認めるみたいで嫌だけど、状況的にはそっちが圧倒的に有利に立ってるよね。ほぼほぼ勝ち確の状態で撤退する理由が分からないんだけど」


「俺だって分からないわ。とりあえず撤退してもいいか?」


「ええ……? 私に許可取るの?」


「まぁ、礼儀は必要かと」


これ以上戦うつもりはないという意思表示なのか、遊馬はナイフを鞘に収める。

それを見た胡桃は絶好のチャンスだと一度ナイフを持つ手に力を込めたが、すぐに力を緩めて遊馬と同じようにナイフを下ろした。


「私たち、仮にも殺し合っていたんだよね? いいの? これでさ」


「いいも何も、胡桃だってもう戦う気無いんだろ。だったらお互い様だ。まぁ、正直言うと、ここで一方的に俺のことを殺そうとしてくれた方が後々楽だったんだけどな」


遊馬はそう言いながら胡桃に背を向ける。

殺し合いの場において取ってはならない行動。だが胡桃はがら空きの背中を見てもその場から動くことも、《能力》を使うこともなく、代わりに言葉を投げかけた。


「何をするつもりなの?」


「……」


主語のない質問に遊馬は無言を返す。

窓の外から射し込んでくる赤い月の光が廊下に立ち尽くす二人の影を揺らしていた。


遊馬は体を再び胡桃の方へ向ける。

濁ったような紅い瞳が胡桃を捉えた。感情を悟らせないために瞳の動きは最小限に。貼り付けたような笑顔は胡桃に緊張感を与える。


永遠にも思える時間、遊馬と胡桃は見つめ合う。

ただ実際は一分も満たない時間見つめあっているだけだけ。でも胡桃にとってそれは果てしなく長い時間だったのは確かだった。


「何をするつもりだと思う?」


永遠に終止符を打つように遊馬が口を開く。


「質問を質問で返すのはマナー違反だよ。でもそうだね、きっと遊馬っちはそんなこと承知でわざと返してきた。だったら私は私の考えを述べさせてもらうよ」


「……」


遊馬は再び無言を返した。

話してみろ。そう言っているのだろう。

それを読み取った胡桃は近くの窓を開けて、空に浮かぶ赤い月を見上げた。


「遊馬っちはさ、この街が好き? 私は好きだよ。長い間住んでいて愛着があるからとか、特別な思い出があるとか、そんな綺麗な理由は無いけどね」


「へぇ? じゃあ何が好きなんだ?」


質問の答えより、胡桃の話の方に興味を引かれたらしく、遊馬は胡桃の隣に歩み寄った。

敵同士が並んで会話をするという歪な光景。でもこの場にそれを咎める者は誰一人としていない。


「私が好きなのはね、この街に住んでいる人々の笑顔だよ。みんなが楽しそうにしているのを見るのが私は好きなんだ」


「笑顔、ね。綺麗な理由じゃないか。お前が【教会】に所属している理由が何となく分かる」


「私には正義感なんて大それたものは無いけどね。そういう意味でなら私は【教会】よりも【軍】の方が似合っている」


儚げに呟いてため息を吐く。

【教会】に所属している人間に聞かれたら大変なことになりそうなことを平気で口にする胡桃。

だからこそこの言葉に続きがある。そう思った遊馬はあえて何も言わずに胡桃が再び口を開くのを待った。


「でも、あなた達【軍】がこの街を滅ぼそうとするのであれば、私はこの手を血で染めてもこの街を守るだけ」


「……なんだ。俺たちが何をしようとしているのか分かってるじゃないか」


遊馬は楽しそうに笑っていた。

その笑いが不快だったのか、胡桃は顔にほんの少しだけ苛立ちを顕にするが、視線だけは変わらず空を見上げていた。


「大量の人間を街ごと殺そうとしているのによく笑ってられるね。遊馬っちには人の情ってものが欠けてるんじゃないの?」


「そんなものはとうの昔に捨てた。俺にも、お前にも、情なんて必要ない。俺たちの仕事は人殺しみたいなものなんだから邪魔なだけだろ」


「じゃあ遊馬っちは自分の大切な人を殺せって命令されてもそれを実行することができるの?」


「必要ならば殺す」


淡々と答える遊馬。冗談ではなく本気で言っている。

そもそも遊馬はこれまでそういう生活しか送っていないから分からないのだ。

大切な人を守ろうとする気持ち以前に、大切とは何なのか、それすらも分かっていないかもしれない。


「最低だね。人間として最低だよ」


「そういう生き方しかしてこなかったんだ。最低と言われようと今更生き方を変えることなんてできないし、するつもりもない」


「じゃあどうして今、私とこうして話をしてくれているの? 殺せばいいじゃん」


真面目な視線を遊馬に向ける胡桃。

胡桃の言うことは何も間違っていない。こうして会話をしていること自体がイレギュラーと言っても過言ではないのだから。


「今お前を殺す理由が無い。それに俺は会話をするのが好きなんだよ。今まで仲間としかまともに会話なんてしたことがなかったからな」


「……あっそ」


呆れたのか、はたまた別の理由なのか、胡桃はたった一言そう答えて窓から離れる。


「私さ、この赤い月好きじゃないんだよね。【軍】の誰かの《能力》でしょ? 解除するように言ってもらってもいいかな」


「……は? この空間を創っているのはそっちだろ?」


「え?」


お互いの反応に相手を騙そうとする意図は無い。

だから、何かがおかしい。そう気づくのは早かった。


「……どういうこと? 私はてっきり【軍】が仕掛けてきたって思っていたんだけど」


「そっくりそのまま同じセリフを返してもいいか?」


遊馬がそう言うと、胡桃は何かを考えるように俯く。

考えを纏めているようで、遊馬は律儀に胡桃が顔を上げるのを待った。


「……遊馬っちさ、このまま帰るんだよね?」


「帰るというか、仲間と合流してどうするか決める感じだな。ああでも、この学校からはすぐに離れる。胡桃も俺たちが街を壊滅させるのを止めたいのであれば今すぐここから離れた方がいい。あと数分でこの学校は《血焔姫(ブラッドクイーン)》によって跡形もなく消滅させられる」


「随分と親切だね。私たちは敵同士のはずだよ。死んでくれた方がいいんじゃないの」


正論を言われて遊馬は押し黙る。

しかしすぐに表情を崩してこの場に合わない笑顔を浮かべる。しかしその笑顔を見た胡桃の表情は逆に凍りつく。まるで人の心に隠された闇を覗いた時のような反応だった。


「殺したい時に殺す。今は気分じゃないんだ。これ以上長話してると怒られるからまた会おうな、胡桃」


笑って告げる遊馬に胡桃は底知れない恐怖を覚えた。

自分が今生きていること。それはただただ運がいいだけだということを思い知らされた。


「次会う時は友達になれるといいね」


それでも恐怖を顔に出さないようにと胡桃はそんな冗談を口にした。

遊馬はそれに答えることはなく、そのまま窓の外へと飛び降りる。胡桃は何気なく窓の下を覗いたが、そこに遊馬の姿はもう無かった。



to be continued

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