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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
~暮春〜 変わり始める日々
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第32話『恋愛』

「……んー、朝か」


カーテンの隙間から差し込む朝の日差しがまだ半分眠っている遊馬の意識を覚醒させる。

目を擦りながら起き上がった遊馬は掛け布団が妙に膨らんでいることに気づく。同時に布団の温もりとはまた別の温もりを感じ、ああまたこのパターンかと掛け布団を捲った。


「すー……すー……」


そこには案の定と言うべきか、遊馬に抱きついて心地良さそうに眠っている小雛の姿があり、遊馬は我が子を見る母のように優しい目で小雛を見る。


「普段から今みたいに表情を和らげておけばいいのにな」


起きている時の小雛は無表情の塊みたいなものだ。

特に遊馬と拓海、二人の前以外では表情の変わらない人形のよう。たまに笑うことはあっても、その笑顔の大半は人を殺している時。

任務を全うする為に、人を殺すことを幼い頃から叩き込まれるせいで小雛のような人間が出来上がってしまうのはよくある話だ。


人を殺すのに感情はいらない。

感情は躊躇いを生み、自らを危険に晒す。

それで死んでしまうようなことになってしまったら元も子もない。


「まだ当分起きそうにないな」


幸いにも今日は休日。がっつり二度寝しても誰にも咎められることはない。

【箱庭】殲滅計画のことで少しばかりやることがあった遊馬だが、小雛を起こすのは申し訳ないと思い、もう一眠りしようと布団を掛け直そうとしたその瞬間だった。


「遊馬ーーー!! 朝だよーーー!!」


破壊されるんじゃないかと思うほど勢いよく開け放たれたドアから、朝とは思えないほどハイテンションな久遠が部屋に飛び込んできた。


「……お前、朝から元気だな」


ため息を吐きながら遊馬は再び起き上がる。

久遠の声で流石に小雛も目を覚ましてしまったらしく、眠そうに布団の中から顔を見せた。


「……?」


まだまだ眠たいらしく、目の焦点があっていない。

メトロノームのようにゆらゆらと揺れる小雛は最終的にかくんと倒れた先にあった遊馬の膝の上に落ち着いてそのままスヤスヤと寝息を立て始める。


「なんか本当の兄妹みたいだね、二人共」


遊馬を離すまいと寝巻きの袖を掴んで離さない小雛。

久遠の浮かべる表情は慈愛に満ちた聖母のように優しいものだった。


まだもうしばらく起きることができないと判断した遊馬は小雛の頭にぽんと手を置き、髪の毛の流れに沿ってゆっくりと撫で始める。

すると小雛は、まるで遊馬に撫でられているのが分かっているかのように、安心しきったような表情を見せた。


「血は繋がっていないが、可愛い妹だよ。久遠はこんなにも感情が宿っている小雛を見たことないだろ?」


「うん。初めて見た。普段からこうならいいのにね」


「それは俺もいつも思っているよ。けど、小雛は完全に信用している人間の前以外では感情を殺している。勿体無いよ、本当にな」


小雛だって【軍】に所属しているということを除けば何処にでもいる普通の女の子なのだ。でも、一度落ちてしまえばもう普通の女の子に戻ることはできない。


それは二度と這い上がることの出来ない底なしの沼。

落ちて、落ちて、落ちて落ちて落ちて。落ちた先に待つのは永遠の闇。光を求めることなくさ迷い続ける。それが今の小雛だ。


「――遊馬、朝飯……久遠もいたのか」


「おはよー、拓海」


「ういっす」


自然な流れで部屋に入ってきた拓海と挨拶を交わす。

遊馬の膝の上で眠る小雛を見つけ、朝ごはんはまだ食べれないと察したらしく、部屋の真ん中に置いてある小さなテーブルの前に腰を下ろした。


「普段から眠そうにしてるから休日は爆睡かと思ったけど、随分と早起きなんだね?」


「腹が減っては睡眠は出来ぬって言うからな」


「それ言うなら戦だよ、戦。まぁでも確かにお腹空いてると寝るに寝れないよね。私いつもそんな感じだから夜中にお菓子食べちゃう」


「太るぞ」


「遊馬、それは禁句。女の子に対してのデリカシーってものが欠けてる」


「……今のは明らかにツッコミ待ちだっただろ」


「拓海までそんなこと言うんだ。けど私、全然太ってないよ、ほら」


そう言いながら久遠は何の躊躇いもなく服を捲った。

すらっとした細いお腹周り。自分で言う通り、太ってはおらず、痩せすぎてもいない女の子として理想の体型だった。


「……久遠って処女?」


「デリカシー!! デリカシーの欠片すらも感じない質問過ぎないかな!!?」


顔を真っ赤にして久遠は叫ぶ。

しかしすぐに小雛がまだ眠っているということを思い出し、慌てて口元を手で抑えると遊馬の膝の上を凝視する。


「……すー」


「ほっ」


変わらず寝息を立てていることに安堵の息を吐き、久遠は遊馬をキッと睨みつける。

羞恥で赤くなった顔で睨まれたところで何の怖さもなく、遊馬は声に出して笑いたい衝動を小雛に遠慮して必死に堪えていた。


「……散花は処女か。覚えておこう」


「ちょ、拓海?」


まさか拓海が会話に参加してくるとは思っていなかったらしく、久遠は先程よりも顔を赤くして呆然と拓海を見ていた。

知られたくないことを知られてしまったような、けど知ってもらえて嬉しいような、そんな複雑な感情に恥ずかしさが混じった恋する乙女そのものの反応に、妙なところで勘の鋭い遊馬は、久遠は拓海のことが好きなんだなぁと察する。


「そういえば拓海。お前この間彼女欲しいとか言ってたよな」


「は? そんなこと一言も――」


「そそそそうなの拓海!?」


勉強机の椅子に座っていた久遠は物凄い勢いで拓海の元へ迫った。あまりにも必死なその行動力と有無を言わせぬ表情に、拓海は遊馬の発言を否定することが出来ず、勢いのまま頷いてしまった。

すると途端に久遠の表情が雨上がりの空のようにぱぁーと明るくなる。雲の間から射し込む一筋の光が久遠の進む道を示すように、遊馬から与えられたチャンスを逃すまいと久遠は拓海に迫る。


「あのあのあのさ、拓海……? 彼女欲しいって本当に本当?」


「あ、ああ。俺くらいの歳の奴らならみんな似たようなことを思っているんじゃないか?」


それっぽいことを言って誤魔化そうとした拓海だったが、否定というよりは肯定の方に捉えられる言い方のせいで久遠のテンションは上がっていく。


「じゃ、じゃあさ? 友情発恋愛行きって好き?」


「何の用語だそれは」


「主にエロゲの批評空間で使われるキーワードだな」


懇切丁寧な遊馬の説明に久遠は頷くと、答えを求めるように、じーっと拓海のことを見つめる。

無言を貫いてこの場を乗り切ろうと思っていた拓海は久遠の必死さに折れ、ベッドで声を抑えて笑っている遊馬に殺意を送りながらため息を吐いた。


「好きか嫌いかで問われれば好きだと思うが、普通、恋愛って全部友情から発展していくものだよな」


「身体から始まる関係もあるよ?」


「……真顔で答えられても困るんだが、とりあえず散花。お前は結局のところ俺にどうして欲しいんだ」


このまま話をダラダラと長引きかせたところで何も進展はしないだろう。遊馬が撒いた種とはいえ、回収するか、水をあげて芽を出すかは久遠と拓海が決めること。


「……えーっと、その改めて思うと、何で勢いでこんなこと言おうとしているのかって感じなんだけど……ええいもう!! こんなうじうじするのは私らしくない!!」


ついに覚悟が決まったらしい。

口調こそふざけていたものの、その瞳は真っ直ぐ何の迷いもなく拓海のことを見つめていた。


「拓海、私と――」


まさに告白をしようというそのタイミング。

まるで狙っていたかのように着信音が遊馬の部屋に響き渡った。

音の発生源は久遠のポケットからのようで、何でこんな時にマナーモードにしていなかったかと後悔しながらスマホを取り出した。


「こんな朝っぱらから誰――え?」


スマホの画面を覗き込んだ久遠は戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに我に返ったのか通話ボタンをタップして部屋から出ていった。

遊馬と拓海は訝しげに顔を見合わせてから久遠の通話が終わるのを待つ。


「……ごめん」


それから数十秒もしないうちに久遠は部屋に戻ってくると、申し訳なさそうにそう呟いた。


「ちょっと出掛けてくる。お昼過ぎには帰ってこれると思うから昼ごはん作っておいてくれると嬉しいな」


必死になって笑顔を作ろうとしているのが痛いくらい伝わってきて、遊馬と拓海は無言の頷きを返すことしかできなかった。


「それじゃあ……行ってくるね」


遊馬たちの返事を待たずに久遠は部屋から飛び出していった。



to be continued

心音ですこんばんは!

最悪のタイミングで電話を掛けてきたのは誰なのか?次回は【教会】サイドになり、新キャラが登場予定です!

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