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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
~暮春〜 変わり始める日々
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第29話『笑顔』

「…………は?」


疲れきった表情で玄関を開けた遊馬は、何処から調達してきたのか分からない黒と白のオーソドックスなメイド服を身にまとった久遠の姿を見て素でそう言葉を発していた。

尚、ヘッドドレスからガーターベルトまで完璧なメイド姿になっていた久遠は遊馬のその反応にご満悦のようで、ニコニコと笑顔を浮かべたままご定番のあのセリフを口にしていく。


「おかえりなさいご主人様!! お風呂にする? ご飯にする? それとも――」


「飯だ。腹減った。いやそんなことよりも、どうして久遠がここにいるんだ?」


遊馬の疑問は当然のことだろう。

ここは遊馬たちの家であり、久遠というメイドを雇った記憶も無ければ雇う理由もない。家事から何まで遊馬だけではなく拓海と小雛だって完璧にこなすことができる。

故に、変なところで真面目な遊馬は、何故この場に久遠いるのか。いや、いるのはさほど問題ではないのだろう。何故メイド姿でいるのかを真剣に悩み始める。


「――それは、わたしから説明するよ、ゆーま」


「おお小雛。なら説明を――って!!」


リビングの方から現れた小雛の姿を見た遊馬は堪らず叫んでいた。


「なんでお前までメイド服着てるんだよ!!」


ピンクと白のキュートタイプなメイド服。久遠が着ているものよりもフリルの量が多く、たくさんのリボンを使っていて可愛らしい。正統派――とは明らかに言えないが、コスプレをする分ならばこの程度許されるだろう。

普段あまり可愛い格好をしない小雛がこんな姿になっているだけでも充分新鮮であり、何だかんだ遊馬も喜んでいるらしく笑顔を浮かべていた。


「となるとあれか? 拓海のやつは執事服で出迎えてくれるってわけだな?」


こうなったらこの状況を楽しんでしまおうと期待に胸を膨らませる遊馬。普段は小雛と同じくこういう事に興味が無さそうに見える拓海だが、ああ見えて実はかなりノリがいい方だったりする。


「遊馬の期待が最大値まで高まったところでー!! 拓海ちゃん(・・・・・)の登場です!!」


「……」


たらり。遊馬の背中に嫌な汗が伝った。

笑顔は無理矢理貼って付けたような曖昧なものに変わり、カラカラと乾いた喉からは言葉が発せられることは無い。

小雛が出てきたところから拓海がゆっくりとその姿を明らかにしていく。完全に思考停止してしまった遊馬は顔を逸らすことが出来ず、そのあまりにも醜い拓海の姿を直視することになってしまった。


「――おかえりなさいませ、ご主人様」


――魅惑声質(イケボ)――。

男女問わず人を魅了する声のことを言う。

久遠と同じタイプのメイド服を身に纏った拓海から放たれた麻薬のように溶け込んでくるそのセリフは遊馬の心を落とすのに充分な効力を――


「――はっ!!??」


だがここで遊馬、すんでのところで我に返る。

その場にしゃがみ込み。頭に手を当て自分の愚かさを反省する遊馬を拓海は見下して嘲笑する。

拓海も拓海でこの状況が面白くなってきたのか、しゃがみ込む遊馬に近寄ると、そっと肩に手を置いた。


「随分とお疲れのようで。私が癒して差し上げましょうか?」


「死ねっ!! 無駄なイケボで俺を落とそうとするなっ!!」


パシッと拓海の手を払って遊馬は立ち上がる。

言いたいことは色々あるようだが、お腹が空いているのは事実なようで、帰ってきた時よりも疲れきった表情で遊馬はリビングに向かった。


「んで、どうして久遠だけがここにいるんだ? てっきり亜弥香もいるもんだと思っていたんだがそういうわけでも無さそうだし」


ふかふかのソファーに腰を下ろして一息ついたタイミングで遊馬はメイド服姿の三人よりも気になっていることに触れた。

途端に久遠の表情から感情が消える。それを見た遊馬は何となしに状況を察したわけだが、それ以上何も言わずに久遠自身から話すのを待つ。


「……遊馬ってさ、結構意地悪だよね」


そうして久遠が口を開いたのはちょうど一分近く経った時だった。


「理由も無く泊めるのはぶっちゃけ構わないんだよ。友達が泊まりに来るなんて世間一般じゃよくある話だ。けど、そんな顔されたら理由の一つでも聞いておかないといけないって思ってな」


「……亜弥香と喧嘩したんだよ」


吐き捨てるように久遠は遊馬に告げる。

開いていた拳を力いっぱい握りしめた。唇を噛んでいるらしく微かに血が滲んでおり、全身から沸き上がってくる亜弥香への怒りを抑えきれない様子だった。


「亜弥香はいつも自分勝手なんだよ。人のやることにいちいち口挟んできてさ。私のためになるとか思っているみたいだけど、全然そんなことないし、悪い方へ繋がる方が多かった」


「多かった、ね。言葉の綾じゃないなら、亜弥香に助けられたことは少なからずあったってことなんだろ?」


「……まぁ、否定はしないけど。でも今回のことばかりは許せない。悪い方へ繋がったのなら亜弥香の言い分は理解できる。だけど折角良い方へ繋がってくれたのに亜弥香は怒鳴り散らした。それだけならまだしも、拓海にまで当たって怒らせて……私には亜弥香が何をしたいのか分からない」


「……」


まさか拓海の名前が出てくるとは思っていなかった遊馬は一瞬だけ驚いた表情を見せる。

長い付き合いのある遊馬でも、拓海が怒る姿なんて一度たりとも見たことがなかったからだ。


「拓海……お前怒れたんだな?」


「わたしも、見た時びっくりした」


「……お前ら、俺を何だと思ってるんだよ」


呆れ度100%のため息を吐いた後、拓海は久遠の方へ向き直る。


「遊馬が話題を変えたってことはもう話さなくてもいいってことだ。散花、とりあえずほとぼりが冷めるまで俺たちの家にいてくれて構わない」


「というか、俺がなんと言おうと最初から泊まる気だっただろ? リビングの目立つところにキャリーケースなんて置かれたら嫌でも分かる」


見つけて欲しいと言わんばかりに堂々とリビングの真ん中に置かれたキャリーケースを見て遊馬は笑う。

それからよっこらせと立ち上がってキッチンに立つと、呆気なく受け入れてもらえたことに呆然と戸惑っている久遠に声をかける。


「ご飯にする? お風呂にする? とか聞いておきながら飯の準備何一つしてないんだな。何食いたい? 俺が作ってやる」


裏のない遊馬の笑顔に、久遠の凍っていた心が陽光に当てられるようにゆっくりと溶けていく。


「……ハンバーグ」


小さく呟いた声。その声は微かに震えていた。

小雛も、拓海も、そして遊馬も。すぐに久遠が泣いていることに気づいたけれど、一切触れることなく明るい口調で話を始める。


「はんばーぐ食べるなら、買い物行かないとだね」


「じゃあこれからみんなで買いに行くか。よし皆の衆準備を整えよ!」


「俺、チーズ入りがいい」


「あ、わたしもそれがいいな」


準備と言っても財布とトートバッグを持つ程度。

故にこの会話は久遠が輪の中に入りやすくするためのもの。

零れた涙を拭い去り、久遠は顔を上げる。そこに浮かぶ笑顔はいつもと何一つ変わらない。曇りのない、純粋な笑顔。その笑顔を見た三人はもう大丈夫だと確信する。


「チーズたっぷりのハンバーグ楽しみだなっ!!」



to be continued

心音ですこんばんは!亜弥香と久遠の喧嘩話はもう少し続くのですが、次回は戦闘シーンが入ります。え?誰と誰が?それはお楽しみにしていてください!

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