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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
~暮春〜 変わり始める日々
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第28話『喧嘩』

「おはよー……ってあれ? 拓海くんだけ?」


ホームルームが始まる五分前。

久遠が寝坊したせいで、ギリギリの到着になった亜弥香は自分の机で一人うたた寝している拓海を見て首を傾げる。

いつもならば拓海が起きていようが寝ていようが、すぐ近くに遊馬の姿があるのにも関わらず、今日は遊馬の姿は無かった。


「トイレでも行ってるんじゃないの?」


「……遊馬なら今日は休みだ」


「あ、起きていたんだ拓海。おはよ」


「……おはよ」


眠たげに体を起こした拓海はその場で大きく伸びをする。その後だらーんと脱力し、そのまま机に頬杖をついて気だるげに口を開く。


「詳しいことは知らないが、外せない用事があるらしい。俺が朝起きた時にはもうどっかに出掛けていた」


「用事って……。学生の本分は勉学でしょ」


亜弥香は呆れたようにため息を吐く。

【教会】の仕事もそうだが、学園生活も大切にする亜弥香にとって、サボりとも思える遊馬の行動は許せないものがあるのかもしれない。その証拠に不機嫌さが顔から滲み出ていた。


「私、遊馬くんに電話してみようかな」


「ええ……? そこまでする必要ある?」


久遠の言葉を無視してアドレス帳から遊馬の名前を選択すると、亜弥香はそのままスマホを耳に当てる。

拓海は黙ったまま亜弥香を見据え大きな欠伸をした。遊馬が電話に出ないことは分かりきっているから、亜弥香の無意味な行動が馬鹿らしいのだろう。


「ねぇ、拓海くん。本当に遊馬くんから何も聞いてないの?」


通話が鬱陶しい機械音声に変わったところで亜弥香は電話を切ってスマホをブレザーのポケットに押し込む。


「何か勘違いしているみたいだが、俺は遊馬のことをなんでも知っている訳じゃない」


ゆっくりと席を立ち、窓ガラスに手を当てる拓海。

透明な窓ガラスに太陽の光が射し込むと、いつも通りの無表情な拓海の姿が映る。

不意に手を伸ばし、固くて冷たい窓ガラスと拓海の手が重なった。それ以上はいくら力を込めても手が前に進むことは無い。薄いたった一枚のガラスが拓海を外の世界から閉じ込めているようだった。

それは籠に囚われた鳥が二度と大空を羽ばたくことはできないように、ずっと昔に心の奥底にしまい込んでしまった拓海の本当の姿は、永遠に暗い闇の底に囚われたままなのだろう。


ガラス越しに拓海は亜弥香を見据えていた。直接その目を見ずとも、その氷のように冷たい視線は亜弥香の沸き上がっていた怒りすらも凍り付かせる。

朝の爽やかな時間を蝕むような無言の睨み合いが続く中、最初に口を開いたのは拓海でも亜弥香でもなく、悲しそうに笑う久遠だった。


「拓海って、たまに私みたいな目をするよね。人殺しの私と同じ目。やっぱり親近感湧くなぁ」


「!? ちょっと久遠!? あなた何を話しているの!?」


取り乱したように声を張り上げる亜弥香。しかし久遠は亜弥香と逆鱗に触れても眉一つ動かさずに冷静さを保っていた。

何故なら拓海はもうその事実を知っているからだ。知っていて尚且つ、久遠は人殺しの自分を拓海に受け入れて貰っている。

本当の自分を知っている人しかいないこの場において、この話題は出したところでさほど問題にはならない。


「拓海はもう知っているから、気にしなくていいよ亜弥香。私から話したの」


「そんなことは言わなくたっていいじゃない!? どんな風に思われるか分かったもんじゃない!! どうしてそんなことをする必要があったの!?」


「拓海に私のことを知ってもらいたかったからだよ」


激昴する亜弥香とは違い、久遠は冷静に答える。

ゴミを見るような目で亜弥香を見る久遠。その瞳に光は宿っていない。それを見た拓海は流石にこの流れはまずいと思ったのか、普段なら放っておく場面に口を挟む。


「おいお前ら、とりあえず落ち着け。たかがそれくらいの事で喧嘩する必要ないだろ」


拓海はまだ気づいていなかった。

この発言が亜弥香に対して、火に油を注ぐだけの結果にしかならないということに。


「……たかが? ねぇ拓海くん。今、たかがそれくらいの事って言った!?」


その瞬間、教室内に凄まじい音が響き渡った。亜弥香が拓海の机を殴りつけるように叩いたのだ。

朝の喧騒に包まれていた教室が一瞬で静まり返る。無理もないだろう。亜弥香が本気でキレた姿をクラスメイトの誰もが見たことないのだから。


「あなたにとってはたかがで済む問題かもしれないけど、私にとってはその程度の問題じゃないのよ!! 私たちのこと何も知らないくせに勝手に受け入れようなんてしないで!!」


「…………は?」


穏便に事を済ませようとしていた拓海だったが、亜弥香のその発言が癪に障ったらしく、無感情な瞳に怒りの炎が灯った。


「そもそもこれは散花のことであって、小波には関係の無い話だろ。なんで俺はお前にそこまで言われなきゃならないんだよ」


「拓海くんが余計なことをするからでしょ!?」


「余計なことだ? この話は散花本人から話してくれたことだ。俺が無理矢理聞き出した訳じゃないし、話を聞いて受け入れてあげることにお前の意思なんて関係ないだろうが」


「それが余計なことだって言ってるの!!」


「小波てめぇ――」


拓海が本気でキレそうになったその瞬間だった。


「――うるさいなぁ!! ちょっと黙ってよ亜弥香!!」


身が縮こまるような怒声が教室内に響き渡り、拓海も亜弥香も驚いて久遠の方へ振り返る。


「黙って聞いていれば好き勝手言ってさぁ、亜弥香あんた何様のつもり!? 私からすれば亜弥香の勝手な気遣いの方がよっぽど迷惑なんだよ!! 私は私の意思で拓海にこの事を伝えた。そこにあんたの意思なんて何一つ関係しないし余計なお世話!! いい人ぶるのも大概にしてよ!!」


久遠の怒りの矛先は完全に亜弥香に向けられていた。時間的に朝のホームルームはもう始まっており、時間通りに教室に入ってきた担任の先生はおろか、クラスメイトの誰しもが人形のように固まって久遠たちを見ていることしかできない。

こんな時遊馬がいれば、状況はここまで悪くなることは無かったのかもしれない。誰もがこの状況を変えてくれる人が現れることを望んでいた。


「……なにを、騒いでいるの?」


それはまさしく救いの女神と言ってもいい。

首を傾げながら教室に入ってきた小雛の姿はクラスメイト達にとって希望の光だった。


「……」


人の視線や気配に敏感な小雛は、自分がクラスメイト達に期待の眼差しを向けられていることにすぐに気づく。

何が起きているのか全く分かっていない小雛だったが、拓海の姿を見て何かを察したらしい。

ため息を一つ、ひとまずクラスメイトの期待に応えるべく拓海たちの方へ歩み寄る。


「みんな困ってる。場をわきまえてよ、小波さん」


名指しで忠告したのは理由あってのこと。

言い方は悪いが、今の亜弥香は久遠に目の敵にされている。この場を早く収めるならば亜弥香に悪者になってもらうのが一番手っ取り早いのだ。


「わ、私は久遠の為を思って……」


「うるさい。いいから黙って」


言い訳にしか聞こえない発言を小雛は一蹴すると、拓海と久遠の手を取った。


「……行くよ、二人共。付いてこないでね、小波さん」


小雛は亜弥香を完全に突き放すと、そのまま二人の手を無理矢理引っ張って教室から出ていった。

和解を期待していたクラスメイト達にとって、この展開は想定外すぎて教室内の雰囲気は葬式のように暗く重たいものに変わっていた。


「……どうして、分かってくれないの……」


そんな悲しみに満ちた亜弥香の嘆きが、涙となって床に零れ落ちたのをクラスメイト達はただ黙って見ていることしかできなかった。



to be continued

心音ですこんばんは!

アップが遅くなってしまい申し訳ございませんでした……。最近バイトが続いているせいでなかなか進まない……

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