第27話『ミア』
「――あれ? ありすじゃん。久しぶりだな」
紅刃に呼び出しを食らった遊馬は、応接間のソファーに堂々と寝転がってお菓子を食べているありすの姿を見つけた。
ソファーの周りには今食べているポテトチップス以外にもむ数のお菓子が散らばっている。
「ゆう兄だ〜。久しぶりだね〜。元気してた〜?」
手元にあったグミの袋を遊馬に投げ渡しながらありすはほんわかとした口調で訊ねる。
「元気元気。ありすこそ元気そうで何よりだ。というかあれか? お前も紅刃に呼ばれた感じだったりする?」
「その通りだよ〜。あともう一人、みーちゃんも呼ばれているみたいだけどまだ来てないね〜」
「ミアも? 【軍】の序列第1位〜3位まで集めて何を話そうとしてるんだ紅刃の奴」
――ミア。本名、ミア・テイラー。
【軍】で唯一の英国人であり、精鋭メンバー序列第3位の少女。
アッシュグレイの長い髪に、深い闇を閉じ込めたような黒い瞳をしている。モデルのような体型と整った顔付きは見る者を惹き付けて離さない。そんな美少女であるミアが平気で人を殺すような人間だとは誰も想像しないだろう。
というより【軍】の人間の大半は見た目じゃ判断出来ないようなメンツばかりが揃っている。
何も知らない人から見れば遊馬たちなんてただの学生だろうし、真実を話したところで冗談だろと笑われて終わりだ。
「約束の時間まで――あと五分くらいか。紅刃はともかく、ミアが遅刻してくることはないだろうな」
ミアはなかなか几帳面なところがある。
今日みたいな約束ごとに遅刻したことは一度たりとも無いし、同年代の遊馬や拓海、年下の小雛やありすを様付けで呼ぶほどの礼儀の正しさ。しかも喋り方は誰に対しても敬語だったりするから驚きだ。
遊馬は貰ったグミの袋を開けながら、ありすと同じようにソファーにごろんと寝転がる。低反発の素材で出来ているソファーは遊馬の体を包み込むようにゆったりと沈む。
仮にもこれから【軍】のトップである紅刃に会うというのにも関わらずこの体たらく。緊張感の欠片も無いせいで、心做しか時間の流れが遅く感じる。
「――こんばんは」
部屋の中から透き通るような綺麗な声が響いた。
ちょうど遊馬とありすの間にあるテーブルの前。その空間に亀裂が刻まれた。
刻まれた亀裂が音を立てて広がっていく。それが人一人分の大きさまで広がった瞬間、ガラスが割れるような甲高い音が響き、純白の羽根を舞わせながらアッシュグレイの髪の少女が遊馬たちの前に現れた。
「よお、ミア。久しぶり」
「遊馬様、お久しぶりですね。ありす様も元気にしていましたか?」
「もちろん元気だよ〜。しばらく会ってなかったけど、みーちゃんは変わらないね〜。わたし、年下だよ? 普通にタメ口でいいんだけどな〜」
「日本は礼儀に厳しい国です。私のような田舎者がでしゃばってはいけないのですよ」
「……英国生まれが何を言っているんだ?」
的を得ている遊馬のツッコミをスルーするしてミアはアッシュグレイの髪をしゃらんとかき上げる。
甘くて苦い、花が焼けるような香りが部屋に広がった。
「ここで面白い話を一つ」
「?」
唐突に語り出そうとするミアに、遊馬とありすは顔を見合わせて首を傾げる。
「ついさっきのことなんですけど、こちらに跳んでくる時、開く空間を間違えて壁にめり込みました」
「……いや、全然笑えないんだが。というかお前よく生きていたな?」
「ば、馬鹿すぎるんだよ……」
遊馬とありすは申し訳程度の乾いた笑いを返す。
どんなに察しの鈍い人でも外したんだなと分かる場面なのだが、ミアは二人が面白がってくれたと勘違いしており、嬉しそうに頬を染めて微笑んでいた。
部屋がなんともいえない空気に包まれ始めた頃、静寂を割くように勢いよくドアが開かれた。
四角く切り取られた空間から姿を見せたのは着物姿の女性。【軍】の代表である紅刃だった。
「――揃っているわね」
淡い炎を灯した瞳が遊馬たちの姿を捉える。
それからカツカツと下駄を鳴らして自分専用の椅子に腰掛けた。目の前のテーブルに両肘をつき、手を組んでその上に顎を乗せる。
形だけ見ればこれから大切な話をしようという雰囲気がある。だから寝転がっていた遊馬とありすは起き上がってきちんとソファーに座るのだが――
「くー……」
「おい寝るな」
――ものの数秒で眠りに落ちた紅刃に、遊馬のツッコミが即座に入った。
言葉で叩き起された紅刃は眠たげに目を開き、大きな欠伸を一つすると、そのままテーブルに突っ伏した。
「紅刃様、だいぶ眠たげですが、ちゃんと寝ていないのですか? 寝不足は美容の敵ですよ?」
「言われなくても分かっているわよ。けどね、私だって忙しいの。毎日毎日あれやこれやでてんやわんやなのよ? あなた達といる時くらいゆっくりさせてもらいたいわ」
ありすのお菓子を摘みながら紅刃は気だるげにスマホを弄り始める。
画面を横向きにして一定の箇所をタップしているあたり、遊馬たちに何か情報を送るわけではなくただただ遊んでいるようだった。
「ゆっくりするのは構わないんだけど〜、わたし達を呼んだ理由を教えて欲しいな、くー姉」
「――《開花計画》――」
そう呟いて紅刃はスマホをテーブルに置いた。
何かと覗き込むも、画面に表示されているのは『フルコンボ』の文字。一同そっと定位置に戻る。
「ありすとミアは初めて聞く単語よね? これは【箱庭】が主体となって密かに進められている《能力》を開花――ようは《能力》の新たなる使い道を見出しましょうという計画のことよ」
「新たなる使い道……ですか」
ミアは興味深そうに紅刃の話を聞き入る。
「具体的には自身の《能力》を武器として具現化するということが諜報班の調べで分かったわ。そしてもし具現化をすることが出来たとしたら《能力》に似た力を持つ武器が生まれるとのことよ」
紅刃はそこまで言うと大きなため息を吐いた。
表情から苛立ちの色が見える。《開花計画》の一端を見てきた遊馬には紅刃が苛立っている理由が何となしに分かっているようだった。
「《能力》の更なる境地を切り拓くと言えば聞こえはいいけれど、遊馬の報告から察するに、やっていることはただの人体実験。これまでに何人もの子ども達が命を落としているわ」
「……【箱庭】? 初めて聞く名前の組織だけど――強いのかな〜?」
ありすの口元が歪に吊り上がる。
それは殺戮を楽しむ殺人鬼の微笑だった。
「残念だけど【箱庭】は私たちのように戦闘に特化した組織では無いわ。研究職とでも言えば分かりやすいかしら?」
「白衣来て何かするの〜?」
「まぁ簡単に言えばそんな感じよ。今回で言えばその研究が《開花計画》というわけね」
なるほど〜。と、笑っているありす。
無垢な笑顔の裏に、深淵のように深い闇が蠢いていた。
「さて、そろそろ話を終わりにしたいのだけど、その前に何か質問はあるかしら?」
「今日俺たちが集められた本当の理由はなんだ?」
間髪入れずに遊馬が訊ねる。
「まさか《開花計画》について話したかったからなんて言わないよな?」
こんな報告、正直メッセージで済ませてしまえばいい。基本的にめんどくさがり屋の紅刃なら特に。それ故に何か別の目的があるはずなのだ。
もちろん遊馬だけではない。ありすも、ミアも、期待の眼差しを紅刃に向けている。
「――ふふふっ。察しがいいわねぇ」
紅刃の紅き瞳に揺らめく炎が灯る。
妖美な笑みは瞬く間に殺意に変わり、闇よりも深い殺戮の意志が四人の心に宿った
「近日中に【箱庭】の殲滅計画を実行するわ」
to be continued
心音です、こんばんは。
新キャラもう一人登場に加えて、ついに物語が動き始めました。【箱庭】の殲滅計画においてようやく戦闘シーンが書けるので自分もテンションが上がってます!