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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
~暮春〜 変わり始める日々
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第24話『調理実習 ②』

ちょっとしたゴタゴタはあったものの、調理実習の時間は穏やかに流れていく。

結局、遊馬たちの班は炒飯と玉子スープ、サラダを作ることになっていた。役割分担をしつつ、遊馬を中心に作業は滞りなく進んでいた。


「おー! 遊馬は卵片手で割るんだね! やっぱり普段料理してるとそういう芸当ができるようになるもの?」


片手でひょいひょいと卵を割っていく遊馬の姿を久遠は興味津々に眺めていた。かなりのスピードで割っているのだが、どれも黄身を傷つけることなく綺麗なままボウルに収まっていく。


「んー、まぁそうだな。久遠は普段料理しないのか?」


「ふふー。遊馬、私をあまり舐めない方がいいよ。カップ麺にレトルトカレー、冷凍食品はお手の物」


「……そ、そうか」


誰でも作れるようなメニューを並べられて遊馬は苦笑いを返すことしかできなかった。これ以上話を続けるのは久遠が悲しくなるだけだろう。

必要な分の卵を全部割り終わった遊馬は、他の反応を期待している久遠をスルーし、炒飯分の卵をまず菜箸を使って混ぜ始めた。

渾身のスルーを頂いた久遠は悲しみに堪えながら別作業をしている拓海へとターゲットを移す。


「拓海は料理でき――るみたいだね?」


凄まじい速度の包丁捌きで半月切りにされていくキュウリを見てそれ以上何も言うことはなかった。

遊馬と拓海。二人共普段から料理をしているだけあって動きに無駄がない。圧倒的な家事力の違いを見せつけられた久遠は虚しく落ち込んだ。


「久遠、手が空いてるなら洗い物しておいて。どうせ料理出来ないんだから」


「男の子がいる前なのにどうしてそれを言っちゃうかなぁ!? 私にだってプライドってものがあるんだよ!?」


逆ギレする久遠だが、この段階で既に遊馬と拓海は久遠が料理を出来ないことを察していた。

故に、何か手伝って欲しいとは言わずに淡々と自分たちの作業をこなしていく。


「……辛い」


男二人の反応が皆無だったことに久遠は自分のダメさ加減を再認識し、渋々と使い終わった容器などの洗い物を始めた。


「ゆーま、ご飯持ってきたよ。次はスープ作るね」


「サンキュー小雛。スープの方は任せた」


「りょーかい」


せっせとスープ用の卵をかき混ぜる小雛を片目に、遊馬は持ってきてもらったご飯と溶いた卵を混ぜ合わせる。

炒飯を作る場合、卵を後入れするよりも予めご飯と混ぜておいた方がパラッとした食感で作ることができるのだ。人それぞれ好みはあるだろうが、大抵の人はパラッとした炒飯の方が好きだと思われる。


「よっしゃ行くぜ」


油の引いた中華鍋にご飯を投入。

ここで大切なのは油の量と火加減。これを間違えてしまうとパラパラを通り越してボソボソとしたクソみたいな炒飯になってしまう。

しかし遊馬に限ってそんな初歩的なミスは無い。仮にも料理歴五年以上。そんじゃそこらの主婦よりも美味い飯を作ることが出来るベテランだ。ちなみに拓海と小雛も遊馬並に料理が上手い。


「料理が出来る男の子ってカッコイイなぁ……」


速攻で洗い物を済ませた久遠は中華鍋とお玉を片手に料理をする遊馬を観察していた。


「……はぁ」


どうせならば見ることによって料理を覚えてほしいところだが、それは叶わぬ願いだと即判断した亜弥香はサラダ用のドレッシングを作りつつ、見た目の良いガラスの器に盛り付けを始める。

その頃には炒飯も出来上がっており、あとは小雛が担当しているスープを待つだけだが、そっちの方もすぐに完成しそうだった。


「あ、修平くん。炒飯、先生の分も分けておいてくれる? 味見しないと評価出ないからさ」


「了解」


適当な小皿に炒飯をよそっている間にスープの方も完成する。食欲をそそるいい香りが遊馬たちの周りを漂っていた。


他の班よりも後から料理を始めたわけだが、コンビネーションと手際の良さから、一番乗りで先生の元へ料理を届けることが出来、ひと足早く遊馬たちの昼食の時間が始まる。

評価の方は何も心配することは無いだろう。お題を完璧にこなしているのもそうだが、遊馬たちの作る料理が不味いはずが無い。


「それじゃあ……食べよっか?」


いただきます。と、声を合わせて全員同時にスプーンを手に取る。やはり最初に食べるのは遊馬の作った炒飯という訳だ。


「わ。すごい。中華屋さんで出てくる炒飯みたいにパラパラしてる」


丸く盛り付けられた炒飯にスプーンを入れると驚くほど簡単に山が崩れ、香ばしい調味料の香りの乗った湯気が溢れる。

完璧な温度計算によって作られた遊馬の炒飯はその香りだけでも十分美味しいということが伝わってきた。


「んん!? 何これすごく美味しい!! 亜弥香の作る炒飯も美味しいけど、これはその上を行くレベルだよ」


「く、悔しいけど認めるしかない……。遊馬くん、今度良かったらこの炒飯の作り方教えてくれないかな?」


「構わんぞ。久遠じゃなけりゃ誰だって作れるようになる」


「ちょ、ま。遊馬? どうしてそこで私の名前が出てくるの。それじゃあまるで私は料理が出来ないみた――」


「出来ないだろ」


最後まで言い終わる前に遊馬の絶対零度の容赦ないツッコミが久遠の心を抉る。

カップ麺やレトルト食品担当の久遠は何も言い返すことが出来ず、寂しげな表情と共に炒飯を口に運んだ。


「ああ……炒飯はこんなにも温かくて美味しいのに、どうして遊馬の言葉は冷たくて苦いんだろ」


「散花は将来、料理出来る男と結婚しないとだな」


ズズっとスープを飲みながら拓海はそう言い放つ。

あまりにも非常な言葉に久遠の手が止まり、目に見えて落ち込んだ。


「結婚かぁ……できるのかなぁ」


おそらく二重の意味を持つこの言葉。

料理以前の問題。【教会】という組織に所属している以上、いつ死ぬかも分からない戦場に立たされるのだから当然だ。もし仮に結婚したとしても、任務中に死ぬような事があればそれまで。死んだという事実すらも隠蔽され、行方不明扱いとなってしまう。そうなれば残された家族は一生モノの傷を負ってしまうことになる。


それに、世の中の平和の為と言えば聞こえはいい。けれどやっている事はただの人殺し。

【教会】の働きのおかげで世の中が少しずつ平和になっているのは確か。しかしその分、罪が幾つも積み重なっていくことになるから人によってはその重圧に耐えきれなくなる場合があり、任務に大きな支障が出てしまう。

そういった人は、精神を落ち着かせるためにしばらくの間何もせず自分の思うがままに過ごしていいという体制を【教会】は取っているのだが、自分の犯した罪が消えるわけではないから大した意味を成していないのが現状だ。


「たくみは、結婚したいの?」


「んー……そうだな」


まさか話が振られるとは思っていなかったか、拓海はスプーンを皿に戻して首を傾げる。

軽く返してくれることを予想していたのだろうが、わりと真剣に考える拓海の姿を見て、小雛自身もちょこんと首を傾げるのだった。


「そんな真剣に悩む必要、ある?」


「……小雛はそういう気持ちはないのか?」


「無いよ」


そう小雛は即答する。


「わたしは、ゆーまとたくみが居てくれればそれでいいから。他には何もいらないし、何も望まない」


それは本心から言ってるのか、未来に希望を持っていないからなのか、判断はできない。

ただ一つ言えることがあれば、遊馬と拓海と一緒にいる時の小雛は幸せそうに見えた。


「人生なんてどう転がるか誰にも分からないよ、小雛ちゃん。今はそう思っていたとしても、人は変わっていくものだから。いつか小雛ちゃんにも他の誰かを大切にしたいって思える時が来るんじゃないかな」


「……あなたに、わたしの何が分かるの?」


「え?」


予想外の返しに亜弥香は言葉に詰まる。

小雛は無表情を崩すことなく亜弥香を見つめて言葉を続けた。


「あなたは、何も知らない。知らないくせに、知ったような口振りで語らないで」


きっぱりと言い切ると、小雛はそのまま席を立ち実習室から出ていってしまった。


「私余計なこと言っちゃったかな……」


小雛が消えていったドアを見つめて亜弥香は寂しそうに呟く。


「気にすんな。どうせすぐに元通りになる」


「うん……。ごめんね」


謝る声は小さく、完全に落ち込んでしまったらしい。


ほんの少しだけ寂しくなってしまった食事の時間。

過ぎてしまった時間を取り戻すことは出来ないし、止まることもない。どれだけ後悔しようと、無かったことにできないからこそ人は悩み続けるのだろう。



to be continued

心音です。こんばんは!

次回の話は亜弥香と久遠以外出てこない予定です。あくまでも予定ですので実際どうするかはその時の気分次第ですが、もし他に出るとしても遊馬、拓海、小雛の三人は出てきません!


それでは次のお話でまたお会いしましょう!

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