第18話『お花見パーティー ④』
「……それにしても」
見事、10戦目のショーダウンを勝利した紅刃は目の前に広がる光景を肴に杯を傾ける。
「絶景ねぇ。いい歳した学生が下着姿で待機しているのは。ん〜、お酒が美味しいわ!」
「……」
紅刃のその言葉にイラッとくる敗退者三人。
「……くれは、嫌い」
まず一番初めに身ぐるみを剥がされたのは小雛だった。なかなか運が回ってこなかったらしくほぼストレートでフォールド。着るものが残りトップスだけになった時にダメ押しの勝負をしたのだが、見事なまでに返り討ちにされてしまった。
今はなるべく体が見えないように体操座りをしているのだが、その姿は逆に目に毒だった。自分の身を抱くように座っているため下半身がガラ空きになっているのだ。
「……俺はやれるだけのことをやった」
そして次に拓海が犠牲となった。
勝ちを確信したフルハウスは紅刃のそれよりも強いフルハウスに敗れ、そこから一気に負けの道を歩んだのだ。最後の最後は豚。もはや奇跡が起こる可能性すらも消え失せていた。
「は、恥ずかしい……」
そして三人目は亜弥香。
奮闘したものの9戦目にて下着姿に大変身。その魅惑的な黒のレースの下着姿は当然のように注目を集めた。
このお花見パーティーで勝負に出る気だったのかもしれないが真相は闇の底に閉ざされることになるだろう。
「くっ……」
そして今回のショーダウンで遊馬にリーチが掛かる。
トランクスにTシャツ姿の遊馬にいつものような余裕の表情は無い。確実に追い詰められていた。
残っている紅刃は今のショーダウンでソックスを脱いでいる程度。久遠に至っては紅刃より脱いでいる量は多いがまだ上と下の両方を守っている。というより久遠は装飾品が多く、それを除外するなら今頃遊馬と同じ状況になっていた。
「さぁ、11戦目よ。宣言しなさい遊馬。もっとも……フォールドしたらあなたはそこで負けだけどね?」
「言われなくても分かってる……。チェックだ」
「チェック」
「チェックよ」
紅刃と久遠はここで遊馬を蹴り落とすつもりだろう。
遊馬を見る目が明らかに獲物を捕食する獣の目だった。
「……」
遊馬のホールカードはスペードのKとダイヤのK。
Aのポケットペア(二枚同じホールカード)には及ばないがKのポケットペアはかなり優秀。土壇場でこれを引き当てる遊馬の強運には目を見張るものがあった。
コミュニティカードが三枚公開され、再び宣言の時間がやってくる。公開されたカードはダイヤの4、ハートの9、クローバーのKだった。
遊馬はこの時点でスリーカードが確定。加えて現段階ではストレートもフラッシュも揃う確率は低い。
「チェック」
喜びを押さえ込んで遊馬は小さく呟く。自分はもう無理ですと伝わるようなアピールをして他の二人のチェックを誘う作戦だ。
ここで強気に出てしまえばフォールドされて終わってしまう。服を脱ぐハメにはならないが、着ることが出来なくなるのは危機的状況である遊馬にとってかなり痛い。
「んー、遊馬の手札は弱そうだから私もチェックするね。ここで蹴り落としてあげる」
「私もチェックよ」
四枚目のコミュニティカードを遊馬は開いていく。
ここで既に公開されているコミュニティカードのいずれかを引ければフルハウス以上の役は確定されるだろう。
「……」
願いは届かず。現れたのはスペードのA。
無論、ここで降りる人はおらず最後のコミュニティカードを捲る。
しかしここでも遊馬の願いは届かず、捲られたハートの2を見て思わず舌打ちをした。久遠はここで勝負をするのは馬鹿らしいと考えたのか、はたまた別の理由があるのか分からないがやけにあっさりとフォールドを宣言する。
「チェック。さぁショーダウンよ、遊馬。残念ね、ここであなたの負けよ。ほら、さっさと見せなさい」
「ああ。言われなくても……見せるさ!!」
叩きつけるように遊馬は手札を公開する。
完成されたKのスリーカードを見た紅刃は流石に驚いたらしく、口元を手で覆って無言を貫いた。
「さぁ見せろよ、紅刃。お前の身ぐるみを剥いでやる」
「……Kのスリーカード。まさかそんな強い役出来ているなんて思わなかったわ。でも――」
見せつけるように返された手札。
目の前に突きつけられたその数字はAのポケットペアだった。つまりコミュニティカードを含めることでAのスリーカードが完成することになる。
「――私の勝ちよ」
「うぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
遊馬は絶叫しながらTシャツを脱ぎ捨てた。
パンツ一丁で叫ぶその姿は滑稽以外の言葉は無い。紅刃はそんな情けない姿の遊馬を一瞥して新しいトランプを開け始める。敗者にはもう興味も無いようだった。
「さぁ続きよ、久遠さん。一騎打ちを始めましょう」
「受けて立ちます。絶対に負けませんから」
それはまるで蛇と虎の睨み合いだった。
恐ろしすぎて近づくことを躊躇われるほど鋭い眼光。その目付きだけで人の一人や二人くらい殺せてしまいそうだった。
「よう、遊馬。こっち側へようこそ」
「……ゆーまも、仲間入り」
「遊馬くん、あまりこっち見ないでね……恥ずかしい」
全く恥ずかしがっていない小雛と違って、亜弥香は全身茹で上がったように赤くなっていた。
そういう態度をされると余計見たくなってしまうのが男なのだが、その辺のことが疎そうな亜弥香にはそれが分かっていないようだった。
「――チェックです」
「チェックよ」
そしてたった一人の勝者を決める勝負が始まる。
ホールカードを確認するまでもなく二人はチェックを宣言をした。
「ねぇ、久遠さん?」
カードを取ろうと伸ばした手を途中で止めて紅刃は久遠に話しかける。
「このまま二人でやり続けてもつまらないからこれで終わりにしないかしら?」
「というと……?」
「オールインよ。残りの服を全て賭けない?」
それは久遠にとって魅力的な提案だった。
先程の勝負をフォールドしたことによって久遠の残りの服はトップスとボトムスだけ。ショーダウンで負けてしまえばそこでゲームが終わってしまう。対する紅刃はまだほとんどの衣服が残っている状況だ。
「いいでしょう。受け立ちます」
ここで断るのは勝負を捨てたも同然。
それに久遠のホールカードは驚くことにダイヤのAとハートのAのポケットペア。テキサスホールデムにおいて最強のホールカード。せめて自分のカードを確認してから提案をすればよかったのにと久遠は心の中で嘲笑う。
「――ふふっ、あなたならそう言ってくれると思っていたわ」
「……ッ!?」
その笑みはまさしく死神の微笑。
紅刃は確実に久遠を刈り取ろうとしている。首筋にナイフを当てられているような寒気が久遠を襲った。震える手からカードが落ちそうになるのを耐えながら久遠は深呼吸をして心を鎮める。
「ほら、早くコミュニティカードを開いて」
「あ。は、はい」
言われるがままに久遠は三枚のカードを捲る。
スペードの10とQ、ハートのQの三枚。いきなり場に強いカードが揃った。加えて久遠はAとQのツーペアが確定。確率としてはかなり低いがあと一枚AかQが見えればフルハウスとなる。
「……チェック」
「チェックよ」
互いに宣言を終えた後に久遠はカードを開く。
「四枚目のコミュニティカードは……クローバーの9」
残念ながらツーペアのままでターンは終了し、実質最後の宣言の時間がやってきた。
「……レイズ。オールインです」
「コールよ」
ルールとしてレイズとコールは必要なかったのだが、全てを賭けることを了承した今、それらの宣言も成立する。そしてもはやフォールドはありえない。このまま最後のコミュニティカードを公開してショーダウンになる。
「……」
「……」
場が緊張と不安の入り混じった空気に変貌する。
息を一つ吐いて久遠はカードを手に取る。ここでAかQを引けばフルハウス。逆転勝利も夢じゃない。全ての願いをこのカードに込めて久遠は勢いよくカードを捲った。
「……スペードの……Aっ!!」
願ってもない最高のカードに久遠は最上級の喜びを露わにした。
「フルハウスです!! この勝負頂きましたよ紅刃さん!!」
しかし、その喜びがあまりにも大きかったせいで久遠はすっかり忘れていた。最後の勝負が始める瞬間に感じた身の毛もよだつ恐怖を。
でもそれは一瞬のこと。紅刃の表情を見た久遠は顔を強ばらせた。
「何か……勘違いをしているみたいね? 場をよく見て見なさい。フルハウスが最強の役じゃないのよ?」
「……っ」
確かにその通りだ。
紅刃がQを二枚持っているのならばコミュニティカードと合わせてフォーカード。どう足掻いても久遠の負けだ。しかしテキサスホールデムにおいてフォーカードが揃える確率は0.168%とかなりの低確立。負けが悔しいから吠えているだけだと考えるのが正しい。
だが、逆に言ってしまえば可能性は0ではないのだ。むしも負け犬の遠吠えでは無いのだとしたら久遠の負けは確定してしまう。
「私の手札はこれよ」
そう言って紅刃が久遠に見せたカードの数字はJとK。
「……ストレート? 私の勝ち……?」
「違うわよ。マークをよく見てみなさい」
言われて久遠はマークを確かめる。
「……スペード。……え? ……スペー……ド?」
場のコミュニティカードはスペードの10、Q、Aがある。それが意味することは――
「ロイヤル……ストレートフラッシュ……?」
確率的には0.0031%。
イカサマでもしない限りほぼほぼ揃わない最上級の役。それが今ここで揃った。勝利の女神は紅刃に微笑んだのだ。
「――脱ぎなさい」
弱者は勝者に逆らうことは出来ない。
豪運の持ち主である紅刃はこの場において神をも超える存在になっていた。
「……っ。分かりました……」
久遠は服に手をかけて脱ぎ始める。
ただただ扇情的な気持ちになる光景。年頃の女の子がみんなの前で脱ぐのはそんじゃそこらの罰ゲームよりも酷かった。
それを見ながら紅刃は盃を傾ける。
正直に思う。こんな大人にだけはなりたくないと。
しかしある意味ではここにいる全員腐りきっている。
【軍】である遊馬たちは目的の為ならば何人死んだって構わないと思っているし、【教会】の二人も時と場合によっては人を殺める。
人が死ぬのが当たり前の日常に生きることを彼、彼女らはどうとも思っていないのだろう。
それが普通なのだから当然だ。誰もが過ごす当たり前の日常は、ここにいるメンツにとっては当たり前じゃない。
誰も死なない平和な世界こそ、非日常なのだから。
to be continued
心音ですこんばんは!
今回でお花見パーティーの話は終了となり、次回はほんの少しだけ話が動きます!お楽しみに!です!