第17話『お花見パーティー ③』
「――というわけで、第一回チキチキ野球挙ポーカーを始めるわよ」
「……本当にやるんですか」
流石に世迷言だと思っていた亜弥香は本当にトランプを取り出した紅刃を見て顔を引き攣らせる。
「そしてやるからには本気よ。描写上の都合もあるだろうから男女共に下着になるまでで勘弁してあげるわ」
「描写上……?」
「こっちの話よ」
亜弥香のツッコミをさらっとあしらって紅刃はトランプをみんなの前に掲げる。
「イカサマなんてつまらないことをする人なんていないと思うけどトランプは新品を使うわ」
嘘偽りは無いと言うように紅刃はみんなの注目を浴びているところでトランプを開封し、ジョーカーを外すと慣れた手つきでリフルシャッフルを始めた。
刻みの良い音と共に順番に並んでいたトランプはシャッフルされていく。リフルシャッフルだけではなくヒンズーシャッフルも何回か行ったところで紅刃はレジャーシートの上にトランプの山を置く。
「さて、今回のポーカー人数が人数だからテキサスホールデムで行うわ」
テキサスホールデム――。
本来、ポーカーは五枚のカードで役を作るものだが、テキサスホールデムはコミュニティカードと呼ばれる参加者全員が自分のハンドとして使える共通カードがあるのが特徴のポーカー。
まずディーラーがプレイヤーに二枚のホールカードを配る。参加者全員にカードが行き渡ったところで山札の一番上をドロップし、そこから五枚のコミュニティカードを伏せた状態で配置。プレイヤーはホールカードとコミュニティカードの計七枚を使って役を作る。尚、役を作る時にホールカードを使わずにコミュニティカードだけを使って役を作ることも可能だ。
コミュニティカードは三回に分けて開かれる。一回目はフロップと言い三枚のコミュニティカードを公開。二回目はターン。コミュニティカードは一枚だけ公開。そして最後はリバー。ラスト一枚を公開し勝負に移る。リバーの段階で参加者が二人以上残っている場合はショーダウンと言い、ホールカードを公開して残った参加者と強さを比較することになる。
無論、フロップ、ターン、リバーの開始時に参加者が一人しか残っていない場合は残った人が勝者となる。
「賭け金は無いからコールとレイズは除外。使うのはチェックとフォールドだけよ。ただしフォールドする場合は一枚脱いで貰うわ。ショーダウンまで行って負けた場合は二枚脱ぐことになる。もちろん勝者は脱ぐ必要は無いし、これまでに脱いでいた場合一枚着ることを許可するわ」
「降りても脱ぐ羽目になるのか。脱ぎたくないなら勝て――紅刃らしい発想だな」
遊馬は不敵に笑う。それだけでこのゲームに対するやる気がこれでもかと言うほど伝わってきた。
「……わたし、負けない」
「負けなきゃいいか」
小雛と拓海も戦う気満々だった。
「全員私が脱がす」
「負けたら……脱ぐ。恥ずかしい……」
一人やばい奴がいるがここはスルーしよう。
女の子としては恥ずかしがっている亜弥香の反応がここでは正常だ。
「大丈夫だよ、亜弥香。このゲーム、たった一つだけ脱がなくてもいい方法がある」
「え、そんな方法あるの」
「簡単だよ。勝てばいい。そうすれば脱がずに済む」
バッと亜弥香を除いた全員が久遠の方へ振り向く。
勝てばいい――この場において最もヘイトを集めるだろう発言を簡単に言ってのける久遠。
「ふふっ。面白いわ。それじゃあ早速ゲームを始めましょう」
紅刃はシャッフルし終えたトランプを手に取って流れるような動作で二枚カードを配る。
受け取ったカードを全員が確認し終えた後に紅刃はほくそ笑む。
「流石にこの段階でフォールドする人はいないわよね?」
テキサスホールデムはホールカードが最弱であろうとコミュニティカードでどうとでもなるという利点がある。
もしマーク不揃い且つ数字が2と3という最弱だったとしてもコミュニティカードで2が二枚+3が一枚でも出ればフルハウスが確定する。故に最弱だからと言って初めからフォールドするのは間違っているのだ。
「それじゃあコミュニティカードを三枚公開するわよ」
捲られたカードはスペードのK、ハートの4、ハートの7だった。
「本来なら宣言の順番は固定だけど今回は私から時計回りで回していくわよ。チェック」
紅刃の宣言に遊馬、拓海、小雛と続いてチェックする。亜弥香は少し悩んで末にフォールドと宣言してカードを伏せた。
「初めから弱気だね亜弥香。フォールドするには早過ぎるんじゃない? あ、私はチェックで」
「うるさい。今降りても後で降りても変わらないからいいの」
言いながら亜弥香はフォールドの代償としてソックスを脱ぐ。このゲーム、身に付けているものが多ければ多いほど猶予があるのは間違いないのだが、結局は駆け引きのタイミングを掴めるか掴めないかの勝負になる。
「ふふ。新たに一枚のコミュニティカードを公開」
捲られたカードはハートのQ。
コミュニティカードだけでハートが三枚見えている。もしホールカードにハートが二枚揃っているのならばこの時点でフラッシュは確定。加えて現段階でフラッシュ以上の役を揃えることは不可能となったからフラッシュを作れているのであれば実質勝ちだ。
「――チェック」
その瞬間全員に緊張が走る。
公開された瞬間に発せられたチェック宣言。紅刃がフルハウスを揃えられたということは明確。ここでチェックしたところで勝ち目は無く、遊馬から順々にフォールドしていく。
「くぅぅ……」
一番強気だった久遠も非常に悔しそうにしながらフォールドを宣言した。
全員のフォールド宣言聞いた紅刃は残念そうにため息を吐く。話にならないわと表情だけで訴えていた。
「つまんないわね。これくらいのブラフに引っ掛かっていたら私には勝てないわよ?」
紅刃の手からカードが落ちる。
ひらひらと舞い落ちたカード。そのカードの内容を見た遊馬たちの表情が強ばる。
「――豚よ。フラッシュなんて出来ている訳がないじゃない」
クローバーのAと8。公開されているコミュニティカードの全てを使っても役を作れない。遊馬たちはまんまと紅刃に騙されたのだ。
「さぁ、全員脱ぎなさい。勝負はまだ始まったばかりよ?」
楽しそうに笑う紅刃。けど炎の灯った紅い瞳だけは獲物を見つけた肉食動物のようにギラついていた。
この瞬間に遊馬たちは察する。自分たちはとんでもないバケモノとトランプをしているのだと。
困惑した空気の中、紅刃はまた新品のトランプを取り出して封を切る。あくまでもイカサマだけは許さないらしい。
このゲームの為に一体いくつのトランプを買い込んでいるのかは分からない。しかし、それだけ紅刃がこのゲームに本気であることだけは痛いほど伝わってきた。
「……コミュニティカードを公開するよ」
時計回りに回すとのことで次は亜弥香がカードを捲っていく。
公開されたコミュニティカードはハートのK、ダイヤのA、スペードのJ。マークこそバラバラだがかなり強い数字が出揃っている。現段階における最高の役はストレート。しかもA~10のストレートを作れている場合、この段階において負けることはまずない。
「チェック」
今回は誰もフォールドすることなくターンに突入する。亜弥香は四枚目のコミュニティカードを公開した。
「……スペードの5。私は……チェック」
テキサスホールデムは一番初めに宣言をする人が最も不利となる。何故なら後半の人ほど前の人の宣言を聞いてから自分の宣言が出来るからだ。
亜弥香のホールカードにはスペードの3と7があった。現段階では豚だが、もし最後のコミュニティカードでスペードが出ればフラッシュが確定する。ここで降りるのは弱気すぎる。
「俺は……フォールドだな」
「……俺も」
「わたしはチェック」
男二人が早々に勝負を投げ出す中、小雛は強気にチェックを宣言。久遠と紅刃もそれに続いてチェックした。
「……」
ごくりと喉を鳴らす亜弥香。ここでスペードを引けば数字で負けない限り自分の勝ち。
残っているスペードの数はもし他に誰も持っていない場合はそれなりに高い確率で引ける。
緊張のせいで微かに震えている手で最後のコミュニティカードを公開した。カードはスペードの10だった。
「……っ」
歓声を上げそうになるのをグッと堪える。
亜弥香の勝ちはかなり濃厚になった。しかしここで喜びを露わにしてしまえばみんな降りてしまうだろう。ショーダウンで勝たなければ着ることはできない。亜弥香は迷うような素振りを見せてからチェックを宣言した。
小雛と久遠は狙っていたカードが来なかったらしく大人しくフォールドする。
「うーん、そうね。私はチェックするわ」
ショーダウン。亜弥香と紅刃の一騎打ちになる。
二人は一瞬視線を交差させた後、同時に手札を公開した。
亜弥香の役はフラッシュ。対する紅刃は――
「ストレート。私の負けね」
紅刃のホールカードはクローバーの10とハートのQだった。フロップの段階で最強のストレートが確定している。なんという豪運なのだろうか。
勝負に勝った亜弥香は脱いだソックスを履き直し、ソックスと着物の帯を外している紅刃を見て安堵の息を吐いた。
思えば紅刃は今日も昨日も着物を着ていた。普段着が着物なのだろうか? 見た目からして相当高そうに見える着物は女の子であれば誰であれ一度は着てみたいと思える代物だった。
「――さて、次のゲームを始めましょう」
to be continued
心音ですこんばんは!
始まりました野球挙という名のテキサスホールデム!!ルールはそれなりに分かりやすく書いたつもりです(分からなかったらごめんなさい)。
次回でお花見パーティーのお話は終了!暗い話に落ちます。
それでは次のお話でまたお会いしょう!