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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
〜春〜 当たり前の日常
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第14話『久遠の想い』

「――疲れた。死ぬ。私もう働きたくない」


労働基準法を無視され長時間労働を繰り返した後のようなセリフを口にし、とぼとぼと夜道を歩く久遠の姿は通り過ぎる人にはどんな風に映っているのだろうか。


「シャキッとしてよ久遠。さっきから私が変な目で見られているんだけど……」


そんな死にかけの久遠の隣を歩く亜弥香も別の意味で疲れきっていた。通行人から向けられる非難の眼差しが亜弥香の精神に絶大的なダメージを与えているのだ。もっとも、時間が時間だから人の数は昼間と比べると圧倒的に少ないからそれだけが唯一の救いと言えるのかもしれない。


もうすぐ日付が変わる時間帯。

繁華街付近ならともかく、都会とはいえどもただの住宅街であるこの道にはそもそも人が少ない。痛いほど突き刺さっていた視線もここまで来ると気にする必要も無くなっていた。


朧気な月が夜道を歩く二人の姿を照らしている。

風は無いに等しく、薄くかかった雲が星の光を覆っていた。住宅街には二人の歩く足音だけがコツンコツンと反響している。

人の気配はいつの間にか無くなっていて家の明かりもほとんど付いていない。まるで忘れ去られたゴーストタウンのようだった。


「久しぶりにハードな訓練だった気がする。明日筋肉痛確定だよこれ……」


「いつも通りのメニューだったよ。久遠が普段運動しなさすぎてるからそんなに疲れてるだけ」


「実際問題、私は《能力》があればどうとでもなるからね。体力はそこそこあればいいし、戦闘技術もさほど必要としないもん」


久遠は月に向かって手を翳す。

光が手のひらに遮られて久遠の顔に影を落とした。


「私が本気を出せば今こうして光を届けている月を理論的に破壊することだって出来る。そんな私を止められる人間なんて【軍】にだって存在しない。もし仮にいたとしても私には絶対に勝てないんだから」


影に隠されているせいで久遠の表情を伺うことは出来ない。けれど亜弥香は長年の付き合いから直感的に察していた。久遠は今、確実に笑っていると。

将来を夢見る子どものように自分が引き寄せる運命を想像して笑っているのだ。


でも久遠が想像する未来は無垢な子どもの夢とは違う。明るくて希望に満ちただけの優しい夢ではない。絶望を切り開き、たった一つの幸せな未来を掴み取る。

しかし、久遠の思想はある意味【軍】と同じだった。久遠は目的の為ならば手段を選ばない。【教会】の信念である正義を貫き通すためならば人を殺すことを一切躊躇わないのだ。


そんな危険な思想を持つ久遠が何故【軍】ではなく【教会】に所属しているのか。これは単に運命がそう定まっていただけの話なのだろう。

この世界に生きる人間の運命は産まれた瞬間に定められる。人はその道に沿って生きていくだけ。どんな事象も、分岐点があるように見える未来も、結局どちらに進むのかは初めから決まっているのだから。


「確かに久遠の《能力》は最強だと思う。でも《能力》を過信し過ぎるのは良くない。相手の《能力》次第では不利になることだって有り得るんだから」


「不利になる、ね。確かにそうかもしれない。でも不利になるのは一瞬だけ。それに対応できるように切り替えちゃえばいいんだから」


「その一瞬に殺されたら元も子もないよ」


久遠のことを心配しての言葉なのだろう。あくまでも最悪の状況を考える亜弥香は自信に満ち溢れてる久遠とは正反対だった。


「分かってるよ。私はどんな相手であろうと油断だけはしない。だって死にたくないし。まだまだやりたいことあるんだから」


そう言いながら久遠は顔を覆っていた手を下ろす。

そこから見えた表情は亜弥香が想像していたより穏やかなものでほっと一息つく。


「やりたいことって?」


「――恋愛」


たった一言。そう答える久遠の表情に影が差す。

その希望は叶えようと思えば叶えられるものだが、永遠にすることが出来る可能性は決して高いとは言えなかった。


「笑っちゃうでしょ? 私はさっきも言った通り《能力》には自信がある。けどほら? それでも私は――私たちはいつ死んでもおかしくない世界で生きている。人並みの幸せを手に入れることは難しい」


「……私は恋愛は自由だと思うよ。久遠の言う通り私たちはいつ死んでもおかしくない。でもだからといって出来ない理由にはならないと思う。言いたいことは私だって分かるよ? もし恋人が出来たとしても死んでしまったら相手の心を傷つけてしまう。そういう事だよね?」


「うん。だって嫌じゃん。好きになった人にはずっと笑っていて欲しいよ。私が笑顔にさせたい。幸せにしてあげたいって思うよ、当然でしょ」


ああ、一途なんだ。そう亜弥香は思った。

もしも久遠が普通の人間だったのならきっと誰よりも幸せになれたに違いない。


自分の憧れを語る久遠を月明かりが照らしていた。

雲のせいで星はまともに見えない。朧気な月の光に照らされる久遠の手元にはスマホがある。画面は亜弥香の位置からはよく見えないが写真が表示されているようだった。


「ねぇ、久遠。もしかして……好きな人がいるの?」


「いるよ」


一瞬の間すら置かずに久遠は答えた。

それから見つめていたスマホの画面を亜弥香の方へ向ける。


「……これって拓海くん?」


画面に表示されている写真。そこにはクレープを片手に微かに笑う拓海と満面の笑みを浮かべた久遠の姿が写し出されている。

亜弥香はそれを見て嬉しい反面、複雑な心境が胸の内を掻き回していた。


「こういう事言うのはあれだけどさ、【軍】の人間かもしれないって疑っていた人を好きになるってどういうこと……」


「恋は盲目ってやつかもね。初めて会話した時は気になる人だった。一緒にお昼ご飯を食べたり、授業を受けたりして好きかもしれないってなった。そして昨日、デートみたいな事をして好きだって確信した」


久遠は嬉しそうに、でも――寂しげに笑っていた。

心の中では分かっているのだ。【教会】の人間である自分が恋愛なんかにうつつを抜かすのは間違っていると。


「正直言うとね、疑うことが出来なくなってるかもしれない。あまりにも普通なんだもん。でもそれは私たちだって同じことが言える。表面だけならいくらでも騙し通すことができる。疑われないように普通の人間になりすましているんだからね」


普通の人間として生きることを許されない。

彼女たちが生きるのはそんな残酷な世界なのだ。


「久遠は……拓海くんとどうなりたいの?」


余計な言葉は無用だと、亜弥香は単刀直入に訊ねる。


「決まってるよ。拓海くんと付き合いたい」


予想通りの答えが返ってきて亜弥香はほんの少し嬉しくなる。これが私の知っている久遠だと。どこまでも真っ直ぐに自分の意思を貫き通していく強さがある。


「なら――私は久遠の恋を応援するよ」


その答えに久遠は驚きの表情を浮かべた。

ダメだと言われると思っていたからこそ咄嗟にお礼の言葉が出てこない。


「……亜弥香。ありがとう」


それでもきっちりお礼を伝えて久遠は笑った。

亜弥香は満足そうに頷くと、どうやって二人をくっつけようかなと考え始める。


それが茨の道であることに気づかないまま歩き続ける。


やがて真実に辿り着いた時、何もかもが手遅れになっているだろう。


その時、何を思い、何を感じるのだろうか?


それでも自分の意思を貫き通すことができるのだろうか?



to be continued

心音です。こんばんは!

久遠は拓海に恋をしていました。【教会】と【軍】。この二人に幸せが訪れることは……あるのでしょうか?


次回はプロローグであったお花見の計画を立てるようですよ!

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