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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
〜春〜 当たり前の日常
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第13話『紅刃』

小雛が好き勝手動いて楽しんでいる一方、会議と称して呼び出しを受けていた遊馬は見るからに苛立っている様子だった。

遊馬がこうなることを見越して用意されたジャスミンティーはリラックス効果どころか余計にその苛立ちを増す要因となっている。


「あのクソアマ……。自分から時間指定しておきながら遅刻とはいい度胸してんなぁ……」


待たされた早1時間。そもそもジャスミンティーは一口も口をつけない状態で冷めきっており、逆に遊馬の怒りは沸点の限界まで上り詰めていた。

応接間には遊馬の護衛と称した【軍】の人間が一人いるが、いつ爆発してもおかしくない遊馬の逆鱗に触れたくないからとずっと黙ったままでいる。


「――ごめんなさい。待たせたかしら?」


部屋のドアが開いて一人の女性が姿を現す。

腰のあたりまである長くて淡い炎を宿したような紅の髪。きちんと手入れされているその髪は枝毛の一本すらなく艶やかで女性の美しさを引き出していた。


「待った。一時間近く待った。何してたんだよ」


髪よりも紅い炎が灯った瞳を見据えて遊馬は問い掛ける。髪をさっとかき上げた女性は遊馬の前のソファーに座るとテーブルに両肘を付いて手を組む。


「あなた達と違って私は忙しいのよ。あ、そこの貴方。私と遊馬の分の紅茶を入れ直してくれないかしら?」


護衛の男は女性に言われるがままに紅茶の準備を始める。慌てながらも紅茶の入れ方はきちんと理解しているらしく、数分後にはいい香りの漂う紅茶が二人の前に置かれた。


「ありがとう。もう出ていってくれていいわよ?」


男は胸に手を当て、遊馬と女性に深々とお辞儀をすると部屋から出て行った。

バタンとドアが閉まりきったところで女性はつい一瞬前まで取っていた出来る女性のポーズを崩し、両手を広げてテーブルに伏せった。


「……帰りたいわ」


「帰るも何も、ここがお前の家みたいなものだろ……」


呆れ返った遊馬は入れてもらった紅茶に口を付ける。

癖のないオーソドックスな香り。ほんのりと感じる甘さと後味の爽やかさ。おそらく男が入れたのはディンブラという紅茶だろう。


「何処にいても仕事、仕事、仕事。しかもその大半が【教会】の人間の抹殺で疲れるわ服は汚れるわでもう散々。心が休まるのはこうして紅茶を飲んでいる時くらい。」


「まぁそんな些細なことはさておき、仕事尽くしの忙しい時期に俺だけを呼んだ理由はなんだ? 紅刃(くれは)


「酷いわね……。私これでも【軍】のトップ(・・・)なのに。全く、主に忠実じゃない部下を持つもんじゃないわ」


紅刃――本名、神代(かみしろ) 紅刃(くれは)

彼女こそ遊馬たちの所属する組織――【軍】の代表。先ほどから遊馬に陰口を叩かれたり、ぞんざいに扱われているが、正真正銘【軍】トップに君臨する最強の女性である。


「んで、理由は」


「せっかちね……。ただちょっと時間が空いたから会いたくなった。それじゃダメかしら? 私だって人肌が恋しくなる時があるのよ」


「よし。帰るわ」


「ストップ!! 冗談よ!! 間に受けないで!!」


ソファーから立ち上がって本気で帰る姿勢を取っていた遊馬を必死に引き止める。

遊馬はため息を吐いてソファーに深く掛け直すと、堂々と足を組む。【軍】の代表を前にしてこんなデカイ態度を取れるのは遊馬くらいなものだろう。


「全く……たまには私の冗談に付き合ってくれたっていいじゃない。ぷんすか」


「……お前、俺の前だと本当にキャラ崩壊するよな。その抜けた表情を他の連中に見せてみろ。紅刃の偽者が現れたとかで組織全体が大混乱に陥るぞ」


「それくらいの事でそんな状態になれても困るわよ……」


ティーカップを持ち直して足を組む紅刃。

凛とした表情で遊馬を見る。炎を宿した紅刃の瞳。ただ見つめられるだけで身を焼かれるような感覚が襲い掛かってくる。

伊達に【軍】の代表を名乗ってはいない。【軍】全体を統率するには生半可な覚悟や責任だけでは足りない。絶対的な支配力。そしてそれを破らせないための圧倒的な力。この二つを兼ね備えてようやく代表という地位に就くことが出来るのだ。


「どう? 任務は完遂できる?」


まるで人格が変わったようだった。

つい先程までのどこか抜けたような紅刃の姿はなく、【軍】の代表としての姿の彼女がいた。

おふざけの時間は終わりらしい。遊馬も表情を引き締め、現在の状況を紅刃に報告し始める。


「ああ、問題無い。拓海と小雛もいるしな。今は街の地形を把握しつつ【教会】の人間を狩っている。とはいえ【教会】の奴らはそう簡単に見つかるものじゃないからまだ一人しか殺せていない。わざわざ死体を残してやったのにちっとも尻尾を出さねぇ」


「あちらもこちらを警戒しているということよ。私たち【軍】があの街で何か起こそうとしているのは【教会】だって分かっているはず」


「だろうな。まぁどうせ【教会】如きに【軍】を止めることはできない。過去一度ですら阻止できたことは無いんだからな」


「そうね。でも慢心は禁物よ。ちょっとした油断が失敗を招くかもしれない。分かっているとは思うけど、この任務に失敗は許されない」


カチャン――と、ティーカップをソーサーに戻す音がやたら大きく響いた。妖美な笑みを浮かべた紅刃は何処か楽しそうに見える。


「その代わり時間はある。どれだけ時間を掛けてもいい。あなたが今楽しんでいる学園生活だって好きに送ってくれて構わないわ。人生で初めての学校。楽しくないわけがないもの」


「紅刃も通っていたのか?」


「私? もちろん。すごく楽しかった。任務だったから終わる時に学校ごと思い出を消し飛ばしたけどね」


「……もしかして、【軍】の記録に載っていた10年くらい前の学校爆破テロの犯人って紅刃?」


10年前の春。その学校では卒業式が行われていた。

当時は全国でトップクラスの生徒数を誇り、尚且つ進学校として有名なマンモス校だった。故に卒業式となれば生徒だけではなく、その親御さんたちも、そして権力を持つ議員など大勢の人間が集まる。テロはそのタイミングで起こった。

死者919名、重軽傷者412名。そして行方不明者891名(・・・・・・・・・)という最悪な歴史を社会の教科書に刻んだ。


「ええそうよ。私がやったの。中心源にいた人間は可哀想だったわ。原型どころか灰すら残らなかったのだから死体があった人はそれだけで幸せよ」


大量の人間を殺したとは思えないほど軽い口調。

人の命を奪うことに何も感じない。無論、それは遊馬たち他の【軍】の人間すべてに同じことが言えるのだが、紅刃だけはあまりにも度が過ぎていた。


「お前の《能力》は大量殺戮に向いているからな。他の人間を気にしなければ負けない」


「近くに仲間がいると気にする必要があるから加減が大変なのよね。だから私は単独行動が向いているのよ」


「俺はどちらでもいける口だが、紅刃と組む事になったらとりあえず逃げる」


「協力しなさいよ」


流れるようにツッコミが入る。


「無理」


拒絶の言葉はほぼ反射的に発せられていた。


「何でよ。あなたの《能力》なら私の《能力》を相殺することくらい容易いでしょ?」


「いやいやいや。もし仮に使用できたとしても処理が追いつかねーよ。力を100分の1くらいまで抑えてくれるならまだしも、全開で使われたら幾ら俺の《能力》があったとしても一瞬で消える」


紅刃の《能力》の恐ろしさを知っている遊馬はぶるりと身を震わせる。


「……私は永遠に単独行動みたいね。仕方ないとは思うけれど。というより、こんな話をしたかった訳じゃないのに……」


ぶつくさと文句を言いながら紅刃は立ち上がる。

それからすぐに何を考えているのか知らないが遊馬の手を取って部屋を飛び出した。

部屋の前で待機していた護衛は驚いた表情で二人を見るが、ああまたこのパターンかとでも言うように遊馬に向かって手を合わせた。


「もう我慢出来ないわ……。遊馬、話の続きは私の部屋でするわよ」


「おい待て!! 明日学校なんだよ!?」


「遅刻も学園生活の醍醐味よ」


「おかしいだろ!?」


騒がしい声が長い廊下に響き渡る。

それはあまりにも平和的な光景で、二人にはあまりにも似合わない光景だった。



to be continued

心音ですこんばんは!

新キャラ登場です!しかも【軍】の代表!! 書いててちょっと楽しかったです。こういうキャラ好きなんですよね«٩(*´ ꒳ `*)۶»

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