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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
〜春〜 当たり前の日常
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第12話『小雛の楽しみ』

「――ひぃぃぃ!!」


月明かりすら届かない路地裏の通路。

複雑に入り組んだその道は昼間ですら地形を把握していないと迷子になってしまい、下手したら何時間もさ迷い歩くことになる。


「だ、誰か!! 助けてくれぇ!!」


小太りした中年男性が一人、荒い息を吐きながら薄気味悪いこの道を走っていた。

足元なんて暗くて見えたもんじゃない。男は何度も躓いては転んでを繰り返していて、それなりに高いブランドのスーツはところどころ破れたり、泥で汚れたりともう雑巾ほどの価値しかない。

みっともなく転んでも、スーツが台無しになろうと、それでも男は走るのをやめるわけには行かなかった。


「……もっと逃げて?」


暗闇の中から小さな声が響く。

男が走るスピードに合わせて一定の距離を取りつつ追い続ける少女。彼女の右手には小さな身体には似合わない大型のサバイバルナイフが握られていた。

銀の刀身は既に人を殺めているらしく生温い血液で染まり、まだ乾いていない赤が滴り落ちている。


「――逃げないと……死んじゃうよ」


狩りを楽しむかのように少女――小雛は笑う。

日常の中で滅多に笑わない小雛は非日常の中では感情が豊かになる。

【軍】の精鋭メンバーの中で小雛は最年少。でもその刃に込められた殺意は熟練者よりも鋭く冷酷なものだった。


同じ条件下で走っているはずなのに小雛は真昼の道を駆け抜けるかのように一切ふらつかないし、障害物があっても何の苦もなく躱していく。

無論、地形を把握しているわけではない。小雛には見えているのだ。もはや夜目に慣れているとかそういう次元の話ではなかった。


小雛は走りながらスカートの裾に隠していた小型のナイフを取り、そのまま流れる動きで投擲する。

風を切り裂いて進む銀の一閃は吸い込まれるように男の右肩に突き刺さった。

男の悲鳴が上がり、そのままバランスを崩して地面に大胆に転がる。それなりの速度で走っていたこともあり、すぐには起き上がれないほどのダメージを負っていた。


「ぐうう……」


「――鬼ごっこはおしまい?」


「ひっ……ぎゃぁぁぁぁああぁああ!!!」


怯えた声は一瞬。すぐに絶叫へと変貌した。

肩に突き刺さったナイフを小雛が踏み付けて刀身の全てが肉に埋まるほど食い込んだのだ。


「やめろ……やめてくれよぉ……。俺がお前に何をしたって言うんだよぉ!?」


「? 何もしてないと思うよ?」


当然でしょ? と、小雛は首を傾げる。

可愛らしい仕草のはずなのに男には死神が笑いかけるように見えていた。


「おじさんはわたしの暇つぶしで死ぬだけだよ」


今度は手に持っていたサバイバルナイフを男の膝に向かって振り下ろした。バキッと膝の皿が粉砕する音は悲鳴によって掻き消される。

しかし男がどれだけ叫ぼうとも、こんな人気のない路地裏。しかも大通りから相当離れているこの場所に助けなんて来るはずがない。


連れの男は真っ先に小雛に殺されていた。

無慈悲に頸動脈を断ち切られ、真っ赤な噴水を上げて自らの血の海に溺れた。

この路地裏を通って帰ろうとしたのが運の尽きだった。たまたま居合わせた小雛の気まぐれに殺されてしまったのだから。


「俺には、家族がいるんだ……。まだ産まれたばかりの子どもだっている……。俺が死んだら妻や子どもが路頭をさ迷うことになる!! だから頼むっ!! 命だけは助けてくれぇ……」


男は小雛に懇願する。

しかし表情一つ変えることなく小雛はナイフを抜き取ると今度は反対の膝に突き刺した。

膝の砕ける音と男の悲鳴が歪なコーラスを奏でる。もう逃げることは不可能。小雛の気が変わらない限りこの男は確実に死を迎えることになるだろう。

もっとも、神に祈ったところで小雛の気が変わることなんて有り得ないからこの場で死ぬ以外の選択肢は残されていないわけなのだが。


「奥さんと、子どもがいるんだね、おじさん」


「そ、そうだ!! だから助けてくれ……!!」


「うん。分かった。じゃあ――」


小雛は張り付けたような笑顔を浮かべて男に笑いかける。願いが届いたのかもしれない。そう思った男は次の瞬間、絶望に突き落とされる。


「――おじさんを殺したあと、家族も殺してあげる。そうすればほら? あの世でまた一緒に生活することができるね」


「なっ――」


男の声が途絶える。

恐怖のあまり喋れなくなったわけではない。

ただ単に声帯のある場所を一瞬で削ぎ落とされてしまっただけだ。


「――――」


声帯を削ぎ落とされたということはつまり、喉を引き裂かれたも同義。男は鮮血を撒き散らしながらその身を沈めた。

大量の返り血が小雛に降り注ぐ。白いブラウスは一瞬で赤く染まってしまったが小雛は特に気にする様子もなく男の持ち物を漁り始める。


「……これ、かな?」


懐に入っていた財布を取り出すとスマホのライトを頼りに中身を物色し始めた。

金を盗み取ろうとしているわけではない。むしろそんなモノに興味は無かった。小雛が探しているのは男の身元が分かりそうなもの。ようは保険証か免許証さえ見つかれば小雛の目的は達成されたも同然なのだ。


「ふふっ。約束通りちゃんと殺してあげるからね、おじさん」


見つけた免許証を見て小雛は楽しそうに笑う。

それから入念に指紋を拭き取り、肩に刺さったままのナイフを抜いて踵を返す。

警察なんて小雛にとってはただの人間に変わりないが証拠を残すと【軍】に迷惑が掛かる。その辺のことをきちんと弁えている小雛。だから何の利益にならない人殺しをしても【軍】は何も言わない。


ただ一つ問題があるとすれば――


「……ここどこ?」


小雛は極度な方向音痴であるという事だった。

あれだけ器用に走り回っていたというのにも関わらず帰り道を覚えてはいなかった。しかもただの路地裏ならまだしもここは複雑に入り組んだ迷路のような場所。小雛にとって樹海に迷い込んだも同然のことだった。


「……」


帰り方が分からなくなった小雛は途方に暮れる。

遊馬は【軍】の会議に参加すると言っていたから連絡したところでいつ返事が返ってくるか分からない。拓海に至っては家で寝ているのは確実で最初から期待はしていなかった。


「あ、そうだ。上があった」


小雛はそう呟くと空を見上げる。

10階建てのビルのてっぺんは暗くてよく見えない。しかし幸いにも路地裏ということもあって壁と壁の間隔はそれなりに狭く、登るのにはさほど苦労しないだろう。


「――――っ!!」


膝を軽く曲げてそのまま跳躍。

壁から壁へと跳躍を繰り返して小雛はするするとビルを登っていく。ものの数秒で屋上に辿り着くと溜め込んでいた息をふぅと吐き出した。


――空間立体移動――。

壁や天井など足場になりうるところを全て利用して立体的に移動する基礎中の基礎の技。本来は閉鎖空間で使用することで最大限の効果を発揮するものだがこういった壁上りにも利用することの出来る汎用性の高い移動方法だったりする。


「……綺麗」


ビルの屋上から眺める夜景。

色とりどりの光が宝石のように輝いていた。あの光がある場所全てに人の命が煌めいている。


散らしたい――そんな思いが小雛の衝動を刺激する。

けどその気持ちをグッと抑える。今やらずともどうせ近い将来この街の命は全て散ることになるのだから。


「さて、帰ろ……あ」


小雛は思い出す。服が血で染まっていることに。

今この状態で普通に帰ろうとすれば通報されるのはまず間違いない。


さてどうしたものか。

小雛はいつか消えてしまう夜景を眺めながら考え始めるのだった。



to be continued

心音ですこんばんは!

今回は小雛をメインにした話でした。快楽で人を殺す小雛。この物語において危険と言えるキャラクターの一人です。今後小雛の手で何人の人間が命を落とすのか。


それでは次のお話でまたお会いしましょう。

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