第09話『遊馬たちの休日』
「……ねっむ」
雀の鳴き声とほんの少し開かれたカーテンの隙間から入り込んできた陽光の眩しさに目を醒ました遊馬はまだ重たい瞼を頑張って開きながら枕の元に置いていたスマホを手に取る。
「まだ7時か……どうりで眠いわけだ」
今日は土曜日で学校は休み。特に予定もない遊馬はもう一眠りするために掛け布団をかけ直そうとしたところでその違和感に気づく。
掛け布団が妙に膨らんでいるのもそうだが、何より体が何か乗っけているかのように重たい。この段階で自分の身に何が起きているのか理解した遊馬だが、流石にスルーして寝るわけにもいかず掛け布団を勢いよく跳ね飛ばした。
「すー……すー……」
遊馬の体に張り付くように小雛がスヤスヤと眠っていた。その表情は普段無感情な小雛からは想像もつかないほど穏やかで安心しきっている様子だった。
「たく……可愛い奴め」
そう言いながら遊馬は小雛の頭に手を伸ばす。
普段はサイドテールに結んでいる雪のように白い髪も寝ている間は解いている。手のひらに乗せるとスッと指の間から抜けていくさらさらとした髪の感触を指先で楽しんでいると、薄らと小雛は目を開けて遊馬を見た。
「……ゆーま?」
「おう。遊馬だ。おはよう、小雛」
「ゆーまだぁ……」
まだ寝ぼけているのか小雛は遊馬の胸に猫のように顔を擦り付けて甘え始める。だから遊馬は猫をあやすのと同じ要領で小雛の顎のあたりをこちょこちょとくすぐり始める。
「ンッ。ゆーま、くすぐったいよ……」
「相変わらず寝起きはキャラ崩壊するよな……。可愛いからいいけど」
甘えてくる小雛は素直に可愛らしい。
けど小雛がこの姿を見せるのは遊馬と拓海の前だけであって他の人名前では土下座されたって絶対に見せないだろう。というより、小雛にこんな一面があることを誰が予想できるのだろうか。
「すっかり目が醒めちまった……。小雛、朝ごはん食べるか?」
「……たべるー」
小雛は食べたいという意思を表すも、半分以上寝ぼけているらしく動く気配が見えない。遊馬は苦笑しながら自分の体にくっついて離れようとしない小雛を抱きかかえて起こす。
小さな小雛の体は見た目通りの軽さで遊馬が少し力を入れただけで簡単に持ち上がる。とりあえずベッドの上に座らせると遊馬は着替えを始めたのだが、その瞬間部屋のドアが開かれる。
「遊馬ー。朝め――」
朝飯あるかー? と聞こうとした拓海はベッドの上でこっくりこっくり船を漕いでいる小雛を見ると、意味ありげな視線を遊馬に送る。
「昨晩はお楽しみだったか。悪い、邪魔したな」
「何も無かった。起きたら小雛が俺の布団の中に入っていただけの話だ」
「まぁそんな事だろうとは思っていたけどな」
「んで、朝飯だっけか? 着替えたら作るからお前はこの眠り姫をリビングまで連れて行ってくれ」
「りょー」
さっさと着替えを済ませた遊馬は小雛を拓海に任せて部屋から出ていった。拓海は半ば寝落ちているように見える小雛の隣に腰を下ろす。
「さて、実際のところどうだったんだ?」
「……ゆーまの言う通り。何もなかったよ。気づいてすらくれなかった」
眠っているように見えた小雛は拓海に話しかけられると目を開いて小さくため息を吐くと、ベッドから飛び降りて閉めたままのカーテンを開け放つ。
眩い朝日に目を細めながら拓海は再び口を開いた。
「あいつは俺と同じで一度寝るとなかなか起きないタイプだからな。誘うなら寝る前にしておかないと気づかないぞ」
「……そうだね。いこ、たくみ。ゆーまが朝ごはん作るの手伝お」
「おー。それはいいんだが着替えないのか?」
拓海はもう既に着替えを済ませているが小雛はまだ寝巻きのままだった。休日だから別に良いと言えば良いのだが。
「着替えるよ。だから今はこうするの」
パチンと小雛が指を鳴らすと同時に拓海の視界がぶれる。次の瞬間には小雛の隣にもう一人の小雛が姿を現していた。
現れたもう一人の小雛は小さくVサインをすると遊馬のいるダイニングへ小走りで向かっていった。
「……《儚き夢を映す鏡の世界》か。《能力》の無駄遣いとはこのことを言うんだな。俺が言えたことじゃないが」
「うちの氷、全部たくみが作ってるもんね」
――――《氷柱宮に降り立つ黒翼》――――
大気中の水分を自由に操作することができる《能力》。力をフルで発動させれば自身の背中に闇を取り込んだように漆黒の翼が生え、空を自由に翔ることも可能な高い汎用性を持つ。この《能力》の本当の恐ろしさはもっと別のところにあるのだが今はまだ知る必要はないだろう。
「今年もやるかな、カキ氷パーティー」
昨年の夏にやった拓海の《能力》をフル活用して行った【軍】ぐるみのカキ氷パーティー。
今思い出してみると世界を破滅させようとしている組織が何をしてるんだという話だ。しかも【軍】の末端だけでやったわけではなく、上層部どころかトップすらも参加するという異色の事態。
「……やるのは構わんが、次は普通の氷も用意してくれ。俺が死ぬ」
ちなみにこの日、拓海は《能力》の使い過ぎでぶっ倒れ、次の日丸一日寝込む羽目になっていた。
「……今年も、たのしみ」
「はいはい。というかさっさと着替えて来い。俺は先に行ってる」
「うん、分かった。また後でね、たくみ」
「おう」
自分の部屋に駆け込んでいく小雛を見届けて拓海はのんびりとした足取りでダイニングへ向かう。
廊下に微かに漏れているベーコンの焼ける香ばしい香り。今日の朝飯はどうやら洋食風らしい。
「お、ようやく来たか拓海。早速で悪いがコーヒーを入れてくれないか?」
「おー。任せておけ」
キッチンでは拓海がベーコンを焼きつつスクランブルエッグを作っており、その隣で《儚き夢を映す鏡の世界》で創り出した小雛がせっせとサラダの盛り付けをしていた。
拓海は人数分のカップを取り出してコーヒーメーカーで抽出していたコーヒーを注いでいく。そのうち一つにはミルクをたっぷりと入れてテーブルに運ぶ。
「おまたせ」
それからすぐに小雛も姿を見せる。
タイミング良くパンも焼けたようでバターをたっぷりと塗ったトーストと出来立てのカリカリベーコン&半熟のスクランブルエッグ。そして彩り豊かに盛り付けられたサラダがテーブルに並ぶ。
小雛の幻覚は仕事をやり終え、ぺこりと一礼すると霧散してその姿を消した。
「それじゃ食うとしますか」
遊馬の掛け声と共に拓海と小雛は手を合わせる。
躊躇いなく人を殺すような遊馬たちでも、こういった常識的なマナーはきちんと守る。
だからこそ一般人と判別することができない。あまりにも普通すぎるから誰も疑問すら抱かない。まるでカメレオンだ。遊馬たちは一般人に偽装して周囲を騙し続けている。そしてその時が来た瞬間に本性を顕にする。
「今日予定あんの?」
遊馬の問いかけに二人は食事の手を止めて考え込む。
「いや……考え込む必要なくね? 普通に予定聞いてるだけなんだが」
「ここで素直に何も無いって答えるとめんどくさいことが起こる気がしてならない」
「たくみに同意」
「お前ら……」
完全に呆れ果てた遊馬はトーストにかぶりつく。
コーヒーをちびちびと飲んでいた小雛はマグカップをテーブルに戻すと無感情な瞳で遊馬を見つめる。
「ゆーまに合わせるよ」
「小雛に同意」
「……お前らなぁ。まぁいいや。とりあえず今日は買い出しに行くから付き合え」
「「えー……」」
「ぶっ殺すぞ」
数秒の沈黙。
それから三人は同時に噴き出す。明るい笑い声に包まれたこの空間は偽りの幸せに満たされていた。
to be continued
心音です、こんばんは!
今回は【軍】サイドの休日の様子を書いてみました!ちなみにカキ氷パーティーをやるかは未定ですが、もしかしたらやるかもしれませんね!