童話と少女
ここから遠く離れたあるところに、クライアという可愛い可愛い10歳の少女がいました。
クライアは一人っ子でしたが、優しい両親と、仲良く暮らしていました。
しかし、クライアの両親はいつの日からか喧嘩ばかりするようになりました。
「お父さん、お母さん。けんかはやめてよ……」
クライアは二人に呼び掛けますが一向に喧嘩を止めません。
「ふぇえええええん.....」
クライアは自分がお願いしても両親が喧嘩を止めてくれないので、遂に泣き出してしまいました。
「いい加減にしろよ!!」
「何よ!!」
しかしそれでもクライアの両親は、喧嘩を止めませんでした。
クライアが泣いた次の日、クライアは部屋に籠っていました。
遊ぶ相手が両親だったクライアは、両親と遊ぶ以外の遊びを知らないのです。
暇を持て余していたクライアは、何気無く、部屋を見渡しました。
そこで、本棚に置いてあるある1冊の本に目が留まりました。
本棚に近づき、クライアはその本を手に取りました。
タイトルは《童話王国》というものでした。
「こんな本あったかな?」
クライアは本が好きで、その中でも特に童話が好きでした。
両親が出かけてお留守番をしている時に読んだり、眠る時にお母さんに読んで貰っていたのです。
そうして本を読んでいるうちに、クライアは部屋の本棚にある本は全て読見尽くしてしまいました。
童話好きなクライアが、童話関係の本を読んでいない筈がありません。
しかし、この本は今まで読んだことも、見たことも無かったのです。
(お父さんが新しく買ってくれてたのかな?)
クライアは首を傾げながら、本を開きました。
しかし、其処には真っ白なページだけで何も描かれていませんでした。
「なんで何も書いて───」
無いんだろう?、言おうとした時、開いていた本がキラキラと輝き始めました。
「きゃっ!」
そして一層光り輝き、クライアは咄嗟に目を瞑りました。
瞼越しに光っているのを感じながら、目を瞑り続けていると、段々と光が収まっていきました。
恐る恐る目を開けると、其処はいつも見慣れている部屋とは違う、豪華な部屋でした。
「え?」
クライアは思わず口をポカーンと開けて固まってしまいました。
暫くして、取り敢えず動こうと思ったクライアは、落ちていた《童話王国》を拾い、目の前の壁にあったドアを開け、部屋の外に出ました。
外に出ると、其処は真っ赤な絨毯が敷かれた、長い長い通路でした。
壁や天井は石のブロックで造られていて、本の中に出てくるお城のようでした。
クライアはあたりをキョロキョロと見回しながら歩いて行きました。
途中でメイド服を来た人たちとすれ違ったりしながら通路を歩いて行くと、さっき居た部屋のドアよりも、とても大きい扉がありました。
「こんな大きな扉ってどんななのかな?」
クライアは気になって、その扉に近づいていきました。
扉を開けようと、取手に手を掛けようとして、部屋の中から人の声がする事に気付きました。
そ〜っと扉に顔を近づけ、耳を押し当ててみると、小さくでしたが、ハッキリと声が聞き取れました。
「うぅむ、弱ったな...困ったな.....」
中に居る人は、何かに困っているようでした。
(どうしたんだろう....何かあったのかな?)
クライアは扉を開けようとしました、すると。
「何をしているのですか!!」
いきなり怒鳴り声が聞こえ、クライアはビクッ!!と身体を震わせて、ゆっくり声のした方に顔を向けました。
豪華にあしらわれたドレスに身を包み、キラキラと輝くアクセサリーを身に着け、頭の上にはハートの形に形づくられたティアラを載せていました。
「え.....」
クライアはその人物の姿を見て、固まってしまいました。
何故ならその姿は、クライアが知っている童話、《不思議の国のアリス》で描かれていた、ハートの女王様とそっくりだったのだからです。
「貴女、そこで何をしているのですか。そのお部屋は───」
「ハートの....女王様?」
「はい?何ですって?もう一度仰って──」
「ハートの女王様だぁー!!!!」
「きゃっ!!」
クライアは童話の中の人物に出会えた事に感動して、思わず飛びつきました。
「ちょ、ちょっと何をするのですか!!離れなさい!!」
飛びつかれたハートの女王(?)はクライアを引き剥がそうとしますが、小さな身体の何処に力があるのか、なかなか引き剥がすことが出来ません。
「うわぁ、ハートの女王様ってすごい美人さんなんだぁ」
「美人という褒め言葉は受取りますがっ、私の名前はそんな名前ではありません!!私にはフィルバレン・ノルア・フィアハートという名前があります!!」
「え?」
クライアは再び固まりました。
「じゃあここはどこ?」
「フィルバレン王国の王城です」
「女王様はどんな人?」
「このフィルバレン王国の王妃です」
「私はだれ?」
「知りません」
「.........」
クライアは言葉を失ってしまいました。
そうしてそのままフィアハートに抱えられていると、目の前にある大きな扉が音を立てながらゆっくりと開かれました。
「騒がしいな、何かあったのか?」
クライアは声のした方を振り向き、言葉を失いました。
その人は大きな王冠を被り、マントを着ていました。
しかし、上半身は裸でした。
恐らく、彼は《裸の王様》の王様だと、クライアは思いました。
けれど、クライアはこの人が、あの裸の王様だと思えませんでした。
なぜなら《裸の王様》の王様は、絵本ではポッチャリとした体型で描かれていました。
しかし、目の前の裸の王様は筋肉ムキムキだったのです。
「.....女王様、あの人は?」
「あの方こそこのフィルバレン王国の王、フィルバレン・ノルア・ハダカルト様です。あぁ、今日も筋肉がお美しい.....」
──お母さん、このよくわからない世界でも、きんにくフェチはあるみたい。
そんな事を考えていると、裸の王様はフィアハートに声を掛けてきました。
「フィア、して何があったのだ」
「はい、実はこの少女が王様の扉を許可なく開けようとしておりまして....」
「ほう....少女よ、何故扉を開けようとしたのだ?」
「えっと、へやの中からこまったなって言ってるのが聞こえたから....」
「それで中に入ろうとしたのか」
「うん、こまってる人がいたら話を聞いてあげなさいって、お母さんにいわれてるから」
「そうか...お前の母親は優しい人なのだな」
「うんっ!!」
クライアはハダカルトにお母さんのことを褒められて、自分の事のように喜びました。
「そうだな....お前、名は何という?」
「クライアだよ」
「そうか、ではクライア。我われは今とても困っているのだ。どうか話を聞いてはくれまいか?」
「うん!!」
クライアが元気よく返事をすると、ハダカルトは優しく微笑み、クライアの頭を撫でました。
「───ということなのだ」
それからクライアはハダカルトの部屋に入り、話を聞きました。
話をまとめると、7日後に隣の国がフィルバレン王国を見にくるので、その時に国の良いところを伝えて、きちんと同盟ともだちになりたいのだが、どうやって良いところを伝えようか悩んでいるということでした。
「へぇー、お友だちになるには何かしないといけないんだ」
「そうだ、しかし何をすればいいか考え付かないのだ」
「それはケンカをしないようにするためにお友だちになるんだよね?」
「ああ、そうだ」
「うーん...」
クライアは考えました。
10歳の少女が考えられるものは少ないのは明らか。
けれどそれでもクライアは考えました。
「あっ!!国のいい所をあんないすればいいんじゃない?」
「偉い人達が来るのだ。そんなことは出来ない」
「じゃあおいしいものを食べさせる!」
「それはちゃんと食事会がある」
「むむー....」
クライアは思いつく案を言っていくけれど、どれも良いとは言われません。
それでもクライアは諦めません。
(なにかないかな....元気になるもの...好きなもの.....あっ)
その時、クライアがずっと持っていた本が目に留まりました。
「クライア、もうよいぞ。一緒に考えてくれて感謝する。後は我が何とかするから──」
「ものがたり.....」
「ん?どうしたのだクライア?」
「なんて言ったのですか?もう一度──」
「ものがたりっ!!」
「え?」
クライアは目をキラキラ輝かせて2人に言いました。
「おはなしをつくって、それをげきにして見てもらうんだよ!!」
「えぇ!?そんな事やった事無いですよ?大体、劇なんてそんなもの───」
「いや、良いかもしれん」
「王様!?」
フィアハートは驚き、クライアはうんうん!!と頷いていました。
「クライア、その物語を創るとして、一体どんな物語にするのだ?」
「えっとね、さいしょはその国は、みんな仲がわるくて、ずっとケンカばかりしてるの。でも、その国の王様は、みんなと仲よくなりたくて、一生懸命色んな事をするの。
でもその中で色んな人にだまされたり、ひどい目に合わせられるんだけど、でもそれでも王さまはみんなで仲良くするためにがんばるの。そしたらだんだん仲よくなっていって、最後は国のみんなと仲よくなるの!!」
「どうして皆は仲が悪いのだ」
「みんなは、みんなのことをかんちがいしてるの」
「かんちがい?」
「うん。わるい人じゃないのにわるいって思ってたりしてるの。それを王さまが、そうじゃないんだって教えてあげるの。いろんな人たちを王さまはたすけるんだよ。犬の人や猫の人、色んな人がいる」
「なぜその王様は皆を仲良くさせたいのだ?」
「その王様はね、自分の国が大好きなの!!その国を大切に思っているからがんばってるんだよ!!」
「そうか、その王様はとても優しい王様なのだな」
「うんっ!!」
クライアは満面の笑みを浮かべて返事をしました。
それからハダカルトはよし、と言って椅子から立ち上がりました。
「そうと決まったらこうしてはおれん。急いで人を集めんとな。なるべく国民達でやった方が現実味が出るだろうから呼び掛けをして、あとは話の内容を書いた者も作らなくてはな。これから忙しくなるぞ」
「お、王様!!本当にするんですか?」
「当たり前だ。こんな面白そうなことなどないぞ。それとフィア、勿論我らも劇に参加するからな!」
「え.....えぇ!?」
こうして、クライアの出した案を現実にする為に国が動き始めました。
まずは台本作り。
これはクライアが話したものに様々な要素を盛り込み話を拡げ、登場人物の性格など細かい設定を決め、台本は2日で完成しました。
次に役者決めを行いましたが、選定は全てクライアが行いました。
この国には王様が《裸の王様》、王妃が《ハートの女王様》のそっくりさんであったように、《白雪姫》や《赤ずきん》、《人魚姫》といった、沢山の童話の登場人物のそっくりさんがいました。
勿論、クライアは大はしゃぎ。
即決即断だった為、役者決めは1日で終わりました。
しかし、残り時間はあと4日。
役者は殆どが素人。
勿論、王様達も例外ではありません。
休んでいる暇などある筈も無く、劇の練習は朝から晩まで王城に泊まり込みで行われました。
最初は国民達も王城に泊まることや王様と話す事に気後れしていましたが、練習が大変過ぎて、誰もそれどころでは無くなってしまいました。
「そこはもう少し力を込めて言った方がより感情が表現されて良いと思います。そして此処は──」
最初はあまり乗り気では無かった王妃も、今は1番熱が入っている。
皆が汗を流しながら立場など関係無く、平等で互いに意見を言い合う。
「みんな仲良しでいいね」
そんな光景を見ながら、クライアはポツリと呟き、表情を暗くしました。
「お父さん、お母さん....仲直り、したかな?私がいなくなって、心配....してくれてるかな?」
クライアは寂しげにそう呟きました。
「......」
そんなクライアの姿を、遠目から眺める人がいました。
それから時は流れていき、隣国の使者が来る当日になりました。
「よく来てくれたな、マキア王国の使者達よ」
「こちらこそ、お招き頂き有り難き幸せにございます」
激励の言葉を送るハダカルトに使者達が頭を下げました。
今日は大事な場なので、ハダカルトも服を着ています。
「今日は其方らを招き入れるにあたって様々なもてなしを用意した。少しでもこの国の良い所を感じて帰ってくれれば嬉しい」
「はっ」
「それではまず我が国の説明から入ろう。頼んだぞ」
「御意。それでは皆様方、先んじて私がフィルバレン王国の説明をさせて頂きます。まずこの国の人口は──」
呼ばれた担当の者はハダカルトに変わり、国の説明をしていきました。
人口、法律、治安等、良い所は強調し、悪い所はどのような対策案建てているか等、如何にこの国が平和のために努力をしているかを全面的にアピールしていきました。
次は食事でした。
フィルバレン王国の名産品は果物です。
脂の乗ったジューシーな肉を食べた後、使者達にはデザートにバルマリアという果物を提供しました。
実は赤く熟れ、肉厚でありながらも決してしつこく無い果物で、これに関して使者達は満足げに頷いていました。
そして時は流れていき、最後の劇の時間になりました。
しかし、初の試みで、しかも役者は国民。
既にステージ裏で待機している民は、失敗してはいけないという重圧に呑まれかけていました。
「使者の者達よ、これから行うのは最後のもてなしだ。今までやった事は無かったが、創作した物語を披露しようと思う」
ハダカルトのその言葉に、マキア王国の使者達がざわつきます。
しかし、ハダカルトは冷静な面持ちで続けました。
「訝しげになるのも分かる。しかし、これは我と妃と国民で行う劇である。隔絶とした地位に構わず、皆みな一所懸命に協力して練習をした。どうか我々の努力の結晶を見届けてくれ。そしてどうか、国としての新しき可能性を感じてくれると幸いだ」
先程とは違う意味合いで使者達がざわつきました。
「それでは始める。楽しんでみてくれ」
そうしてハダカルトとフィアハートはステージ裏に向かいました。
「皆の者よ、準備は良いか?」
「こ、国王様。私達なんかで本当に大丈夫なんでしょうか?」
「俺達、ここに来て急に不安になってしまいまして」
其処には顔が青くなっている者や、ブツブツ何かを呟いている者等、緊張を隠し切れていない人が沢山いました。
しかし、ハダカルトはそれ見て大きく笑いました。
「はっはっはっはっ!!」
「こ、国王様?」
「安心せい、我も今までに無いくらい緊張しておるわ」
「こ、国王様が!?」
「なんだ、以外か?」
「え、その...はい、私達国民の前で堂々とお話していらっしゃる所などを見ているので…」
「我も人なのだ。それにこの様な事初めてだからな。だが、我々は辛い思いをしてまで練習をしたであろう?なあ妃よ」
ハダカルトが後ろを振り返ると、其処に立っていたフィアハートが苦笑しながら応えました。
「ええ、あんなに大変な事は経験したことがありませんでしたよ。...ですが、その分貴方達と一緒にいろんな事が出来て楽しかったですよ」
「王妃様...」
「大丈夫だよ」
「クライアか」
人集の中から少女、クライアが皆の真ん中まで歩いてくる。
「みんなあんなにがんばったんだよ?せいこうとかしっぱいとか気にせず、一所懸命がんばれば、きっと伝わるよ!」
「クライア…ああ、そうだな、その通りだ」
男の人、もとい、《ハンプティ・ダンプティ》似の人が皆の方を振り返り言いました。
「俺達ならやれる!あれだけ頑張ったんだ、最後までしっかりやり遂げようぜ!!」
「「「「おぉ!!」」」」
そうして、クライア考案の劇が始まった。
劇の内容はこうだ。
主人公はとある国の王様。その王様が治める国は皆仲が悪かった。町では毎日喧嘩が起き、暴力沙汰になる事もしばしば。
王様はこの国の現状に耐えかねて下町に平民の変装をして行きます。
街を巡れば巡る程、自分の国がどれだけ酷い現状にあるかをしみじみと感じた。
それから王様は現状を打開しようと毎日町に行くようになります。
町人と時には言い争い、時には殴られながらも、王様は諦めずに国を変えようと尽力していき、町人もその思いに感化されて少しづつ王様に協力していくように……という物語。
最初は戸惑っていた他国の重鎮達も、物語が進むにつれて惹きこまれていっていました。
最初はガチガチに緊張していた人達も、今ではすっかり楽しんでいます。
しかし、こういうものには波乱がつきものなのでしょうか?
「我は………」
最後の場面。町民達が王様の事を信頼していき、最後に王様の一言で皆が協力するようになる大事な場面です。
そんな場面でまさかまさかで王様が自分のセリフを忘れてしまったのです。
王様は固まり、劇を見ていた人々も何事かとザワザワし始めました。
このままじゃ折角の見せ場が……。劇に参加していた人達がそう考えた時、壇上に立つ中の一人が一歩前に出ました。クライアです。
「王様!」
クライアが呼び掛けると、王様はハッとしてからクライアの方を見ました。恐らく、王様も内心もの凄く焦っていたのでしょう。
そんな王様に、クライアは言いました。
「王様!私たちは王様の気持ちが、王様の想いが知りたいの!だから教えて!王様の気持ちを!」
勿論、こんな台詞はクライアの担当にはありません。完全にアドリブです。
しかし、この空気と王様を動かすには最高の言葉でした。
王様はその言葉を聞き一瞬だけ驚いた後、少しだけ微笑んで頷きました。
その顔に、先程までの緊張や焦りはありませんでした。
「我はこの国を良くしていきたい。この国に住まう者達が笑顔で、仲良く、楽しく過ごせるようなそんな国に。だがそんな国を作るには我だけの力では到底叶えることなど出来ない。国とは民がいなければ成り立つものでは無いからだ!だから頼む我が国の民よ!理想の国を作り上げる為に、我に力を貸してくれないか!」
会場が静まり返る。誰一人の息すらも聞こえない。
そうして会場が数秒沈黙した後。
「おおおおおおおおお!!」
その沈黙は壇上であげられた歓声によってかき消された。
歓声が鳴り止むと、王様を含めた役者は壇上に一列に並びました。
並び終えた所で王様が重鎮達に向けて話し始めます。
「此度の最後のもてなし、楽しんでもらえただろうか?先の劇中での言葉。あれは本来の我の想いでもある。こちらの役者達は全て我が国の民だ。
しかし、身分は違えど互いに協力しこの劇を成し遂げることができた。彼らの顔を見てくれ。とても清々しい、達成感と幸福感に満たされた顔をしているだろう?別に領土など民は要らぬのだ。
ただ愛するものを守り、毎日を笑って生きられればこんなにも満足出来るのだ。
我はこの笑顔が、民の喜ぶ顔がもっと見たい。だからどうか。我が国との同盟の件。どうか前向きによろしく頼む」
その言葉を聞いた他国の重鎮達は互いに顔を見合わせしっかりと頷いた後、言いました。
「此度の視察は本国の同盟への意志が明確に感じられました。そして最後のもてなし。少々驚かされましたが、激自体心から楽しめましたし、この国は先程のような姿が似合っているように感じられました」
「ならば……」
「はい。今回の同盟の件。是非とも前向きに考えさせて頂きます」
「感謝する」
その言葉を聞いて、壇上に立つ人々は手を叩きあい、握手を交わしました。
今回のクライアの発案である劇は大成功に終わったのです。
その後他国の重鎮達を送った後、王城では今回の視察と劇の成功のお祝いパーティーが催されていました。
勿論町民達も参加しており、皆で和気藹々としながら談笑したり、踊りを踊ったりもしています。
そんな中、クライアは1人テラスで空を見上げていました。
「お父さん……お母さん……」
クライアが考えていたのは両親の事でした。
この童話の登場人物に似た人が沢山いるこの国は楽しんでいました。
けれど、喧嘩をしていた両親の事はずっと気掛かりでした。
しかし両親の元に、あの家に帰る方法はわかりません。こうしている間にも両親の仲がどんどん悪くなっているかもしれないと思うと、クライアの心は不安の波に飲み込まれそうになります。
「クライア、こんな所で何をしているの?」
「女王様……」
そんな時、1人の人物がクライアに声を掛けました。フィアハート王妃です。
「今回の一番の功労者がこんな所にいてどうするんですか?風邪を引いてしまいますよ?」
「うん、そうだね」
「……両親に会いたいのですか?」
「え?」
王妃のその言葉に、クライアは思わずぎょっとして、王妃の顔を見ました。
すると王妃は「はあ……全く」と溜息を付くと、クライアに歩み寄り、その身体をそっと力強く抱きしめた。
「女王……様?」
「クライア、別に無理しなくていいのよ。お母さんとお父さんに、会いたいんでしょう?」
「っ……ひっぐ……ふえええええん……っ」
今まで募っていた両親に会えない悲しみが溢れ出し、大声を出しながらクライアの目から大粒の涙が流れ落ちていきます。
王妃はクライアの背中をポンポンと叩き、頭を撫でながらクライアが泣き止むまでその身体を抱きしめ続けました。
しばらくして泣き止んだクライアは王様と王妃に自分の事を話しました。
こことは違う所から来たこと。
どうやったら家に帰れるか変わらないこと。
そして、大好きな両親が喧嘩をしていることも全て話しました。
「ねぇ、どうすればいいかな?」
「そうだな……クライア。もう一度、今度ははっきりと自分の気持ちをしっかりと伝えるのだ」
「え、でも──」
ゴーン……ゴーン……
クライアが王様の言葉に反論しようとした所で大きな鐘の音が鳴り響きました。
「何だこの鐘の音は……?」
「あっ!」
王様達が訝しげに思っていると、突然クライアが声を上げました。
みると、クライアの身体が淡い光に包まれていました。
「そう……帰る時間が来たのね、クライア」
「え……そんなやだよ!もっと王女様や王様達と一緒にいたいよ!」
そう言っている間にもクライアの身体を包む光は強さを増していき、段々とクライアの身体も薄くなっていきます。
「いいかクライア。必ず両親に自分の想いを伝えるのだ。止めてと言うだけじゃない。どうして欲しいか、ちゃんと伝えるのだ。そうすればきっと──」
しかし、王様の言葉はそこまでしかクライアに聞こえませんでした。
クライアの身体は眩く発光して、王様達の前から消えました。
クライアは目を閉じていても分かる程の発光が収まった後、ゆっくり目を開けると見慣れた部屋にいました。自分の部屋です。
足元を見ると、『童話王国』と書かれたあの国に行く前に見ていた本が落ちていました。
クライアはその本を手に取ろうとして──ガシャーン!!と部屋のドアの向こう側から何かが割る音を聞き、手を止めて部屋を急いで出ました。
するとそこには最近では見慣れた光景。クライアの両親が喧嘩をしていました。
「私は認めないわ!!」
「俺だって!!」
言い合っている2人の足元には粉々に割れたお皿。
恐らくさっきの音はあのお皿が割れた音だったのでしょう。
「なんで分かってくれないんだ!!」
「分かりたくもないわよ!!」
「お父さん、お母さん。喧嘩は止めて」
クライアは2人に近づきまずそう言いました。しかし、クライアの両親は聞く耳を持ちません。
けれどクライアは諦めません。王様に言われた事を覚えているから。
クライアはもう1歩近づき、両親の服の裾を掴み、思いっきり引っ張りながら、さっきの何倍も大きな声で言いました。
「お父さんお母さん!!いい加減にしなさいっっっ!!」
その言葉でようやく我に返ったのか、2人はハッとしてクライアを見つめます。
「お父さんお母さん。私、2人に喧嘩して欲しくないの。2人が怒ってるっていうだけでもとっても悲しくなるの」
「だ、だけどな──」
「だけどじゃないのっ!!」
「は、はいっ!!」
「私はお父さんとお母さんが大好きなの。だから2人には笑ってて欲しいの。だからお願い。喧嘩なんかしないで。仲直りして?」
クライアは涙目になりながら、真剣に、心の底からのお願いをしました。
するとクライアのお母さんは頬を緩めてクライアの頭を撫でました。
「ごめんなさい、クライア。私達、クライアを知らないうちに悲しませていたみたいね」
「その……ごめんなクライア。大きな声出したりして。怖かっただろ?……それと、悪かったな。お前の意見も、ちゃんと聞き入れるべきだった」
「……いいえ。私の方こそごめんなさい」
「仲直りしてくれた?」
「ああ。」
「よしっ!じゃあ今日はお母さん。クライアに迷惑かけたから晩御飯はクライアの好きなものいっぱい作っちゃお!」
「ほんと!?やったー!!」
クライア達の間にはもう剣呑な雰囲気は無く、いつも通りの仲のいい家族になっていました。
「そういえばお父さんとお母さんはどうして喧嘩していたの?」
と、そこでふとクライアは疑問に思った事を両親に聞きました。
すると2人はピタッと足を止め頬を掻きながら困り顔で言いました。
「「それは──」」
お母さんの美味しい晩御飯を食べたクライアは、自分の部屋へと戻ってきていました。
ベッドの淵に腰掛けたクライアの手には1冊の本。
謎の経験をさせてくれた『童話王国』と書かれた本でした。
クライアはその本を眺めた後、何気無く本を開き、驚きました。
「これって……」
そこには最初見た時には無かった文字や絵がきちんと記されていたのです。
しかも登場人物にはクライアがちゃんといて、その時経験した内容が記されていました。
読み進めていくと、最後まで聞き取れなかった王様の言葉も記されていました。
『いいかクライア。必ず両親に自分の想いを伝えるのだ。止めてと言うだけじゃない。どうして欲しいか、ちゃんと伝えるのだ。そうすればきっと分かってくれる。本気の願いが伝わらないなんて事は絶対無い。俺はそれをお前から学んだ。だから頑張るのだクライア!』
「王様……ありがとう。私、ちゃんと伝えられたよ」
王様に伝えるように呟きながらクライアは最後のページを捲った。
そこには物語とは別のあとがきのようなものが書かれていた。
『どこかにいるであろうクライア。私達と離れ離れになった事をどうか悲しまないでください。私達はここにいます。私達はいつでも会えます。私達はいなくなったりしません。あなたが私たちの事を覚えていてくれる限り。あなたとまた相見える事を楽しみにしていますよ。
フィアハート王妃より』
「女王様……」
クライアはその文を読んで、涙を流しながら本を抱きしめました。
(きっとこの本は私をを助ける為に引き込んでくれたんだ)
そう考えたクライアは生涯この本を大切にしようと心に強く誓いました。
またこの本の世界の、大好きな本の世界の人達に会える事を夢見て────。